激昂の赤き魔王

 

『今こそ、赤き魔王から受けた友誼に応える時! 我こそは鬼人族の剣匠ヤ=マトゥなり、皆の者続けぇ!!』

『『『おぉおおおおッッ!!』』』


 エルフたちの援護射撃に続き渓谷の入り口から雪崩れ込んできたのは、鬼鳴峠に生息する二足歩行の大型爬虫類に重装甲を装備させた『騎竜』を駆る、鬼人族の竜騎兵たち。

 突然の騎兵の乱入に混乱状態に陥る聖王国の前衛は瞬く間に突破され、鬼人族たちは敵陣最後尾、弓兵や銃兵のいる場所で大暴れを始める。


 また、背後から響く無数の銃声と同時に、聖王国の前衛に居た者たちがバタバタと倒れていく。


「……我らこの砂漠に生きる民、義によってルアシェイア連王同盟国に加勢する! 皆の者、撃てェ!!」


 そう叫びながら、白い外套に身を包んだ砂漠の民たちが、各々手にした特産品である発掘銃を手に斉射を行なっていた。


「よし、我らも続くぞ、全軍、進めッ!!」

「「「おおおおおおおおッッ!!」」」


 満を辞してのクリムの号令に、待ってましたと塹壕から飛び出していく連王国のプレイヤーたち。


 もはや聖王国は魔法使いたちが壊滅、弓兵はまともに機能していない、前衛は銃弾の雨に曝されているという惨憺たる有様であり、ほぼ雌雄は決していた。



 そんな中――


「魔王クリム=ルアシェイア……!」


 一人の聖王国の指揮官が、クリムへと手にした大剣で斬りかかってきた。それは……


「ほう、開戦前に食ってかかってきたお主か、生きておったのじゃな。『戦力を揃える手腕とカリスマも、実力のうち』じゃったか、たしかにその通りじゃったな?」


 煽るクリムに青筋を浮かべながら、その指揮官であるエルフがさらに大剣を全体重を乗せて押しこんで来る。


「一体何をしたんですか、貴女は……!」

「はっ、何もしておらぬ。強いて言えば仲良くしただけじゃな!」

「戯言を!」


 クリムの言を一蹴しようとした指揮官の男だったが……しかし、それはクリムの逆鱗に触れた。


「戯言、じゃと?」

「ぐ……ッ!?」


 クリムが、絶妙なタイミングで手首を返してマスケットの銃身を回転させ、男の大剣を地に転がす。


「ふざけてなど、微塵もおらぬ。我らは少なくとも、NPCたちは平穏に暮らせるようにずっと心を砕いておったのだ。それをぶち壊しにしたのが――貴様らじゃろうに!!」

「がっ!?」


 空気をビリビリと震わせるクリムの怒号に、指揮官の男が怯む。

 そんな男の顔面へと、クリムは手にしたマスケットの銃床を、遠心力を一杯に乗せて叩き込んだ。


 痛覚緩和を貫いた痛みに顔を押さえ蹲る男へ、冷ややかな目を向けて、クリムが言葉を続ける。


「話が違うじゃと? こんなことは知らぬじゃと? 当然じゃろうが、貴様らはその地で暮らしていた者らを、ゲームのNPCだからと見ておらなかったのじゃからな!!」



 ――クリムは、人のプレイスタイルに口を出すのをあまり好まない。


 スタート時点で、戦乱に疲弊したこの世界。

 第二サーバーは、プレイヤーたちがその戦乱を継続した。結果として、第二サーバーのNPCたちは、「またか……」という諦観を漂わせていると聞く。

 だが、それを責めるつもりはない、むしろそちらこそが、運営の想定した正しい形なのではないかとすらクリムは思っている。



 しかしこの第一サーバーでは、向こうとは事情が違う。


 早々に勢力をまとめ上げた連王国と北方帝国、そして共和国の三勢力が樹立したことにより、大陸はひとまずの均衡状態が――いつまで続くのか先の見えなかった戦乱が中断され、平和が訪れたのだ。


 それを住人たちは喜び、三魔王の分割統治を喜びとともに歓迎した。それを馴れ合いと言われたら否定はできないが、住人たちが喜んだのもまた事実だ。


 そうして、交易が再開し、人々の往来が再開し、荒廃していた街は修繕され、再び発展を始めた。


 彼ら聖王国が行ったのは、そんな平和を喜んでいた住人に、再度戦乱の恐怖を与えたことに他ならない。


 それは……NPCたちに、武器を取らせるには十分すぎる理由となった。そしてそれが、クリムたちルアシェイア連王国の危機に多数のNPCたちが駆けつけてくれた理由だった。




「よく見るがいい。我らは慈しみ、お主らは踏み躙った、これがその結果だ」


 蹲る男に、吐き捨てるように告げるクリム。


 エルフの矢の雨、鬼人族の騎兵による蹂躙、砂漠の民たちの斉射を受けて、あれだけ数の優位を誇っていた聖王国のプレイヤーは、もう半分も残っていない。

 そのうち無理矢理に動員されて士気も低かった者達は戦意を喪失し、武器を手放して座り込んだり蹲っている。



 ――これで、王手チェックメイト


 これだけ初戦が惨憺たる結果に終わった以上、この戦闘後、ほどなく聖王国は瓦解するだろうとクリムは予想している。


 元々が、相容れない主張を抱えた寄り合い所帯であり求心基盤が脆弱なことに加えて、無理な拡大を推し進めた結果聖王国の結束は脆い。


 残念に思う気持ちを抱えながらも、しかし一国の盟主として、ケジメをつけなければならない。


「そう――こちらの世界においては、お主らはようやく平穏になった大陸に戦禍をもたらす侵略者でしかないという事じゃ。故に我は……我ら連王国の民のため、お主らを討つ」


 そう告げてマスケットを投げ捨てたクリムが、手の内に漆黒の太刀を生成する。


 それを見て……


「……仕方ありませんね、皆、あれを使います」

「え、いや、あれは……」

「むざむざ大敗したいのですか!」


 そう、渋る部下の男に叫びながら指揮官の男が服用したのは、粉薬。そしてその薬には、クリムも見覚えがあった。


「貴様ら、その薬は……!」


 男の傷はみるみる塞がり、その体に力が漲る。激甚すぎる効果は、いざこうしてみると明らかに異常だ。


「知っていますよ、どんなものかくらいは……悪魔の薬なのでしょう?」

「ならば、危険性は分かっておるじゃろうが!」


 そんなクリムの警告も気にせず、第二サーバーから来たと思しきプレイヤーたちが、男に続いて次々に薬を服用する。


 何故、連中にあの薬……『ゾンビパウダー』が広まっているのかと愕然とするクリムへ、すっかり全快し刀を拾い直した男が回答をくれた。


「数日前、砦にふらっと現れた、貴女方に怨みがあるという例の悪魔が譲ってくれましたよ。もっとも本当は使う気は無かったんですがね!」

「ならば、何故そのようなものに頼る……!」


 頭の一部が逆に冷静になって冴えていくのを感じながら、クリムは感情の薄れた声で問い掛ける。


「もう、どうなっても構いません、ここですごすごと、貴女に一矢も報いることさえ叶わず負けて帰るよりは……ッ!」

「そうか……わかった、もう良い」


 斬りかかってきた彼の一撃を、しかし上手いこと刀身をずらして受け流す。

 たしかに力や剣の鋭さは増しているようだが、クリムと男の実力差を覆す程ではない。それよりも……


「あの砦に、あやつが居るのじゃな?」

「ぬ、くっ……がはっ!?」


 小さな体から発せらる尋常ならざる威圧に怯む指揮官の男が、それでも胆力を見せて再度斬りかかってきた。

 その彼が手にした剣を……しかしクリムは最小の動きで太刀を振るい上へとカチ上げると、返す刀でその体を両断する。


 信じられない、といった表情で残光に還っていく男をクリムは冷ややかな目で見送った後……


「良かろう……しな」


 刀を払い、ゆらりとした動きで残心を解く。


 瞳を赤く爛々と輝かせ、周囲に赤い粒子を纏っているようにすら見える尋常ならざる様子のクリム。

 そんなクリムへ、薬を服用し強化された者たちが、まるで恐怖に負けたかのように一斉に躍りかかるが――次の瞬間、戦場に白刃が閃いた瞬間、先頭の一人が残光に還った。


「え――」


 恐怖から思わずといった様子で足を止めた続くもう一人が、何か言葉を発しようとしたが――しかし、無情な『Critical』の表示とともに、それも叶わずこちらも残光になって消えていく。


「あの、クリムちゃん……?」

「おい、クリム……?」


 背後から聞こえる、戸惑いを見せるフレイヤとフレイの声が、しかし今のクリムには、やけに遠くに聴こえる。



 ――ほんのまばたき一つ分程度の一瞬で、二人が首を飛ばされた。


 視認はできなかったものの、結果だけはどうにか理解したその段になって、聖王国の彼らは知った。


 たった今、魔王の尾を踏んづけたことに。


「く――クク、ハハハ! そうか、我の前にわざわざ現れてくれるならば丁度いい機会じゃ。今度こそ決着をつけようぞ、ビフロンス……ッ!!」


 そう笑みすら浮かべ、一刻も早くこの戦闘を終わらせて悪魔を討ちにいくために――クリムはこの瞬間から、全ての自重をかなぐり捨てたのだった――……


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