初めてのデート①
――お盆をつつがなく迎え、先祖のお墓参りを無事済ませて……その翌日、紅と聖がデートの約束をしていた日。
「へえ、一昨日の夜にそんな事があったのか」
「あはは、なかなか面白い子だったよ」
扉の外から聞こえる昴の声に、紅は苦笑しながら返答する。
「しかし、玉座の二つ下の階までは半ばアトラクションとはいえ、そこまで踏み込んでくるとはなかなか大したものじゃないか」
「そうだねえ。多分相当優秀だと思うよ。単純に
紅が、闖入者の忍者少女を手放しで称賛する。
セイファート城内の対侵入者用の仕掛けは、玉座の前の一つ下、ちょうど一昨日の夜に侵入者が見つかったあたりから、その難易度が急上昇する。そこから先は、アドニスやルージュら、最近ではルゥルゥたちも加わった主要なNPCたちの居住エリアになっているからだ。
だが……半ばアトラクションとして仕組まれたエリアとはいえ、そこは頭を突き合わせて散々に仕込まれたトラップエリアであり、そう抜けられるわけでは無い。現に突破されたのは一昨日の少女が初めてだ。
……ちなみに、それは普段の特に危険がない場合の話だ。
もし招かれざる客が万が一にも悪意を持って住人に危害を加えようものならば……セイファート城は本来の姿を取り戻し、そこが魔王の城だということを、後悔と共に侵入者へと懇切丁寧に指導してくれるだろう。
それはさておき。
「それで、その子は放っといて大丈夫なのか?」
「うん、見た感じ悪い子ではなさそうだったし、アドニスたちには見かけたらお茶会にでも誘ってもてなしてやれと指示しておいたよ」
根は素直な子っぽかったから、歓迎されたら無下にはできないだろうというのが、紅の見立てだった。
「……そんなだから、まおー城って呼ばれるんだよな」
「ん、何か言ったか?」
ちょっとだけニュアンスの違う発音が聞こえた気がして、紅は部屋の扉の外に問いかける。
……なぜ、わざわざ二人がドア越しに話しているかというと。
「何でもない。それよりいい加減に諦めて着替えろよ、姉さんもうちょっとで迎えに来るぞ?」
「分かってるよ!」
呆れたような昴の声。
いまだにフリフリ多めで可愛らしい薄桃色の下着しか纏っていなかった紅は、慌てて外で愚痴る彼に言い返し、昨日のうちに二人で用意した衣服に渋々ながら袖を通し始めるのだった。
……そうして、十分後。
「おー、よく似合ってるじゃないか」
「う、うん……」
率直な昴の感想に、紅が戸惑いながら自分の姿を見下ろす。
紅は今、白を基調にし、ところどころ繊細なレース装飾をあしらったロング丈のセーラー風ワンピースに、淡いブルーの薄手のサマーカーディガンを羽織っていた。
紅はもっとアクティブな服装が好みなのだが、これはむしろ庭園で優雅なお茶会でもしている方がずっと似合うような装いで……落ち着かなげに足にまとわりつく、下に履いたレースのペチコートがチラ見えするスカートを押さえる。
「うー、なんか、ちょっといいところのお嬢さんっぽすぎない?」
「いまさら何言ってんだ社長令嬢が」
「そ、そうだったね……」
たびたび忘れそうになるその称号に顔を引き攣らせながら、諦めてあらかじめ必要な物をまとめて置いておいた手提げ鞄を手にする。
……と、丁度そのとき、来客を告げる鐘の音が、満月邸に響き渡る。
「ほら、来たみたいだぞ?」
「う、うん……」
緊張した様子で唾を飲み込み玄関に移動した紅は、渋々と可愛らしいデザインの厚底サンダルに足を通す。
――女の子の靴って、どうしてこう踵が高いのかなぁ。
もう慣れたとはいえ、いまだ違和感を感じるその厚底サンダルの調子を確かめて、日傘を手に外へ出るのだった。
「ご、ごめん、お待たせ……っ!?」
慌てて玄関から出た紅が、外で待っていた、日光を気にしたように白い麦藁帽子を調節していた少女の姿を目にして息を呑む。
真っ白なブラウスの上に重ねられた、紺から裾に向かって透明感のある水色にグラデーションするワンピース。腰のあたりでキュッとリボンで絞られているため、彼女のそのスタイルの良さが浮き彫りになっている。
白と紺のコントラストが目に鮮やかなのに、落ち着いたシックな佇まい。体型はだいぶ強調されているはずなのに、清楚な雰囲気。
そんな不思議なアンバランスさに、紅はつい照れが勝ってしまい、思わず目を逸らす。心臓の鼓動がはげしく、うまく直視できなかったのだ。
だから……千の言葉で飾る事のできない自分の語彙力を恨めしく思いながら、どうにか感想を口にする。
「その……似合ってるよ、聖。うん……すごく綺麗だ」
「えへへ、ありがとー。紅ちゃんもすっ……ごく可愛いよー!」
「わぷっ」
いつも通りに感極まった聖にその胸に抱きよせられ、しかしいつもと違い今日はすぐに離された。
ちょっと困ったような微笑みと、微かに紅が差す顔をみると……珍しいことに、どうやら聖も照れてしまっているらしい。
「な、なんだかデートだと、『自分のために可愛い格好をしてくれてる』って感じがして、ちょっと嬉しいけどこそばゆいねぇ」
「うんわかる……本当に」
ちょっと照れた様子で苦笑しながら頬を掻いている聖のその言葉に、全く同じ気持ちだった紅もわかる、わかると全面的に同意し、コクコク頷く。
そのまましばらく、お互いに照れてチラチラ目線を交わした後……
「そ……それじゃ、電車に遅れちゃうし、行こうか?」
「うん……お、お願いします」
そう言って紅が差し伸べられた聖の手を握ると、彼女は指を絡めるようにして握りなおす。
途端に感じる、すっかり小さくなった今の紅の手をすっぽり包む、柔らかく温かな手の感触。手を握るのが初めてなどとは言わないが、今日のそれはいつもよりずっと意識してしまう。
――そ、そうか、これいつものお出かけとは違う、デートなんだっけ。
残念ながら紅に、今まで誰かとデートした経験は無い。
もはやこの時点ですっかりテンパっており、ガチガチに緊張していた紅は、ただ彼女に手を引かれるままに歩き始めたのだった。
【後書き】
さてはラブコメだなこれ?
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