初めてのデート②

 そうして始まった、二人のデート。


 電車を二つ乗り継ぎ、さらにバスで少し移動し……紅たちはまず、最初の目的地であるS市内の水族館へと来ていた。


 経路に入ってすぐ頭上にあった、非常に縦長な水槽の上の方に吊るされている、この辺りで養殖が盛んだという大量のマボヤに紅が魅入っていると。


「きゃ!?」

「わっ、ひ、聖、どうしたの?」

「あ……ごめんね。この子がいきなり岩陰から出てきたからビックリしちゃった」


 そう言って、聖が水槽の下の方を指差す。そこに居たのは……


「……サメ

「う、うん……でも、ちっちゃくてのんびりしてる子だねー」


 聖の言う通り、その鮫は観客のことなど気にした風もなく、ただゆったりと岩の間を気持ちよさそうに回遊していた。

 先ほど聖が悲鳴を上げたのはたのはどうやらただビックリしただけらしく、今は興味津々に水槽に顔を寄せ。目の前を通過する鮫を凝視していた。


 ――先程驚いた時に組んだ紅の腕に、抱きついたまま。


 紅の腕へと触れている、自分のものとはまるで別な柔らかいものが潰れて押し返してくる弾力に、すっかり茹で蛸のようになっていた紅だったが……ふと、傍のプレートに気付いた。


「あ、ほら。この鮫、おとなしくて人を襲わない種類なんだって」

「へー。そうなんだー」


 そんな事を話しながら、ようやく復帰した聖と共に、次のエリアへと移動する。




「うわ……ねえ紅ちゃん、イワシがたくさん一緒に泳いでるよ!」

「わぁ……寄ったり離れたり、まるで一体の生き物みたいだ、綺麗……」


 しっかと繋いだ手を聖に引かれながら、入室した次のエリア。

 そこは……眼前いっぱいに鎮座する巨大な水槽の中に、このあたりの地域周辺の海中を再現したと言う蒼い世界が広がっていた。



 ……この水族館の特徴として、上から太陽光を取り入れていることがある。そのため、巨大水槽を見上げている客の視点だと、まるで海の底から見上げているような、そんな幻想的な光景が楽しめるようになっていた。



「でも、鰯と鮫が一緒の水槽を泳いでいて、食べられたりしないのかなー?」

「あ、私も思った。子供の目の前でパクッといったりいたら、トラウマにならないかな」


 水槽の中には、鰯やタイサバと言った食卓でお馴染みの魚に混じって、エイや、こちらでもまた鮫が跋扈しているのが見える。


 そんな生物たちが泳ぎ回る風景を見て、そんなことを言って二人、むむむ……と悩みこむ。


 そんな疑問を感じながら、次は2階……建物の屋上部分へと経路を進む。




 そこは、この水族館の目玉エリア。

 ペンギンやアシカ、アザラシなど多数の海の生き物が寛いでおり、それら海の生物と触れ合える広場エリアとなっていた。


 もはや野生はどこへやら、「この子は人懐っこいんですよ」と勧める飼育員さんの言葉に、ビクビクしながら聖が、一羽のフンボルトペンギンにそっと手を伸ばす。すると……


「あ、わ、わ!」


 驚きと、感激の混じった聖の声。


「ねえ紅ちゃん、この子頭寄せてくるよ。あはは、くすぐったいよー」


 飼育員さんの言う通り、伸ばした聖の手のひらに、もっと撫でてとばかりに寄ってくるまだ小さなペンギン。

 どれどれ……と紅が手を伸ばすと、そちらにもやはりスリスリと、濡れた羽毛に包まれた頭を擦り付けてくる。


 昔はここまで簡単には触らせてくれなかったんだけどねー、と苦笑しながら言う飼育員さんの言葉通り、子ペンギンたちは実に人懐っこく、愛らしかった。


「あはは、触っちゃったねー、ペンギン」

「うん……なんか、すごい」


 それぞれ繋いでいない方の手のひらに残る感触に感激しながら、広場内、水に入ってくつろぐアザラシや多様なペンギンなどを見て、その愛らしい仕草に頬を緩ませながら歩く。




 ……現在では、VRで色々な体験ができるようになった影響もあり、こうした水族館や博物館というのはだいぶ経営が厳しいという。


 ならばということで各所で推し進められていたのが、体感型、触れ合い型の展示方法であり……この水族館は、VR技術が発達する少し前くらいから早くもそうした手法を取り入れて生き残ってきた、由緒ある水族館だったりする。




 名残惜しみながら、すっかりと堪能した海獣エリアを抜けた二人。


 その後は、巨大水槽を今回は上の方から見下ろしたり、クラゲが大量に放たれた水槽で、さまざまな形状をしたクラゲたちの複雑怪奇な姿、それらが水中に無数に漂う姿に癒されたりして……気づいたら、すでにお昼過ぎとなっていた。



 そうして、思っていた以上に充実した時間を過ごし……紅たちは食堂で、一度休憩を取っていた。


「女の子になって色々と大変なこともあったけど……」


 軽食で食事を済ませ……次に目の前に置かれたデザートという名の本命、色々なベリー類でデコレーションされた大きなパフェに目を輝かせ、いそいそとスプーンを取りながら紅が呟く。


「こういう甘いものを、周囲に気にせず頼めるようになったのはまぁ、メリットと言えなくもないのかなあ……」


 そう言って、たっぷりベリーのソースが掛かっているソフトクリームをひとすくい、口に含む。

 途端に、甘く冷たいクリームと、甘酸っぱいソースが絡み合い、口の中でとろけて消えていく。


 そんな味覚を、ほぅ……、と息をついて堪能していると。


「ベリーの方も美味しそうだねぇ。ね、一口貰ってもいい?」

「あ……うん、いいよ」

「えへへ、ありがとー!」


 聖の催促に、快く応えて紅が自分のパフェを少し聖の方へ差し出す。


 彼女はそこから一口ぶん掬って口に含むと、「うーん、甘酸っぱくて美味しー!」とニコニコしながら堪能していた。


 そんな様子を、紅が微笑ましく見守っていると……


「はい、お返し。あーん?」

「え? あ……あーん」


 一瞬、今度は聖から差し出されたスプーンに戸惑いながらも……口を開けて、言われるままに差し出された聖のチョコバナナパフェをパクリと食べる。


 ――か、間接キス、だよなこれ。


 今更ながら心臓が早鐘のように暴れ、顔を真っ赤にしながらも口の中のものを飲み込む。

 こちらは、ほろ苦いチョコレートソースとバナナの果実が相性が悪いわけもなく、クリームと一体になって美味しい……はずなのだが、今の紅はそれを楽しむどころではなかった。


「あ……つい昔みたいなことしちゃったけど、もしかして、こういうの嫌だったかな?」

「い、いや、そんなことないよ、全然!」


 首を傾げ聞いてくる聖に、慌てて首を振って嫌ではないことをアピールする。

 実際、胸はドキドキするしふわふわするし、けっこう精神的にはいっぱいいっぱいではあるが……そこに嫌悪感はない。むしろ、もっとこうした甘酸っぱいことをしていたい欲求は次々と湧き上がってくる。


 ……ただ、なんだか周囲からの生暖かい視線も多数感じ、とても照れているだけなのだ。


 しかし……聖が先程言った通り、高校入学前は割と普通にシェアして食べたりなどしていたので、ここまで気恥ずかしく思うようになったのはつい最近ということになる。



 ――これも、成長した……ってことなのかな。



 普段からずっと一緒にいた聖を、そういう対象に意識して見てしまうように。それは間違いなく、紅が成長したということに他ならない。


 そんな事を考えながら、すっかり熱を持ってしまった顔を冷やすかのように、ベリーパフェの山を崩しにかかる紅なのだった。

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