来襲者

 


 明日の盆に備えての支度を天理や宙と行い……おそらく初めて家族皆で準備をした結果、後はもう、明日起きたらお赤飯を炊くくらいしか仕事が無い。


 そんなわけで、夕食後は特に目的もなく『Destiny Unchain Online』にログインしていた紅だったが……



「暇じゃのぅ……」


 玉座に気だるそうに肘を突き……大きな椅子の上で体を丸め、クリムの膝を枕にしてすやすやと安らかな寝顔を見せているルージュの髪を指先で梳きながら、クリムがポツリと呟く。


 フレイとフレイヤは、まだ明日の準備中。聞けばカスミも同様らしい。皆、今夜はもうログインしないだろう。


 雛菊は……実家が神社でお盆の時期に暇なわけがないので当然居ない。


 リコリスとリュウノスケ、サラの一家は、サラの実家へ帰省中であり、やはりこちらもログインしていない。ジェードも同じく、実家に顔を出しに帰ったそうだ。


 極め付けは、ランキングマッチや領土争奪戦もプレイヤーたちの事情を考えて今月はもう無い。


 つまり今は誰も居ないし、やることもないのである。


「でしたら、街に繰り出すのは?」

「といっても、今更なぁ……何も面白そうなことやっとらんし」


 背後に控えていたアドニスの提案に、しかし渋い顔をするクリム。


 ――大規模イベントが終わり、今はすっかりと虚無期間入りしていた。


 一応、お盆という事で盆まつりが開催されており、数日前にはルージュたちを連れて縁日を満喫して来たのだが……それだけに「もうお腹いっぱい」と今更出向く気にもなれない。


 ゆえに、できることといえばこうしてルージュを愛でることくらいしか無いのである。



 ……と、もう諦めて寝るかと思ったその時、侵入者警報が鳴った。



「……ふぇ!?」


 警報にびっくりして跳ね起きたルージュを宥めてやりながら、クリムは防衛情報の窓を開き、ざっと目を通す。


 敵を示す赤の光点は……すぐ下の階に、一つだけ。


「ほぅ? 単身で、この下の階まで忍び込んだのか。なかなか見どころのある斥候じゃな」


 一体どこのギルドが送り込んできたのかは分からないが、少し興味が湧いたクリムは、今防衛の指揮を取っているであろうエルヒムへ通信を開く。


「エルヒム、構わぬ、我は少し興が乗ったゆえ、それとなくその斥候をこの部屋まで誘導せよ。その方が被害が無くて良い」

『了解しました、ではそのように』


 ざっとそんな指揮を出し、玉座へ腰をかけ直す。魔王たるもの、こういう時はどっしり構えておくものだ、


「という訳だから、ルージュは玉座裏に隠れていてもらって良いかの?」

「う、うん!」


 そう返事をして、とてとてと大きな玉座の裏へ引っ込むルージュ。かわいい。



 そんなふうに頬を緩ませていると、やがて……謁見の間の扉が「バァン!」とけたたましい音を立てて開かれた。


「……ここが赤の魔王のアジトね! ここまで難なく来れた私ったら天才ね!!」


 そんな頓珍漢な叫び声に、クリムが座ったままずっこけて、ズルっと頬杖から滑り落ちた。


 入って来たのは……おそらくリコリスと同じ年代と思われる、まだ幼い女の子。


 きっと成長したらスタイルのいい美少女になるであろう、すでにクリムより部分的に豊かな部位を有していたその少女は……まず真っ先に目に飛び込んできたのは、眩く輝かんばかりの金髪。


 そんな少女が纏っているのは、細い鎖で編まれた鎖帷子と漆黒の上衣。下半身は同じく漆黒の、佩楯を備えた袴と脚絆。そして、手甲に包まれた逆手に短刀を構えた、その出で立ちは……


「……なんだか、『オゥジャパニーズニンジャ!』とか言いそうな見た目しとるの、お主」

「うっさい! だっておかーさんが金髪だったんだもん! 生まれも育ちも日本でこれは地毛よ文句ある!?」

「あっ、はい、ごめんなさい」


 眼前で吠え猛る金髪少女の怒りはもっともだ。流石に身体的特徴は揶揄するのは駄目だと、クリムは素直に頭を下げた。


「……こほん。それで、単身このような場所まで踏み込んでくるとは大したものじゃが、何用か?」

「そうだったわ! 『赤の魔王クリム=ルアシェイア』、私にその首をよこしなさい!!」

「いや、そんなこと言われても……」


 突然島津チックなことを言われ、思わず素に返るクリム。


「あー、我、そんなお主に恨まれるようなこと、何かしたかの?」

「そんなものある訳ないでしょう、初対面よ!!」

「えぇー……?」


 一体全体どういう事か分からず、頭に疑問符を浮かべまくるクリムだったが……


「だってだって、うちのおとーさんってば凄い忍者で、私もお父さんみたいな忍者になりたいって言ったらなんて言ったと思う? お前みたいなうるさい奴には向いてないなーってお腹抱えて笑いながら言ったのよひどいと思わないひどいと思うわよねそうよね!? だから見返してやろうと思ってとりあえず近くに居城のあったここに魔王の首を頂戴しに参りました、えへん!」


 少女が、催促する間もなく洗いざらい全部喋ってくれた。


 ――うわマジで五月蝿ぇ。


 どこで息継ぎしてるか不明なマシンガントークを始めた少女に、思わず真顔でそんなことを考えたクリムだった。


 だが、その少女が言っていることが本当ならば。


「……てことはお主、どこかの斥候とかではないのかの?」

「完全にフリーの忍びです! 現在主君になってくれる人募集中です!!」


 えへん、と胸を張る少女に……クリムは「まだだ……まだ笑うな……」と必死に自分へ言い聞かせながら、肩が震えそうになるのを堪えて極力ワルそうな魔王様スマイルを浮かべ、告げる。


「……まあやっぱり、我もお主の父君同様、お主はシノビには向いてないと思うぞ?」

「へ?」


 ――チャキ。

 ――ジャキン。


 いつのまにか素体形態で忍び寄っていたヒナとリコが、金髪少女の足元で戦闘形態を取る。

 次の瞬間には、浅黒い肌と白い髪を持ち、全身に赤く点滅する紋様を持つ雛菊とリコリスの色違いの姿となった二人が……金髪少女の左右で、ヒナはその首筋に刃を、リコはその後頭部ににゴリッと銃口を突きつけて佇んでいた。


「……で、続けるかの?」

「…………」


 口をパクパクさせて顔色を蒼白にし、言葉も出せなくなった金髪少女を玉座から見下ろして、クリムが意地の悪い笑みを浮かべる。


「ま、下の階からここまでの道中は案内はしてやったがの、そんな敵陣の最奥で一人、無警戒にいつまでも長々と喋っているようではな」

「うぐぅ!?」


 誰かに同じことを言われたことがあるのか、グサリと槍で突かれたような呻き声を上げる少女。

 とはいえまあ、直前の階まで侵入されてようやく発覚したのだから、隠密の才能はあるのだろう。性格的にアレなだけで。


 そのましばらく「ぐぬぬ……」と涙を浮かべ、クリムを睨みつけていた彼女は……


「…………降参しますので何とぞ命ばかりはお助けくださいませ」

「うむ、ではここまでじゃな。ヒナもリコも、ご苦労じゃった、下がって良いぞ」


 ……流石にこの状況ではどうにもならないことを察して、実に悔しそうに命乞いをしたのだった。




 寛容なクリムの言葉を受けて、それぞれ武器を収め、元の人形姿になってルージュが隠れている玉座裏に引っ込んでいく二人。


 突きつけられた武器がなくなって、ホッと安堵の表情を見せた金髪少女は……すぐに、キッと涙を浮かべた目でクリムを睨みつけ……


「こっ……これで勝ったと思うんじゃないわよ、いつかギャフンと言わせてやるんだからー!!」


 そんなベタな捨て台詞を吐いて、少女は脱兎の如く逃げ出した。


「追撃しますか?」

「いらんいらん、丁重にお見送りしてやれ」

「了解しました」


 物騒なことを言うメイドのアドニスに苦笑しながら、静観の指示を出すクリム。


 ――ま、面白かったからアリじゃな。


 そんなふうにクリムが生暖かい目線を向けていた事に、金髪の忍者少女はついぞ気付くことは無かったのだった。


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