ハレの日の終わりに
「あ、居た、委員長ー!」
先ほど聖がメッセージで連絡したところ、すでに先に座っていると返信を受け……紅たちは、彼女に言われた場所に向かう。
そこでは、土手の石段にシートを引き、先に良さげな席を確保してくれていた佳澄が紅たちに気付いて手を振っているのが見え、紅も彼女へと手を振りかえす。
「良かったー、満月さんはやっぱり見つけやすくて助かるね!」
「あはは……委員長も、その青い浴衣似合ってる、可愛いよ」
彼女も、紅たち同様に浴衣姿だった。その涼やかな菖蒲柄の浴衣は、今の髪型を変えてイメージチェンジした彼女にはよく似合っていた。
そうして、立ち上がって紅の浴衣姿にはしゃぐ彼女と手を繋いで、お互い浴衣を褒めあっていると。
「佳澄、その子が例の?」
「うん、お父さん、お母さん。彼女が満月さん。私の同級生だよ」
佳澄の座っていたシートに居た、別の人の声。
彼女は、彼女のご両親と思われる優しそうな夫婦とともに座っていた。
更には……
「パパ、ママ!」
深雪が、他に一緒に座っている人物を見て、嬉しそうな声を上げる。
「龍之介さん達も、先に合流していたんですね」
「おう、たまたま佳澄お嬢ちゃんを見つけてな。まぁ……他の面子はこんなだが」
そう苦笑しながら言う龍之介が目線で指し示すのは……まあいつも通りというか、すでに佳澄の父親も巻き込んでビールの缶を開け、酒盛りを始めている沙羅と翡翠の姿。
相変わらずだなぁと苦笑しながら、紅は聖たちと一緒に佳澄の両親へ挨拶に向かう。
「えっと、はじめまして、満月紅と申します。委員長……佳澄さんには、いつもお世話になっています」
「あら、あなたが……」
「話は聞いているよ、すごく可愛い子と仲良くなったって。なるほど娘の言うとおりだ」
「いえ、そんな……」
友人のご両親に褒められて、照れてしまう紅。
その後は聖や昴も挨拶をした後、天理たち親の組がそれぞれ挨拶しながら座っていく。
「で、お前たちはどうするんだ?」
「うん、せっかくだから屋台とか眺めてこようと思うんだけど、構わないよね?」
「うむ、行ってくるが良い、時間には戻るのだぞ」
そう各々が断りを入れて、さっそく酒盛りを始めてしまった大人たちを置いて、紅たち子供組は河川敷に並ぶ屋台巡りを開始したのだった。
◇
そうして、紅たち一行は結構な注目を集めながらもこれといったトラブルは起きず……せいぜいが昴が男たちからの嫉妬の視線を受けて周囲を気にしていたくらいか……屋台が並ぶ河川敷を練り歩く。
あるいは……
「これ、満月さん達をナンパする勇気ってそうそう湧かないでしょうねえ……」
「……邪魔したら消す、って周囲からの牽制の視線をひしひし感じるな」
何やらヒソヒソ話す佳澄と昴に、首を傾げる紅。その右手は……まるで絶対に離すまいとばかりに指を絡めて、隣を歩く聖と結ばれていた。
……まあ、そんな百合の花による結界が張られていたか否かはさておき。
途中射的屋にて、まるで歴戦のスナイパーみたいな目つきになった深雪が景品をガンガン撃ち落として(過去に問題があって阿漕な景品の固定は許されなくなったのである)店のおじさんの顔色を変えさせたりと、ささやかなトラブルはあったものの……少年少女たちのその興味の大半はやはりというか、食べ物である。
風物詩ということでりんご飴に齧り付いたり、皆でたこ焼きをシェアして食べたりと、若い少年少女らは旺盛な食欲を見せて食べ歩きして……次は、雛菊の希望により皆でチョコバナナの屋台へ並んだ時だった。
『私も、一緒に食べられたらなぁ』
ちょっと残念そうに、今は紅の頭に座るルージュが呟く。その両肩にそれぞれ座ったヒナとリコも、こくこく頷いていた。
「そうだね……たしかこの時期ヴィンダムの公園に屋台村があったはずだから、明日あたりに一緒に食べに行こうか」
『本当ですか!?』
そんな話を、屋台の前で紅とルージュがしていると。
「おやお嬢ちゃん、それVRペットかい、可愛いねえ。ならほれ、やるよ」
『わわっ!?』
何かの機械を操作しながらの店のおじさんの声と共に、目の前に突然現れた、ルージュにとってはかなり大きなチョコバナナ。
彼女が戸惑いながらそれを受け取っている間に、紅の肩から会計を済ませて戻ってきた雛菊と深雪の肩に戻り、大人しくしていたヒナとリコにも同じものが手渡される。
「これは……仮想空間用の飲食物データ?」
「俺たちのグループはフルダイブVR関連での飲食店事業展開してっからな、こんな事もできるわけだ」
そう言って、屋台のおじさんはちょっとドヤ顔をしながら、人混みの中をちょいちょいと指さす。
そこには……角が生えた仔馬やカラフルな羽根を持つ鳥、翼の生えた犬など、ルージュやヒナやリコ同様、AR表示により連れ歩いているらしいヴァーチャルペットの姿があちこちに散見された。
「最近よくそうして連れて歩いている子が多いからな、結構需要あるんだぜ?」
「はー……すごいですね」
「ほれ、嬢ちゃんたち可愛いからそっちのデータの方はサービスだ、食った食った」
「あ、ありがとうございます!」
『ありがとう、ございます』
二人並んで頭を下げると、人が良さそうなおじさんは、いいってことよと照れながら送り出してくれた。
そうして歩き出した紅の肩の上、妖精さんサイズの今のボディではひとかかえくらいありそうなそのバナナに、嬉しそうに齧り付くルージュを暖かく見守っていると。
「よーし、それじゃ改めて、ルージュちゃん達も一緒に食べ歩こーう!」
『ま、まってフレイヤお姉ちゃん、私そんな食べられないよ!?』
意気込んで別の屋台に向かう聖に、体に比して大きなチョコバナナと格闘していたルージュが、そんな悲鳴を上げたのだった。
◇
――そうしてわいわいと騒いでいる間に、瞬く間に時間は過ぎ。
今は夜の19時。花火開始の時間となり、紅たちは親たちの待つ席へと戻ってきていた。
「……っと、始まったね」
紅の視線の先で、ヒュルル……と音を上げ空へと昇っていくひとつの火の玉。
直後……パラパラ、と控えめな音ながら、夜空には色とりどりの炎で描かれた大輪の花がいくつも咲いた。
『わぁ……お姉ちゃん、綺麗です!』
「そっか、ルージュが気に入ったならよかったよ」
空を様々な色彩に照らす花火を見て、はしゃいだ様子で紅に語りかけてくるルージュ。始めて観る花火に純粋な喜びを見せるその一方で……
「やっぱり、以前のあれを見せられた後だと少し物足りない気がしますの」
「わかるです、お腹にズンとくるのを感じたあれと比べると、ちょっと味気ないというか」
……以前、神那居島で見た様々な規制が入る以前の花火映像と比較してしまい、そんな正直な感想も深雪や雛菊から出る。
「でも……皆でわいわい遊びに来れたのは、本当に楽しかったし、嬉しかったです」
「雛菊ちゃん……」
「だから紅お姉さん、また、こうして一緒に遊びに来れたらいいですね」
「うん、また来ようね」
そう言って、照れたように笑う雛菊に……紅をはじめ皆、つられるようにして笑いあうのだった。
――今日は、お泊まり会、最終日。
このあと満月家に帰り、浴衣から着替えたら……雛菊も深雪も、皆それぞれの生活へと帰っていく。そんな、少し寂しさ漂う現実側の夏のイベント最後の夜だった――……
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