花火大会会場へ

 

 結局、紅と昴はお盆前日に予定を合わせ、道場の掃除を手伝うことにして、その旨を今も管理している師範の娘夫妻に伝えて来た……今の紅の姿が姿なため、昴一人で。


「しかしまあ、お主らも大概マメじゃよな。わざわざ手伝いに来なくて構わぬと言われておったじゃろ」

「そうだけど……やっぱり一番最後にお世話になった門下生としては気になるよ」

「ま、コイツはその手の話にはやたら律儀だからな、言っても聞かないさ」

「そうは言いつつ毎年手伝うお前だって、本当は気になってるんだろうが」


 ムッと頬を膨らませ、白地に朝顔が描かれた日傘(今日は和装に合わせ和傘である。天理とは色違いのお揃い)をクルクル弄びながらじぃっと見つめる紅の反論に……ふっと目を逸らす昴。

 どうやら図星らしいと、紅は一転してしてやったりと意地の悪い笑みを浮かべる。





 そんなふうに他愛ない会話しながら向かった、花火会場である河川敷の土手上。


 そこは……まだ日も沈まない明るい時間ながらもすっかりと混雑しており、歩いている人以外に早々に席を確保して座っている者も少なくない。

 中には、もうすでに食べ物を確保してシート上にならべ、缶ビールを開けて飲み始めている姿もちらほらと散見された。


 そんな中で紅は聖と雛菊、昴は深雪と、それぞれ逸れないように手を繋いで、花火を観るのにいい場所を探しながら歩いていた。


「もう結構混んでるねぇ」

「仕方ないさ、この辺りにめぼしいお祭りとか無いし、この花火大会は数少ないお祭り騒ぎだからね」


 あんまりといえばあんまりな昴の言葉に苦笑しながら周囲を見渡す。


 普段は犬の散歩やランニングしている人がちらほらいるくらいにしか人の歩いていない、この閑静な住宅街の中を通る、タイルやレンガで綺麗に遊歩道が舗装された一級河川の河川敷。

 そこに今日だけは、数多の出店が立ち並んで客を呼び、色とりどりの浴衣を着た家族連れや恋人たちと思しき人通りが溢れていた。



「委員長もくる予定だったよね。もう居るのかな?」

「あ、ちょっと連絡してみるね。えぇと……」


 紅の質問を受けて、聖がメッセンジャーを開いて連絡を取り始める。そのまま、返事を待っていると……


「あ、雛菊ちゃん!」

「深雪ちゃん、こ、こんばんは!」


 ふと背後から掛かったのは、年下の少年たちのグループ……その小学生から中学生の少年グループは、確か同じ区の子供たちだ。


「彼らは?」

「あ、はいです、ラジオ体操の時一緒だったです」


 そう返事を返すのは、余裕のある雛菊。引っ込み思案な深雪は、昴の陰に隠れてしまっている。


「二人も、花火大会に来ていたんだね」

「ゆ、浴衣、か、可愛いね」

「あ、あの、この後良かったら一緒に……」


 すっかり少年たちに囲まれてしまう二人。やんわりとお断りしているが……この場に龍之介が居なくて良かったなぁと思うばかりであった。


「ごめんなさい、今日はお母さんたちと一緒なのです」

「そう、ですか……」


 申し訳無さそうに頭を下げる雛菊に、少し残念そうにする少年たち。


「それで……こ、こちらの古谷お姉さんとは……?」

「はい、こちらに滞在している間、お世話になっている方々です」


 そう告げる雛菊の言葉に、ニコニコと子供たちを見守っていた聖の方を向き、ガチガチに緊張した様子で尋ねる少年たち。

 同じ区で見かける綺麗なお姉さんと、夏休みに入って初めて見かけた可愛い同世代の女の子が一緒にいるので、気が気ではないのだろう。


 ……と、完全に他人事として呑気に考えていた紅だったが。


「それで、あの、古谷のお姉さん。その……こちらの女の子は?」

「……ひぅ!?」


 その好機の視線のいくつかが突然方向を変えて聖の隣、つまり紅の方を向いたことに、紅は思わず仰け反った。



 ――ねえ母さん、私を知っている人の記憶は改竄したんだっけ、どう変えたのかな?


 そんな疑問を乗せて、後ろにいた天理をジト目で睨む紅。


 冷静に考えてだいぶ恐ろしい話だが……確かそんな話を以前退院する前に天理はしていたはず。

 だが、その詳細までは踏み込んで聞いていなかった。


 ――すまん、彼らの記憶に関しては、会ったこと自体無くなっとる。


 すまなそうにそんなことを目で語りかけてくる(と思われる)天理に、紅は頬を引き攣らせた。



 ……最近見かける気になる女の子枠は、紅も一緒だったらしい。


 そういえば、小学生や中学生とは登校時間がズレているし、普段は休みの日にも滅多に表に出ていない。当然ながら、ご近所付き合いは皆無だった。

 つまり紅も、彼らにとっては「見知らぬ可愛い女の子」なのである。



 ――ああ、やっぱそういう目で見られるよなぁ、この姿だと。



 聖が事情を説明してくれている間、紅は彼ら中学生男子のぎらついた熱視線をこっそりと日傘で遮りながら、うっかりしていたなぁ、と溜息をつく。


 彼らの最年長組は、中学生だった時に紅が面倒を見てあげた事がある後輩も居る。

 そんな彼らに好奇と、あと露骨に色っぽい期待が滲む目で見られるのは……男と付き合うつもりは全く無い紅は、少し申し訳ないものを感じていた。


 今更ながら、世間一般には間違いなく美少女であろう自分の今の姿を改めて再確認し……顔は愛想笑いを維持しながらも、内心ではもう一度深々と溜息を吐く紅なのだった――……

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