魔王vs勇者②

 断続的に響き渡る、金属のぶつかり合うけたたましい音と、あちこちで花咲くオレンジ色の火花。

 激しくぶつかり合う『魔王』と『勇者』の戦闘に、沸き立った周囲の観客の歓声が響く中……



「はぁぁああああッ!!」

「ぐ、ぅ……っ!?」



 裂帛の気合いの声と共に、瞬間移動のような速度で跳んできたクリムから放たれた、竜巻のような回し蹴り。

 それはまるで冗談のように、左手の小盾バックラーで防いだはずのスザクの体を十メートル以上吹き飛ばす。


 ガリガリと両足で地面を削り、どうにかバランスを崩さず耐えたスザクは、続いて追ってきた少女の鎌を地面に転がって回避する。


「……っそ、こんだけ速い攻撃が重いとか反則だろ……ッ!?」


 ビリビリと痺れた左腕の痛みを堪えて素早く立ち上がり、すぐに悪態を吐きながら駆けるスザク。モタモタと突っ立っていたら即座にヤラれる、そんな危機感がその脚を突き動かしていた。



 ――ステータスとしての敏捷性Agilityが存在しないこの『Destiny Unchain Online』において、素早いということと、攻撃が重いということは、決して矛盾しない。


 むしろ破壊力とは質量と速度の乗算なればこそ、たとえ小柄で軽い少女とはいえ、その規格外の速度の乗った一撃一撃は、あまりにも重い。



「……っの、『バックショット』!!」

「甘い、『スラッシュレイヴ』……ッ!」



 ――ギギギンッ!!


 ひと連なりになって聞こえる、三度の硬い物と金属がぶつかり合う衝突音。

 クリムの着地の瞬間を狙って放たれたスザクの三連撃は、その少女が振るった爪にことごとく弾かれていた。



 ――本来ならば、クリムのメインウェポンである大鎌は取り回しの悪い武器だ。


 それを補っているのが、この素手並みに小回りの効く爪。その守りは盤石で、まるで付け入る隙を見出せない。


 高い魔力から編まれた武器の威力。

 手が付けられないほどのスピード。

 そして盤石な守り。


 その小さな少女魔王の、あまりにも完成度の高い実力に、スザクは流石に舌を巻く。


 これが――スザクが知りたがっていた、頂点。

 全プレイヤー最速と噂される、魔王クリム=ルアシェイア。その立っている場所は、あまりに高い。


 もはや何故まだ自分が立っているのかは分からない。あるいは――彼女が意図的に首から上を狙っていないせいか。




 舐めプレイ……ではない。彼女からは弱者を嬲って愉しむような悪意はまるで感じられない、これはむしろ逆。


 ――もっとだ、お主ならばもっと先へ着いてこれるだろう?


 そんな……期待。これは、対戦相手への信頼から来る、まごうことなき期待だ。




 そして……悔しいことに、確かにスザクのギアは、少女の手によって強制的に上げ続けられていた。


「……っざっけんな、この女、とんだサディストじゃねえか……ッ!!」


 ギリっと歯を食いしばり、チリチリと光が舞う視界を越えてまた一歩自身の限界の先へと踏み込む。


 ――が、それでも届かない。


 短期未来予測スキルは正常に働いている。今からクリムが何をしようとしているかの予測は見える。

 思考加速もフル稼働中だ、それこそ酷使された頭がクラクラとするくらいに。


 だが、反応できない。目では追えても、身体がついていかないのだ。


「しまっ……!」


 地を這うような低い姿勢から、すくい上げるように振り抜かれた大鎌の衝撃に、スザクの足が、ついに地面から離れた。


「……『アズリール・リング』!」


 空中へ打ち上げられたスザクへ向けて、投擲されるクリムの大鎌。体勢も崩れ切っているスザクにできる事はもう無い……いや。


「……っの、戦闘中だけめちゃくちゃ性格悪いぜ、魔王様よ……っ!?」


 そんな捨て台詞を残して、スザクの体が『アズリール・リング』に両断された。

 これで、バトルエンド……そう誰もが思った。当の、攻撃を放った一人を除いて。



 スザクの体のダメージエフェクトが、まるで逆再生のように消えていく。


竜血の英雄ジークフリード・偽』


 強制食いしばりのスキルによって、全損したはずのスザクのHPが1だけ残る。

 だが……それを予測していたように、スザクの周囲はクリムが放った真紅の鎖スレイヴチェインに取り囲まれていた。


「確かに厄介なスキルじゃが、復活の瞬間は隙だらけじゃ。やりようはいくらでもある。対処は簡単じゃな」

「て、め……!」


 スザクが歯軋りして、口惜しげにクリムを睨みつける。

 当然、自身が所有するスキルのそんな欠点は、スザク自身が言われる前に痛感していた。だからこそ、クリムはそれを使わざるを得ない状況に追い込んだのだ。


「まずは切り札の一つを奪わせてもらう、しばし大人しくしとれ、『ハンギング・ウィングス』」


 鎖に雁字搦めにされたスザクが、クリムの放つ力場に固定されて空中に磔にされる。


 いくらもがいても拘束は外れず、そのまま30秒、40秒と経過し……『竜血の英雄・偽』はただ無駄撃ちとなって、効果を失った。


 本当ならば、ライフ1だけ残った相手を捻り潰すのは容易かっただろうが……しかしクリムは、そのままスザクを解放する。



「……何のつもりだ、魔王様」

「いや、何……人がより成長するのは、我は限界まで追い詰められた時だと思っとるからな」


 ククッと小悪魔じみた悪巧みの笑顔を浮かべ、改めて鎌をピタリと構え直すクリム。


「小賢しい無限ガッツも失ったお主の命はこれで最後じゃ……死ぬ気で挑んで来るがいい、勇者よ!」

「こっ、の……ぜってぇ後悔させてやるからな!!」


 さすがに額に青筋を浮かべ、スザクは一声吠えながら、猛然と少女に斬りかかるのだった。





 ◇


「ぉおおおおおおッ!!」


 裂帛の気合いから放たれたスザクの怒涛のような剣閃に、クリムの迎撃が間に合わなくなり、抜ける。

 ジッ、とスザクの魔剣が、回避の間に合わなかったクリムの二の腕を掠めた。


 ――ふむ、やはり動きのキレが上がったな。


 スザクの動きがまた一段と速くなり、時々クリムが捌き切れなくなってその体を掠めるようになったのを眺め、クリムは内心でほくそ笑む。



 ……追い詰められた時、ゲーマーは二通りの反応を見せる。


 追い詰められて萎縮し、動きが鈍る者。

 そして追い詰められて奮起し、動きが鋭敏になる者だ。


 そして……以前対戦した時、それとファーヴニル戦を見ていたクリムは、眼前の勇者が後者であると踏んでいた。



 きっとこやつは、我やソールレオンの領域まで登ってくるという予感がある。

 もう少し、成長を見ていたい気もするが……しかし、スザクの方がぼちぼち無理な思考加速の限界を迎えるだろう。


 なれば――我は今可能な全力で、勇者に引導を渡してくれようぞ!!


 そんなあきらかにテンション上がりすぎて冷静さを欠いた思考の元、己が後先を考えぬ全力を解き放つのだった。





 ◇


「さて……勇者よ、ここまで良くぞ粘って見せた! 褒美に、我の全力中の全力をもって幕引きとしよう!!」


 限界が近く、霞む視界でそれでも魔王と呼ばれた少女を睨みつけるスザクの目の前で……明らかにタガが外れ、テンションが振り切れている様子で歓喜の高笑いを上げている少女が、その手を掲げ、叫んだ。


「行くぞ――『ブレイズ・ブラッド』!!」


 瞬間、少女の姿がまるで燃え上がるような真紅に包まれた。


 ――来る!!


 ビリビリと肌を叩く殺意に、そう、半ば直感から魔剣を構え身構えた――次の瞬間。




 ――DESTROYED! スザク LOSE!!




「は、ぁ…………がはっ!?」


 突然眼前に現れた、敗北を告げるコール。

 気がつけばすぐ横に、鎌を振り切った体勢の真っ赤な髪の少女がいたことを視界に収めた次の瞬間……HPを今度こそ全損したスザクの意識は、静かにブラックアウトしたのだった――……


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