魔王vs勇者①

 ――勝負の約束から数日後、セイファート城の庭園……寺子屋前グラウンド特設決闘場。




 クリムはぐるりと周囲を見渡しながら、申し訳なさそうに呟く。


「はぁ、すまんな……決闘をするという話になったら、あれよという間にこんなことになってしもうた」


 そこには……各々ドリンクやスナックを手に周囲を囲んでいるお祭り気分の観客たち。

 その中には……周囲の観客同様に気楽な観戦態勢のルアシェイアの面々や、今にも気絶しそうなほどハラハラとした様子で見つめているルージュ、それとは対照的にわたあめに夢中でかぶりついているダアト=クリファードなどの姿も見受けられる。


 そんな有様に苦笑しながら、クリムは漆黒の鎌を手元に作り出す。



 せっかくの勝負なのだからイベントにしようと言うリュウノスケの提案に、まあいいかと乗ってみたところ……調理系の生産職が、すわ商機とこぞってたくましい商魂を発揮したせいで、すっかり縁日の様相となってしまったのだった。



「構わないさ。この世界での決闘はお祭り騒ぎになりやすいって話を前々から聞いていたから、良い練習だ。それに……」


 フル装備に身を固めたスザクが剣を……こちらは赤の剣ではなく、以前ファーヴニル戦で入手した『魔剣グラム』だ……ピタリと、クリムへ切っ先を向ける。


「何より、人前で戦うのは慣れている」


 そう宣うスザクだったが……たしかに、彼は冷静そのものだった。剣先もまるでブレる様子もなく、すり足で微妙に立ち位置を変えるクリムにピタリと追従してくる。


 大勢の観客の前で、これだけ自然体を維持できる者は稀だ。大抵の場合は力みすぎ、あるいは萎縮して剣筋が乱れるものだ。


 それが可能ということは、よほど豪胆な者か、あるいは……



 ――大勢の観客の前で戦うことに慣れているか。



 クリムはそこから彼の素性の推測もできたが……わざわざ指摘するのも野暮というものだろうと、胸にしまう。


 クリムが『赤の魔王』として有名になってくるにつれて対戦頻度が減り、しばらく挑んで来る者も居なかったため、久々に聞くPvPの戦闘開始までのカウントダウン音。


 そのカウントが進むにつれて、徐々に精神が昂っていく中……カウントが、やがてゼロになった。



 ――1 on 1 Battle Start!!



「――は」


 気付いたら、スザクの姿がクリムの目の前にあった。

 凄まじい速度で繰り出された刺突を、クリムは鎌の柄で受け流す。激しい火花を上げて、その『魔剣グラム』はクリムの肩を僅かに掠め背後に流れていった。


「なんじゃお主、最初から容赦無いやつじゃな!?」

「はん、格上に遠慮なんてするかよ!」


 そのスザクの剣先が、揺れる。


 ――来る……!


 そうクリムが距離を取ろうとした瞬間――


「――『バックショット』……ッ!!」


 スザクが技名を叫ぶと共に、放たれた神速の三段突き。それをクリムは、踊るようなステップで、間をすり抜けるように回避する。


「……あれを目で見て回避するかよ、化け物か」

「いやいや、回避し切れた訳じゃないぞ、ちぃとばかり驚いたわ」


 距離を取り、ヒラヒラと手を振ってみせるクリム。その姿に、周囲から上がるざわめき。

 その肩、右二の腕、左頬には光るダメージエフェクトが走っており、僅かだが掠めていたことを示している。


「しかし、まあ……『片手剣技:光跡の型』か。久々に見たが、ずいぶんニッチな選択をしておるな」

「一般の評価は理解している、だが俺には性に合ったからな」



 ――片手剣。使用者の最も多いこの武器種には、スキル熟練度が100に到達した後に、六つの『型』のスキルを習得できる。


『豪炎』『流水』『岩壁』『疾風』『暗黒』そして『光跡』


 スザクが使用しているのはおそらく『光跡』……だがこれは、光を冠する主人公っぽい名前の割に、人気はあまり高くない型だったはずだ。



 ――素早い連撃が特徴的な、どちらかというと対人向けの型。


 しかし対人戦においては、受け流し技が豊富な『流水』や、HP吸収や状態異常が豊富な『暗黒』には劣る。

 範囲攻撃重視の『疾風』のように広範囲への攻撃が得意というわけでもない。

 対ボスは一応こなせるが、アタッカーとしては火力に秀でた『豪炎』に爆発力で劣る。

 小回りが効き即座に防御体制に移れるため盾として立ち回ることはできるものの、タンクに人気である守備重視の『岩壁』には敵わない。



 総じて、『何でも出来るが全て他の特化型には劣る』……そんな評判と共に、急速に使用者の減った型、それが『光跡』だったはずだ。


 だが……




「――させるかッ! 『フレシェット』!!」


 クリムが動こうとした瞬間、鎌を振りかぶろうとしたクリムの肩めがけ放たれた先程の『バックショット』にも勝る神速突き。


 片手剣の発生フレーム最速を誇る剣技『フレシェット』、それは型の名前通り光跡だけを残し、攻撃に移ろうとした挙動を潰されたクリムはチッと舌打ちしながら半歩後退してその攻撃を避ける。



 ――確かに、『光跡の型』は器用貧乏だ……だがしかし、その状況における最適を選択し続けられるならば、『器用貧乏』は『最速』の『万能』足り得る。


 そして、眼前の『竜血の勇者』スザクは、それが出来るプレイヤーであり……それはまるで、千の剣閃を携えて襲い掛かる、まさに閃光の剣士といった様相でクリムを追い回していた。




「おい、あれ……」

「もしかして、魔王様押されてるんじゃ……」


 ざわざわと広がる、観客たちのざわめき。

 決闘開始からここまで、ずっとスザクが一方的に追い回しているという観客たちにとって予想外の光景が繰り広げられていた。



 ――むぅ……もう少しこのまま受けていたかったが、ま、やられっぱなしというのも癪じゃから、そろそろ潮時かの。



 流石にブーイングが混じり始めたのを聞いて、クリムが心のギアを一つ上げた。反撃に転じるために右脚にぐっと力を込める。


「――させるかと、言った……!」


 クリムの動作を予想して、再度その頭に目掛け放たれた神速の『フレシェット』。だが……


「――なっ!?」


 ドンッ、という凄まじい踏み出しの音、そして遅れて舞い上がる砂塵の中……確かにクリムの動きを捉えていたはずのスザクの『フレシェット』は、虚しく空を切り、彼は驚愕の声を上げる。


「――残念、我の方が速い」

「……ッ!?」


 直後、背後から聞こえてきた少女の囁きに、スザクがそれでも超反応を見せて振り返り、首に迫っていた大鎌を剣で弾く。


 その衝撃を利用して空中で一回転し距離を取ったクリムが、スタッと華麗な着地を決め、余裕綽々と言った様子で大鎌をくるくると手元で回転させ、構え直した。


 スザクの先読みした攻撃が、クリムに当たらなかった理由……それは至極単純な理由だった。


 つまり――スザクの想定の何倍も、クリムの方が速い。ただそれだけの理由で、脚力だけで最速の剣技を振り切ったのだった。


 しかも即座に反撃に転じてきた……すなわちそれは、その速力に振り回される事なく完全に御しているということ。


 それを理解したスザクが、今もお互い武器を構えて対峙しながら、流石に顔を引きつらせた。


「――オイ、君、マジのマジで化け物かよ」

「いや……違うな、我はだ」


 ダラダラと冷や汗を流すスザクの視線の先で、クリムはその小さな桃色の唇で弧を描かせ、余裕たっぷりに笑うのだった――……


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