反省会

「はい、クリムちゃん、あーん」

「あーん……」


 もうどうにでもなーれ、と光の消えた目で、クリムはフレイヤが差し出すベビーカステラを口に含む。



 ――スザクとの対戦も終わり、今はもうすっかり観客も屋台も立ち去った頃。


 最後に使用した『ブレイズ・ブラッド』の副作用により幼児化したクリムは……案の定というかなんというか今回もきっちりとフレイヤに捕獲され、すっかり見た目は双子のようになったルージュ共々愛でられていた。


 そんな目の死んでいるクリムとは対照的に……右手にクリム、左手にルージュを抱いたフレイヤはニコニコと上機嫌に、二人に手ずからお菓子を食べさせている。気のせいか、なんだかお肌までツヤツヤしているように見えた。


「うふふ、両手に花でお姉ちゃんは幸せだよー。ルージュちゃんは、クレープ美味しい?」

「は、はい……美味しいです……っ!」


 口元にクリームをつけたまま、嬉しそうにルージュが頷く。

 彼女は今、たっぷりとクリームが盛られたクレープを一生懸命に頬張っており、フレイヤはそんなルージュのことを優しい目で見つめていた。


 ……そんな微笑ましい光景の傍らで。


「クリム、お前さ……テンション上がったからって必要もない『ブレイズ・ブラッド』まで使うって、馬鹿だろ?」

「うぐ……返す言葉もございません……」


 クリムにチクリと刺さる、刺々しい言葉。


 右隣に座るフレイの呆れたような声に、クリムは脱出不能の今の状況を諦めて受け入れ、がっくりと肩を落とす。

 そんなクリムの頭を、ルージュの方からフレイヤの肩を伝ってクリムの方へとやってきた二体のドッペルゲンガーが、「まあ元気出せよ」と言いたげにポンポンと撫でるのだった。



 一方で……もう一人、元気の無い者も居た。



「ねぇスザク、元気出して? ほ、ほら、わたあめ食べる? 美味しいよ?」

「人の食いかけのベタベタなわたあめなんか要るかよ……」


 こちらはすっかり意気消沈した様子で、テーブルに肘をついて組んだ手に額を乗せるようにして項垂れるスザク。


 なんとなく「ズーン」という擬音が聞こえてきそうなその様子。

 最初こそ「スザク弱ーい」と煽っていたダアト=クリファードでさえも、今はさすがに心配そうな様子で付き纏っていたが……残念ながら、彼女の慰めに大した効果は無さそうだ。


 さすがに、そんな様子のスザクを見れば、クリムだって冷静になる。

 すっかり気落ちした彼の様子に声を掛けるか迷っていたが……やがて意を決して、頭を下げた。


「その……すまなかったな。少々興が乗ってしまい、思えば結構無礼な事もしてしもうたと、今では反省しておる……」


 しょんぼりと、スザクに頭を下げるクリム。

 その哀愁漂う姿に……スザクが、ようやく口を開く。


「七回だ」

「……ななかい?」


 不意にボソッと呟いたスザクの声に、クリムが首を傾げて聞き返す。


「君が、俺を撃破できるタイミングをあえてわざと見過ごした回数だ」

「……ひぇ」


 ――めちゃくちゃ根に持ってらっしゃる。


 前髪の影からギロッと睨みながらのスザクのその言葉に、クリムは顔を真っ青にしてフレイヤの腰にしがみつく。


 しかし……すぐに彼は、ふっと表情を緩めた。


「……冗談だ。というかその姿を見たら情けなくて萎えた」

「むぅ……何か失礼なこと言われとらん、我?」

「色々思う事はあるが、現状のトップの様子が知れて俺としても収穫の多い一戦だったからな。まだまだ認識が甘いということも理解できた、感謝してもし足りないくらいだ」

「そ……そうか? ならば良かったのじゃが……」


 前向きなスザクの言葉に、ようやくクリムもホッと安堵の息を吐く。


「いつか……お前を負かしてみせる。必ずだ」

「ふふん、我はいつでも待っておるぞ」


 そう、お互い握った拳をぶつけ合う真似をして……今回の対戦に関しては、以後は遺恨なし、と頷き合う二人なのだった。






 ……そうして、この場にようやく和気藹々とした雰囲気が戻り、アドニスに茶の用意してもらって茶会を始めたころ。


「ところで魔王様。まるで見えなかったんだが、最後に見せたあの技は一体なんだ?」

「あ、僕も気になっていたんだ、側から見てもやっぱり、まるで見えなかったからな」

「あー……あれか」


 スザクとフレイから投げかけられた質問に、クリムは紅茶で舌を湿らせて少し考えた後……悪戯っぽい表情で、口に立てた人差し指を当てる。


「……企業秘密じゃ。あれは対ソールレオンの奴めの秘密兵器じゃからな……ククク、今度対峙した際に、目にモノ見せてくれるわ」


 悪い顔をしてそんな事を宣うクリムに、傍らで聞いていたフレイは内心でこっそりと、こんな規格外なやつにライバル認定されているソールレオンに同情する。


「しかし、その口振り……何かのスキル由来の戦技ではないのか?」

「うむ。システムに定められた技能スキルではなく、我自身の研鑽によって一から編み出した技術アーツぞ」


 スザクの疑問に、ふふん、と自慢げに胸を張るクリム。さらっと言ってはいるが、その内容は常識外れも甚だしい。


「……勝てない理由、分かった気がするな。俺もまだまだ研鑽が足りないし、常識に縛られているようだ」

「……本当に、昔馴染みの親友のことながら、負けず嫌いもそこまで行くと尊敬に値するな」


 スザクとフレイは、男同士で揃って呆れたような声と共に、少女の飽くなき向上心にただただ感心するしかないのだった。

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