古きを伝承する仮想
「結構、人が居るね」
紅たちがビーチへと来た時、そこはすでに大勢の宿泊客がひしめき合っていた。
とはいえ今はまだ本稼働前の施設であり、人でごった返すというほどではない。よほどのことがなければ、人混みに紛れて雛菊や深雪らを見失うような事はないだろう。
……と、紅はそう安堵していたのだが。
「紅ちゃん、はぐれないよう手を繋ごうか?」
「なぜ私!?」
隣にいた聖に真っ先に手を取られ、柔らかく温かい手の感触にドキッとしながらも抗議の声を上げる。
「だってお前、自分の今の背丈が深雪ちゃんと大差ないの忘れてただろ?」
「ゔっ……そ、そうだったね」
そう、迷子の可能性があるのは紅も同じなのだ。
昴の指摘に、納得しかける……が。
「い……いや騙されないぞ、聖は絶対そこまで考えてないよ、手繋ぎたかっただけでしょ」
「あー、まあな……」
上機嫌に鼻歌を歌いながら紅を先導する彼女、そのにへら、と緩んだ表情に対しての紅の指摘から、そっと目を逸らす昴なのだった。
「さて、花火が始まるのは二十分後だな、さっさと食うもの集めて席を取っとくか」
「それじゃ今いるここに集合って事で。各自別れて、好きな食べるものを買ってきましょうか」
龍之介の言葉を継いでそう提案する紅の言葉に、皆それぞれ動き出す。
「焼き鳥、焼き鳥」
「私はイカ焼きの気分かなー」
「お前らは今日も飲む気満々だな……」
明らかに酒のつまみにする気満々なメニューを探しに行く沙羅と翡翠に、龍之介が呆れたようについていく。
「すまんな、酔っ払いを放置はできん。深雪のことは頼んでいいか?」
「うん、分かった」
去り際にそう謝る龍之介に、紅が快諾する。
そうして、大人組が行ってしまった後。
「それじゃ、深雪ちゃんはこっちで僕らと行く?」
「はいなの。それで、あの……」
昴に話しかけられて顔を僅かに赤くしながら、ちらちらと手を繋ぐ紅と聖の方を見ている深雪。
その様子に昴は、ああ、と得心がいったように手を差し出した。
「はい、迷子になったら大変だもんね?」
「あぅ……し、失礼しますです」
気負う様子もなく差し出された昴の手を、恥ずかしそうに取る深雪。その様子を見て、紅と聖はこっそり内心で溜息をつく。
「……そうだけど、そうじゃないんだよなぁ」
「ねー」
行動としては大正解のはずなのに、考えていることが若干ずれている幼なじみに、紅と聖は呆れ気味に呟く。
「それじゃ、雛菊ちゃんは……」
「あ、大丈夫です、今温泉から出たお母さんが来てくれるみたいだから、そちらと合流しますです」
「ん、了解。私も一緒に待とうか?」
「はいです、佳澄お姉さん、ありがとうございますです」
そう言って、階段へと座り込み、談笑を始める佳澄と雛菊。
こうして三手に別れた紅たちは、あちこちでタレやソースが焼けるいい匂いのする屋台を眺めて回るのだった。
「やー、こう沢山の屋台ご飯が並ぶと壮観だねぇ」
聖が、運良く確保できた皆が座ることのできる席、食べ物が並んだテーブルを眺めて呟く。
たこ焼き、焼きそば、はしまき(箸に巻いた薄いお好み焼きみたいなやつ)などの粉物から、牛串やフランクフルト、焼き鳥やイカ焼き、じゃがバター。少し気の早いチョコバナナ等の甘味まで、多種多様な店屋物が所狭しと並んだテーブル上。
そんな壮観ささえ感じる光景の中、皆でシェアしながら思い思いに好きなものを取りわけて食べるというのも、また屋台ご飯の醍醐味だろう。
紅自身も食べたいものを取り分け……チープなはずなのに、何故かやたらと美味に感じる屋台の焼きそばに、舌鼓を打っていると。
「それにしても……あなたたちの配信、私も見ていたわよぉ」
皿に取り分けた焼きおにぎりを、上品な箸遣いで食べていた桔梗が、不意にそんなことを話し出す。
「ああ、血湧き立つPKとの市街戦、めくるめく絡みつく触手の群れ、私もその場に居たかったわぁ……」
「そ……そうです、か」
――今の話で、羨ましがるところあったかなぁ?
うっとりと頬に手を当てている桔梗の様子に何か不穏なものを感じながら、とりあえず無難な相槌を打つ紅。
他の皆も、あまり深く突っ込むとヤバそうだと似たり寄ったりな反応だ。
「……雛菊がお腹に居た時からフルダイブVRゲームはご無沙汰だったけどぉ、私もアカウント取ろうかしらぁ。でも第二販売分も品薄なのよね……」
隣で小さな口で一生懸命フランクフルトにかぶりついている雛菊を、母親らしく愛おしげに撫でながら、何かぶつぶつ言っている彼女に……心温まる光景を目にしているはずなのに、何故か戦々恐々としている皆なのだった。
「っと、そろそろ始まるみたいだな」
腕時計を見ながら焼き鳥を頬張っていた龍之介が、そう言って天井を見上げる。
皆も釣られて見上げた先では……ドームから夜景へと、スッと切り替わる光景が展開していた。
現実と遜色ない精度で再現されたAR表示の夜空と、フルダイブVRの応用技術により草の匂いが微かにする、広場と化した地面。
あまりにもシームレスに展開されたそのARシアターに、周囲から驚愕の声が上がる。
そんな映し出された雲一つない夜空に、ヒュルル……と螺旋を描いて登っていく一つの炎が、消える。そして……
――ドォオオオオン!!
「ひゃ!?」
「お、お腹にビリビリ来るですよ!?」
慌てふためくリコリスと雛菊。紅たち高校生組も、悲鳴こそあげなかったが……音と振動に、驚きで目を丸くしていた。
頭上に花開くは、大きくカラフルな炎の大輪。
それは、紅たちの知っている花火よりもずっと大きく、力強く、迫力があった。
「懐かしいわねぇ……そういえば、昔の花火ってこうだったわね」
「今の花火は、火薬の量やら周囲への騒音レベルやらの規制が厳しくなったからなぁ」
「そもそも、今は手作りはほとんど無いですし……機械生産品は画一的に綺麗ですが、少し味気なく感じますね、今思うと」
「はー……私が小学生に入る前に変わってたのは知っていたけど、沙羅先輩の時代はこうだったんですねー」
しみじみと語る、桔梗をはじめとした大人たち。
――現在の花火は、昔を知る人からすると、後継者の断絶と様々な規制の進行によって、全盛期から比べると退化している……と言われている。
今、紅たちの頭上で展開されている多種多様な色が舞い踊る炎の煌めきは、その全盛期の花火の再現。
体を震わせる振動と、鼻腔をくすぐる火薬の香りは、仮想でありながら圧倒的なリアリティを持って本物を紅たちへと叩きつけていた。
始めは歓声もなく、皆息を飲んでその光景を見上げていた。
だが……徐々に、徐々にと認識が浸透していくと、一人、また一人と歓声を上げ始め、それはいつしか大歓声となってビーチを埋め尽くしていたのだった――……
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