配信終了後のひととき
「――疲れたー!!」
ログアウトしてから、開口一番に、そんな紅の声が部屋に響いた。
時計を見れば、すでに夜の七時を回っている。朝から数えれば、じつに十時間近くもダンジョンに潜りっぱなしだったのだから、疲れているのも当然だ。
「みんなも、お疲れ様ー、特に委員長とか翡翠さん達、配信慣れしてない人たちは大変だったよね?」
「ええ……同級生ながら、満月さん達を尊敬するわ」
「ま、私は守られてばかりだから楽だったけどね」
すっかり疲労困憊といった様子の佳澄。一方で、翡翠はなんだか余裕そうだ。
「アバターとはいえ顔出し配信は初めてだったから、ちょっと新鮮で楽しかったわ。沙羅先輩は慣れているんですっけ?」
「ノーコメントよ」
翡翠の問いに、触れられたくないとばかりにそんなコメントを返す沙羅。そんな妻の様子を、龍之介は苦笑しながら目を逸らしていた。
「はは……まあ何にせよ、皆、お疲れ様。今日はもうゆっくり休もうか」
そう言って、撮影に専念していた龍之介が皆を労る。撮影中はほとんど会話に加わってくることもカメラに映り込むことも避けていた彼は、紅たちとはまた別種の疲労の色を隠せていなかった。
という訳で、もちろん長時間プレイの疲れもある。
だが……今回は正直、精神的な意味での疲労も色濃いように思えた。
「ほんと……大変なイベント1日目だったね」
「ああ、水着イベント詐欺だろこんなもん」
「まぁ、間違いなく視聴者皆、こんなの期待していた水着イベントと違うって感じだったろうな……」
疲れたように呟く紅と昴に、龍之介が苦笑しながら肩をすくめる。
彼はこれからすぐに動画のハイライト切り抜き作業に入るらしく……NLDからタブレットに配線を繋ぎ、ソファーに座って真剣な顔で向き合っており、熱心なプロデューサーぶりだった。
「うぇえ……なんかまだ色々まとわりついてる気がするよ……」
「私、ちょっと部屋に戻ってシャワー浴びてくるね……」
「うん……それじゃ、委員長に便乗して皆一度シャワーでも浴びてこようか。結構汗もかいてるしね」
しきりに体の様子を気にしている聖と、青い顔でフラフラと部屋を出て行った佳澄。
そんな様子を苦笑して眺めながらの紅の発言は皆満場一致で可決となり、一時シャワータイムとなるのだった。
◇
そうして、軽くシャワーを済ませた皆が戻ってきた、紅たちの部屋のリビング。
「ところでお前たち、夕飯はどうするんだ?」
女子たちは、皆で持ち寄ったドライヤーによって女の子同士で髪を乾かしあいっこをしたり。
大人組は、今日は控えめに缶のカクテルを楽しんでいたり。
そうして、気怠い時間の中でぼんやりと部屋に備え付けられていたテレビを眺めていた時……不意に龍之介がそう切り出した。
「そうだね……母さんたちは、機材とシステムの最終チェック中だから好きに済ませるように言っていたけど……」
龍之介の言葉に、紅が顎に手を当てて考えこむ。すると、ちょうどその時。
『――本日ご来場の皆様へ、お知らせします。これより一時間後、施設内ビーチにて、ARシアターの試験運転を兼ねた花火大会の再現映像を上映いたします。お時間のある方は……』
流れる、館内アナウンス。どうやらビーチで催し物をとり行うらしい。
「お……なあ皆、花火大会ついでに、縁日風に屋台を色々出しているみたいだぞ?」
「何々……あ、本当だ、結構店が出るんだね」
館内の情報にアクセスしていた昴が、そんなことを教えてくれる。
その言葉に、彼の体と彼が見ていた案内のページの間に小柄な体を滑り込ませた紅も、画面を覗き見てみると……そのライブカメラらしき映像には、結構な規模で屋台が準備中だった。
「紅、お前さぁ……もうちょっと自分が今は可愛い女の子だってことをだな……」
「ん? どうしたの、昴?」
「いや……はぁ、まあいいや」
密着するほどのすぐ後ろ、諦めたように嘆息している昴に紅が振り返りながら首を傾げていると、聖が、パンと手を叩いて皆の注目を集める。
「あはは……それじゃ、夕飯はせっかくだし、皆で出店を回って、花火を見ながら外で食べる?」
「はい、賛成です!」
「わ、私もそれで……!」
聖の提案に、即、反応したのは雛菊と深雪の年少組。その目は屋台ご飯と聞いて嬉しそうに輝いていた。
――わかる、子供の時って屋台のご飯はご馳走だったよね。
自炊するようになって以来、屋台のお祭り価格……例えば同じ金額で焼きそば自分で作ったらどれくらいの量がとか、そんな家計を握るもの特有の疑問を抱いてしまいがちな紅ではあるもの、その楽しい気持ちはよくわかるのだった。
そうして屋台目当てで花火上映に繰り出すこととなり、皆思い思いに乾かしたばかりの髪を結い、いそいそと支度を整える中。
「そういえば、俺たちの街もちょうど帰ったあたりに花火大会だったな」
「そういえば、そうだったねー。ねぇ紅ちゃん、天理さん、張り切って浴衣の用意していそうじゃない?」
「……ありそうで困るなぁ」
紅の長い髪をなぜか実に嬉しそうに緩めの三つ編みにしながら、楽しそうにそう告げる聖の発言に……紅はただひたすら、嫌な予感しか感じないのだった――……
◇
「どっぺるげんがー?」
花火会場であるビーチへ向かう途中、昴が色々調べていた内容の中で出てきた言葉に、隣を歩く紅が首を傾げる。
「うん。なんでも第一層に出るんだって。プレイヤーの能力、スキル構成を模倣したエネミーが」
「それはまた、何というか……大丈夫なのか?」
「他のプレイヤーから恨まれたりしないのかなぁ」
昴からもたらされた情報に難色を示す紅の言葉に、聖もそうだそうだとばかりにうなずく。
「うーん……微妙なところだけど、見た目にはきちんと差別化されていたみたいだよ、あとよく調べたら名前も調べた際の情報もエネミー表記みたいだし」
そう、追加で調べた結果を告げる昴。
「それと……あった、夕方に緊急修正入ってるね。『特定のエネミーにキルされた場合に限り、所持品のドロップはしません』だって。多分これがドッペルゲンガーのことじゃないかな?」
「な、なら良いんだけど……」
流石に、アイテムドロップがあるとヘイトが上がりすぎるだろう。せめてそれくらいは冷静な判断が最近暴走がちな運営にも残っていた事に、紅は心底安堵する。
「でも……例えば、間違ってソールレオンのやつとかがコピられたら、地獄だろうなぁ……」
この時はまだ、そんなふうに他人事で呟く紅なのだった――……
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