魔王の影

 ――散々苦しめられたものの、それはそれとしてリザルトは楽しいもので。


 苦労した甲斐はあり、目玉ゴーレムの戦利品は、なかなかに美味しいものだった。



 中でも、台座に収まっていたあの黒と赤の結晶。

 まるでカセットテープがデッキから排出されるように放り出されたそれは、一つの指輪となってクリムの手に飛び込んできた。



 その指輪……名を【シェイプシフターTPH-R】


 千変万化の影を操るというテキストが記載されたその指輪は、なんと魔法作成武器へと補正値を加えるという効果を持つ、クリムにうってつけな、れっきとした武器カテゴリーの装備だった。



 そうして、ようやく体力も回復した一行がホクホク顔で帰還中……だったのだが。


「ん、なんじゃ、ここ?」


 ふと、先頭を歩くクリムが立ち止まる。眼前には、丸い広場のような場所があった。それは、確かに来た際には無かった形状の道だ。



「来た時と、道が違うです?」

「え、でもここまでって一本道でしたよね?」

「うーむ……」


 何だろう、どこか往路では分からなかった支道にでも迷い込んだだろうかと、警戒しながら進もうとした――その瞬間。


「うわっ!?」

「ひゃっ!?」

「きゃ!?」


 先頭を歩いていたクリム、雛菊、リコリスの三人がその広場の中央を通過したとき、突然光に包まれた。


「だ、大丈夫かお前たち!?」

「う、うむ、特に異常は……無いな?」

「こちらも、ステータス、所持品とくに変化は無いです」

「同じく、なの」


 何度確かめても、確かに何の異常もない。

 今の光は何だったのだろうと首を捻りながら、再度帰路に着くのだった。





 ――そうして、ようやく帰還した『ルアシェイア』の探索拠点。


 戦利品を一度収納し、自分たちのものと確定した時にはすでに、だいぶいい時間になっていたので……今日はここまでとし、配信終了の挨拶へと入る。


「それでは、今日の配信はここまでとしよう。長々と付き合ってもらい、視聴者の皆には感謝する」



 コメント:お疲れ様ー

 コメント:嫌な事件だったね……

 コメント:大変だったね、ゆっくり休めよー



 ここまでの苦労をずっと共に見てきた視聴者たちの、温かな労りの言葉。だが、中には……



 コメント:で、続きは?

 コメント:当然旅行から帰ったらやるんだよな?



 そんな視聴者のコメントに、クリムの顔が引きつる。

 正直やめたい、もうおうちかえる。そんな苦悩が滲む顔だった。


「続き……はどうなるかのぅ。正直言うぞ、やめても良いか? というか我はやめたい!」


 コメント:目が死んでるw

 コメント:よっぽど嫌なんだなwww

 コメント:ダメです続けろ

 コメント:ルル……から逃げるな

 コメント:きっと再開するって信じてるからな

 コメント:みんな鬼だなw



「ぐっ……わ、分かったのじゃ、旅先から帰還したらまた再開するゆえ、またの!」



 無情な言葉たちにやけくそ気味にそう告げると、視聴者の温かい声援(?)に見送られながら、ルアシェイア一行は現実世界へと帰還した。



 そう……この時確かに、クリムたちはログアウトした筈なのだった――……







 ◇


 ――同日、数時間後の深夜。第一層、水没都市の別の場所。




「はぁ……はぁ、くそ、何人殺られた!?」

「わ、わかんねぇ、急に撃たれて、俺たち以外の姿は……!」


 それは、突然のことだった。

 そこそこ美味しい戦利品を抱え談笑していたギルドのメンバーへ向けて……突如降り注いだのは、どこから放たれたのかも分からないほど遠くからの、正確無比な光弾。


 リーダーの彼は一人、また一人と光に貫かれている恐怖に駆られ、各自散開ののち拠点で合流の指示を出したはいいが……ここしばらく、ほかの仲間の姿が全く見えない。


 いや……それどころか、街中に何故か、ほかのプレイヤーがいない。まるで無人の廃墟……あるいはのように。



 恐怖に駆られ走り続けるのも限界であり、路地裏へと駆け込み、石段に座り込んで呼吸を整える。

 残る最後の仲間である男も、壁に背中を預け荒い呼吸を鎮めているところだった。


 そんな、しばらく静寂の時間が流れていたときだった。


「……ぐっ」


 それは、小さなくぐもった声。残る最後の仲間が上げた声は、だがそれ以上続かなかった。


「……おい?」


 ……彼からの返事は、無い。


 返事も返さずただ黙り込む仲間に、訝しげに声を掛けるリーダー。

 それでも彼は、壁に背中を預けたまま、動こうとしない。その喉には、まるで背後から貫かれたように鋭い刃が飛び出しており……



「……ひっ、ぁ……!?」



 壁の向こう、窓の中に、

 金の目を光らせ、



「う……うわぁぁああああっ!?」


 もはや、リーダーは恥も外聞も捨てて、誰も居なくなった水没都市を走る。


 もはや一刻も早く、この場所から離れたかった。

 早く拠点へと戻り、皆に託された戦利品を収納したらすぐさまログアウトしたかった。



 ……そんなリーダーが、足を止める。


 一本道の曲がり角の向こうから、何かが近づいて来ていることに気が付いたからだ。


 それは、ザッ、ザッと規則正しいペースで近寄ってくる、小さな足音。その音から察するに、かなり小柄な人物なはず。


 固唾を呑んで、曲がり角を凝視するリーダー。

 だが、その眼前についに現れたのは……意外にも、知った顔だった。否、ファンとして忘れるはずがない顔だった。


「ま……まおーさま?」


 幼気さの残る姿をした、真っ白な美少女。

 強く可憐な、この場においてきっと助けてくれるであろう、心優しい魔王様。


 その姿にホッと一息つくも……すぐに、違和感を察する。



 ――はて……あの少女は、このような毒々しい紫色の炎を纏っていただろうか。


 ――全身にのたうつ炎と同色の紋様は、果たして何なのだろう。


 ――その手にした大鎌は、気のせいでなければこちらへと振りかぶられてはいないだろうか。



 そこまで考えた瞬間……小さな桃色の唇が、ニィ、と弧を描いた。



 ――そういえば、先程仲間たちを散々殺し回っていたのは……と、ではなかったか?



「あ……あ……」



 救いは――無い。


 もはや逃げることすら考えることができなかったリーダーへ――無情にも、その鎌は首を刈るように振り下ろされたのだった――……


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