水没都市 

 ――イベント開始と同時に、一行が乗船させられた連絡船。




「私、前の方を探検してきますです!」

「あ、雛菊ちゃん、危ないよ!?」


 船にはしゃいで駆け出す幼少組を暖かく見守りながら……残るメンバーは、難しい顔で顔を突き合わせていた。


「なんか嫌な予感がするんじゃよなあ……コメントがこの船に乗ってから黙り込んどるし」


 そう……先程からずっと、配信コメントが流れていないのだ。

 撮影が停止している可能性も考えて、クリムがリュウノスケと一緒にチェックもしたが、特にそのようなことは無かった。


 となれば、考えられるのは……話好きな視聴者が、あえて配信者に知っている情報を渡さない理由といえば……そう。


「「「「愉悦待ち」」」」


 クリム、フレイ、フレイヤ、そしてカスミ。

 頭を突き合わせた四人の回答が、一致した……丁度その瞬間だった。



「きゃあああ!?」

「な、なんなんです!? うわわ、引っ張らないでくださいー!!」


 船首甲板から、リコリスと雛菊の悲鳴が響き渡ったのは。


「ええぃ、やはりか!!」

「雛菊ちゃん、リコリスちゃん!」


 前衛であるクリムとフレイヤを先頭に、皆が慌てて駆けつけると、そこには……




「な、なんじゃあああ!?」


 思わず、その光景にクリムが素っ頓狂な声を上げた。


 海面から視界いっぱいに聳え立つ、無数の巨大な……吸盤が生えたそれは紛れもなく、タコ、あるいはイカの脚。

 それが今まさに雛菊とリコリスを捕らえて、海中へと逃げていく最中であった。


 流石のクリムも呆気に取られ、ポカンとあまりに大きなそれを見上げていた隙に。


「うわ!? な、なんじゃ、離さんか!?」


 予想外に素早い動きで、船上から蛸の触手に脚を絡め取られ、宙吊りに掬い上げられるクリムの小さな体。

 脚が船から離れ、慌ててジタバタするも時すでに遅し。


「ちょ、何これぇ!?」

「やだ、ヌルヌルする、いやぁぁああ!?」


 周囲からも上がる悲鳴。見れば、フレイヤやカスミも抵抗する暇さえなく触手に絡め取られていた。



 コメント:ヒャッハー、まおーさまの触手責めだぁ!

 コメント:ネタバレしないよう黙ってて良かった!

 コメント:あ、ちなみにこれ回避不可イベント。

 北の魔王:はは、俺も半分どうにか削ったが無理だった

 コメント:これが見たかった!

 コメント:やったぜ

 コメント:おい今なんか居たぞ

 コメント:計画通り……!

 コメント:おい最強厨てめぇここ見てんのかよw

 コメント:掛かったなバカめ!

 コメント:運営あなた疲れてるのよ



「お、お主ら、特にソールレオン! 後で覚えとれよぉぉおおおおッッ!!?」


 そんなクリムの、薄情な視聴者へと向けた怒声ともつかない悲鳴が海上に響き……すぐに、海中へと消えていった。





【ホームポイントが『探索拠点(ギルド:ルアシェイア)』に一時的に固定されました】

【各種移動手段が一時的に使用不可となりました】





 ◇


 ――しばらくタコだかイカだかに絡みつかれながら、海中を運ばれて……やがて気付くと、足場がある場所に流れ着いていた。


 ……どうやらこの場所が、イベントの舞台である水没都市、その端らしい。


「……ひ、酷い目に遭った」

「うぅ、まだ身体中ヌルヌルする気がするの……」


 どうにか海中から這い上がり、すっかりぐずっているリコリスの手を引いてやりながら、街に上がるクリム。


 眼前には、まるで使ってくれと言わんばかりに崩れた石壁から、中へと入れる石造りの建造物が鎮座していた。どうやらこれが、システムメッセージにあった探索拠点らしい。

 中をざっと見渡すと、ルアシェイアの面々皆すでに揃っており、どうやら欠員は無さそうだが……見れば皆似たような濡れ鼠であり、一様に疲れたように、思い思いの場所へと座り込んでいた。


「……このイベント、ホラーって話じゃなかったっけ」

「やってることはパニックものだよね……」


 渇いた笑いを浮かべながら諦めたように呟くカスミに、同じく苦笑しながら答えるフレイヤ。


「君ら女の子はまだ、優しく引きずり込まれるだけマシだろう。男だと、雑に海中に放り捨てられるんだぞ」

「ああ……マジで死ぬかと思ったわ……」

「あのエロ蛸め……」


 どうやらあのヌルヌルねちょねちょは、あの蛸なりのエスコートだったらしい。フレイとリュウノスケの体験談に、いよいよもって頭を抱えるクリム。

 ついに開発運営の頭がおかしくなっているのを疑う一方で、そこに自分の両親がいることをとにかく認めたくないのだった。





 ひとまず作戦会議のため、視聴者に断りを入れた上で配信は一時停止する。

 これはまぁ、聞いていて暇な時間になるのが請け合いなため、視聴者にもすんなりと認めてもらえた。



「さて……それはさておき、現状整理じゃな」

「だな。ここは……昔探索した何者かの、探索拠点か」

「そうみたいじゃな、必要なものは大概揃っておる」


 這い上がってきたそこは……何らかの調査隊キャンプ跡地らしく、調理用の窯や錬金用の調合窯なども備え付けられた、こじんまりとした部屋だった。


「どおりでインスタンスエリアだったわけだね、イベント会場の入り口」

「私たちルアシェイアは、ここを拠点に探索を進めればいいんだね?」

「ああ、そうらしい」


 フレイとフレイヤの質問に、クリムがうなずく。

 どうやら、ギルドごとに拠点が違うらしい。ここが自分たちに用意された拠点と理解して、早速まだ真っ白なマップにマーカーで情報を記入しておく。




 ヴィンダム南の海洋に、突如浮上した海上都市を調査せよ。それが、ヴィンダム中央政庁より発布された今回のイベントだ。


 期間は二週間。つまり、紅たちが旅行から帰宅しても、まだしばらく続く。そんな広大なダンジョンを、多数のギルドで手探りで探索していく。


 あらゆる戦利品は早い者勝ちであり、拠点に持ち帰るまでは死亡時にドロップしてしまう可能性がある。そのため、プレイヤー同士で奪い合うことも可能という、血も涙もない殺伐としたルールだが……




 ――と、焚き火を起こして暖を取りながら、再確認する。


「イベント中は街に戻ることは可能だが、今の我らの情報はその都度記録され、アイテムを持ち込んだり持ち出したりはできない、と。問題はポーション類などの消耗品じゃな」


 火にかけた鍋をグルグルかき回しながら、クリムが問題点を指摘する。


 一応、ポーション類の作成に必要な素材は海底都市内で集められるらしいが……かなり、数に限りがある感じがする。


「私も簡単なものなら作れるけど……やっぱり本職の人ほど効果あるのは作れないよ?」


 そう告げるのは、以前取得したまま残っている錬金スキルを有するフレイヤ。

 だが、入手可能な素材が限られているならば、できれば温存しておきたいのもまた事実。


「まぁ、今しばらくは手持ちもあるしのぅ。よっほど切迫しない限り、ジェードさんが来るまで材料は温存する方が良いかの」

「うん、そうするね」


 そう結論付け、クリムがカン、と鍋の端を匙で叩く。


「さて……それでは皆、スープを飲んだら出発しようかの」


 そう言って、クリムが火にかけていた鍋からカップに中身を注ぎ、皆へと配る。


 鍋の中身は、『干し肉』と『スパイスセット』を使用して作成する料理『辛口肉スープ』。

 クリムのスキルでも作成できる初級料理であり、ステータス補正は低いが……状態異常『凍え』を抑制する効果がある。


 水没都市……長時間水中で活動する可能性を考えて、あらかじめ用意しておいた食品だ。


 味の大雑把さはさておき、腹からじんわり温まるそのスープを皆で啜り終えた後……ルアシェイアのエンジョイ風イベント攻略は、幕を開けたのだった――……


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