深きもの(仮)

 あちこちに高層ビルのような建築物が見える、入り組んだ迷路のような街。


 ……基本的な風景は、ヨーロッパにある運河の街に近い。


 あちこちに運河のような水路が通り、そこに橋が掛かり、街は階段によるアップダウンが激しい。

 街のいたる所には、海底に沈んでいたことを主張するかのような海藻やイソギンチャク類が点在し、壁にはフジツボのようななんらかの生物が付着した、石造りの街だった。


 だが……その風景はどこか気持ち悪い。よく見ると、様々な場所が歪んでいるためだ。


「結構広いな……しかも、地下何層もあるんだろ?」

「うん……何週間も探索するんだから、相当広いんだろうね」


 後列から周囲を見回し、警戒しながら呟いたフレイの声に、相槌をうつのは殿しんがりとして後衛の護衛に就くカスミ。


「足場が悪い。ところどころにある海藻を踏むとひどく滑るから、気を……」

「きゃ!?」


 それはまさに、クリムが注意喚起をした瞬間だった。先頭を歩くフレイヤが、ビーチサンダルに包まれた足をすべらせたのは。


 転倒を避けるために彼女が手をついた……そこが、ガコンと凹む。


 直後、その壁が開き――そこに溜まっていた大量の水が、フレイヤ目掛けて殺到した。


「フレイヤ!!」

「ひゃ!?」


 咄嗟に、クリムがフレイヤの手首を掴み引き寄せて、その足を取らんとする水流から引き上げ、逃す。

 代償に、ひとたまりもなく水に飲まれたクリムの小さな体が浮き上がり、足が完全に床から離れた。


「――あ」

「クリムちゃん!?」


 フレイヤの、自分の名前を呼ぶ声をぼんやり聞きながら……クリムは、床にぽっかりと開いた穴へと押し流されていった。






 ◇


 そうして、しばらく流された先。


「……っと」


 水に押し流された先の地下で、突然開けた空間に投げ出される。身を捻り、水しぶきを上げながらも足から危なげなく着地したクリムだったが……


「うぅん、結構流されたな……うう、中は結構気持ち悪いなあ」


 周囲に掘られた装飾や、あちこちに転がっている動物や魚の骨のようなものに、こうした雰囲気が苦手なクリムは肩を抱いてブルッと背を震わせる。


 そんな中でしばらく途方に暮れていると……一機のマギウスオーブが飛来してきた。


『おい、クリム、大丈夫か?』

「あ、リュ……プロデューサー!?」


 危なく裏方のリュウノスケの名前を暴露しかけ、配信中であることを思い出して慌てて言い直す。


『おう。大丈夫そうだな』

「うん。そっちはなんともない?」

『ああ、今そちらへ皆で向かっている。撮影ついでにマギウスオーブで誘導するから、ついてきてくれ』



 そんな頼もしい言葉に励まされ、ホッと安堵しながら歩き出す。どうやら、そこまで離れてはいなかったらしい。



 コメント:P有能

 コメント:ちゃんと双方を画面分割して配信感謝

 コメント:PがガチでP疑惑。



 そんな、このような時でも配信を滞りなく進めているリュウノスケへの称賛に、クリムがクスッと笑った――その時だった。


 全身を突き刺すような、緊張感。

 体の奥底から湧き上がるような、本能の警告からくる恐怖。



 ――何か、いる。



 視線の先、暗闇の先に見える、蠢く影。

 バリ、バリ、と甲殻類の殻を噛み砕くような破砕音に、咀嚼音。


『おい、トラブルか?』

「……ごめん、油断した。見つかったみたい」

『……分かった、皆を急がせる。誘導は続けるから、可能なら逃げてこい』



 マギウスオーブから流れるリュウノスケの言葉に頷き、誘導された方向へ、迫る影から顔を逸らさぬよう後ずさりながらついていく。


 そして……ついに、その姿が暗闇から現れた。


「…………ひっ」


 その姿を見た瞬間、クリムの顔が恐怖に染まり、引きつった悲鳴が口の端から洩れる。




 ――その姿は紛れもなく……


 ――ただし……手足を持ち、二足歩行をしていなければ、だ。





 隆起した筋肉の形が見て取れる、表面が脂ぎった、てらてらとした輝きを放つ手足。

 絶妙に生理的嫌悪感を煽る、気持ち悪い四肢を備えた、よりによってリアルすぎる質感のマグロが、ゆっくりとクリムの方へとその視線を向ける。


「いっ……」


 本能的な嫌悪感が、クリムの正気値を削り取る。

 そんな視線の先で……クリムの姿を完全に見つけたらしいマグロが、濁った大きな瞳でクリムを凝視する。


 その、横に深く裂けた口が開き……



『ギョォォオオオオオオオオオッ!!』

「嫌ぁぁああああああああああっ!?」



 恥も外聞もかなぐり捨て、身を翻して全力で逃げるクリム。

 すると、まるで動くものに条件反射で襲い掛かる猫のように、猛然とマグロが




 ――っていうか、嘘でしょ足速……ッ!?




 魚のくせに、恐ろしく綺麗なスプリントフォーム。

 恐怖に駆られ全力疾走する、単純なスピードではソールレオンさえ凌いでプレイヤー中屈指のクリムについてくるどころか……むしろかなりのペースで追いついてくる魚類など、恐怖以外の何者でもない。




 マグロに走って追いかけられる。文章にすると冗談にしか聞こえないが……そも、マグロ部分だけで全長三メートルを優に超え、そこに脚を加えると、その背丈はクリムの三倍に達する巨大な二足歩行マグロ。

 それが、高速道路を走る車並みの速度で、薄暗い遺跡内を追いかけてくるというのがどういうことか。


 そのビジュアルも加味した迫力は尋常ではなく……



 コメント:これは怖い

 コメント:やべぇ夢に出るこれ

 コメント:魚顔のやつーってそういうことじゃねー!?

 コメント:魚顔ってか魚だコレェ!?

 コメント:クリムちゃんマジ泣きじゃねぇかw

 コメント:これは間違いなく一時的狂気ですねぇ

 北の魔王:うちもコレで女の子が泣き止まず休憩中

 コメント:SANチェック失敗みたいですね……

 東の蒼龍:奇遇ですね、うちも妹が泡吹いて気絶した

 コメント:なんで他の魔王居るんだ

 コメント:攻略ギルドを悉く行動不能にした魚類

 コメント:某ケルトの光の御子並に堂の入ったフォーム笑うしかない

 コメント:運営には人の心がありませんねコレは




 そんな大量に流れてくるコメントに反応する余裕も無く……


「やだやだ気持ち悪いやだぁああああ!?」

『ギョオオオオオオオオオオ!?』

「もう嫌じゃ我おうち帰るぅぅうううう!!?」


 気持ち悪い、という言葉に反応したように、さらにスピードが上がるクロマグロ(仮)。

 そんな様子を目の当たりにし、幼児退行した叫びを上げながら、ただひたすら逃げるしかないクリムなのだった――……







【後書き】

 ど う し て こ う な っ た ?


『キャラデザ班後で私の部屋に来なさい』

『うす』

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