満月紅はきもだめしたくない

 借りてきた浮き輪で、水面をのんびりと揺蕩ったり。


 荷物を見張ってくれている龍之介を除いた唯一の男性である昴を、女の子たち総出で砂浜に埋めてみたり。(ちなみに、何がとは言わないが目一杯盛った犯人は紅である)


 紅や聖目当ての若い男性客や、中には昴狙いのお姉さんなどが声を掛けてきたり、というトラブルもあったものの……こちらは特にタチの悪い者などはおらず、きちんとお断りの返事をしたあとに少し談笑して別れ、特に問題も無かった。



 ――そうして砂浜でのお約束などもこなしつつ穏やかな時間を過ごし、日が少し傾き始めた頃。



「いっぱい遊んだねぇ……」


 今は水着の上からラッシュガードを羽織った紅が、しみじみと呟く。


 水遊び上がり特有の、ポカポカとする感覚と心地良い疲労感に包まれて、海から上がってきた紅たち一行。

 そんな紅たちは、昔ながらのラムネを提供しているのを目敏く見つけた龍之介案内のもと、海の家の一軒に入って寛いでいた。



 今はもはや懐かしいビー玉入りの瓶で提供された炭酸飲料を皆で楽しみながらの、心地良い気怠さに包まれた時間が流れる。

 ずっとはしゃいでいた雛菊などはすでに、隣に座る深雪の肩に頭を預けて船を漕ぎ始めており……そんな深雪はうかつに身動きできないようで困ったように苦笑していた。


「龍之介さんも、荷物を見ていてくれてありがとうございました」

「おう。ま、俺は俺で有意義に過ごしていたからな、気にすんな」


 深々と頭を下げて礼を述べる佳澄にそう言って、手にしたタブレットPCをひらひら振る龍之介。どうやら浜辺でのんびりと仕事に打ち込めたらしく、彼はとても上機嫌だった。


「それで、龍之介さん。この後、何が予定あったっけ?」


 紅が、そう尋ねる。その言葉に、彼はざっとスケジューラーを開いて目を通した。


「いや、特に何も無いな。あとは夕飯まで各自のんびりとしていていいんじゃないか?」


 三日とも、夕方から夜はだいたいそんな感じだな、と締め、龍之介がタブレットを閉じる。


「あ、でも母さんが、三日目の夜は皆予定を空けておくようにって言ってたな」

「そうなの?」

「うん。なんでもその日に招待客自由参加の立食パーティーがあるから、一緒に行こうってさ」


 せっかくの旅行なのに、その大半が仕事が入っている両親。ならば、そんな両親を労うのはもちろん吝かではないと、快諾した紅だった。


 だが……


「パーティ……用意してなかったけど、ドレスとか要るのかな?」

「自由参加のパーティなんだろ? 特に何も言われていないから、大丈夫じゃないか?」


 聖と昴が、そんな話をしている。

 だが……紅にはどこか、その会話がフラグに思えて仕方ない。


「ドレス……なんか、嫌な予感がするんだよなぁ」


 そう、漠然と不安を感じながら呟いたのだった。






「それで、どうしようかな?」


 紅が、皆を代表してこれからの時間をどうするか、という話に戻す。


 今夜の夕飯はたしか、夜の七時から海に面した五階にあるバルコニーに設けられた食堂にてバイキング形式で提供らしい。

 今はまだ夕方四時を少し回った時間で、のんびりしているにはちょっともったいない気がする……そんなことを考えていると。


「……はい!」

「雛菊? 何かやりたいことでも……」


 いつのまにか目覚めていた雛菊が、元気に手を挙げた。なんだろうと問い掛けようとした紅だったが――


「私、とりあえず今はお昼寝して、ご飯食べたあとに肝試しがしたいです!」


 ――次に続いたその言葉に、紅が目に見えて固まった。


「……私、怖いのはちょっと遠慮したいの」


 そう申し訳なさそうに告げたのは、イメージ通り怖いのは苦手らしい深雪。自分だけではないことに、内心では安堵している紅だった。


「ほ、ほほ、ほら、夜は危ないからね……?」

「紅、紅。声が震えてるぞ」

「昴うっさい……!」


 先程埋められた際の仕返しとばかりに、意地悪な顔を浮かべ指摘する昴に、目に涙まで浮かべた紅が小声で抗議する。

 年長者、そしてギルマスの沽券として、年少組の前でまさか怖いのは嫌ですとは言えないのだ。


「満月さん、怖いのは本当にダメなのねー」

「うん……ビックリする系は大丈夫だけど、お化けとかゾンビとか、グロテスク系は昔からダメだねぇ」


 そうこそっと情報共有しているのは、聖と佳澄。

 そんな紅の様子を生暖かく見守る幼なじみ二人と同級生だったが……一方で、苦い顔をしているのがもう一人居た。


「とはいえ、俺としても一概にいいとは言えないな。今のご時世、親御さんから預かった女の子を連れて夜出歩くのも、問題があるからなぁ」


 そう告げるのは、引率の責任がある龍之介。その言葉に希望を見出し、紅はぱあっと表情を明るくする。


「だ……だよね!?」

「ああ……ま、雛菊の嬢ちゃん、お前さんの母親同伴ってならともかくな」

「むう……仕方ありませんですね」


 龍之介の至極真っ当な言葉に、さすがに雛菊も引き下がる。基本的に聞き分けのいい良い子なのだ、道理に反した我儘を言うようなことはない。


 ――よし、彼女のお母さんが乗り気じゃなきゃ大丈夫。


 話の流れに、紅はグッと内心でガッツポーズを取ってほくそ笑むのだった。


「まぁ、肝試しはさておき、散歩に行くのはアリじゃないか?」

「確か……人が住んでいた時の風景を再現して宿泊施設としてレンタルしてるんだっけ?」

「うんうん、島の散策はちょっとしておきたいよねぇ……明るいうちに」

「あ、そ、そうだよね!」


 さらりとフォローしてくれた同級生たちの言葉に、ガバッと飛びつく紅。


 たしかに、パンフレットには島は道が整備されて、遊歩道が回らされたウォーキングコースがあるという話だった。せっかくの離島リゾートなのだから、散策はしておきたいというのは紅も同意なのだった。



「それじゃ飯の時間まで、ぐるりと島を一回りしてくるか。着替えて五時に玄関ホール集合でいいか?」

「「「はーい!」」」


 このまま引率を継続して引き受けてくれるらしい龍之介の言葉に、皆、そう元気に返事を返すのだった――……

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