神那居島オリエンテーリング

 ――セイファート城、クリムの執務室。

 



「あら……お帰りなさいませ、マスター。皆様今日はお見えになられておりませんが、どうなされました?」

「ああ、すまんの。こんな時でもなければ、なかなか話せぬ話があったものでな」


 そう、不思議そうに首を傾げているダアト=セイファートに、挨拶をするクリム。





 付着した海水をシャワーで洗いながし、外出のための支度を聖にしてもらい……一足先に準備が終わったために一人ロビーへ行ったはいいが、待ち合わせの17時まではまだ、数十分ほどの時間があった。


 そのため、待ち合わせ場所である玄関ロビーのソファのひとつに身を預けた紅は、NLDを起動して、『Destiny Unchain Online』の中へとログインしていたのだった。





 と言うのも、クリムはちょうど今みたいにギルドに誰もいない時を狙い、ダアトに聞きたかったことがあったためだ。それは……


「――お主じゃな、我をこの地域、黒の森の遺跡へと喚んだのは?」

「…………はい」


 ほぼ確信をもって放たれた、クリムの言葉。

 それにダアトは、しばらく躊躇したあと、頷いた。


 クリムが聞きたかったこと……それは、両親すら関与していなかった、最初のログイン地点が変更されていた理由についてだった。


「すぐに顔を見せなかったのは、我の人となりと実力を見定めるため。そして……その判定役は、なぜか我にあまり姿を見せようとせぬルドガーの妻で、間違っておらぬかの」

「……はい。ですが、何故?」

「色々と調べたのじゃよ。ルドガーが元々婿養子であること、この獅子赤帝の使っていた外套を保管していたのが、その奥方の家……獅子赤帝の乳母の家系じゃな?」


 それは、このセイファート城の書斎の蔵書を読み漁る中で見つけた記述だった。


「そして、お主とも連絡を取り合っていた……違うかの?」

「はい……驚きました。いつかは明かさねばと思っていたのですが、まさかそちらから暴かれるとは」

「まあ、ヒントはあったからのぅ」


 以前、レイドダンジョンだったこの『セイファート城』で、騎士長エフィエに言われた言葉。



 ―― 君は、来るべくしてここに現れたのだな。



 その言葉を聞いた時点ですでに、この城にまつわる事象による何者かの意思が介在した結果として……クリムのスタート地点が歪められたのだということは確信していたのだった。


 あとは、すでに見えている結果から過程を詰めていくだけ。そう難しいことでもなかった。


「まぁ、おかげで良き出会いにも恵まれたのじゃ、我に責める気は毛頭ない。だが……何故、我だったのじゃ?」


 それだけが、ずっと気になっていた。放置しておくにはあまりに気持ち悪い疑問だったのだ。が……


「それは……あの時、この世界に舞い降りた人々の中で、あなた様が一番強い魂の輝きを持っていたからです」

「あー……」


 NPC独特の言い回しではあるが……つまり、初期ログインした中で最もステータスが高かったせいか、とクリムは理解した。

 たしかに種族特徴で、他に知る中でトップを誇る補正を有するソールレオンの『ドレイク』さえ凌ぐ、圧倒的な補正を有しているクリムなのだから、順当だったのだろう。




「うむ……なるほどな。教えてくれて感謝する」

「いえ……私の方こそ、赦していただいて、なんと感謝すれば良いか」


 心底安堵した様子のダアトに、クリムは大袈裟じゃのうと苦笑する。


「さて……約束がある故に今日はもう失礼するが、明日は、もう少しきちんと顔を出すはずじゃ。では、また明日な」

「はい、マスター。いってらっしゃいませ」


 そう笑顔で挨拶を交わすと、クリムは短いログインを終えて、現実世界へと浮上するのだった。





 ◇


 そして紅がロビーに戻ってきた時……その傍らには、もう一人の人物が居た。


「お、戻ってきたな」

「……昴?」

「全く……あんまり、部屋以外でダイブするなよ」


 そう、呆れたように言う昴。

 一応、誰かが一定以上の接触するのを検知した瞬間にログアウトする設定にはしていたが……どうやらダイブしている間、紅の身の回りを見張ってくれていたらしい。


「うん、ありがとう」


 素直に礼を述べ、んっ……と声を出して、座った体勢でダイブしていたせいで強張っていた体を伸ばす。


 そうこうしているうちにメンバーは集まり……集合時間の五分前には皆揃っていた。




「しかしまぁ、お前また随分と可愛い服を着てきたな」

「あ、これは聖に絶対これだって言われて……」


 昴の指摘に、紅は自分の姿を改めて見下ろす。

 今の紅の格好は、入院中の一時外出の時に購入したあの、うっすらと青いグラデーションが入っている、白く涼しげなワンピース。

 そして日差し避けに購入した白いリボン装飾のある麦わら帽子と、白い日傘……という、あざといほどにこれ以上ないくらい『避暑地のお嬢さん』を体現した格好だった。


「なんか……目立ってない?」

「大丈夫、可愛いから!」

「それ解決になってない……」


 何故か自信満々に断言する聖に、はぁ、とため息をつきながらツッコミを入れる。

 ちなみに彼女も、あの時一緒に購入した同系統のワンピースであり、今の二人はペアルックであるということがさらに紅を照れさせていた。


 そんな、実際にはあまり見ない麦わら帽子と白ワンピースの少女と化した紅と聖。そんな二人がロビーにて、周囲から注目を浴びるのは、やはり当然だった。


「いやはや、随分と可愛い格好になったな、嬢ちゃんたち」

「あはは、ありがとうございます、龍之介さん」


 素直に感心したように褒める龍之介へ、にこやかに礼を告げる聖と、照れて真っ赤になり、その陰に隠れる紅。


 その様子に満足そうに頷いていた龍之介だが……ふと、真顔になる。


「……割とマジで、お前ら二人、後で一枚モデルになってくれないか?」

「き……気が向いたらね」


 真剣な表情でそう言う龍之介に、この場は曖昧に笑って言葉を濁す紅と聖なのだった。


「それじゃ、まあ、行くか」

「二人とも、逸れないようにね?」

「「はーい」」


 流石は委員長というべきか、海で遊ぶ間にすっかりお姉さん役が板に着いた佳澄の指示に、素直に返事をする雛菊と深雪。


 そんな様子を微笑ましく見守りながら、紅も最後尾を歩き出した、ちょうどその時……紅の横を、男の子と女の子、二人の小学校低学年くらいの子供が走っていった。


「あ、君たち、そっちは……」


 崖、と慌てて忠告しようと慌てて振り返る紅だったが……



 二人の子供は――紅の目の前で崖を乗り越えてしばらく宙を走った後、光に溶けるようにして消えてしまった。



「……っ! ……ッ!?」



 それを直接目撃してしまった紅が、パクパクと言葉も発せず口を開閉する。耳元で、子供の笑い声が聞こえた気がした。


「……紅ちゃん?」


 ガクガクと震えながら縋り付く紅に気付き、心配げに声を掛ける聖。そんな彼女に向けて、紅がどうにか言葉を発する。


「こ、ここ、子供が消えた……!」

「……ん? 雛菊ちゃんや深雪ちゃん以外に子供なんて居た?」

「いや……僕は見ていないな」


 紅の言葉に首を傾げた聖の疑問に、昴が答える。


 ――やっぱり、この島って何か居る!?


 そんな二人の反応に、顔を真っ青にする紅なのだった。






 ――ところが、その後はトラブルもなく。



「あ、TIPSナンバー26、ありましたです!」


 元あった島の民家を改装した、その庭の中。

 昔懐かしい(らしい、龍之介談)手押しのポンプ式井戸で水を流しながら、雛菊が嬉しそうに紅たちを呼ぶ。


「裏に、27もあったよ!」


 そう、家の裏から手招きしているのは深雪だ。


 彼女たちが言っているのは、ホテルのロビーでダウンロードしてきたオリエンテーリングシートのことだ。


 島中に散らばるチェックポイントに手をかざすと、その場所や施設、昔使用されていた器具の名称や使い方、あるいは生活様式などについてARでの解説文が現れるのと同時に、シートにもチェックマークがつく。

 それを集めていくのが、このARでできたオリエンテーリングシートだった。


 そうして様々な小話が見られるということで、すっかりチェックポイント集めに夢中になった二人に先導され、紅たちもすでに四分の一くらいは溜まっていた。


 そんな中……


「冷たっ! ねえみんな、この井戸水冷たいよ、みんなちょっと休んでいこうよー!」


 井戸水の水質を調べていた佳澄の呼びかけに、散策に夢中になっていた雛菊と深雪も戻ってくる。どうやら一旦休憩らしいと、紅たちも日陰の庭石に腰掛けた。


「しかしこの島、やけにおやしろが多いねぇ」

「あ、やっぱり聖も気になる?」


 聖が言う通り、島のあちこち、それこそ民家一軒につき最低一個は点在する神道のお社。

 また、集落の規模にしては、公園……というか空き地というか……が多く、まるで子供が多数遊べるような町の様子に、首を傾げていると。


「あー、それはこの島の名前に関係あるらしいな」

「「「名前?」」」


 井戸水に浸した手拭いを首に当てて、「あー、生き返るー」と気持ち良さそうな声を上げていた龍之介が、紅たちに話しかけてくる。


「ああ、フロントでチラッと聞いたんだがな、この島……ええと」

「神那居島?」

「おう。『那由多の神が居る島』なんだと。まぁこの神ってのは、亡くなった人のことを指すんだそうだが」


 龍之介の説明に、紅がひゅっと息を詰まらせた。

 つまり――亡くなった人の霊が集まる島。


「つっても、ネガティブな意味じゃねーぞ。亡くなった人たちが、たまに遊びに立ち寄るくらい風光明媚な島って意味らしいからな」


 顔を青くしている紅にそう笑いかけ、麦わら帽子の上からポンポンと撫でてくる龍之介の言葉に、ホッと安堵する。


「この島は、そうした神さんを歓迎するため、その宿としてこうした社を立てまくったらしい。ま、仲良く付き合っていたって訳だ」


 ――そういえば……さっき見た子供も、悪霊って感じはしなかったな。


 そう思えば、不思議とあまり怖くはなくなるのだった。


 そう、紅が一人心の中で整理をつけていると。




「にしても、ずっと思ってたんだけど……な」


 気がつくと、先程の龍之介と同じようにして冷たい井戸水で濡らした手拭いで顔や首回りを拭きながら、日陰で涼を取る一行。


 その中で、一人涼しい顔をしている紅だったが……そんな紅に、昴が耳元で小さく声を掛ける。


「……やっぱりお前のそれ、羨ましいな」

「あ、あはは……」


 一人、冷房魔法をワンピース内に展開し、汗もほとんどかかずに涼しい顔をしている紅を、羨ましそうにジト目で見る昴。



 ――だって、自分以外にきちんとコントロールできる自信まだ無いし。



 紅としても使ってあげたいのは山々なのだが……下手したら火傷や氷漬けにしてしまう可能性を考えると、事情を知っている聖や昴相手であってもちょっと使う気は起きない。


 そのため、ただ曖昧に笑って誤魔化す紅なのだった――……

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