間話:新米勇者様の憂鬱

 ――時は遡り、スザクが始まりの街地下水道で不思議な少女に邂逅した日。




「どうにか……生きて戻れたか」


 死闘を終えて、ボロボロになりながらも地上に帰還したスザクが、はぁぁ……と深々とため息をついた。


 そして……すぐ目の前、ヴィンダムの街を興味津々といった様子で眺めている、襤褸を纏った少女へと視線を向ける。



 地下で出会った不思議な少女――ダアト=クリファード。



 記憶喪失の精霊である彼女に借りた不思議な剣は、堕ちたサーベルタイガーの毛皮を覆っていた紋様を吸収し、その能力を大幅に弱体化してくれた。


 それでも今のスザクには十二分に強敵だったが……辛うじてではあるが、生き残った。


「全部、この剣のおかげ……か」


 手にした、少女から預かった鞘入りの剣を眺めながら呟く。


 武器の性能としては、おそらく破格だろう。

 あのサーベルタイガー以外の相手であっても、今後の戦闘も相当に楽になるのは間違いない。


 だからこそ……スザクは、すぐ前を物珍しそうにキョロキョロ見回しながら歩いている少女へと声を掛ける。


「あー。ダアト=クリファードと言ったな」

「はい?」

「悪いが、この剣は返却する」

「……お気に召しませんでしたか?」


 スザクが突き返した剣を受け取り、涙を滲ませて悲しげに目を伏せる少女に、慌てて弁明する。


「違う……良い剣だった。正直に言って喉から手が出るほど欲しい」

「では……」

「だけど、今そんな剣を手に入れてしまったら、今後ずっと頼り切りになってしまいそうでな」

「それは、駄目なこと?」


 目に涙を溜めたまま首を傾げ尋ねる少女に、スザクは深く頷いた。


「ああ……それを俺たちは『分不相応』と言うんだ」


 そしてそれは、周囲に無駄な軋轢を生む。

 だからスザクは、ただ少女に甘えるままに厚意を受け取るわけにはいかない。


「だから……お前に協力はしてやるから、必要になった時だけ貸してくれないか。その……俺が本当にその剣に相応しいくらい強くなるまでは、待っていてほしい」


 ――まるで、都合の良い関係は維持しつつキープしたがる、タチの悪いチャラい輩みたいなことを言ってるな。


 我ながらずいぶんと虫の良いことを言っていると自己嫌悪しながらも、そう少女へと語りかける。


「……わかりました。その時が来るまで、お待ちしていますね」


 それでも、そう微笑んで頷いた少女に、スザクはどうやら理解してもらえたようだとホッと一息つく。




 ただ誤算だったのは……少女は、そのスザクの言葉を「自分の傍に居てくれ」という意味に勘違いしていたこと。


 そして、少女はその勘違いを忠実に実行し、それ以降ずっと、片時も離れずスザクについてくるようになってしまったことだった。







 ◇


 ――そんな経緯からスザクが少女と共に行動するようになって、早くも一週間以上経過していた。


 謎の少女について、この一週間を共にしてスザクに分かったことは……せいぜいが、この少女は記憶喪失のせいか、一度懐くと見た目より遥かに幼げな性格であり、よく笑い、よく拗ねるということだけだった。





 そんなわけで、今日も背後からついてくる少女の「休みたい休ませろ」という、すっかり図太くなった無言の圧力に屈したスザクが入ったのは……始まりの街ヴィンダムでもすっかり行きつけになってしまった、少女お気に入りである、丸太を生かしたログハウスの外観が特徴的な喫茶店。


 少女は蜂蜜が美味しいから気に入ったとのことだったが、スザクはむしろ、独自配合らしいクセのあるコーラのほうがお気に入りだった。




「ねぇスザク、だいぶ装備も整ってきたね?」


 不意にそんな話をしてくる少女。


「ああ、まあ……彼女らには感謝しないとな」


 先日の堕ちたエルダートレント戦の際、白髪の少女に気前よく戦利品を譲ってもらったスザクは……それらを使える物だけ手元に残して売り払い、初心者としては破格の資金を手に入れた。


 それを元手に良さげなガントレットやグリーヴ、外套などを新調して、今やすっかり騎士っぽくなった自らの服装を見下ろして、苦笑する。


「うんうん、かっこいいよ」

「お前の『かっこいい』は、いつもそれしか言わないから信用ならん」

「む……最初は褒められるたびにすごい照れてたのに、最近のスザク可愛くない」

「お前は俺に何を求めているんだ……」


 そんな他愛のない話をしながら、それぞれ注文した飲み物……スザクはコーラに、ダアトは蜂蜜入りホットミルクに口をつける。


「ねえ、そろそろいいんじゃないかな、私たち……」

「意味深長な言い方はやめろ。剣のことなら、俺がもう少し強くなったらな」

「もう少しってどれくらい?」

「もう少しだ」

「むぅ……」


 スザクはむくれる少女に苦笑しながら、ストローに再度口をつけようとした、そんな時……不意に、別の席からプレイヤーと思しき集団の会話が聞こえてきた。



「おい、聞いたか?」

「ああ、緊急討伐レイドボスイベントだろ」

「人数無制限、一説では今後実装予定の大規模イベントのためのサーバー耐久性テストって噂だけど……」



 そんな他愛もない、次回イベントの話。

 たいして興味もないスザクは、適当に聴き流していたのだが……



「――なんでも、活躍した上位プレイヤーには、魔王と対になる『勇者』の称号を貰えるってもっぱらの噂だぜ」



 最近、耳にするのも嫌になりつつある単語が聞こえてきて、スザクはそれ以上彼らの会話を耳からシャットアウトする。


 だが……残念ながらスザクの意に反し、同行者は興味を抱いてしまったらしい。


「ねえスザク、あの人たちの話ってなんのこと?」


 テーブルの対面に座る少女が、首を捻りながらスザクへと問い掛ける。


 また彼女の「何?」が始まったか……そう面倒に思いながらも、公式の告知から一つのページを開き、彼女へ見せる。


「こういうイベントが起こるんだってさ」

「へー……ふぁぶにーる?」


 彼女が、拙い口調でタイトルを読み上げる。




『邪竜ファーヴニル討伐』


 大陸中央、旧帝都跡を住処とする邪竜ファーヴニルが始まりの街ヴィンダムに飛来する予定だから、これをプレイヤー皆で討伐せよというイベントだ。




「ふーん……それで、スザクは参加するの?」

「はあ? 嫌だよ、今でさえ『勇者様』なんて恥ずかしい渾名つけられてるのに」

「えー、参加しようよー」


 彼女は頬を膨らませて不服を主張するが、スザクは心底気乗りしなかった。


 まあ、このゲームを始めて間もない自分には縁の無い話ではあろうが……先ほどのプレイヤーが話していた噂が真実だとして、もし万が一にもそんな称号を取得してしまったが最後、名実共に勇者様になってしまう。


 拗ねられようが、気乗りしないものは気乗りしない。そう頑として言おうとしたのだが……


「でも、絶対スザクに似合うよ、かっこいいもん」

「〜〜〜〜っ!?」


 まるでスザクを信じ切っているような、まっすぐ見つめて微笑んでくる少女の視線。いたたまれなくなって、スザクは口元を覆って目を逸らす。




 ――分かっている、こいつはNPCだ。AIなんだ。




 どれだけ自然な受け答えをする高精度な人工知性だとしても、その根底にあるのはプレイヤーが理想とする『ヒロイン像』を体現しているだけの、人に作られた存在。


 いまだにどんなイベントかも見えてこないが、スザクが踏んでしまったらしいイベントを消化し終えたら、それで別れの時がくる存在。


 ――決して、入れ込みすぎてはいけない存在。


 そうと分かっているのに……どうにも、少女のこの無邪気な目で見つめられるとスザクは弱い。




「……分かったよ、参加するだけしてみる」

「ほんと!?」


 パッと表情を明るくする少女。結局またそんな少女に勝てなかったスザクは、渋々ながらも少女とそう約束してしまう。


「だけど、こっちはまだ始めたばかりのペーペーなんだ、活躍なんてまず無理だから期待するなよな!?」

「うん、頑張って!」


 ――本当に分かってるのか、こいつ?


 両拳を軽く握って、スザクへ無邪気に笑いかけている少女――ダアト=クリファード


 そんな様子を見てまんざらでもなく思い始めている自分に……はぁ、と頭を抱えてため息をつくスザクなのだった――……






【後書き】

周囲の常連客「「「あの野郎またイチャついてやがる」」」

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