遭遇戦:始まりの丘陵

 ――始まりの丘陵に出てしばらく。


 先程、委員長からおかしなモンスターの話を聞いて、もしかしたら遭遇できないかなーとソワソワしながら、時々ウサギに首を裂かれて死んでいる初心者という風物詩を微笑ましく眺めながら、のんびりと街道を歩いていたクリムだったが……



 ――結論から言えば、遭遇した。


 ――ただし……汚染されているのがエリアボスというおまけ付きで。



 眼前には、見上げるほど巨大な樹木系モンスター……『エルダートレント』と呼ばれるエリアボス。ただし今は名前が『堕ちたエルダートレント』に変化している。


 元は立派な大樹であった体も今は無残な赤黒いツタのような模様に覆われており、青々と茂っていたはずの葉は赤く枯れて散っていた。


 そして、その周囲に初心者装備のプレイヤーの遺体が死屍累々と転がっており、次々と残光リメインライトになって散っていく。



 ……どうやら初心者が絡まれて、そんな彼らは恐怖に駆られるまま慌てて逃げ出したため、こんな街道に程近い場所まで引っ張ってきてしまったらしい。





「なるほど、こいつが例の変なモンスターじゃな……!」

「え、ボスにも感染してるなんて聞いてない!?」

「居るものは仕方なかろう! お主は今回は離れておれ!」

「う、うん! 頑張って、魔王様!」


 流石に委員長には荷が重いと判断したクリムは彼女を下がらせて、今回は体力吸収効果のある『ブラッディブレイド』で真紅の大鎌を呼び出した。


「おいクリム。この模様、以前『最強の魔獣』の時の……!?」

「分かっておるが話は後じゃ、行くぞ!」




 ――そうして、なりゆきで戦闘開始してから五分ほどが経過した。




 元となっているのが最初のフィールドのボスだけあり、攻撃自体は単調だ。今のところAoEが発生するような攻撃もない。


 時間はかかるが、このままであれば十分戦える……と、そんなことを思った時だった。


「なんじゃ、パーティ申請?」


 突然、視界端に瞬くパーティ加入申請のアイコン。

 誰だこの忙しい時にと思いつつ、面倒なのでひとまず許可を押しておく。


 すると……パーティにクリムとフレイ、そしてカスミの三人の他に、もう一人の名前が追加された。


 その名前は……


「……スザク?」


 知らぬ名だ。なんとなしに、その名前を読み上げた直後。


「受諾、感謝する」

「あ、バカもの、一人で先走るでな……っ!?」


 クリムの横をすり抜けるように、一つの人影がエルダートレンドへと躍りかかった。

 思わず制止しようとしたクリムだったが……その声が、途中で止まる。


 なぜならば――彼が、己に向けられて放たれ、のたうちながら迫る木の枝を足場にして跳躍したから。


 ――高い!


 相当に筋力へと振っているのであろう高さと、それを制御できているプレイヤーそのものの反応速度。そして何よりも、まるで軽業師のような青年の身のこなし。


 クリムやソールレオンならばもっと高く跳べるであろうが、この辺にいるプレイヤーとしては有り得ないほどの高さだった。


 そして、そんな彼は宙で身を捻りながら手にしていた鞘から剣を抜き――



 ――エルダートレントの叫び声が、クリムたちの鼓膜を激しく叩いた。


 落下の勢いそのままに、エルダートレントの太い幹へと深々と突き立てられた青年の剣。


 エルダートレントの巨体を蝕んでいた赤黒いツタのような紋様が、青年が突き刺した剣に向かい伸びていく……否、吸い込まれていく。


 その刀身は……仄かに赤い。


 先端に向かうにつれて黄色味を帯びていくグラデーションが施された、淡く紅い刀身に、真紅の精緻な模様が刻まれたやや幅広の長剣。


 ――赤帝十二剣の佩剣に類似してはいるものの、似て非なる剣だった。




「なるほど、あれが……って、バカもの!?」


 確かに、尋常な武器ではなさそうだと感心していると……エルダートレントはいまだに耳をつんざくような悲鳴を上げながらも、その枝をしならせて、剣を手にした青年の背中へと振り下ろそうとしていた。


 それを見たクリムは咄嗟に駆け出すと、手にした鎌で青年の背中を襲う枝を切り飛ばし、青年の首根っこを捕まえて後退する。


「このバカもの、背中がお留守じゃぞ!?」

「大丈夫、問題ない……です」


 立ち上がり、パンパンと服についた埃を払いながら口を開く青年。


 詰襟の、騎士服のような白を基調としたコートを纏い、その上からは初心者エリアで手に入る簡素なブレストプレート。やや長めなボサボサ髪を後ろで束ねた髪型。

 髪はやや緑がかった黒色で、眼は金色。顔は……キリッとした目や口元をした、美形と言っても差し支えない青年だ。



 はて、その声はどこかで聞いたことがあるような……そう青年の声に既視感を抱くクリムだったが、どうにも思い出せない。


「君も、初心者を助けに来てくれた上級者の方だとお見受けしたが……君らも無理はしなくていい、危なくなったら逃げろ」

「……はぁ?」


 年下のプレイヤーを安心させようとするかのような青年の言葉に、思わずクリムが怪訝そうな声を上げる。



 ――まさかこやつ、我を知らんのか?



 自分で言うのもなんだが、クリム=ルアシェイアという『赤の魔王』は、この『Destiny Unchain Online』内では有名人だと思っている。


 そんな自分を知らない……となると考えられるのは、ルアシェイアが活動をサボっていたここ数週間に始めた……新規参入してきた、第二ロット組の新人。



 ――ウッソだろ、ガチ初心者じゃないか。



 にもかかわらず先程の身のこなしは、ただものではない。何者だと俄然興味が湧いてきたが、今はそれどころではない。



「あー……大丈夫じゃ、問題ない。こんなナリではあるが、それなりに腕に覚えはある」


 フードを外し、真紅の大鎌を構え直して青年の隣へと並び立つ。そんなクリムの姿を、青年がチラッと見て……


「……っ!? 君は……」

「む、我がどうかしたか?」

「……いや、すまない。リアルで見たことがある人物に似ていた気がした」

「はは、なんじゃナンパか? 今時そんな口説き文句も珍しいのぅ」


 カラカラと笑いながら、青年を揶揄うように言うクリムだったが。


「そういうわけでは……っ、来るぞ!」

「は、遅いわ!」


 青年が警告した時にはすでに、クリムは身を屈めて、鞭のようにしなって伸びてきていた枝をスレスレで躱していた。


「おい『勇者様』、お主のその剣ならば、奴をなんとかできるんじゃろ!?」

「その名前で……呼ばないでくれ!」


 クリムの呼びかけに心底嫌そうな顔をしながら、青年が手にした薄赤い剣を振るう。


 彼が二度、三度と枝を切り払ううちに、エルダートレントの幹に浮かんでいた模様は徐々に小さくなっていき……消えた。


「魔法使い、今だ!」

「フレイ、ぶちかませ!」


 そんな、後方へと指示を飛ばす二人の頭上を……


「言われなくても分かってる、二人とも、頭下げていろよ! 『フォール・ダウン』……ッ!!」


 今の今までずっと詠唱していたフレイの魔法が、眩い大火球となってエルダートレントのすぐ上で炸裂した。



 深知魔法『失墜の天空フォール・ダウン』。


 指定ポイントに擬似太陽を召喚し、範囲内のものを灼き尽くす召喚魔法で……この見た目で火でも光でもなく、闇魔法だという属性詐欺も甚だしい大魔法であった。


 膨大な熱量と、植物系モンスターの弱点である闇属性に蝕まれたエルダートレントの枝葉などの細い部位から先に炭化し焼け落ちていく。


 すっかり数を減じたエルダートレントの枝は、もはやその幹すら足場にして縦横無尽に駆けるクリムと、紅剣を携えた青年を捕らえることは叶わず……数分後には、その巨体の大半を焼け焦げさせ、斬り刻まれ、地響きを上げて崩れ落ちたのだった。





「……本当にいいのか、こんなに分け前を貰って」


 エルダートレントが落としたドロップアイテムは、半分は青年へと押しつけた。


「構わぬ、構わぬ。お主がいたおかげで楽ができたからの……それにお主、初心者じゃろ」

「……ええ、まあ」

「なれば、先輩の厚意は素直にうけておくものじゃ、な?」

「ああ、僕たちはこの辺の装備なら今更必要ないからね。あっちの子が使う分だけ有れば問題ないよ」

「……感謝する。では」



 そう言って頭を下げ、踵を返す青年。

 そうして静かになり……流石に今回は後ろに隠れて見学していたカスミが姿を現す。



「はー……凄いものを見せてもらいました……あれが、噂の『勇者様』なのね」

「みたいじゃな……委員長、無事?」

「はい、おかげさまで……私、せっかくギルドに入れてもらったけど、ついていけるかなぁ」


 なにやら落ち込んでいるカスミだったが……


「はは、大丈夫だよ。望むなら、ビシバシ鍛えてあげるからね」

「お、お手柔らかにお願いしますね、フレイ君……」


 眼鏡を光らせながら悪い顔で告げるフレイに、カスミはただ引きつった笑いを浮かべるのだった。




 そんな、弛緩した空気の中。


「あれ、彼のパーティメンバーですかね? でも、なんで今更……」


 不意にカスミが、目を凝らして遠くを見ながら、そんな疑問を口にする。


 それを聞いて、クリムたちも振り返った先で見たものは……先程別れたスザクが、岩陰に隠れていたらしい誰かに手を貸して、立ち上がらせているところだった。


 だが、クリムはその『勇者様』と話をしている人物……ボロボロな外套を羽織った小柄な人物から、なぜか目を離せなかった。


 そうこうしているうちに、『勇者様』は同行者と共にホームポイントへと帰る転送の光へと包まれ始める……その直前。


 一瞬だけ、同行者がクリムのほうを見る。


 そして、その瞬間に偶然吹いた風が、彼女のフードをめくり――その顔が一瞬だけ露わになった。


「……待て、お主、少し話を!!」


 咄嗟に飛び出して、フードを被った彼女のほうへと手を伸ばしたクリムだったが――寸前で、二人は転送完了してその姿を消してしまったのだった。



「おい、クリム、急にどうした?」

「……見つけた」

「……は?」


 ボソリと呟いたクリムの言葉に、フレイが首を傾げる。だがクリムは、ただ呆然と彼ら二人が消えた場所を見つめていた。


「見つけた……『ダアト=クリファード』……ッ!」


 一瞬だけ見えた、『勇者様』の同行者の少女。


 その顔は……クリム達の居城、『セイファート城』の管理者である精霊の少女に、瓜二つであった――……

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