『勇者様』
長かった朝のホームルームも終わり、次の第一限目までのインターバルの時間。
「ねえ、満月さんは趣味とかは何かあるのかな?」
「えっと、ゲームとかを少々……」
「あ、そっか……あまり外に出られないもんね」
「あー……はい、まあ、そんな感じです」
……やはりというか、紅は興味津々といった様子の女子生徒に囲まれて、質問攻めに遭っていた。
「ねえ、満月さんは今日、お昼ご飯はどうするのかな?」
「あ、お弁当を持ってきていますから、大丈夫。普段から両親の分も作っているので」
「……お料理できるの!?」
「ひゃ!? は、はい、一応……学生なりにだけど」
「いやいや、それでもご両親にまでは凄いよー、えらいね、満月さんは」
なぜかやたらと好意的なクラスメイトの少女たちに囲まれて、カチコチに緊張している紅だった。
そんな中……
「あの、満月さん、その髪触ってみていい? ずっと気になってて……」
「え、あ、うん」
我慢の限界といった様子でそんなお願いをしてくる女子に、思わず頷く紅。まあ減るものでもないし……と軽い気持ちで許可を出すと、彼女の目が怪しい光を帯びた。
「駄目もとだったんだけど……でも、良いなら遠慮なく。ありがとー!」
そう言って、おそるおそるといった感じで紅の髪をひとふさ掬い上げる彼女。その手から、持ち上げられた髪がパラパラと零れ落ちる。
「おぉお……」
何やら感動した様子で紅の髪を撫でている同級生の少女。確かに触った手触りはすごい良かったけれども、そこまで感動するものだろうかと首を捻る。
「すっご、サラサラ……どうやってお手入れしてるの?」
「さ、さあ……?」
……なぜか毎日一緒のお風呂に突撃してくる聖に、全部やってもらってます。
などと、まさか馬鹿正直にそう言うわけにもいかず、曖昧に言葉を濁す。
「あ、わ、私もいいかな!?」
「え? う、うん……」
「次、あたしも!」
「私、頭撫でていい!?」
何がそこまで彼女らを駆り立てるのか、紅の髪を手に取って壊れものを扱うように触れては、はぁ……と悩ましい声を上げる彼女たち。
「あ、じゃあ俺も……」
「「「男子はダメ」」」
「ひゃっ!?」
女子に混じって声をかけてきた男子から紅を守るように、女子生徒たちが突然抱きついてきた。
あちこちに感じる柔らかいものやら、いい匂いやらと、女の子の距離感の近さに、紅の白い顔がかぁっと赤く染まる。
だがそんなことよりも、ずっと気になっているのだが……皆の優しく語りかけてくるような言葉遣いといい、守ってくれているような今の状況といい、まさかとは思うのだが。
――なんだか、年下の子扱いされてないかな?
クラスメイトの女の子たち、果たして紅が同級生だと覚えているのだろうか……そんな疑問が浮かぶ紅なのだった。
一方で、そんな彼女らにピシャリとシャットアウトされ、すごすごと引き下がっていく男子生徒……確か、バレー部の相馬君だったはずと、紅は脳内のクラス名簿から照合する。
彼はというと……ちぇー、と残念そうにはしていたが、特に気にした様子はない。
自分の席に戻ると、「行けると思ったんだけどなー」「なんで行けると思ったんだ」と、友人らしき他の男子と笑い合っていた。
おそらくは女子に総ツッコミを受けるまでが予定調和だったのだろうと思うと、紅は思わずクスッと笑うのだった。
そうして、だいたい好意的に受け入れてもらい恙無く授業をこなし、迎えた放課後。
「あの、満月さん。折り入って、お願いがあるんだけど……」
なぜか興奮気味な委員長のそんな言葉に、紅は何だろうと、両脇に侍る聖や昴と共に首を傾げるのだった。
――その夜、始まりの街ヴィンダム。以前大会の時にクリムとソールレオンが死闘を繰り広げた、噴水公園にて。
「おー、本当に、クリムちゃんなんだ。すごい、生クリムちゃんだ!」
「なんか美味しそうな名前じゃな……」
目を輝かせてクリムを見つめている、緑髪をおさげにした人間族の少女は、委員長……キャラネーム『カスミ』と名乗った。
彼女の頼みというのは、クリムのギルドに入れてほしいというもの。
特に入団を制限しているわけではないエンジョイ勢なルアシェイアとしては、特に今はメンバーが増えるのは歓迎であったので、二つ返事でオーケーを出したのだった。
そのためフレイと共に彼女を迎えに来た、始まりの街。
合流した彼女は……意外にも前衛の構成、槍使いの少女だった。
「へぇ、委員長って槍使いなんだ」
「あ、うん。私、薙刀部だから……」
「ああ、なるほど。そういえばそうじゃったな」
そういえば確かに、槍を抱えて佇んでいる姿も様になっているように見えた。
とりあえず挨拶も済み、フレンド登録とギルドへの招待を飛ばす。
「なんか、不思議な気分だね。まさか魔王様がクラスメイトだったなんて」
「うむ、まあ、我も同感じゃからなぁ……よもや、委員長が同じゲームをプレイしていたとは」
「まぁ、私は秘密にしていたからねー」
「もしかして、他にもクラスメイトが居たりはするのかの?」
「うーん……私は聞いたこと無いですが、新サーバーが追加されて人口が増えたよね。もしかしたら把握していないだけで居るかも」
「なるほど、確かにな」
それに、近頃は自分たちのスキルアップと領地の内政に勤しんでいたルアシェイアは、配信も頻度が落ちていたのもあり、新規参入者はクリムの顔も知らないだろう。
であれば、今朝の委員長みたいに驚かなかった者も居るかもしれないなと、納得する。
「でも、リアルも同じ姿だと、こっちでその口調なの大変じゃない?」
「う、うむ。じゃがこれはこれで慣れてしまい、いまさら直せなくての……」
慣れとは怖いもので、こちらのゲーム世界で『クリム=ルアシェイア』として振る舞う際には、むしろ普段の口調で喋ると激しい違和感を覚えてしまうようになっていた。
というかリアルを知っている人の前でロールプレイ地味に辛いんだけど……そんなことを内心でこっそりと呟く。
「それと委員長、このことは……」
「分かってるよ昴く……フレイさん、内緒なんだよね? 授業で人のリアルをみだりにネットで暴露してはいけませんって口を酸っぱくして言われたよ」
「そうだね……罰則も、年々強化されてるしね」
そんなクリムの意を汲んでくれたフレイの忠告に、当然と返すカスミ。
国民の九割以上にNLDが普及したことによるネットワークの巨大化に伴って、他者の情報をネットワーク上に拡散する被害が後を絶たず、ついには厳罰化されたのが紅たちが生まれる前。
以来、フレイが言う通り、厳罰化傾向にあるのがインターネット上での個人情報取り扱いなのだった。
フレンド登録も済ませ、せっかくだからちょっとだけ外に出て狩りをしていこう……そんなカスミの提案によって街の外へと向かう途中。
「そういえば魔王様は、ヴィンダム周辺で噂になってる『勇者様』の話題って聞いたことあります?」
「ゆ、勇者様?」
突然カスミの口から出てきた言葉に、クリムが怪訝な顔をする。
正直、ネットゲームで聞くにはあまり良い印象のある言葉ではない。大抵の場合、周囲の言葉を聞かず好き放題振る舞う者に対する蔑称だからだ。
だが……話の流れ的に、そういうものとは別物だろう。
「それは、ネトゲのスラング的なヤツではなくてかの?」
「うん。最近、始まりの街周辺のエリアに、変な強化モンスターが出現するんだって」
「「変なモンスター?」」
揃って首を傾げ、顔を見合わせるクリムとフレイ。
「あー、やっぱりこの周りだけなんですね。なんでも気持ち悪いツタみたいな模様の入ったエネミーがたまに湧いて、それがすっ……ごく強いらしいんですよ!」
「それは……」
「穏やかではないな……」
しかも初心者エリア近く。イベントのエネミーか何かだろうが、なかなかに難儀しそうな話だ。
「それで今、有志の熟練者たちが外のエリアから戻ってきて、初心者のために見回りしてくれているんですが……その人たちから変な話を聞きまして」
「変な話、かの?」
「うん、時々不思議な剣でそのモンスターを狩っている人が居るらしいって話題なんだ」
「へぇ……ちなみに、その剣ってどんなのじゃ?」
クリムが、興味本位でそんな質問をしてみる。
「それは……なんでも不思議な赤い色の剣で、それでダメージを与えると変なモンスターの模様が消えて、弱体化するんだって」
「……赤い、剣?」
真っ先に思い浮かぶのは、赤帝十二剣が有する武具。
「……まさかな」
「魔王様、どうかしたの?」
「いや、情報提供感謝する」
そう呟いてみたものの……クリムには、その話が妙に心の片隅に引っかかって仕方がなかったのだった――……
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