機械仕掛けの神《ゲームマスター》

 紅と昴がゲームコーナーから逃げ出したあとには特にトラブルらしいトラブルもなく、皆無事に合流し、帰路に就いた。


 そんな、来た道を戻って紅が入院している病院へと向かう宙の車の中。



「それにしても、よく眠ってますねぇ」


 聖が口に手を当てて、クスクスと笑う。

 その視線の先……助手席では、紅が気持ち良さそうに熟睡していた。


「まあ、この体になって初めての外出だからね。はしゃぎ回って疲れたんだろう」

「子供か……」


 宙の言葉に呆れたように返す昴だったが、事実、今の紅の姿は子供っぽい。聖など「わー、ぷにすべー」と紅の頬を突き、感動の声を上げている。

 それにむずがっている様子の紅のあどけない寝顔はまるで天使のようで、昴はその変わり果てた姿に微笑ましく思いながらも微妙な顔をする。


 なんというか、気を抜くと見惚れてしまいそうなのだ。元同性の親友に。


 それだけは認めてたまるかと誓う昴なのだった。



「それと……何やら昴君が危ないところを守ってくれたようで。感謝しているよ」

「いや、僕はせいぜい壁になるくらいで、大したことはできませんでしたよ。それより、助けてくれた方が居たので」


 殴られそうになった時に、止めてくれた青年。

 昴は彼の姿をどこかで見た覚えがあるような気がするのだが……喉元まで出掛かった名前が、最後の一押しでどうしても出てこない、そんな気持ち悪さを感じていた。


「その人、すごく強かったんだよね?」

「まあ、ゲームの話だけど。リアルでも強いかもしれないけどね」

「親馬鹿っぽくなっちゃうけど、紅さんと互角っていうのは相当だねぇ……」


 吸血衝動抑制のため、幼い頃からさまざまなゲームを買い与えた結果、大概のゲームに属するものには極めて非凡な才能を有しているのが紅という少年……現少女なのだ。


 それと互角な人物を目の当たりにして……昴には、気になっていることがあった。


「宙さん、『Destiny Unchain Online』の第二ロットって今日からでしたよね?」

「ああ、今日の18時メンテ明けから順次解放だね」


 仕様の関係上『Destiny Unchain Online』は後発が満足に遊べない可能性を含む要素がたくさんある。

 そのためある程度までは適宜サーバーを追加していく予定なのだ。


「現行サーバーの埋まり具合ってどんなものなんですか?」

「ええと、現行の第一サーバーからの移住者もいっぱい居たから、今ならどちらにも入れるはずだよ」

「なに、昴、その人が私たちと同じサーバーに来るかもって思ってるの?」

「ああ、いや……もしもの話さ」


 別の新サーバーに入るか、そもそも取り越し苦労であって向こうは『Destiny Unchain Online』に興味ないならば、話はそれまで。

 もし同じサーバーにログインしてきた場合、その頭角を現してくることは間違いないだろう。仲間に引き込めるならそれが理想ではあるが……もし敵として現れたら、おそらく手強い相手になるだろう。


 そう思うと頭の痛い、ギルド参謀なのであった。




「それと……病院に戻ったら、紅さんの数日以内の退院を申請してこようと思う。どうやら十分な体力もついたみたいだから」


 もともとここ数週間はリハビリのための入院だ、自宅でもある程度こなせるならば、無理に閉じ込めている必要もないだろう。


「それじゃ、学校へは……」

「うん、今週いっぱいはまだ自宅からオンラインで、来週から通わせようと思ってる」

「本当ですか!?」

「へぇ、ようやくなんだ」


 その言葉に、聖が嬉しそうな声を上げる。

 昴は冷静を装い答えたが、内心では姉と同じ気持ちだった。


「君たちにはたくさん手間を掛けさせると思うけど……『娘』のこと、どうかお願いします」

「はい、任されました」

「ま、ずっと腐れ縁で今更ですからね」


 そう言って頭を下げる宙に……聖と昴は、力強く頷き返すのだった――……








 ◇


 ――NTEC本社地下、メインコンピュータールーム。


 その一角に、関係者以外立ち入り禁止区画、DUOの基幹プログラムを動かしている『テイアⅡ』専用コントロールルームがあった。



 ――今後需要が出てくるであろう、無数のAIを自己判断により統括管理するための超AI、そしてその受け皿となる次世代スーパーコンピューターのトライアルが、実は国内のさまざまな場所で秘密裏に行われている。


 その中の一つとして満月天理が開発し、今はそんなモデルケースとして試験運用されている……のが、この『テイアⅡ』なのだった。





「はぁ、我も娘とショッピング行きたかったのぅ……」

「はは……申し訳ありません、我々だけでは如何ともしがたいもので」

「分かっておる。ただストレス発散に言っておるだけじゃ」


 そう頬杖をつきながら、次々と送られてくるレポートを凄まじい速さで目を通していく天理。

 なんだかんだで誰より働いている代表ゆえに、ここで多少愚痴る程度では周囲も特に不満そうにはしていない。


 NTEC代表、満月天理は、その『テイアⅡ』の月一回のメンテナンスのため、この部屋に缶詰となっていた。


 そんなメンテナンスも、そろそろ終わる……そんな頃であった。


「代表、『テイアⅡ』の生成したイベントに、このようなものが……」

「む、何があった?」


 技術者の一人が戸惑いながら、天理のことを呼ぶ。

 彼女……テイアⅡのイベント管理システム部分を担当するチームの一人……が指し示す、テイアⅡの提示してきた、膨大な数に及ぶ今後のイベント予定の中の一つを覗き込む。


「ふむ、魔王に対応した勇者を……まぁ、確かに魔王三人に勇者ゼロ人ではバランスも悪いからのぅ」


 どうやらその辺りのフォローも兼ねているらしい。

 感心しつつ、主要なストーリーラインがどんなものかを目を通していく。


 そこには……機械の生命が紡いだにしては意外な、王道のボーイミーツガールな物語の草案が記されていた。


「おやまぁ……お主は、なかなかに乙女なAIじゃのぅ。しかも随分とこじらせておる」


 天理は、ざっと『テイアⅡ』の提示してきたイベント群を眺めて、苦笑しながら呟く。

 すると、部屋の奥に鎮座するテイアⅡ本体の外観に設けられたイルミネーションが、突然明滅した……まるで、天理の言葉に遺憾の意を示すように。


「はは、拗ねるな拗ねるな。人工知性であるお主が、かような複雑な感情に興味を懐いておる。まっこと嬉しいことじゃないか」

「「「嬉しくないです!」」」

「お、おぅ?」


 スタッフ一同の突然の反論に、天理が目を白黒させる。

 しかし彼らの目には一様に、「感情系が複雑すぎて扱いが大変なんだよ」と描かれていた。


 ……まぁ、たまに拗ねるしの、こやつ。


 そうした時に大概鬼畜なイベントが実装されるため、プレイヤーはたまったものではないだろうなとは思う。


「ま、諸々のフォローはこちらで考えておこう。この世界のゲームマスターはお主じゃ、好きにやってみるが良い」


 優しげな目で、機械であるはずの『テイアⅡ』を見守る天理。その言葉に、テイアⅡ本体は最後にもう一つ瞬いた後、今度こそ沈黙した。


 どうやら、何事もなく話は進んだらしい。天理の和やかな雰囲気からそう察したスタッフの皆が、安堵の息を吐く。





「じゃが、まあ……最近は、魔王に絆される輩も多いみたいじゃぞ、勇者というやつはな」


 それを防げるか、それはゲームマスターの腕次第というやつだろう。


 ――果たして、思惑通りにいくかな? あやつはなかなかに強敵だぞ?


 おそらく渦中に巻き込まれるであろう我が子のことが脳裏によぎり、ククッと愉しげに笑う。


 そして天理は、最近この人工知性がご執心で操っている重要NPC……キャラクターファイル『Sephir-11 Da'at』と『Sephir-11i Belial』の行動ログデータを参照し始めるのだった――……

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