対戦格闘ゲーム

 食事の後は、自由時間となった。


 午前中ずっと紅に付きっきりだった聖はというと、彼女は改めて、自分の下着類や衣服を選びに戻ってしまった。


 宙はというと、紅が女の子になったことで必要になりそうなものを買い込みに行き、こちらも今は姿がない。


 そんなわけで暇になった紅、そしてそのお守りとして残った昴は、時間潰しに店舗五階にあるゲームコーナーへと来ていたのだった。






 ――2D対戦格闘ゲーム。


 紅たちが生まれた頃にはすでにグラフィックも完成を見せてしまい、かわりに時代についていこうとするあまりに難解なシステムが盛られていき……今ではすっかりガラパゴス的な進化をした分、人を選ぶようになってしまったゲームジャンルだ。


 だが一方で、ネットワーク対戦が主流なこの時代にあってなお顔を突き合わせて対戦することを好むコアなファンが多いジャンルでもある。




 ゲームコーナーで置かれている筐体を物色していた紅は、その中の一つ……特にハイスピードでド派手なバトルが展開されることに定評のある、長年続いているシリーズ最新作の筐体にターゲットを定め、コインを投入した。




 当然ながらその姿は周囲のゲーマーの興味を引き、続々と乱入してくる。


 ――初めは、身の程知らずな女の子にわからせてやるつもりで来たであろう乱入者たち。


 最初の相手……紅のほうを完全に舐めきった態度で席に着いた、そのいかにも遊んでいそうな格好の学生は……しかし、その態度を修正する暇も与えられず、2セットともにパーフェクト負け、という散々なスコアで撃退され、意気消沈のまま引き下がっていった。


 ……まだこの時点ならば「遊びに来た女の子に花を持たせてあげた」という言い訳もできただろう。


 だが、二人目、三人目と挑戦者がロクなダメージを与えられないまま引き下がっていったのを見て、どうやらそんな話ではないという危機感を覚え始めたギャラリーたち。



 そして……事件は、四人目の挑戦者が、紅が操るキャラである雷光纏う長剣を武器とする騎士に、瞬く間に叩き伏せられた時に起こった。


「……ふざけんなッ!」


 突然、対戦相手だった仕事帰りのサラリーマンらしき人物が爆発したのだ。

 顔を真っ赤にして椅子を蹴り立ち上がって、紅のほうへと詰め寄ってくる。


「分かってんだよ、どうせお前、そのフードの下でチートツールでも仕込んでるんだろう、なあ!? このクソ餓鬼がぁ!!」


 支離滅裂な怒声と共に、紅に向けて振りかぶられた、男の腕。



 ――おい嘘だろ。



 よもや大の男が公衆の面前で、見た目小柄な女の子という存在に手を上げようとするなど想像できず、一瞬反応が遅れて立ち上がり損ねる紅。

 代わりに咄嗟にその前に立ち塞がり、腕を交差させて防御姿勢を取る昴。


「すば……っ!?」


 友人が殴られる……そんな一瞬後訪れるであろう未来図に、紅が怒りで沸騰しかけ、その周囲でパチッと静電気が弾ける音が鳴るが……幸い、その未来図通りにはならなかった。




「……いや、負けたからって女の子に手上げるのは駄目っスよね?」

「……っ!?」


 男性の腕は、いつのまにか背後に佇んでいた青年に掴まれて、止められていた。


 細身に見える長身の青年だが、意外と鍛えてあるのか、彼に掴まれた男の腕は動かない。


 目が隠れるくらいの、ボサボサの黒髪。変哲もないジーパンとカットシャツ姿は、外見に頓着していなさそうに見える。


「……次、おれの番なんで邪魔せんでもらえますかね?」

「あ、ああ……」


 高いところから見下ろすように、紅に手を上げようとした男にそんなことを告げる青年。

 その様に萎縮した男が、そそくさとその場から離れていった。


「ってわけで……対戦いいっすか?」

「あ……はい、どうぞ」


 そんな、場の空気を無視したマイペースな発言に、皆毒気を抜かれていた。紅も、浮かしかけていた腰を椅子に戻して画面に向き直る。

 続いて青年も対面の席に腰掛けて、筐体にコインを投入した。


「えぇと……さっきはありがとうございました」

「……いや、別に」


 あまり気にした風でもなさそうに、無愛想な返事をする青年。


 ――あまりゲーム以外のことに興味ない人なのかな?


 そんなふうに考えながら、挑戦者として現れた、炎を纏う剣士へと集中する。


 だが……そこで起きたのは、紅も昴も想像していないことだった。




 ……


 …………



 最初に地に伏したのは……紅の選択した、雷使いの騎士。


 ――負けた?


 青年に1ラウンド先取されて、ポカンとする紅。

 このラウンド、終始ペースを乱されて、ほとんど流れを掌握できなかった。


「……おい、あいつ」

「うん……かなり、やるね」


 緊張した様子で紅に忠告する昴に頷いて、手首をぷらぷらと振ってほぐす紅。指先も、いい感じに温まってきた気がする。


「だから……本気でやる」


 決して甘く見ていたつもりは無かったが、連勝していた中で慢心は蓄積していたらしい。

 今度は油断しない、学校の友人内では何度かズルいと難癖つけられたコンボも、全て解禁だ……そう心に決めた紅が、唇をチロリと舐めてスティックを握り込む。


 そうして、2ラウンド目が始まる。

 後の無くなった紅だったが、それまでのどちらかというと相手の様子を見て対応するスタイルから一転、開始直後から飛び出し、猛攻を仕掛ける。


 動きの変わった紅が操る雷使いの騎士に、対戦相手の彼が目を見開く。その、僅かに生じた数フレームの隙。


 ――その隙は、見逃さない!


 攻撃の隙間に差し込んだ弱攻撃から打ち上げ、それを跳んで追撃、上空から叩きつけられバウンドしたところを着地ざまに拾い……直後、雷使いの騎士が引き絞った構えから放った突き、その長剣から放たれた巨大な雷光の槍が……とうとう最後まで、相手の炎の剣士のライフを根こそぎ削り取った。



「……おい、今七割いったぞ」

「うわ、えげつねぇ……」


 ざわつく観戦者。


「でも、なんでコンボから抜けられなかったんだ?」

「ブリッツとかサイクとか、色々手段はあったはずだよな」


 相手の攻撃を弾き返すブリッツシールドや、無敵状態になって相手を弾きかえすサイクバーストなど、コンボから脱出する手段ならばあったはず。


 だが……


「いや……やったよ。タイミング外されて潰されたけど」


 そう補足を加えた対戦相手の彼はというと……面白い、とばかりに口の端を吊り上げた。


 目の色が違う。先程までの対峙しながらも別の場所を見ているような茫洋とした目とは違い、今はまるで餓狼のような光を湛えて、しっかりとモニターを見据えていた。


「……この野郎」


 実に楽しそうに攻撃的な笑みを浮かべ、紅が毒付く。


 ……つまり、今の今まで、彼は紅のことなど眼中に無かったのだ。それが、今は正しく敵と認識されたらしい。






 ――そして始まった最終ラウンド。


 そこで繰り広げられていたのは、双方出し惜しみせずにあらゆるリソースをフル活用した、しかし何故かお互いに全く決め手を得られない激戦だった。


「あ、紅、あまり熱中するとフードが……」


 昴が何が言っていたが、今の極度に集中した紅の耳には届かない。


 必殺技により、僅かにジリジリと減り続ける双方の体力ゲージ。だがお互いガードが完璧なため、それ以上の動きが無い。


 ……いいや、違う。これはおそらく、最初に防御を仕損じたほうが負ける戦いだ。


 周囲のギャラリーが、そんな両者の発する張り詰めた緊張感に、ゴクリと唾を飲み込んで見守る中……無情にも、タイムアップの声が掛かる。


 勝者は――まだわずかにライフが多く残っていた紅。


 あぁ……という落胆の声と、激戦を繰り広げた二人への称賛の拍手の中。


「……ふう。いい勝負でした」


 タイムアップでも、勝ちは勝ち。

 どうにか勝ちを拾えたことに安堵しながら、勝者の余裕を持って対戦相手の健闘を称え、満面の笑顔……あるいはドヤ顔……で握手を求める紅だったのだが。


「……ん? どうかした?」


 何故か、対戦相手の青年はポカンと紅を見つめるだけで、反応が無い。

 また、周囲の歓声もパラパラと止んでいき、沈黙が降りる。



「紅、フード、フード外れてる」

「……あっ!?」


 昴の指摘に、ようやく気付いた。

 激戦の動きに耐えかねて、紅が被っていたフードが捲れ、素顔が露わになっていた。慌てて被りなおすも時はすでに遅く……


「ほら、退散すんぞ!」

「あ、うん! 皆さんお騒がせしましたぁ!」


 皆が立ち直る前に、急ぎ紅の手を取って立ち上がらせ、駆け出す昴。

 彼に引き摺られるまま、紅も途中退席になることを謝罪しながら駆け出し、ゲームコーナーから逃げ出したのだった――……







 ◇


「いやぁ、凄かったなぁ!」

「それに、あの子めちゃくちゃ可愛かったよな」

「アルビノってやつ? この辺の子に居たっけ?」


 騒然としている、紅たちが立ち去った後のゲームコーナー。


 もっとも注目されていた少女が居なくなってしまった以上、話題は必然と、好勝負を繰り広げていた青年へ集中する。


「あんたも残念だったな、せっかく可愛い娘とお知り合いになれる機会をフイにしちまって」

「いや、おれは別に……」


 面白がってからかってくる男に、そんな茫洋とした返事を返しながら、彼はただ困ったような返事を返すのみ。




 青年は……元々友達も居らず、欲しいとも思わず、黙々と一人ゲームに勤しんでいるだけな青春時代を送ったため……可愛い娘が居たからお近づきにという彼らの感覚が、今ひとつ分からないと考えていた。


 あの女の子も、確かにリアルでは見たこともないような可憐な少女だった。真っ白な見た目もインパクトがあり、いまだその素顔は脳裏に焼き付いている。


 だが……それだけだ。それよりも……



【『Destiny Unchain Online』のダウンロードが完了しました】



 今、NLDに流れたメッセージのほうが、よほど重要だと、青年は考えていた。


 PvPが盛んだという『Destiny Unchain Online』、本当は初期ロットで入手したかったのだが……今はまだ日本国内でしかサービス展開されていないのが災いした。

 彼はその時期であり、翌月に帰国した頃にはすでにコンテンツ利用権が品薄で入手できなかったのだ。


 ところが、今回新たにサーバー追加されるということで、ようやく公式から大量に売りに出されたそれをようやく入手できた。

 このゲームコーナーには、新規登録システムのメンテナンス終了待ちと、クライアントのダウンロード中の暇つぶしに来ただけだ。


「なぁ、あんた、次は俺と……」

「……すんません、用事があるんで」


 そう、もさっとした前髪を掻き上げながら面倒くさそうに告げると、さっさとその場を立ち去る。



 ――でも、あの女の子との対戦は結構楽しめたな。



 まさか、タイムアップとはいえこのような場末のゲームコーナーで負けるなどとは思わなかった。少し増長していたなと、思わず口元が緩んでしまう。


 また機会があれば、次こそは負けない……青年は、そう強く思うのだった。






「随分と無愛想な奴だな……ん?」


 勝負を挑み、しかしすげなく断られた男が、ふと店内に貼ってあったポスターに目を遣る。そこに写っている人物が、先程の青年に似ている気がしたのだ。


「あ、あいつまさか、プロの……え、じゃあそれに勝ったあの女の子は……?」


 青年が去っていった方向を見つめ、戸惑いの声を上げる男。


 ポスター……年度納めの頃に海外で開かれた、今やすっかり有名になったEスポーツの世界大会に出場する日本代表選手を応援するものだ。


 先程青年が髪をかき上げた一瞬に見えた横顔は、そのポスターに写っている青年と完全に一致している。


 そこに書いてある紹介文――現役高校生緋上ひかみ朱雀すざく


 それが、彼の名前だった――……


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