赫剣神域キャッスル・オブ・セイファート⑥
――戦闘開始から、早三分。
『――虚空閃!』
騎士長エフィエが、僅かな溜めの直後、手にした赤剣を一閃する。ただの斬撃に見えたそれは、だがしかし……
「ぐぅ……ッ!?」
凄まじい連続した斬撃音に、ターゲットを取っていたリューガーが構えた盾を削られてひとたまりもなく吹き飛ばされる。
彼を吹き飛ばした攻撃の正体……それは、その場に残留した、斬撃による時空の裂け目。どうやらしばらく攻撃判定が残り続けるらしい。
連続で攻撃を受ける羽目になったリューガーはというと……盾で防いだはずのその攻撃は、彼のHPを三割近く削っていた。
それだけではなく、今までガッチリとターゲットを取っていたはずのエフィエの視線が、後方……シャオのほうへと向く。
――ヘイトリセット攻撃。
クリムがそのことに気づくと同時に、同じく察したソールレオンはすでに動いていた。
「……『チェーンバインド』!」
直後、すかさず飛んできたソールレオンの放った鎖が、そのターゲットを彼へと向けさせる。
同時に、後方から飛んできたシャオの回復魔法が削られたリューガーのHPを全快させた。
ターゲットを引き付けたソールレオンは、時空の裂け目を避けるように移動しながら、エフィエを引きつけてその攻撃を捌いている。
「あまりタゲ固定にこだわるな、死ぬぞ! 後ろに行かせないことだけ考えればいい!」
「……了解」
この人数、いくらシャオとはいえ補助役が一人では支え切れるものではない。そんなふうに即座に判断して攻撃を分担し防ぐ彼らを尻目に……
「……『シャドウ・ヘヴィウェポン』!」
クリムはまたひとつ、魔力で編み上げた武器を一本、床へと突き立てる。
これで、影剣三本と、血剣三本。目標の十二本まで、あと半分。
血魔法『ブラッディブレイド』が増えたことで、必要条件は満たしやすくなったものの、やはり準備には時間が掛かる。また、武器破壊が怖いが……幸い、騎士長エフィエにはそのつもりは無いようだ。
『――虚空閃!』
再度あの剣閃が放たれてソールレオンがはじき飛ばされるも、即座に今度はリューガーから放たれた神聖魔法の閃光が、クリムやシャオに向かいそうになった彼のターゲットを引き戻す。
「……『インパクト』!」
ターゲットが盾役に移ったのを確認したクリムが、至近距離から放った魔法……深淵魔法60『インパクト』の魔法が発動する。
クリムの手の内に発生した闇の球体。バスケットボールサイズのそれは即座に見えないほど小さく収縮し……次の瞬間、指向性をもった衝撃となって弾ける。
その威力にエフィエの身体が僅かに傾ぎ、体勢が崩れる。そのような好機、見逃すクリムやソールレオンではなく……
「……『エッジランチャー』!」
「……『エクゼキューション』!」
ソールレオンの斬り上げと、クリムの袈裟斬りが同時に放たれて、エフィエを対象にX字に交差する。それによって、彼のライフが僅かではあるが目に見えてグッと減少した。
「……『レインボーショット』!」
タゲ取りスキルは、使用直後にヘイトが最大となりその後徐々にヘイトは減少していく。
そのタゲ固定力が最大となっている今、ここぞとばかりに放たれたシャオの魔法。
おそらく破壊・精霊魔法複合の深知魔法と思しきその魔法は、シャオの周囲に七色の光弾を発生させ、それらは僅かにタイミングをずらしてエフィエへと襲い掛かった。
またもグッと減少するエフィエのライフだが……まだ、七割程度は残っている。
――さすがに堅いな……っ!
レイドボスだけあって、非常にライフが高い。だが人数が少ないクリムたちはMPなどのリソース枯渇が怖く、持久戦は避けたいところだ。
――ならば、自分がすべきことは……ダメージディーラーとして、少しでも相手を削る!!
そう改めて強く武器を握りしめ、大きく振りかぶり――
「…… 『
手にした大鎌を、全身のバネを利用して投げつける。
高速回転する鎌が床を削りながらエフィエへと襲い掛かり、剣で受け止めた彼のライフを削る。
それを視界の端に収めながら、クリムは再度両手に生み出した武器、紅と黒の刀を手に、床を強く蹴って敢然と斬りかかるのだった。
――そうして、騎士長エフィエのHPが三割を切った頃。
『なるほど……その実力に敬意を表し、最後の試練を与えよう、耐えてみせろ、“パラダイス・ロスト”!!』
彼はそう叫んで光を放ったかと思うと、バトルフィールド外縁に十字の閃光が奔る。
アドナメレクの時と違い、外側から侵食してくるその『パラダイス・ロスト』……迫ってくるペースはかなり速い。
――DPS (秒間火力)チェックか!?
全員が瞬時に悟り、動きを変える。
「僕たちには情報が無い、悔しいけれど、正解を見つける判断基準が無いんだ……だから、全て費やして全力でゴリ押せ!!」
「……おーけー、嫌いではないぞ、そういうのは!」
思ってもみなかった熱いシャオの指示に笑いながら両手に大剣と斧を作成し、地面に突き立てる。これで場に残る武器は十二本。ちょうど必要な数は揃った。
「準備、大丈夫!」
「こちらも、いける!」
「よし、リューガーさん、そんなわけであなたは死ぬ気でターゲットを維持してください……僕たちは今から、全力で敵を倒します!」
「……任せろ」
そんなシャオの無茶な要求に、しかし確かに頷いてみせるリューガー。その頼もしい様子に、全員が腹を括り、頷いた。
「では最初に行きますよ――
EXドライヴ……大会最終決戦でクリムが使用した、いわゆる必殺技。他にも取得者がいたのかとクリムが驚いていると……
「……万華光錯、表裏顕現、此処に形為せ『ミラー・イデア』!!」
シャオの姿がブレて、次の瞬間には鏡写しの二人のシャオが並んでいた。
「「……『デス・レイ』ッ!!」」
ステレオで詠唱した二人のシャオから放たれた、真っ黒な閃光。一射でさえ強力そうなその魔法が、同時に倍数放たれる。
「「まだまだぁ!」」
さらに立て続けに放たれる、多数の魔法。密度を倍にして多種多様な閃光が放たれるその様は、まさしく万華鏡と言った様子だった。
そうしてシャオが飽和攻撃を仕掛けている間に、クリムとソールレオンも準備を始める。
「出し惜しみは無しだ、行くぞ!」
「分かっておる、任せよ!」
一人で攻撃を耐え続けているリューガーのHPは、すでに半分を切っている。もはや長くは保たせられないだろう。
懐から、自らの力を封じたという竜石を取り出しながら声を掛けてくるソールレオンに、クリムが頷いて応える。
「『ドラゴナイズド・フォーム』……ッ!!」
「……『ブレイズ・ブラッド』!!」
ソールレオンの姿が竜人に変わっていき、クリムの姿は紅い異形と化していく。
そんな二人の準備が済んだ頃、おそらくはMPが尽きたのだろうシャオの弾幕が止まり、分身も姿を消す。
「「――
クリムは内心で「お前もかよ」とソールレオンにツッコミを入れながらも、己が切り札を解き放つ。
「破軍剣聖、剣軍跳梁、此処に来れ、『刹那幽冥剣』……ッ!!」
クリムが戦闘中にフィールドのあちこちに無造作に刺した武器たちが、ひとりでに浮き上がり姿を変え、真っ赤な十二本の剣となってクリムに付き従う。
「破神顕正、一意万断、此処に顕現せよ、『アルティメイトブレード』ォ!!」
一方、竜形態となったソールレオンが手にした双剣が眩く輝き、その姿を変えて閃光の剣と化す。
「初めて見せるのだ、光栄に思ってもらおうか!」
そう叫びながら、ガードされることなど考えていない様子で振り下ろされた、その光剣。
そんなソールレオンの剣をいなすべく振るわれた騎士長エフィエの剣は、しかし……
『なっ、すり抜け……!?』
彼の驚愕の声もやむなしで……あろうことか、ソールレオンの手にした光剣は防御しようとしたエフィエの剣をすり抜けて、彼へと襲い掛かった。
防御透過の剣……それはおそらく、自分も剣で防御できないという諸刃の剣だろう。半ば狂気に足を突っ込んでいるその光剣は、実にソールレオンらしいと頭の片隅に思うクリムだった。
『……チィッ!?』
それでも身体をそらして肩に掠めた程度へと済ませた彼もさすがだが、その体勢は崩れた。
そこに猛然と襲い掛かるクリムの十二本の赤剣と、反対側からさらに追撃を掛けるソールレオンの一対の光剣。
やがて……
『……か、はっ!?』
無数の剣閃に晒されながらも、どうにか耐え忍んでいたエフィエだったが、それも長くは保たなかった。
防御を素通りするソールレオンの剣がとうとう彼を袈裟斬りの形で斬り裂いたのを皮切りに、ガードが緩んだところへクリムの十二本の剣が襲い掛かる。
そうして一度傾いた天秤はこれ以上動くことはなく、彼のライフが尽きるまでさほど時間は掛からずに……最後の試練であった騎士長エフィエも膝をつくのだった。
「勝った……か」
ソールレオンの、呆然としたそんな呟き。
フィールドの半分ほどを覆っていた騎士長エフィエの『パラダイス・ロスト』が、フッと消滅する。
「そうじゃ、リューガー、無事か!?」
クリムは、最後までとうとう意地でもエフィエのターゲットを離さなかったリューガーの姿を慌てて探す。
「大丈夫、彼も無事だ。リューガー、よく頑張ってくれた」
ソールレオンの褒め言葉に、残りライフ一割程度とギリギリだったが生き残っていたリューガーが、ただ無言で頷く。
その様子に、ようやく終わったのだと実感し、クリムはホッと息を吐くのだった。
周囲から仲間たちの歓声が聞こえる中、座り込むクリムに話しかけてきたのは、いましがた打ち倒した騎士長エフィエだった。
『その、剣は……私たちの……』
「……やはり、そうなのじゃな」
エフィエの、クリムに付き従う赤剣に向ける視線に、クリムは得心が行ったという様子で頷く。
やはりこの『刹那幽冥剣』の武器のモデルは、彼ら赤帝十二剣の有している赤剣だったらしい。
『そうか……君は、来るべくしてここに現れたのだな』
「む、それはどういう……」
『それは、先に進めば分かる』
意味深長な彼の言葉に首を傾げるクリム。だが、彼はその疑問には答えてはくれなかった。
『進むが良い、強き少女とその仲間たちよ。我が主人が、この先で待っている』
そう言って、道を譲る騎士長エフィエ。
そんな彼に促され、クリムたちは見学中だったメンバーと合流し、王座の前へと続く階段に足をかけるのだった。
「あ、クリムちゃ……」
何かに気付いたフレイヤが、慌てた様子でクリムを制止しようとする。だがそれは一瞬遅く――
「――ふぎゅっ!?」
運悪く、ちょうどそのタイミングで『ブレイズ・ブラッド』の魔法の反動で小さくなったクリムが、階段を踏み外した。
ずるべたんといった擬音が聴こえそうな勢いで転倒し、したたかに階段に顔をぶつけて危うくHPをロストしそうになったその姿に……さすがの騎士長も、顔を覆って天を仰ぎ見ていたのだった――……
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