赫剣神域キャッスル・オブ・セイファート⑤

『こんなはずはない……そうだ、こんなはずがないんだ……』

『怖い……いまどきの子怖いですよぅ……』


 プライドを折られたように、壁に向かって譫言のようにぶつぶつ呟いているエルヒム。

 心を折られたように、膝を抱えてガタガタ震えているアドニス。


 予想以上に酷い状態な二人の中ボスに苦笑しながら、フレイは相手の中で唯一満足したように晴れやかな笑顔を浮かべている巨漢の男性へと向き直る。


『ふむ……若いの二人は、どうやら鍛え方が足りなかったようだな』

「いや、若いのって、あんたたちもう故人だろ……」


 がっはっは、と愉快そうに笑いながらのたまうなんだか的外れなエル・カイの言葉に、おもわずフレイがツッコミを入れる。


『それに比べてお主らは、中々のガッツであったな。特に、そっちの……』


 そう言って、今回の功労者のほうへと視線を向けるエル・カイだったが……その言葉が、止まる。


『二人は……見事なものだったが……すまぬ、なんだこの状況は?』


 そう、困惑して尋ねてくる騎士エル・カイ。

 そんな彼の視線の先には……



『私はギルドマスターにもかかわらずレイド中に勝手な行動をしました』



 そう描かれた看板を首にぶら下げて、このイベント会話中正座させられているクリムとソールレオンの姿があった。


 戦闘前に仲間を挑発したソールレオンも、そんな挑発にまんまと乗ってしまったクリムも、己が非を自覚しているため申し訳無さそうにこの扱いに甘んじて、大人しく正座している。


 もっとも、この仮想世界で正座は特に苦痛は無いのは分かってやっているくらいの配慮はされているのだが。




「お気になさらずに。少々やんちゃが過ぎた罰ですので」


 にっこりと天使のような笑顔を向けて……だがこめかみには怒りによる青筋を立てて……そう曰うシャオ。

 ルアシェイアの副官であるフレイ、そして北の氷河副官であるラインハルトもそれに同意し頷いているため、二人には今味方は居なかった。




『むぅ……いまいち締まらぬが、まあよい。では行くが良い、勝者よ。あとはひたすら城を登っていけば良い』

『はぁ……もう戦うことがないことを祈っている』

『うぅ……次に会った時は、酷いことしないでくださいましね……?』


 エル・カイと、ようやく立ち直ったがひどく怯えている双子に見送られ、クリムたち一行は城門を越え、城の中へと足を踏み入れたのだった。






 城門を越え、警備の魔法生物が点在する庭園を横切って、城のエントランスホールで待ち構えていたのは……赤い髪をした派手な美人の女騎士エルハ。

 そしてそれに付き従う、強化魔法を得意とする騎士の青年エルと、治癒魔法に長けた同じく騎士の青年キホールという、三人の赤帝十二剣の一員だった。


 悪の女幹部といった風情の高笑いがよく似合う美人とその取り巻きの二人というコミカルな者たちだったが、一方で各々の役割分断がはっきりした、高度に連携が取れた三人は純粋に強敵だった。

 しかもサポート役のエルとキホールを撃破するたびに女騎士エルハに強力な強化魔法が入り、最終段階ではフィールド全体を強力な継続ダメージを受ける炎の海にしてしまうという必殺技に、特に炎には弱いクリムは苦戦を強いられる結果となってしまう。


 が、総員の全力を挙げてどうにか倒れる前に倒しきり、エントランスも突破したのだった。





 その後、セイファート城内の攻略となり、ダンジョンとしてはここからが本番となった。

 何度かパーティを分断され、時に協力して仕掛けを解きながら城内を彷徨い進んだ最奥、謁見の間の前。


 そこで待ち構えていたのは、初老の二人の騎士……鎧を着た男と、僧侶風の女。


 男は、剣聖ガリズル。

 女は、聖女キエル。


 ここまで戦ってきた赤帝の騎士たちに比べて年齢が少なくとも十歳は上に見える彼らは……それも当然で、本来の両親からまだ幼い獅子赤帝を託され育て上げた、育ての両親と言うべき二人の騎士だったのだ。


 その熟練の腕は伊達ではなく、ガリズルはクリムとソールレオンの二人を相手にしてなお圧倒し、キエルの守護魔法は皆の一斉射を凌ぎきるほど堅牢だった。


 だが、諦めずに執念で食い下がるクリムたち。

 やがて……そんな彼ら二人も、とうとう膝をつく。





 ……ここまでに、およそ四時間。


 まだまだ時間には余裕があるが、楽勝というほどではない。加えてここまでの激闘で損耗した装備の耐久のほうが、やや心もとない数値になってきているだろうか。


 それに……


「雛菊、リコリス、それとメイちゃんも、大丈夫?」

「だい、じょうぶです……」

「私も……まだなんとか……」

「うう……ここまでしんどい場所とは想定外でしたぁ……」


 フレイとフレイヤに気遣われながら、足取り重く後をついてくる年少組に、クリムが振り返って心配そうに声を掛ける。

 健気な返事が小さな三人から返ってくるものの、その疲労困憊といった様子はとても大丈夫なようには見えない。


 ――どうやら、さっきの戦闘で限界みたいだね。


 無理もない、これだけ立て続けに激闘に晒されて、神経をすり減らしてきたのだから。


 だが……



 ――次が最後の試練だ。頑張りなさい、若者たち。


 そう、姿を消す前に残していった剣聖ガリズルの言葉。となれば、次の相手はもはや明白であり……もしもクリムの予想通りであれば、おそらくあとは、小さな三人は休んでいて大丈夫だろう。




 重厚感のある謁見の間の扉を、数人がかりでゆっくりと押し開ける。


 錆びた扉が耳障りな響きをあげて徐々に開いていく……その途中。

 ここまで他のボスが登場した時同様に、ぼろぼろに破れた絨毯は真新しく変じ、荒れ果てた床や壁は磨き上げられたような輝きを取り戻していく。



『……来たか』



 ようやく扉が開き切ったその時、抑揚の少ない、厳かな声が響いた。

 玉座の前……王が座する玉座から何段が低い場所にある広間の中心に、真紅のプレートアーマーに身を包んだ人物が一人、待ち構えていた。


「……お主が、騎士長エフィエかの?」

『そうか、君たちは我が妹アドナメレクも制してきたのだから、名前も知っているか……その通りだ、私こそ、騎士長エフィエに相違ない』



 すらりと鞘から抜き放たれる、騎士長エフィエの赤い騎士剣。その剣が抜かれた瞬間、周囲がピリピリとした空気に包まれた。


『――私は、人の守護者となることを条件に人を治めることを権能として授けられた者ゆえ、人の子らの相手はせん』


 そうエフィエが宣った、その直後。


「ぐっ!」

「きゃあ!?」


 クリムの両脇から、フレイとフレイヤの悲鳴。見るとどうやら立ち上がれないようで、謁見の間の床に座り込んでいた。

 それは他のメンバーも同様であり、今立っているのはもはや、魔族であるクリム、ソールレオン、シャオ、リューガーの四人だけとなっていた。


『まずは……魔の側に属しながらも人と共存し、共に訪れた今の時代の魔族たちよ、あなた方の力を私に見せてもらおう』


 そう言い残して広い謁見の間の奥のほうへと歩いていき、そこでこちらに向き直る騎士長エフィエ。

 そのままクリムたちのほうの様子を窺っているのを見るに、どうやら準備時間をくれるらしい。


「……大丈夫、今度は我らに任せよ」


 そう、皆を安心させるように笑い掛けて、クリムたち四人が前に出る。


「騎士長エフィエ、始める前にひとつ質問してもよいかの?」

『私に答えられることであれば』

「貴公ら赤帝十二剣と戦ってきた我らじゃが、今のところお主を含めて十人としか相対しておらん。これが、本当に最後の試練と思ってよいのか?」


 次が最後と言われて、感じていた疑問――


『――はい。試練に携わるのは、我ら十人のみ。残る二人は、この場所には居ない』

「そうか……なぜ居ないのかは気になるが、この先を気兼ねせんでよいのは僥倖じゃ」


 尋ねたいことも尋ね終え、手の内に影の大鎌を呼び出すクリム。他の皆もそれぞれの武器を構える。




 こうして、長かったこの『赫剣神域キャッスル・オブ・セイファート』も、最後の戦いが始まろうとしていた――……

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