赫剣神域キャッスル・オブ・セイファート(終)

 最後にトラブルに見舞われつつも、玉座の前へと向かった一行。段を上り切った時、玉座に座って出迎えたのは……




『これはまた、可愛らしい客人が来たな』

「放っておいてください……」


 クスクスと笑う、玉座に腰掛けた一人の少女。

 からかうような彼女の言葉に、クリムは不機嫌そうに言葉を返す。


 ……今のクリムは顔に赤く腫れた痕をつけ、フレイに抱き抱えられてブスっとした表情で拗ねていた。


「転んだら危ないもんねー?」

「子供扱いするでないわー!」


 隣でニコニコとその様子を眺めながらのたまうフレイヤに、ぷんすか、といった様子で反論するクリム。

 目的の玉座の人物は、そんな様子を生暖かく見守っていた。


 だが……その前に歩み出る人物がいた。それは、どこで身につけたのか、貴族っぽい仕草で跪くソールレオンだった。


「私、ギルド『北の氷河』の長をしておりますソールレオンと申します。こちらは同じくギルドの長であり盟友である……」


 彼の紹介の後を継ぎ、改めてクリムたちも名乗る。


「クリム=ルアシェイアである。ギルド『ルアシェイア』の長をしておる」

「同じく、ギルド『嵐蒼龍』の長であります、シャオ=シンルーと申します」


 そう名乗り終えたクリムたちを玉座から眺めて、うむ、うむと頷いていた少女が、あらためて自らも名乗るため、その口を開いた。


『うむ、苦しゅうない。余が、獅子赤帝ユーレリア=アーゲントである。皆のもの、かしこまる必要はない、楽にしてくれ』


 そう、肘掛けに頬杖をつきながら、気さくに挨拶をする少女……獅子赤帝ユーレリア。


 見事な金色の豊かな頭髪に、意思の強そうな、ややつり目がちの緑色の双眼。

 その身に纏う赤を基調に金糸による装飾が施された軍服を纏う姿は、皇帝という肩書からくるイメージとは程遠いほどに華奢であるが……そこに、弱々しい雰囲気は無く、むしろあらゆる艱難辛苦をしなやかに受け流す柳のような、泰然とした雰囲気を持つ、不思議な少女だった。



『もっとも、ゆえあってまだこの城を居城としていた姿であるがな』


 どうやら、皆の視線に載った疑問を敏感に感じ取ったらしく……そう言って彼女は、見た目十五歳くらいに見える少女の体を見下ろして、苦笑した。


「女性だったんですね……どうりで……」


 今クリムの着ている『幼き獅子赤帝の外套』が、女物のデザインだったわけだと、ストンと腑に落ちた気分だった。


『ふむ……お主、何やら懐かしい衣装を着ているな。だが古びて加護を失っているようじゃな、どれ』


 そう言ってクリムの方へと手を差し伸べる獅子赤帝。すると、クリムの纏う外套が淡く光る。


『うむ、これで良い。効力は後で確認してくれ』

「あ、ありがとうございます……」


 満足げにうなずく彼女に、思わず素の口調で礼を言ってしまうクリム。

 なるほど、強化予定があったからユニークと言う割には性能はさほどでもなかったわけだと、納得してしまう。


『構わぬ。代わりにというわけではないのだが……今すぐにどうこう、というわけではないのだが、一つ、頼みたいことがあってな』

「頼みたいこと、ですか?」

『ああ。このような試練を設けて強者を選別させた理由も、そこにあるのだ』


 そう言ってコホンと咳払いした後に、不意に彼女は真剣な目をして口を開く。


『この城の南の山脈の中に、険しい山々に囲まれた土地があってな。精霊と呼ばれる超自然存在の住処となっている森が存在するのだが……』

「森、ですか?」

『ああ、その名を妖精郷という。余はよくそこに引き込まれては散々妖精や精霊たちの遊び相手にされたものだったがな』


 あの時は、三日に一度くらいのペースで洒落にならない悪戯をされて死にかけていたな……そう、遠い目をして何やら壮絶な過去を語っている獅子赤帝に、皆がどう反応したら良いかわからずに愛想笑いを浮かべる。


『……すまぬ、話が逸れた。その森には、消費された魔力の成れの果てである穢れを浄化して、この世界に満ちる魔力を循環させている“世界樹セイファート”が存在しておるのじゃが……』


 そこまで語り、表情を曇らせる獅子赤帝。


『度重なる戦乱により溜まった陰気を吸収してしまったらしく、かの樹に、あまりよくない物が取り憑いたらしくてな。まだ何年でどうにかなるものではないのだが、放置しておけばやがて世界樹セイファートはその存在を反転し、呪いとなって世界中を蝕むこととなろう』

「……そうなると、どうなるんですかね?」


 シャオの質問に、獅子赤帝はうむ、と一つ頷いて答える。


『やがて呪いが蔓延した世界には強大な魔物が満ち溢れ、瘴気が大陸を覆い地は腐り、人の住めぬ廃墟となるであろうな』


 ――バッドエンドじゃないですかーやだー!?


 おそらくは皆の中で、そんな心の叫びが一致したであろう瞬間だった。


「なるほど……イベントGMのお姉さんが、わざわざ我らにこのレイドダンジョンの攻略を急かした訳じゃの……」


 数年の余裕はあるとはいえ、辺鄙な場所の小領主の領地内の場所だ。放置されるのは運営側としても困るのだろう。


 ただ国取りだけではあまりに味気ないストーリーだとは思っていたが……どうやらこれがメインシナリオの本命らしいと、薄々ながら感じ取り始めていた一行なのだった。




『――と、まあそうした事情でわざわざ余が出張ってきたわけだが』


 語り疲れたように、再度玉座に身を預けながら、嘆息する獅子赤帝の少女。


「それじゃ、ずっと疑問だったのだが、何故この城に大昔の英霊がおるのじゃ?」

『うむ。皆も知っておろうが、余はすでに天命を終えてこの世を去り、精霊たちの許へ還って眠りについたはずの死者だ』


 クリムの言葉を、そう肯定する彼女。

 何の理由もなく黄泉返ってきたなどとは考えにくい。あるとすれば……何者かの手引き。


『そんな余が何故このように、現世に一時的に召喚されたかというとだな』

「――私が、陛下とその騎士たちを呼び出しました」


 獅子赤帝の言葉を継ぐようにして、新たな声が玉座の後ろから聞こえてくる。

 そこには……いつの間にか、襤褸を纏いフードを目深に被った人影が佇んでいた。


『まったく、余に話をさせるためだけにこのような選別の儀を設けおって。そなたは余に忠義を誓った割には人使いが荒かったが、よもや死後にまでこき使われるとは思わなかったぞ』

「恐縮です、陛下」

『あー、心にもないことを言うのはやめよ。では、余はそろそろ再び眠りにつくからな、あとはお主が話せばよかろう』


 そう言って、玉座に深く身体を預けて目を瞑る獅子赤帝。だが、ふと思い出したようにその目を再び開く。


『しかし……遺されたお主が息災であったこと、余はとても嬉しく思ったぞ。その点だけはずっと心残りだったのだ、感謝しよう』

「ええ……私も、久々に陛下とこうして話ができて、とても嬉しゅうございました」


 そのフード姿の女性の言葉に、獅子赤帝は満足気に再度目を瞑る。


『この城は、お主らで自由に使ってくれ。修繕は必要だが、そのほうが管理人であるこやつも喜ぶからな』

「は、はぁ……」


 あっさりと投げ渡された巨大な不動産に、クリムが戸惑いの声を上げる。


『それと……余と、いや、余と戦ってみたいという場合は、ここで余を呼ぶが良い、その時は戯れに付き合ってやろう』


 では、見守っているぞ、我が遺志を聞きし者たちよ……そう言い残して、初代皇帝、獅子赤帝ユーレリア=アーゲントは今度こそ光となり去っていった。






 ――そうして主人不在となった、玉座の間にて。


「申し遅れました。私はこの城で、亡き主人や仲間たちの墓守をしています、元赤帝十二剣の第十一席『ダアト=セイファート』と申します」


 そう言って、深々と頭を下げるフード姿の女性。

 セイファート……それは、世界樹の名前だった。それを冠するということは、彼女は……


「……お主は、人間では、いや、魔族でもないな?」


 クリムの問いに、彼女が頷く。


「はい……私は、樹木の精霊。妖精郷に根付いた世界樹から生まれた娘にございます」


 そう言って、フードを取り払う彼女。その下にあった顔は……確かに、隠しておく必要があるものだった。


「わぁ、綺麗!」

「お花の精霊さんです……!」


 リコリスと雛菊から、女の子らしい感嘆の声が上がる。

 だが、無理もないだろう。そこには、顔や首筋に木の根のようなものが伝い、緑色の頭髪に絡んだ蔦から花が咲いた神秘的な容貌の女性の顔が隠れていたのだから。


 そんな幼子の手放しの称賛に、照れたように僅かに頬を染めながら、コホンとひとつ咳払いした彼女が再び言葉を続ける。


「そして……赤帝十二剣の最後の一人が、獅子赤帝の死後に姿を眩ませました。それが再び現れたのが、三十年と少し前」

「三十年前……疫病の多発や、凶悪な魔物の跋扈により先の帝国の権威が失墜し、反乱が起きて崩壊した頃ですか?」


 シャオが、この世界の歴史でも最新のほうにある部分について触れると、彼女の雰囲気が悲しみに濁る。


「はい……まさしく、その原因となったのが彼女なのだと思います」


 そう、痛ましい表情で目を伏せる彼女、ダアト=セイファート。やがて……重々しい口調で、その先の話を紡ぐ。


「……彼女の名は、赤帝十二剣が第十二席『ダアト=クリファード』。現在、この大陸のあちこちで災いの種を撒き、戦乱を呼び起こして負の力を集め、世界樹セイファートを堕とし、冥界樹クリファードへと書き換えようとしている……私の半身です」


 そう、告げたのだった――……








【レイドダンジョン『赫剣神域キャッスル・オブ・セイファート』が、サーバー内で初めて踏破されました】


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