赫剣神域キャッスル・オブ・セイファート③
『お見事です。では約束に従い、この先の道を解放しましょう』
そう告げて、庭園の端に寄って奥へと続く道を譲るアドナメレク。
『また、いつか機会があればお手合わせ願いますね……今度は、そちらの魔族の方々も一緒に』
そう言って、出現した時と同じようにスゥっと消えていく彼女。
同時に、花が咲き乱れていた庭園も、元の荒廃したものへと戻ってしまう。
「……あれ、絶対強化版でリベンジしてくる気満々じゃよな?」
遠い目で呟かれたクリムの言葉に……皆は、揃って頷いたのだった。
……と、そんなことはあったものの、探索を再開した三ギルド連合。
要塞の機能を有するこのセイファート城の道は、細く曲がりくねっている。
そんな中、道の脇に点在し時折襲ってくるガーゴイルやスタチューを処理しながら道を進んでいくと……やがて、城門前へと辿り着いた。
外敵を防ぐために設けられた、その城壁。
まるで意地のように、ところどころボロボロに朽ちながらも原形を保ったその門の前の広場へと、近寄った――その瞬間。
『――どうやら、アドナメレクはやられたようだな』
やはり、刻が巻き戻ったようにしてまだ立派だった頃の姿を取り戻した城門前。
そこに、重厚感のある声と共に、アドナメレクの時と同じように地面に己が武器……おそらく柄も含めれば二メートルはあろうかという真紅の大剣を突き立てて待ち構えていたのは、同じく二メートル以上はありそうな体躯をした半裸の巨漢。
だが……今回はそれ以外にも鎧を纏う二人の若い男女の騎士が、それぞれ真紅の刀身を持つ細身の片手剣や短剣を携えて、その左右に侍っていた。
『我が名は獅子赤帝十二剣、第九席、エル・カイ』
巨漢の男が、まずそんな自己紹介をする。
『そして僕は同じく第八席、エルヒム・ツァオバト』
『同じく第七席、アドニス・ツァオバトですわ』
そう言って、エルヒムと名乗った金髪を短く切りそろえた青年は胸に手を当て、アドニスと名乗った同じく金色の髪を肩口あたりで切りそろえた女性はスカートを軽く摘み、それぞれ優雅に一礼する。
「……今度は、そちらも三人掛かりということかの?」
『うむ。先程主らが交戦した彼女……アドナメレクは、我々赤帝十二剣の中でも兄である騎士長すら凌駕する最強の騎士』
『赤帝最後の剣とまで呼ばれた彼女をすら、打ち破ってきた君たちだ。我々が一人ずつ出るのでは失礼に当たるというものです』
『ゆえに、ここは我ら三騎にてお相手致しましょう』
そんな微妙に情けない言葉に、少しがっくりとくる一行。だが……やはり彼女が一番強かったのかと、納得できる部分もあった。
「構いませんよ、障害ならば排除して押し通るまでです」
「我らも、先程は良い戦いを指を咥えて見ているだけじゃったからなぁ」
「溜まったものを吐き出すには、ちょうど良いくらいですね」
初戦では出番の無かった魔王三人は、異論なしと頷く。背後に並ぶ仲間たちも、同様に。
こうして、獅子赤帝十二剣、第二の守護者たちとの交戦が始まったのだった。
……のだが。
「さて、メンバーの振り分けをどうするか」
どうやらこちらの作戦会議くらいは待ってくれるようなので、遠慮なく皆で円陣を組んで話し合う。
見た感じ、メインとなる相手は中央に陣取り大剣を手にした巨漢の男、エル・カイだろう。
赤い細身の片手直剣を下げたエルヒム・ツァオバトと、ショートソードを構えているアドニス・ツァオバトの双子は、彼ほど直接戦闘向きには見えない。
ならば本隊をエル・カイに振り当てて、左右を別働隊で抑えるか。
あるいは、まずはエル・カイは最小限の人員で抑え、左右のツァオバト兄妹、エルヒムとアドニスを先に全力で潰すか。
鉄板どころの配置はそんなところだろう。どうするか決を取ろうと、クリムが顔を上げた――その時だった。
「なあ、クリム君」
「……ん、どうした、ソールレオン?」
不意に、ソールレオンが挙手して意見を主張する。なんだろうと発言を促すと……彼から出てきた提案は、予想外なものだった。
「僕と君で、左右の二人、どちらを先に倒せるか勝負しないかい?」
「はぁ? お主は、このような時に何を言っているのじゃ……」
呆れたように、クリムが呟く。何もこのような集団行動中に、そのような勝手なことを……と、クリムは思ったのだが。
「ずっと気になっていたことがあるんだ……君、ソロでここに来て負けた時から、ずいぶんとおとなしくなってないかい?」
ピクリ、とクリムの手が跳ね上がりかけた。
「……なんのことじゃ。今はレイドバトル中、他の者と足並みを合わせるのは当然じゃろう」
「それは否定しないけどね……それで小さく縮こまっているのは協調とは違うだろう?」
「何が言いたい、お主は」
「いや、ただ、以前戦った時と比べて、今の君についてこう思っただけさ」
訝しげな顔をするクリムの耳元で、ソールレオンが囁いた。
「――まるで去勢された犬みたいだ」
――そのソールレオンの言葉に、今度こそピタリとクリムの動きが止まった。
「……おい、クリム? あまり挑発には」
「……」
さすがに見かねて、おそるおそる声をかけるフレイ。
だが、クリムは無言。その表情も、能面のように平坦な無表情になっていた。
それと反比例するように、周囲に感じる重苦しい空気。ひしひしと感じる嫌な予感に、嫌な汗を流すフレイだったが……その様子を見て、ソールレオンがやれやれと肩をすくめる。
「まぁ自信が無いというならば、無理にとは言わないけどね?」
それが、駄目押しだった。
この時フレイは、横の小さな少女からプチンと何かが切れた音が聞こえた気がした。
「……上等だ」
「……おい、クリム?」
ボソリと呟かれた声に、フレイの頬がヒクッと引き攣る。今の彼の心中を言語化するならば「あ、だめだこれ」といった感じであろう。
もはや制止する暇もなく、するりと動き出した少女の体が、頭二つ分以上はある青年の胸倉を掴み、怒気を露わにする。
「……さっきから、黙って聞いていれば好き放題言いやがって! 良かろう、その勝負、乗ってやろうではないか!!」
――有り体に言って、クリムは完全にキレていた。
フン、と乱暴にソールレオンの襟を離すと、手元に影の鎌を出現させ、憤慨した様子のまま右側、アドニスのほうへと歩いていく。
その様子を呆気に取られて眺めていたフレイだったが……それはすぐに、ソールレオンを非難する表情に変わる。
「ソールレオンさん、発破をかけてくれたのは礼を言いますけどね」
彼の指摘は、フレイも長い付き合いゆえに薄々感じていたものだった。
……ここ最近のクリムはあまり無茶するようなことはなく、無難な選択が多いな、と。
それを明確に言語化し、クリムの迷いを怒りによって吹き飛ばしてくれたことについては、礼を言わなければならないだろう。
だが……それはそれとして、友人としては許せることではなかった。
「……あとで一発殴らせろ、お前」
「おお、怖い怖い。ま、それくらいなら安いものだよ」
飄々とそう
どうやら本気で一人一体倒す気らしい二人に、さすがにフレイも深々と溜息を吐くのだった。
「あー、シャオさん、あの二人を頼みます」
「はあ……まぁ、了解です。彼らの面倒は僕が見ますから、皆さんはエル・カイのほうをお願いします」
やれやれ、僕は大きな子供の面倒ですか、と文句を言いながらも、持ち場に就くシャオ。
「あの、フレイさん。クリムさんは……」
「ああ、大丈夫。どうやらいい方向に怒りが向いたみたいだから」
「ああなったクリムちゃんは、止まらないからねー」
心配そうに尋ねるリコリスに、安心させるように語るフレイと、苦笑しながらも心配はしていない様子でノホホンと曰うフレイヤ。
見ればクリムは、目標……アドニスをいったいどうすれば一秒でも早く打ち倒すことができるかを考えている感じの、殺気に満ちて据わった目で睨んでいた。
その様子は、まるで大会の時にソールレオンとの決戦に挑んだ時のようであり、最近のどこか煮えきらない所があったクリムよりも、むしろ気迫に満ち溢れている。
それを見て満足そうに頷くソールレオンも、獲物を見つけたような愉しげな目で自分の目標……エルヒムを睨みつける。
『……ねえエルヒム、私、なんだか寒気がするのですけれど?』
『奇遇だなアドニス、僕も先程から嫌な汗が止まらないんだ』
そんな二人の視線に、NPCであるはずのボスの双子が、そう言って顔を青ざめさせていたのだった――……
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