赫剣神域キャッスル・オブ・セイファート④

 戦闘が始まって、早くも五分が経過した。



「このっ、邪魔な防壁じゃな……ッ!?」


 攻撃の隙を掻い潜り、首を狙って放たれたクリムの漆黒の大鎌が、少女騎士アドニスのその細い首を刈り取る寸前で不自然に弾かれる。


 どうやらダンジョン内で会話がある相手ゆえに退場はまずいということらしく、クリムがつい癖で首を狙って攻撃しても【Absolute Defense】と表示され、紅く輝くの六角系の光が無数に組み合わされた障壁に阻まれる。


【297862/300000】


 おそらくはこの『Absolute Defense』の耐久値と思しき、圧倒的で絶望的な数値。これがある限り……そしてこれはおそらく彼女のライフの数倍はある……クリティカルは発生しないのだ。

 一応はお情け程度のダメージは入っているみたいだが、決定打にはならない。それを確認し、クリムがチッと舌打ちする。


『あの、この子可愛らしい顔の割に怖いんですけども!?』


 幾度も首を刎ねられかけ、もはや半ば涙目になりながら、それでもさすがは過去の英雄と言うべきか、クリムの大鎌を捌きながら反撃を繰り出してくるアドニス。


 直撃こそまだ無いものの、アドニスの短剣は魔法の風を纏い、少しずつクリムのHPを削っていた。


 一方で、ソールレオンが相対するエルヒムのほうはというと、こちらは雷光を纏い同じく全ての攻撃を捌き切っているはずのソールレオンをジリジリと灼いている。


 そうしていつの間にか危険域に達していたHPが、不意に淡く輝く回復魔法の光に包まれて全快した。


「悪く思わないでくださいね、あくまで僕の目標はこのダンジョンのクリアですので、あなたたちの勝敗には興味ありませんから」


 見れば、シャオがクリムとソールレオン双方に援護をしてくれているところだった。

 そんな彼のお節介に心の中で礼を述べながら、武器を構え直してアドニスに相対し直す。




 ……許せなかったのだ。


 それは、先程のソールレオンの挑発のことではない。

 彼に指摘されるまで――負けることを「仕方ない」と割り切っていた自分自身が、だ。


 ランキング決定戦決勝と、以前相対したアドナメレク。二度続けての敗北に――負けることに慣れ始めていた自分自身にだ。




「『ハンギングウィングス』……ッ!!」

『ひゃぁ!?』


 クリムが放った魔法……深淵魔法70『ハンギングウィングス』の翼を模した拘束魔法が、体勢を崩した彼女を宙吊りに戒める。何やら可愛らしい悲鳴が聞こえた気がしたが、黙殺。


 無防備な姿を晒したアドニスに向けて……渾身の刃を振り下ろす。


「『エクゼキューション』……ッ!」


 抑えた叫びと共に、大気がビリビリと振動していると錯覚するほとの闘気が込められて禍々しい闇を纏う大鎌が、無慈悲に振り切られる。



 ――大鎌スキル90『エクゼキューション』……隙は大きいが、今の時点でクリムが使用できる戦技の中では最大の威力倍率を有する技だ。



『か、はっ……っ!?』


 防御も許されず、無防備なままその直撃を受けたアドニスが、苦しげな呻きを上げてがくりとその場に崩れ落ちた。


 チラッとソールレオンのほうを見れば……そちらでもちょうど、双子の騎士の片割れが彼の前に膝を屈しているところだった。


 どうやら完全勝利とはいかなかったようで残念に思いながらも、ひとしきり暴れたことでだいぶ頭も冷えた。


『うぅ……怖い……痛い……帰りたい……』


 何やらすっかり心折れ虚勢が剥がれた様子でえぐえぐ泣いている少女騎士に、なんだか悪いことしたなと罪悪感を感じながら、その意識を刈り取るために再び大鎌を振りかぶった……その時だった。



『まだだ、アドニス!』

『……え? あ、アレをやるのね!?』

『ああ、パワーを騎士エル・カイに!!』


 突然起き上がって眩い光を放つエルヒムとアドニス。

 彼らを中心に巻き上がる突風に思わず顔を庇った瞬間。


『うむ、お主らの力、確かに借り受けた!! ぬぅぅうウウウンッッ!!』


 そんな熱苦しい掛け声と共に、二人から力を供給されたエル・カイの大剣が、二つの剣閃となってバトルフィールドをX字に斬り裂く。


 場に残留したその蒼い剣閃から――次の瞬間、本隊前衛とエル・カイ、クリムとアドニス、ソールレオンとエルヒム、そして後衛組の四つに分断するようにして、無数の鋭い氷が連なる壁が飛び出して、戦場を貫いた。




 ◇


「しまった、そういうことか……!」


 シャオが歯噛みする。

 フィールドを縦横無尽に分断する氷の剣閃、これはおそらく、敵方の誰かのHPが危険域まで低下したら発生する、アドナメレクの『パラダイス・ロスト』に相当する行動だ。


 フィールド全体を縦横に奔る氷の残閃は、消える様子はない。

 むしろ双子の力を受け入れているエル・カイがその大剣を振るうたびに、戦場は切り裂かれ蒼い光を刻まれて、そこから更に氷壁がせり上がって行動不能範囲を広げていっていた。


 今はまだ回避できるだけの余地があるが、この氷牙はやがてはフィールド全体を飲み込み、自分たちを無惨に斬り裂くだろう。


 だが、基点となっているエル・カイは、まだまだ倒れそうにない。クリムとソールレオンがあまりにも頑張りすぎたため、双子を追い詰めてイベントを発生させるのが早すぎたのだ。


 一方で、即座にエルヒムとアドニスに攻撃を試みた者もいるが…… この時点で既に経路は氷に閉ざされており、戦力の再分配は不可能。後衛が魔法攻撃を試みたが、彼らの周囲には【Absolute Defense】と表示された防御障壁が発生していた。


 そしてそれさえも、今ではもう完全にフィールドを分断する氷壁に阻まれて視界を切られ、指をくわえて見ていることしかできない。


 ……つまり、詰み。



 取り巻きは先に減らしておく……そんなゲーマーの中ではセオリーとなっている習性を利用した、まごうことなき初見殺しだった。



 誰が悪いわけではない。誰もこの情報を持っていなかったのだから。

 そしてその情報は得た、ならば次に生かせば良い。それがレイドボスというものなのだから。


 ――仕方ない、こうなったら全滅はやむなしとしても、せめて可能な限りの情報を集めておこう。


 そう決意して、バトルフィールドに視線を戻したシャオの目の前に飛び込んできたのは……


「……はは、全く僕以外の魔王は二人とも、本当にデタラメですね」


 ……エルヒムとアドニス、双子の騎士への攻撃を阻む絶対障壁を砕こうとする、二人の『魔王』の姿だった。


 決して自棄になったわけでも諦めたわけでもなく、勝負に固執しているというわけでもないだろう。


 ただ、あの二人は単純に、バカが付くほど負けず嫌いなのだ、とシャオはようやく理解した。

 そして……シャオはあいにくと、そんなバカは嫌いではなかった。


「仕方ないですね……では、美味しいところはいただきますかね」


 そう言って悪い笑顔を浮かべ、傍観するのをやめて新たな魔法を紡ぐ。


「それにしてもまぁ……AIとはいえ、あの双子の騎士には同情してしまいますね」


 どうやら心底痛ましく思っている様子で、深々とため息をつくシャオなのだった。





 ◇


 脅威はエル・カイが振るう剣だけでなく、フィールド全体に断続的に発生する攻撃範囲予測も存在した。ランダムに巨大な氷柱が降り注ぐその様は、もはや雨を通り越して嵐と言っても過言ではない地獄の様相だ。


 だが、表示された赤い範囲とは裏腹に、攻撃が来ない安全地帯がある可能性に賭け、クリムが飛び込んだ場所があった。


 すなわち……術者であるアドニスのいる座標。


『……嘘ぉ!?』


 死線を恐れず踏み越えてきたクリムの姿に、アドニスの顔が恐怖に歪む。思わず助けを求めようとした彼女の視線の先に見たものは……同じく、ソールレオンに肉薄を許してしまい焦る兄の姿だったのだろう。

 それを目の当たりにした彼女の目は死んでいたが、それはそれ。




 これがアドナメレクあたりならば、そのまま気にせず撃ってきそうな雰囲気はあった。だがこちらのアドニスは、そこまで頭のおかしな気概は持っていなさそうに見え、それに賭けた。


 そして、その賭けには勝った。あとは、なんとしてでも貫くのみ。




 ガキィィィン……とけたたましい音を立ててぶつかり合う、鎌と障壁。

 クリムはアドニスの纏う『Absolute Defense』に大鎌を叩きつけ、右手と足でギリギリと押し込む。


【14543/15000】


 先程クリティカルを狙おうとして阻まれた時のものよりはずっと少ない耐久値に、クリムはこれならば抜ける、と凄絶な笑みを浮かべ、更に力を加える。


『あ……ぁ……』


 エル・カイへの支援を維持しながら、呆然と眼前の光景を見守っていたアドニスの目の前で、激しく火花を散らして刻一刻と減っていく『Absolute Defense』の耐久値。


「……『シャドウ・ライトウェポン』ッ!」


 だが、クリムはさらに左手の中に真っ黒な短剣を作り出して、逆手に構えたそれを火花散らす障壁へと叩き込んだ。

 更に目に見えて急速に減少していく障壁の耐久値に、ビシリ、と硬い物にヒビが入る感触が手に伝わってくる。


「つ、ら、ぬ、け、ぇぇえええッッ!!」


 裂帛の気合いと共に、止めとばかりに短剣を抉るようにして斬り払う。


 ガシャァァ……ン、と、無数の硝子が割れたような音が周囲に響き渡る。

 耐久値を全損してアドニスが纏う障壁が砕け、キラキラと輝く光となって周囲に舞い、真夏に振る雪のように……消えた。


 そんな光景を、呆然と見つめているアドニスに……


「……それじゃ、ごめんね?」


 新たに作り出した、血色の刀。それによってクリムが放った峰打ちにより、彼女は呻き声だけ残して今度こそ戦闘不能となったのだった。




 力の供給を断たれた氷壁が効力を失い、けたたましい音を上げて崩れていく。


 その向こうでは、ソールレオンが苦い表情で佇んでいた。

 彼が相手にしていたはずのエルヒムはというと、今はもうシャオの魔法による黒い焔に包まれて倒れ伏している。どうやらクリムとソールレオンの勝負に決着がついたのと同時に、ラストアタックを掠め取られたらしかった。


 残るは、もはやリンクが切れて元に戻ったエル・カイただ一人。

 こうして、この場での戦闘の趨勢は決したのだった――……




【後書き】

アドニスちゃんかわいそうかわいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る