赫剣神域キャッスル・オブ・セイファート②
――初戦、女騎士アドナメレク戦。
主要戦力を欠いた戦闘は……だがしかし、その戦いぶりに危なげなところは見受けられず、とても安定したものとなっていた。
というのも……
「彼女……見違えるように動きが良くなっている。手ほどきは、君が?」
「うむ。大したものじゃろ?」
フレイヤに対するソールレオンの称賛に、クリムは自慢げに、ふふんと胸を張る。前回の魔獣戦の時から比べて、フレイヤのタンクとしての安定性が目に見えて向上していたのだった。
……この数日、クリムはフレイヤに請われ、徹底的に盾で攻撃をいなし、ダメージを受け流す訓練を行なっていた。
クリムを相手に防御の特訓を潜り抜け、その成果もあって今の彼女は防御魔法頼みではなく、タンク職としての技術も間違いなく向上していた。
火力が低いフレイヤのビルドでは不安だったターゲットの固定も、ヘイトが高めに設定されている回復魔法をうまく使うことで問題なくこなしており、今のところ見事にメインタンクをこなしていると言っても良いだろう……そう、満足げに頷いているクリムなのだった。
そうして、爆発力こそないが、着実に、堅実に削られていくアドナメレクのHPバー。
外周から内周もしくは内周から外周の二連続全周囲なぎ払いや、複数人にターゲットが付き、その周囲にダメージ判定が出るため散開しなければ重複ダメージを受ける閃光魔法など、特殊で強力な攻撃も増えてきたが……それにも慣れて、皆の行動が安定してきた。
やがて向こうのライフも四分の一を切り、レッドゾーンへと突入した。あと少し……そう思った瞬間。
『……いいでしょう、私からの最後の試練です、見事に乗り切ってみせなさい……神技“パラダイス・ロスト″!』
キンっ、という音と共に、一瞬だけまるで時が止まったように、バトルフィールド内全てが静止する。
――その、直後。
「ちょ……何これ!?」
フレイヤが、驚愕の声を上げた。
アドナメレクが放ったと思しき、無数の空中に残留する光の剣閃。
それは、最初はフレイヤが居る座標を基点にした十字範囲のAoE(Area of Effect)が赤く大地に表示されただけだった。
しかし、直後もう一回り外側に四つの十字型の範囲が、そしてまた直後更に一回り大きな十字型の範囲がと、立て続けに発生する。
気づけば皆、無数の赤いAoEに完全に包囲されており、もはや逃げ場は無いように見えた。
そして……内側から外側へ、連鎖的に炸裂していく十字の剣閃。その炸裂した十字の内側は、破壊的な光の渦と化しており……距離を詰めて戦っていた者たちは、尽くその光に呑まれて消えていった。
そして、最後に……
『勇気足りぬ者たちよ、もう一度出直してきなさい!』
アドナメレクの赤剣が、光り輝く衝撃波を放ってバトルフィールド最外周に待避していた後衛組をなぎ払い……そうして、バトルフィールド内には誰も居なくなった。
――その様は、さながら念入りな絨毯爆撃のようだったと、後に外から見ていたクリムは語るのだった。
◇
あえなく全滅した一行が、リスポーン地点であるダンジョン入り口からやや落ち込んだ様子で帰ってくる。
それを特に気にしたこともない様子で迎える、クリムたちお留守番の魔族一行。
「……負けたよー」
「うむ、おかえりじゃ」
消沈した様子のフレイヤの声に、クリムは苦笑しながら声を掛ける。
「ありゃ無理だわ」
「酷い初見殺しでしたね……」
「はは、まあ切り替えていこう」
北の氷河のシュヴァルとエルネスタも、お手上げとばかりに溜息を吐いており、ソールレオンもさすがに苦笑していた。
「反応できませんでした、不甲斐なくて申し訳ないです……」
「ドンマイ、レイドダンジョン攻略の初見なんてこんなものだよ」
「うう、今更ながら時間制限が六時間もあった理由がよく分かりましたなの……」
「なんですかあれ、ずーるーいー!」
こちらは、すっかり涙目な幼少組を慰めているフレイ。
そう、未攻略のレイドダンジョン……それ即ち、死にながら攻略手段を模索するダンジョンなのである。
「さて、外から眺めていて気付いたのじゃが……」
「まてクリム、それ以上は必要ない、僕たちが任された戦闘だ」
「お、おぅ……?」
「大丈夫、私たちだってただやられたわけじゃないんだからね」
「う、うむ、分かった……」
幼なじみ二人にピシャリと助力を断られ、すごすご引き下がるクリム。なんだか疎外感を覚えて、隅っこのほうで「の」の字を描き始めるのだった。
「君は、案外過保護なんだな」
「じゃがなぁ……何もできないのは、なんかこう……落ち着かんのじゃ!」
「はぁ。部下が任せろというならドンと構えているのも、リーダーとしては大事なことですよ」
「うぐぅ……」
他の魔王二人に諌められ、反論も考え付かなかったクリムは、更に拗ねてしまうのであった。
「それで、敵のあの攻撃を見ていて気付いたことは?」
フレイの問い掛けに、バッと真っ先に手をあげたのが、リコリス、メイ、雛菊の年少組だった。
「私は後衛だから遠くから見ていたのですが、追加の攻撃範囲も全て『十』の形をしていたの」
「ついでに、その十字は、前に出た十字の斜め四方向、ピッタリ前に出た十字を四角く囲むように出ていました!」
「更に言うならば、前後の十字の間には十分な安全間隔と、炸裂するまでに時間差があったです!」
リコリス、メイ、雛菊がそれぞれ先の技の範囲について見えた内容を皆に教える。
それを聞いて、考え始めたのはフレイとラインハルトだ。
「ただしこの中央部、炸裂済みの十字に完全に閉ざされた内側は致死ゾーンか。つまり……一つ後の十字の交差部分より外側は、安地になっているわけだ」
「ああ、攻撃速度が速くて大量の範囲が現れたせいで焦ったが、それなら話は……」
そう結論が出かかった時、新たな問題を指摘するために手を挙げた者がいた。
それは、武器の特性と周囲の味方へのサポートのために、前衛三人の中では最も距離を取っていた……俯瞰できるポジションにいたエルネスタだった。
「いや、少し待ってください。私が一目散に外側へと走った場合、二つ外側の攻撃範囲に触れた際に接触判定とダメージがありました。まだ炸裂するまで時間がある、強く輝いている外側の斬閃にも攻撃判定があると思います、それも注意が必要かと」
「それじゃ、僕たちはあまり外に逃げ過ぎずに、少しずつズレて外側へと向かっていけば……」
出た意見を受けて修正を加え、ガリガリと地面に図形を描き込みながら、対策を練っていくメンバーたち。
その彼らが導き出した結論は、同時にクリムも頭の中で考えていた結論と同じものだった。
……どうやら、クリムの心配は杞憂だったらしい。
「な、大丈夫だったろう?」
「もう少し、君は仲間を信じて過保護を止めるべきですね」
「……ははっ、そうじゃな」
二人の魔王の言葉に、ぐぅの音も出ない。
意気揚々と、再びバトルフィールドへと向かっていく仲間たちを見て……クリムは苦笑しながら、きっと次は大丈夫だと信じて見学に戻るのだった。
◇
「では、確認するぞ。アドナメレクが必殺技を構えたら、後衛はひたすら外の端に全力ダッシュ。ただし最後は外周全周囲ダメージだから、最後の十字が炸裂すると同時に最も外側の十字の内側にダッシュ」
「指示は僕が出す。合図したら一斉に走ってね」
フレイの説明に、ラインハルトが補足する。それに皆が頷いたのを確認し、フレイはよし、と次の説明に移る。
「前衛は、内側から炸裂していく十字の外縁に向けて、一つずつ移動して安地に待機。外側に寄りすぎると、二つ外側の攻撃範囲予測自体にもダメージ判定があるから触れないように。いいね?」
その言葉には、フレイヤ、雛菊、エルネスタの三人が頷く。
「あと、必殺技以外にも手強い相手だ、一度はあそこまで行ったのだからと油断せずに行こう……それじゃ、行くよ!」
そのフレイの号令に、おー! と歓声を上げて、バトルフィールド内に飛び込んでいく仲間たち。
その様子は……高難度の戦闘へと挑む悲壮感などは無く、自らの手で未開拓地を切り拓いていくことへの楽しさに満ち溢れていた。
勝手知ったる二度目の戦闘は
『では、今度こそ凌いでみせなさい……“パラダイス・ロスト″!!』
そして、問題の必殺技が来る。
だが今度は混乱も無く、皆がきちんと安全地帯にその身を滑り込ませた。
第一波、第二波……ジリジリとした緊張の中、一つ、また一つと死戦を跨いで下がっていく仲間たち。
第三波……第四波が炸裂した、その瞬間。
「皆、内側へ走れ!!」
ラインハルトの指示に、外周で待機していた後衛たちが一斉にフィールド中心に駆け出す。
直後、それまで彼らが居た場所が真っ赤なAoEに飲み込まれ、内側へ駆けた者たちのすぐ背後を掠めるように、アドナメレクの放った衝撃波が吹き荒れる。
光の嵐が止んだ時、皆のライフは……全員、残っていた。
アドナメレクの『パラダイス・ロスト』を、見事に凌いでみせたのだ。
「総員、陣形を立て直せ!」
「あと少しだ、気を抜くなよ!」
フレイとラインハルトの怒号に、皆が瞬く間に元のポジションに戻り、ここぞとばかりに猛攻撃を始める。
やがて……
『ここまでですか……お見事……です……!』
ついにアドナメレクが、そう言って膝を突いた。
改めて立ち上がって来る様子も、無い。
「勝っ……た?」
最後の一射を放ったリコリスが、信じられないようにスコープから顔を上げて呆然と、
だが、その呟きが皆に浸透してきた直後、ワッと皆から勝利の歓声が上がった。
こうして、三魔王とメインタンク一人という中核を除いたメンバーでありながらも、三ギルド連合パーティは見事に初戦勝利を収めたのだった――……
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