暫定ギルドランキング決定戦・本戦①
ついに開始した、予選を勝ち抜いた8チームによる決勝バトルロイヤル。
だが、最後に残ったチームの勝ち抜きとなる予選と違い、本戦では序列を定めなければならない。
そのため本戦では、最後まで生き残ったチームに20pt、二番目と三番目にはそれぞれ10ptと5ptが加算される他に、他のチームメンバーを一人撃破する毎に、2ptの点数が加算されていくという点の取り合いのルールが定められていた。
故に、一人で歩いている者というのは美味しい獲物であり……ギルドメンバーと別れ、一人彷徨っていたクリムがたまたま鉢合わせたギルドに追いかけ回されているのもまた、必然なのであった。
「くそぅ、ソールレオンの奴めを探すのに集中するあまり、うっかり違うギルドに鉢合わせするなど!!」
バレたら絶対にフレイに弄られる。
そんな場違いなことを考えながら必死に逃げてきたのは……昨日の予選の初期位置に近い、南街区の公園内。
「えぇい。その破廉恥な丈のスカートをヒラヒラさせながら逃げ回りおって、誘惑しているのか貴様!」
「破廉恥とか誘惑とか言うな、このムッツリども!!」
追ってくる男たちの言葉に、クリムは思わず立ち止まって振り返り、スカートの前後を押さえて牙を剥き、涙目で怒鳴り返す。
「お前たちに……スカート丈をなぜか自分で決めさせてもらえなかった我の気持ちが分かるか!?」
「えっと、あの、す……すまん、なんかすまん……」
クリムの剣幕に押され、思わず謝る追跡者……『黒狼隊』という、犬系ワービーストの前衛のみで構成されたギルドのメンバーたち。
「ああもう、逃げ回るのも面倒じゃ! 良かろう、主らがそこまで構ってほしいならば、相手になってやる!」
そう半ば自棄になり、手元に影魔法の武器を顕現させる。
「……『シャドウ・ヘヴィウェポン』……大鎌!」
だが……今回呼び出したのは、今まで他のプレイヤーが居ないところでしか使用していなかった、大鎌。
どうやらまだ取得方法は広がっていなかったらしく、初めて見る武器種に、黒狼隊の面々は騒然となっていた。
「なっ……鎌!?」
「まて、あんなのが有るなんて初耳だぞ!」
「……小さめな女の子……巨大な鎌……良い!」
「まて、お主らの中に今、何か変なやつ居らんかったか!?」
ざわめきの中に聞こえてきた変な発言に思わずツッコミを入れたクリムだったが、黒狼隊はすでに皆警戒態勢に入っており、追及は諦める。
そんな、初見の武器に慎重になり、ジリジリと包囲しながら距離を詰めてくる彼らに……クリムは、だいたい四十ほど脳内でカウントした後、グッと身を沈める。
――先手必勝。
数の利は言うまでもなく、相手にある。
クリムの勝機は、相手がこちらに対応できるまでにどれだけ数を減らすのかに掛かっているのだから。
「『ナハト』……」
ぐっと、地面スレスレまで身を屈め、
「……『アングリフ』!!」
引き絞った弓の弦のように、ギリギリと溜め込んだ脚力を一瞬で解き放ち、大地を蹴る。
――ガキィィィ……ンッ!! と、けたたましい音が響き渡った。
大鎌スキル、熟練度20の戦技『ナハトアングリフ』……夜襲の名を持つその戦技の瞬発力は、一瞬で相互の距離をゼロへと消し飛ばした。
その大きく遠心力の乗ったその一閃は、だがしかし、金属同士がぶつかり合う大きな騒音を上げて、黒狼隊最前列、盾持ちのワービーストの青年に防がれてしまう。
だが……彼にとっての不幸は、クリムの大鎌が初見の武器であったこと。
「馬鹿、鎌だぞ!?」
「し、しまっ……!?」
リーダーの叱責に、彼が己の失敗に気付いた時にはもう遅い。
湾曲した刃は、長大な柄を押さえ込む青年の盾を迂回して、その後頭部へと掛かっていたのだから。
その首に掛かった刃を、クリムが全身のバネを利用して勢いよく引く。彼が構えた盾を、火花を散らしてクリムの鎌の柄が滑った。
「が、はっ……」
背後から断頭台のように迫る刃が、ザンッ、と音を立て、その刃の先にあった青年の首を刎ねる。
首を狩られた彼は力を失い、残光となって宙を舞い、散っていった。
「この、よくもフレディを!」
そう声を荒らげて、刀を構えるワービーストの男……黒狼隊リーダーを中心として、三人の敵ギルドメンバーがクリムを取り囲む。
だが……そんな彼らの表情は、味方一人がやられたにしてはどこか余裕があるもののように、クリムには思えた。
それは……まるで、
――クリムはこの一か月、ずっとログインしっぱなしだったことで、一つ気が付いたことがある。
ステータスは、VIT、MND、STR、MAGの四つ……だと思っていた。そしてそれはおそらく、ほぼ全てのプレイヤーがそうだろう。
だが……本当はそこにもう一つ、クリムは仮に『INT』と呼んでいる隠しステータスがある、ということを。
それは、頭の良さとか、そういう額面通りの意味ではない。
仮想空間での身体の使い方の経験値、反応速度、あるいはシステムアシストへの適性……いわばこのVR世界へのシンクロ率とか、そういったものだ。
そして……それが高まれば高まるほど、周囲の微細な空気の変化、僅かな情報への感知力……あるいは直感とか、第六感とか、空間認識力、そういったものが研ぎ澄まされていく。
――背後に一人、姿を隠した刺客がいる。
クリムはそれを、理屈で把握するより前に、本能と皮膚感覚で感じ取る。
それは、首筋に纏わり付くピリピリした何か。それが最高潮に達した瞬間、バッとかがみ込む。
刹那、その頭上を掠めて振るわれた短剣……隠密状態で当てることで破格のダメージを与える、短剣70で習得できる戦技『暗殺』……の禍々しい光が、しかしクリムの白い髪の毛を僅かに掠め、はらはらと舞わせただけに終わった。
「……へ、なん……ッ!?」
背後を取り、姿を隠し、完全に必殺のタイミングだったはずの致死の刃。それを明確な意思をもって躱されたことに、黒狼隊の暗殺者が硬直した。
それは、一瞬。
だが、クリムを相手にするにはあまりにも致命的な一瞬。
次の瞬間――クリムの体が、低い体勢から掬い上げるように回転させながら飛び上がった。
独楽のように体を回転させて繰り出されたその大鎌の刃に、彼は言葉を発した途中で上半身と下半身に分かたれて、HPを全損し光の砕片となって宙を舞った。
彼ら黒狼隊は、クリムの退路を後ろにだけ残すことで誘い込み、暗殺を狙っていたが……その肝心の者が落ちたことで、包囲の空隙ができる。
「だが、その体勢ではいかに貴様といえど……!」
その隙間に滑り込むようにして、暗殺者を斬った際の遠心力に引きずられるように後退したクリムだったが、すぐに反応した黒狼隊のリーダーが、距離を詰めようとする。
……が、彼は、すぐに己の失敗を悟る羽目になる。
クリムの目は真っ直ぐに、距離を詰めてくる彼のことを見つめていたのだから。
「――『
空中にもかかわらず、回転の勢いのままにクリムの手から鎌が投げ放たれる。
大鎌スキル70、『
その大質量で高速回転しながら迫る刃は、不意を打たれながらも辛うじてガードを間に合わせた黒狼隊リーダーをひとたまりもなく弾き飛ばし……更には弧を描いて地面を削りながら、背後の二人にも襲い掛かり、こちらをも吹き飛ばす。
だがそれでも、不意を打たれたリーダーは耐え切った。後退して体勢を立て直そうとした彼だったが……
「……ッ!?」
……すでに刀を腰溜めに構えたクリムが、その懐へと飛び込んでいた。
「……『臨』!」
「ぐっ!?」
神速の柄打ちが、リーダーの鳩尾へとめり込む。
その小さな体から放たれたとは思えない重い衝撃に、たまらず身体を「く」の字に曲げて蹲ったリーダーの、その首へ……
「……『者』ぁ!!」
立て続けに放たれたクリムの居合いが、今度こそ、その首を断ち切り、三つ目の光の砕片が戦場の宙を舞った。
「ジェド!?」
残る黒狼隊のうち一人が、フィールドから退場してしまったリーダーの名前を叫ぶ。
……勝てない。
黒狼隊の残り二人が、そう察しゴクリと唾を飲み込む。
すでにクリムは、光を全て吸い込むかのように真っ黒な刀をピタリと構え、その切っ先を二人のほうへと向けて静止しており……そこには一片の隙も、彼らには見つけられなかった。
起きてはならないことが、起きようとしている。
予選を勝ち抜いた自分たちが、五人掛かりで眼前の少女一人に負けるという、半ば確信に近い予感。
「……魔王」
呆然と、半ば戦意喪失した黒狼隊の一人が呟いたその言葉に――クリムは、笑うように口の端を吊り上げたのだった。
――この数分後……彼ら黒狼隊は全滅。決勝における最初の敗退者となった。
◇
――その頃、クリム不在のギルド『ルアシェイア』では。
「……お姉ちゃん、大丈夫でしょうか……」
他のギルドを探し、周囲を警戒しながら北街区の市街地を探索中……不意にリコリスがポツリと漏らした、その言葉。
「大丈夫、あいつが『できる』と言ったんだ、僕たちは信じよう」
「はい……そうですね、信じます」
いまだ不安そうにしながらも、健気にはにかむそのメカ少女の頭を軽く撫でてやりながら……フレイは、不意にその纏う雰囲気を硬化させる。
「それに……クリムの心配をしている場合じゃないね」
咄嗟にリコリスの肩を抱き、物陰へと引き摺り込む。
同時に、反対側を警戒していた雛菊とフレイヤも、向かい側の建物の陰に身を隠していた。
フレイ達が向かっていた先、市街地の物陰から……フレイたちと同じように周囲を警戒しながら移動する、複数人の人影が姿を現した。
そこに現れたのは、衣装も雰囲気もバラバラな五人の人影。共通しているのは、それぞれがその腕に、燕の意匠を施した腕章を付けていることのみ。
空を掛ける燕の腕章……それは確か、生産職ギルド、東海商事のギルドマーク。
そして彼らはこの序列戦においては、凄腕のソロプレイヤーを傭兵として招き入れ、参加しているとの情報があった。
――個々の力の平均値ならばおそらくは『北の氷河』に比するとまで言われている、優勝候補の一角だ。
「……どうやら、気付かれてはいないみたいだね」
「……はい、そのようです」
リコリスの飛ばしたマギウスオーブから届いた映像には、こちらに気付いた様子は無く周囲の探索を続ける五人の姿を確認できた。
――両手剣と、格闘。魔法職が二人に……高い場所から周囲を索敵しているのは、銃……か?
ざっと、敵の構成を確認する。問題は視界の広い場所に陣取る銃持ちだが、こちらに気付いた様子はない。
ひとまず安堵しながら、向かいにいる二人にも「待て」の合図を送る。
幸いなことに、まだ向こうはこちらに気付いた様子はない。今なら先制を取れるだろう。
「総員、全戦力出し惜しみは無しだ、目の前の五人、『東海商事』の傭兵たちを撃破する」
冷静に告げたフレイの言葉に、各々が武器を構える。
そうして『ルアシェイア』では初の、クリムが居ない戦闘が幕を開けるのだった――……
◇
更に、同時刻。港湾区の倉庫が立ち並ぶ一角。
そこでは一つの戦闘が今、終わりを告げていた。
「……化け物、ですの……?」
地に倒れ伏しながら、彼女……『リリィ・ガーデン』ギルドマスターであるホワイトリリィは、眼前に佇む彼……『北の氷河』のギルドマスター、ソールレオンの姿を、呆然と見上げていた。
ギルドの仲間は、すでに居ない。
最初、突如単身で強襲してきた彼、ソールレオン。
その初撃を彼女が防げたのは奇跡的であったが、しかし彼女はひとたまりもなく吹き飛ばされて、土に塗れ地に転がる羽目となった。
そんな彼女を庇うように、ソールレオン一人を取り囲む『リリィ・ガーデン』のギルドメンバーたち四人。
……その後に起きたことは、彼女にはよく分からなかった。
ただ、彼の二刀が暴風のように瞬き、次々と仲間たちが光に還っていくのを、倒れ伏したまま呆然と見ていることしかできなかった。
そうして皆、眼前のたった一人に瞬く間に打ち倒されて、すでにこのバトルフィールドを去っていった。
一分も掛からずに、四人。それが、曲がりなりにも第二ブロックを勝ち上がってきた自分たちが、たった一人に打ち倒されるまでに掛かった時間。
その事実が、もはや彼女の戦意を粉々に打ち砕いていた。
「……君が、他のチームに色々と働き掛けていたのは知っていた」
彼女の口から、ひっ、とひきつったような声が漏れる。
だが彼は、いっそ穏やかな表情のまま、倒れ伏す彼女の、その首へと剣を添える。
「だから……申し訳無いけれど、先に排除させてもらうね?」
緊急でマックスまで稼働した痛覚緩和機能の下、首を通る刃の冷たい感触を最後に……彼女、ホワイトリリィは決勝のバトルフィールドから退場した。
「――あの子との戦いを、邪魔はさせない」
最後に、彼のそんな呟きを、耳に拾いながら――……
――――――
敗退ギルド(取得pt)
黒狼隊 (0pt)
リリィ・ガーデン (0pt)
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