本戦直前

 ――暫定ギルドランク決定バトルロイヤル二日目。




 本戦の待ち合わせのため、一足早く集合場所である南街区の公園へと来ていたクリムは……


「きゃー、可愛い! 実物くりむちゃんかっわいい!?」


 ……初対面の女性に抱きつかれ、困惑していた。




「あ、あの、どちら様……なのじゃ?」

「あら、ごめんなさい?」


 突然のことに演技を忘れ、慌ててのじゃを付け足したクリム。

 だが、先程の取り乱しようはどこにやら、乱れた衣装を優雅に払い、胸を張って凛と語りかけてくる少女。


 綺麗、と言って差し支えのない少女だ。

 凛とした佇まい、自身に満ちたその所作、そして何よりも……縦に巻かれたそのボリュームのある金髪が、いかにも彼女を「良家のお嬢様」であることを主張している、そんな少女だった。


「私、『リリィ・ガーデン』のギルドマスター、ホワイトリリィと申します」

「リリィ・ガーデン……確か、第二ブロックの勝者じゃったな?」

「あら、覚えていてくださり光栄ですわ、クリムさん?」


 そんな殊勝なことを言いつつも、ふふんと自信たっぷりに胸を張る彼女が、クリムに向けてビシッと指差す。


「それで……私、可愛い女の子に目がありませんの、ですから……私たちが勝ったら、貴女がたは私の傘下へとお入りなさい!」

「え、嫌じゃよ、何を言っとるのじゃお主は」

「…………はい?」


 何を当然のことを、と首を傾げるクリムに、自信満々に提案してきた彼女が硬直する。


「では逆に問うが、我らが勝った場合、主らは何を提供するのじゃ?」

「え、ま、万が一にもあり得ませんが、それはもちろん、私たちがあなたの……」

「え、いらない」


 思わず素で返したクリムの言葉に、再度びしりと固まるホワイトリリィ女史。


「我は、そうした賭けで他のプレイヤーの自由意思を縛ることは好かぬ、よって、要らぬ」


 そのクリムの言葉に、眼前の彼女は、ハッと顔を上げる。


 おそらく……迂闊に自らのギルドメンバーを、賭け事にベットしていたことに気付いたのだろう。

 どうやら悪気があったわけではなさそうで、フッとクリムは表情を緩める。


「お嬢様、お嬢様、今はそんな話をしに来たのでは……」

「あ、そ、そうだったわね。私としたことが、彼女の愛らしさに取り乱してしまいましたわ」


 背後に控えた従者に諭されて、そう、ホワイトリリィなる少女が咳払いした――その時だった。




 カチャカチャ、カシャン、カシャンと金属音を立てる、チェインメイルや金属鎧の音。


 昨日とは違う重装備に身を包んだそのギルド……優勝候補『北の氷河』。そのビリビリと重圧を発する佇まいに、周囲が、シンと静まり返る。


 そんな中……先頭を歩く、漆黒の鎖帷子ホーバークと、獅子の図柄が印されたサーコートを纏った銀髪の青年と、クリムの視線が、一瞬だけ交錯する。


 ――さぁ、挑んでこい。


 彼……『北の氷河』団長、ソールレオンの目は、そう貪欲な肉食獣のような目で、クリムへと雄弁に語り掛けていた。






「……これ見よがしに、見せつけてきましたわね」


 忌々しげに愚痴を吐くホワイトリリィ。


 それも無理もなかろう。彼ら『北の氷河』は皆、昨日は着ていなかった装備……鎖帷子ホーバークやプレートアーマー、ショルダーアーマーなどといった、一目で上質な品とわかる、黒鉄に輝く金属防具を纏っていたのだから。


 それは……良質な鉱物資源と、それを目当てに集まってきた生産職を抱える彼らだからこそ、用意できるような高品質の装備。


「あれが、あやつらの本気装備というわけかの」

「ええ……どうやら、相当に実力隠しをして予選に挑んでいたようですわね」


 それで予選最速タイムで突破。なるほど、最強ギルドを謳われる訳だとクリムは納得する。


「単刀直入に言いますが、私たちと手を組みませんこと?」

「手を組む、とは?」

「それはもちろん、あいつら……打倒『北の氷河』のための包囲網形成ですの」


 ……正直、クリムもそんな誘いは来ると思っていた。

 それだけ、現時点ではあの『北の氷河』の戦力は突出していた。


「……確かに、それが賢いやり方かもしれぬな」

「で、では……!」

「でも、すまんな、我はその誘いには乗らぬ」


 目を閉じて、ゆっくりとかぶりを振るクリム。


「あ奴……北の氷河団長のソールレオンとやらは、そんなことでは倒せぬよ。そんな気がするのじゃ」

「では、むざむざ奴に優勝を明け渡しますの?」

「いいや、最初から負ける気で勝負を挑むなんて、柄ではないからの」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、クリムがゆっくりと目を開く。



「――あ奴は、我が倒す」



 そう、目に闘志を漲らせ、真っ直ぐに言い切ったクリム。

 その気負いもなく本気である言葉に、『リリィ・ガーデン』の二人がぽかんと呆けた顔をする。


「……本気ですの?」

「うむ、我は……あやつに勝ちたくて、ウズウズしておる」

「後悔しますわよ……行きましょう」


 信じがたいものを見るような目でクリムのほうを見た後、彼女たちリリィ・ガーデンの二人は踵を返して立ち去っていく。






「というわけで、すまんな。勝率を上げるならば誘いに乗るべきじゃったが、これは我の我儘じゃ。愛想を尽かしたというならば、見限ってくれて結構じゃぞ」


 背後で推移を見守っていた、いつのまにか揃っていた仲間たちに、そんなことを曰うクリム。

 だが皆は、やれやれ、と肩をすくめただけで、何も言ってこない。


「……なんじゃ、お主らなんの小言も吐かんのか?」


 拍子抜け半分、安堵半分といった様子で首を傾げるクリムだったが……その手を、フレイヤがそっと取る。


「無いよ。クリムちゃんなら、きっとやってくれるって信じてる」

「え……あ、うん」


 無邪気な笑みを向けられて、しどろもどろになるクリムだったが……


「ま、お前の無茶はよくあることだしな」

「雛菊も、お師匠の勝利を信じて自分の仕事に専念するです」

「わ……私も、今日は弱音は吐きません……!」

「……ありがとう、皆」


 皆、苦笑しながらも口々にそう賛同してくれる。

 その様子に……クリムは深く頭を下げるのだった。




「それで、リュウノスケさんは?」

「うん……そろそろ、時間ギリギリだと思うんだけど」


 フレイヤの疑問に、クリムが視線を彷徨わせる。

 昨日から姿を見かけないリュウノスケ。彼には、今日に向けて一つ、重要な仕事を頼んでいた。


 だが、すでにバトルフィールドへの転送のカウントは始まっている。そろそろ来なければ間に合わなくなる……そう不安を感じ始めた頃、慌てて駆けてくるその姿が見えた。


「わ……悪い、遅くなった! ギリギリまで無茶言ってたもんでな」

「……良かった、来たか!」


 大きな包みを抱えて現れたリュウノスケに、ホッと安堵するクリムだった。


「だが……クリムが貯め込んでいた物を全部吐き出した素材、それと、ここのところずっと皆で集めた素材……その全部を投げ打って、キッチリとHQハイクオリティ品を作ってもらってきたぞ!」


 そう言ってリュウノスケが抱えてきた包みを広げる。そこには――



「わぁ……お師匠、これが、私たちの制服なんです!?」

「凄い……今までの装備と、全然性能が違う……!」


 雛菊とリコリス、二人は新しい衣装にやや興奮した声を上げる。

 そんな様子をフレイとフレイヤは微笑ましげに眺めながらも、すでに自分たちも着替え始めていた。


 そこにあったのは……臙脂をメインに、黒をサブとして組み合わせた二色で染め上げられた、まるで騎士の礼装のように煌びやかな五着の衣装。


 これは、リュウノスケの伝手を紹介してもらった裁縫職人に、急遽製作を依頼していたもの。惜しげもなく素材を注ぎ込んで作ってもらった、オーダーメイド品。


 各々の要望を聞いて、スカートや上着に若干の形状の差異はあるが……皆揃いのデザインに揃えた戦闘装束だった。


「確かに、私たちには『北の氷河』みたいな鉱物資源はないけどね」


 クリムも自分のぶんの衣装を手にし、ステータス画面を操作して装備を入れ替える。

 すると、これまで着ていたゴシックロリータ風の衣装が、みるみるキッチリと着込まれた騎士服に変化する。


「『シュヴァルツヴァルト』の獣の革や、虫の糸……資源の質では負けてないはずだよ」


 黒の森に生息する巨大な芋虫の糸で編んだ新しい衣服と、以前撃破した『最強の魔獣』の素材を用いた黒革のブレストアーマーの様子を確かめ……その出来栄えに満足げに一つ頷くと、その上から羽織った獅子赤帝の外套をバサリと翻して皆に向き直る。


 視界端にはすでに、バトルフィールドへの転送開始時間を知らせるカウントダウンが、終わりを迎えようとしているところだった。


「では……ギルド『ルアシェイア』、全ての技能、全ての戦術を駆使して、全力全開で出陣じゃ!!」

「「「「了解!!」」」」


 クリムが、一度天に掲げた手をバッと前に突き出し、そう高々と指示を出すと……皆、毅然と声を張り上げて、バトルフィールドへと転送されるのだった――……









 ◇


 〜バトルフィールド転送直後〜


「しかし……我もフレイみたいにズボンが良かったのぅ」


 落ち着かなげに、新衣装の黒い膝上丈のスカート……それも何故か、レース等で可愛らしく縁取られたそれをバサバサ振るって感触を確かめながら、愚痴るクリムだったが。


「ダメだね」

「ダメだよー」

「ダメです!」

「あ……その、ダメだそうです……」

「な、なんじゃお主ら全員で寄ってたかって!?」



 全員に一斉に駄目出しされ、目を白黒させるのだった。



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