暫定ギルドランキング決定戦・本戦②

 市街地にて、『東海商事』の傭兵たちと遭遇したフレイたち『ルアシェイア』の面々。


 建造物の陰に身を隠しながら作戦を伝え終えたフレイが、傍で銃を抱き、不安そうにしているリコリスの頭にポンと手を置く。


「リコリス、姿を隠して敵ガンナーを狙撃、行ける?」

「……やってみる」


 硬い表情ながらもはっきりと頷く彼女に、フレイはよし、と一つ頷く。


 数で劣るルアシェイアにとって大事なことは、まずは敵の数を減らすこと。

 特に厄介な銃を持つ敵を先に潰さねば、こちらはただでさえ壁となる前衛が雛菊一人しか居ないというのに、自由に移動もできなくなる恐れがある。


 そのため、趨勢はこの一射に掛かっていると言っても過言ではない。そんなプレッシャーに、このいかにも気弱そうな少女が耐えられるかという不安要素はあった。


 だが……どうやら、その不安は杞憂だったらしい。



 ――なるほど、特定の条件下でだけ凄まじい集中力を発揮するタイプか。



 フレイは内心で、道理でクリムが気にかけていたわけだと独り言つ。


 建物の陰から僅かに身を乗り出し、相手の狙撃手へと狙いを定めるリコリス。

 銃を構えスコープを覗き込んだ彼女からは、先程までの不安そうな様子は影も形も無い。

 そこにはただ一点、敵にだけ集中する、静謐ささえ感じる少女の姿があった。


 ――対象までの距離は、ざっと目算で500メートルほど。


 訓練を受けていない一般人、それも年端もいかない少女には普通ならば絶望的な距離であるが……


 少女が、息を吐く。


 息を吸う。


 そして、止める。


 ビリビリとした緊張感に満ちる空気の中――カチリと、少女が愛銃の引鉄を引いた音だけが、やけに大きく響いた。



 ――チュン。



 そんな、あまりにも小さな発射音。

 だが、その銃口の先で、相手側の銃使いが屋根から転落したのが見えた。


「――よし、リコリス、良くやった! あとは周辺警戒をメインにサポートを頼む!」

「は……はい、フレイさんも気をつけて!」


 魔機術のアンカーシュートで屋根上へヒラリと飛び乗る彼女を視界の端に捉えつつ、フレイは道へと飛び出して、詠唱を始める。


「……――エルタリア・スロウド・ボーデル――楚は雷霆を統べる全天の主の剣、出でよ! 『ライトニングソード』……ッ!!」


 長大な詠唱を唱え終え、手を前へと突き出した――瞬間、市街地が真っ白に染まった。


 先制砲撃――本来の用途で放たれた『ライトニングソード』の魔法は街を駆け抜けて、逃げ遅れた者を巻き込んで炸裂した。


 とはいえ……距離減衰の大きな雷魔法をこの距離から。これでは、即死には至らないだろう。


 案の定、次の狙撃を警戒せざるを得ない彼らは、回復魔法でHPを回復する間も惜しみ、回復薬を飲み干しながらこちらへ向かい駆け出していた。




「仕返しだ、そこのエルフの魔法使い!!」


 敵魔法使いから放たれた、巨大な氷柱のミサイルが、フレイへと迫る。

 だが、そこに割り込む者があった。それは……ヒーラーとして、守られているだけの存在だと思われていた姉、フレイヤ。


「――『ディスパース・ミスト』……ッ!!」


 神秘魔法60『雲散霧消ディスパース・ミスト


 彼女がフレイの前へ出て盾を掲げると同時に、一つの魔法障壁を展開する。その障壁に触れた氷柱が、その大部分を減衰させられて、蒸気を撒き散らしながら小さくなった。


 その上で、あらかじめ皆に付与していた強化魔法『カウンターマジック』に更に氷柱は削られ、更には防具性能を一時的に向上させる強化魔法『エンハンス・アーマー』によって強化されたフレイヤの掲げる盾へと直撃し……


「そのくらい……効かないよ!」

「……要塞フォートレスヒーラーか!?」


 砕けた氷の砕片と、水蒸気。その中から無傷で現れたフレイヤに、驚愕の声を上げる敵ギルドの魔法使い。


 要塞フォートレスヒーラー……それは、ステータスと構成を防御に特化させ、魔法まで駆使して耐久性を極限まで高めたヒーラーの、このゲームでの通称だ。


 勿論そのスタイルを成立させるには多方面のスキルに手を伸ばさねばならず、それはつまり何かを……フレイヤの場合は主に移動速度だ……犠牲にしなければならない。そのため不人気な構成ではあるのだが。



「フレイヤ、いつまでも表に居ないで、こっち!」

「あーん、せっかくだから私もビシッとキメたかったのにー!」


 慌てた様子でフレイがフレイヤの腕を掴み、民家の陰へと飛び込む。


「この、逃すか!?」

「待て、罠の可能性を……!」



 ……あるいは、彼らが繋がりの希薄な傭兵ではなく気心の知れた集団だったならば、もっと慎重な行動を取れたのかもしれない。

 だが彼らは我の強いソロプレイヤー集団であり、即席のチームだ。


 出会い頭に大魔法を叩き込まれた恨みからか、東海商事の傭兵の一人がフレイとフレイヤを追って、曲がり角を追ってくる。だが……


『――フレイさん、フレイヤさん、しゃがんでください』


 パーティ通話越しに届く、リコリスの声。

 それに咄嗟に二人が反応し、身を屈めた瞬間――瞬いた一筋の閃光が、追ってきた男が曲がり角から姿を現した瞬間を狙い澄ましたように、その眉間を貫いて残光へと変えてしまう。


 障害物が多い街中を疾走中の仲間が、正確にヘッドショットを受けて退場したことで、残る傭兵たちにも動揺が走る。


「……畜生、なんだこの狙撃の精度は!?」

「というか、どこから撃っているんだ、移動していて位置が掴めない!!」


 さらに数発の威嚇射撃により、慌てて物陰に身を隠す東海商事の三人。だが……


「今だ雛菊、ゴー!!」

『お任せください、です!』


 通信越しの元気な返事と共に、今まで屋根上へと潜んでいた雛菊が、敵の治癒術師と思しきノームの前へと降り立った。


「ひっ、あ……」

「ユニ!?」


 ノームの少女の危機に、別の物陰に潜んでいた前衛、両手剣持ちの男が立ち上がる、が。


『ストライクバレット、シュート!』


 通信越しに聞こえたリコリスの声と共に、彼方から飛来する閃光。


 これまでのものよりも多くの魔力を込められたそのバレット……『ストライクバレット』という貫通力を高めたその閃光は、立ち上がった男の胸を正確無比に貫いて、そのHPを根こそぎ削り取る。


 同時に雛菊の方も、男がリコリスに撃たれたのを確認してからノームの少女の背後へと回り込み、その心臓がある筈の場所を貫く。

 そして……少し考えた後、HPを全損し末端から光に還っていく彼女のその体を、同じくリコリスの銃撃によって心臓を穿たれて蹲り、末端から光に還っていく男性のほうへと突き飛ばした。


 もつれあい、抱きしめ合って地面を転がる東海商事の傭兵二人。


「……ごめん、ユニ」

「テッド……私こそ、役目を果たせなくてごめんなさい」

「次は……勝ちたいなぁ……」

「うん……そうだね」


 そう、彼らは二人抱き合ったまま、光になってバトルフィールドから消えていった。


 ――というか、あんたらソロじゃなかったんかい。


 何やら恋愛小説の主役になり切っていた二人に、内心そう愚痴るフレイなのだった。



「……めちゃくちゃ後味悪いです」

『何故……私たちが悪役みたいになっているのでしょう……』

「何はともあれ、あとはお兄さん一人ですね」


 雛菊が、残り一人、往生際悪くも魔法を唱えていた魔法使いへと、その切っ先を向ける。

 それを見て、彼は今度こそ全て観念したように両手を上げた。


「あー、分かった、ひと思いにやってくれ」


 そも、彼らは傭兵であり、ギルドに忠義があるわけでもない。あっさりと諦めると、その首を差し出した。


「はいです、ひと思いにやるです」

「あと……お宅の狙撃手さんに言ってくれ。あんたのおかげで俺らはボロボロだ、おかげでボーナスがパーになった。良い腕だったよ……ってな」


 事実、今回敵ギルドから動く自由を奪い続けたのは、リコリスの狙撃だ。彼女の功績を疑う者は居ないだろう。

 その最後の言葉を聞き届けると同時に……雛菊の刃によって、『東海商事』最後の一人である魔法使いも、この戦場から消滅するのだった。







 ◇


 ――同時刻、港湾区埠頭。



「何が北の氷河包囲網だ、やっぱり騙し討ちするつもりだったんじゃないか!」

「待て、あの矢は私たちのものでは……!」

「黙れ、リーダーの仇だ!!」


 そこでは……二つのギルド、『新巻シャケ』と『Hexen Schuss』の二つのギルドが武器を持ち出し、斬り合いながら揉めていた。


 ――事の始まりは、『リリィ・ガーデン』に共闘を持ちかけられた二つのギルドが、待ち合わせ場所であったこの場所に訪れた際に起こった。


 突如飛来した矢によって、まず『新巻シャケ』のリーダーが不意を突かれ死亡。


 その直後現れた『Hexen Schuss』に弓使いが居たことで、逆上した『新巻シャケ』のメンバーによる不意打ちによってその弓使いが殺されて……今に至る。


 ……双方冷静ならば、お互いに不審な点に気付くこともできただろう。


 だが今はバトルロイヤルの最中……誰が裏切るか分からない中では『裏切られる可能性があるならば先に殺せ』という流れに引き摺られた両者の暴走を、止めることなどできはしなかった。




 ――だが、乱戦状態にもつれ込んだ二つのギルドが、その数をおよそ半数に減じた頃。


「そろそろ良いかな。シュヴァル、お願い」

「へいへい、伯爵サマ……っと」


 埠頭の陰で様子を見ていた者達……『北の氷河』の金髪の少年と、灰色の髪を逆立てた弓使いの青年が動き出す。


 ギリリ……と張り詰めた弦の音を立てて、シュヴァルと呼ばれた青年の弓が引かれる。


「この距離だと……まあ、五百メートルってところか。この弓だとさすがに届かねぇぞ?」

「大丈夫、それはこっちで補正するよ」

「んじゃ……ま、よろしくな……っと!!」


 ピュン、と風を切る音が響き渡る。

 グングンと山なりの軌道を描いて飛んでいく矢は真っ直ぐに二つのギルドが争う場へと飛翔し……だがしかし、途中で失速し落ち始める。


 だが……


「っし、ラインハルト、頼んだ!」

「うん……行って、『シュートアロー』!」


 ラインハルトと呼ばれた少年が放った魔法……『シュートアロー』という、精霊魔法60の風属性魔法。

 本来は所持する矢を弓の代わりに撃ち出す魔法であるはずのそれは、はるか遠くを落ちる矢を捉えて……その視線の先で、不自然に軌道と速度を変えた。


 その矢は……どうにか諍いを諫めようとしていた、『Hexen Schuss』のリーダーの胸へと吸い込まれていった。


 視線の先で、新たな残光が舞う。

 途端に、先程にも増して騒然となっている、視界の先にいる二つのギルド。その様子を見て、ラインハルトが頷く。


「よし……行くよ、皆!」


 ラインハルトの指示に、背後で様子を窺っていた残る二人……ハルバードを携えたノームの女性と、大楯と長剣で武装したドラゴニュートの男性が駆け出す。


「ポイントは漁夫の利でゴッソリってか……全く、可愛い顔してエゲツねぇ坊ちゃんだこと」

「人聞きの悪いことを言わない。ほら、シャキッとする!」

「へーい」


 そんな言い合いをしながら後を追う二人だったが……もう、この戦闘でやることは無いだろうと、二人とも確信していた。




 そして……予想通り、ラインハルトとシュヴァルの二人が先行した二人に追いついた時には……『新巻シャケ』と『Hexen Schuss』の二つのギルドは、すでにバトルフィールドには残っていなかった――……




 ———————————


 敗退ギルド(取得pt)


 黒狼隊      (0pt)

 リリィ・ガーデン (0pt)

 東海商事     (0pt)

 新巻シャケ    (4pt)

 Hexen Schuss   (6pt)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る