暫定ギルドランク決定戦②

「ここが、対戦ステージか。街をそっくりそのまま流用したインスタンスエリアなんだね」

「すごーい。街中で戦うの?」


 クリムの発言に対するフレイヤの驚愕通り……周囲に広がる光景は、人が存在しないものの、『始まりの街ヴィンダム』そのもの。


暫定ギルドランク決定バトルロイヤルは、この広いインスタンスエリア内にランダム転送された、八組のギルドによって行われる……らしい。


 クリム達が転送されたのは、そんなインスタンスエリア内、南街区の南端だった。


「さて……雛菊、開始したら、一気に来るのも覚悟して……多分、最初に狙われるのは私たちだ」


 バトルロイヤル……その戦闘で可能性として警戒しないといけないのが、他が暗黙で手を組んで自分たちを潰しに来る可能性だ。


 クリムの技量はそこそこ知られているため、警戒されていると思うべきだろう。他のプレイヤーにとってはまだ人数が多いうちに排除したいはずだ。おそらくは、最初からこちらの戦力を削ぐつもりで来るだろう。


 そして……実力はさておき、メンバーの大半が無名かつ年端も行かぬ少女であるクリムたちのギルドメンバーは、ひどく侮られやすい。


「だから、早めに移動しよう。目的地は……ここで」


 そう言って、地図上の一点……自分達がいる南街区最南端から程近い、東の港湾区に抜ける細い道がある場所を指す。


「あの、大丈夫でしょうか、両側から他の人たちが来たら……」

「うん……最悪挟撃される恐れはあるけど……一方さえ突破できれば抜けられる分、包囲されるよりずっと良い。ただしすでに同じことを考えているギルドは多いだろうから、連戦になるよ、いい?」


 そう告げるクリムの言葉に、皆がうなずく。


「それじゃ……行こう、私たち『ルアシェイア』のデビュー戦だ!」





 両端を岩壁に挟まれた道を、一番足が遅いフレイヤに合わせて駆け抜けて、現在特に他ギルドと鉢合わせることもなく、道の中程まで来たクリムたち。


「それじゃ、事前の打ち合わせ通り、リコリスは姿を隠して援護射撃。だけど、なるべく目立たないように。できる?」

「は、はい、了解しましたです、皆さんもお気をつけて……『読込レーゼン死角ブリンダーフリック』」


 フレイの指示に、緊張が抜けぬ様子で頷くリコリスが頷き、機術を一つ展開する。

 すると、リコリスの頭のディスクが回転し、その姿がスッと消えていった。

 もはやクリムたちにも僅かな揺らぎとしか捉えられなくなった彼女は、『魔機術』の一つ『アンカーシュート』によって、ひらりと崖上に飛び上がっていく。


「光学迷彩……便利だな」

『こちらリコリス……崖の上に待機中です』


 そうして、崖の上から一度だけ、クリムたちに見えるようフラッシュが瞬く。


『それと……皆さんの前から二人、後ろから三人、他プレイヤーさんが接近してます、気をつけてください……!』


 そんな警告に、下にいるクリムたちにピリッと緊張が走る。


「……っと、先客か」

「背後からも来てるよー?」

「どうやら、メンバーを分けて待ち構えていたみたいだね」


 クリムの言葉に、フレイが頷く。


「それじゃ、雛菊と僕は正面を。クリム、後ろは任せる」

「はいです!」

「うん、分かった。フレイも気をつけて」

「フレイヤは皆の間で適時援護を」

「はーい、任せて」

「リコリス、聞こえる? 君はクリムのほうを援護してやってくれ、何かあってもこいつならフォローできるから、無理はしないでね」

『り、了解しました!』


 テキパキと淀み無く指示を出していくフレイ。

 それが一通り終わった頃……正面の物陰から、二人のプレイヤーが鉢合わせるように姿を現した。


「先手、行きますです……壱の太刀、『臨』!」


 そう言って刀を腰だめに構えてグッと身を屈めた雛菊。次の瞬間……恐ろしく低姿勢で駆け出したその姿が、フッと霞んで消える。


「……ぐ、的が小さ……っ!?」

「続けて三の型、『闘』です!」

「ぐあ!」

「このっ!?」


 ごく低い体勢から放たれる飛び込みの居合いから、瞬時に繋げられた全方位切り払いに、前方から来ていた二人の敵ギルドメンバーが弾き飛ばされ、相手の連携が崩れる。


 だが、雛菊は追撃せずに後方へと引いた、その瞬間。


「……『ウィンドストーム』、吹き飛べ!」


 放たれる、フレイの魔法……精霊魔法50で覚える風属性魔法『ウィンドストーム』。ややダメージこそ少ないものの、強風により相手の行動を阻害する攻撃魔法だ。


 雛菊を巻き込まぬギリギリを計算して放たれた突風が、狭い谷で左右が遮蔽された中で指向性を持って放たれたことで更に激しさを増し、相手はひとたまりもなく吹き飛ばされていく。


 それでも、問題なく起き上がってくるあたりはさすがに大会参加ギルドなだけあるのだが、あちらは二人に任せて問題ないだろう。


 それよりも、問題なのは……


「……チッ」


 クリムたちの背後からも迫る、敵側から放たれた火の玉を、クリムはやや慌てて、大きめに回避する。


「……よし、やはりあの様子だとくりむちゃんは火に弱いみたいだ、お前はそのまま火魔法で援護を!」

「そのイントネーションの呼び方……さてはお主、視聴者じゃな!?」

「はい、めっちゃファンです! でもそれはそれ、勝ちに行きます!」


 指揮を執る先頭の剣士がそう顔を輝かせて、影の短剣を構えたクリムと相対する。

 予想外な相手に少し面食らったが……おそらく、他の吸血鬼種族の特性から、クリムも火属性に弱いと判断したのだろう。


 さて、どうしたものか……そう思った瞬間。


 ――タッ……と、ごく小さな音が聞こえた。


 それと同時に、相手後方に居た魔法使いの体が、不自然に傾いだ。


 だが、クリムには一瞬だが見えた。あれは、針のように細く絞られた……リコリスの、魔機銃の輝き。


 それを見たクリムは咄嗟に横に一歩ステップを踏み、体を回転させるようにしながら腰に吊るしてあった投擲ナイフを抜き、今リコリスに撃たれた敵魔法使いへと投げ放つ。


 頭を貫かれたためにすでにライフは0となり、残光へと消えていく敵魔法使い。だがその寸前、その無抵抗な彼の首にそのナイフは突き立った。


 見た目だけならばクリムが投擲ナイフで仕留めたように見えるだろう。もちろんしっかり検証されたら即座にボロが出るが、今この乱戦中、狙撃手の存在を誤魔化せればそれで良い。


 ――後で、謝罪のメール送っとこう、これ死体蹴りみたいなものだし。


 内心そんなことがチラッと頭をよぎり、彼のキャラクター名を、脳内メモ帳に残しておく。


「なっ……!? この、よくも……たとえくりむちゃんとて許せん!」


 魔法使いがクリムに倒された(と思っている)敵ギルドの剣士が怒声を上げ、投擲で体勢が崩れているクリムに、その剣が迫る。


「クリムちゃん、『ソリッドレイ』!」


 その刃がクリムを貫く直前、男の剣がフレイヤの魔法……神秘魔法50『ソリッドレイ』、対象に一度だけ攻撃を防ぐ障壁を付与するその魔法によって弾かれる。


 援護は飛んでくるはずとフレイヤを信じて最初から回避を捨てて、男の剣が障壁に弾かれた時にはすでに攻撃体勢に移っていたクリム。


 その刃は不幸にも剣を弾かれて致命的な隙を晒していた男、その首を引き裂いた――かに思えたが。


 ――キンッ


 まるでやり返すように、その喉元に現れる『ソリッドレイ』の光に、クリムの攻撃が阻まれた。

 勝ち誇り、再度その剣をクリムの小さな体へと振り下ろそうとする剣士だったが……その前にクリムが短剣を手放して、手をかぎ爪のような形に指先を曲げた形を取る。


「残念だがまだじゃ、『スラッシュネイル』!!」

「なっ……!?」


 禍々しく変貌したクリムの爪が、目を見張る男の喉元を切り裂いた。

 爪スキル20『スラッシュネイル』。習得できるのは爪を武器にできる種族のみで、その鋭い爪で切り裂く酷くシンプルな攻撃だ。


 だが……浅い!


 そう思った瞬間――男の心臓あたりに、先程同様ひどく絞られた弾丸が着弾して反対側に抜け、その残HPを根こそぎ奪い取る。


 一拍おいて、突然のことに驚愕していた、敵背後にて援護していた魔法使い……おそらくはヒーラー……のほうも、新たに放たれた致死の光弾にその頭を撃ち抜かれ、崩れ落ちて光となり消えていった。


「ぐ、はっ……だ、ダメか……く、くりむちゃん、せめて死に際に……雑魚と見下してください……」

「お主ら本当にアホじゃな!?」


 死に際に、そう頼み事をしてきた男に思わず罵倒すると……何故か剣士の男は満足気な顔で、残光となって消滅していった。


「なんというか……最後のこれが、一番疲れる攻撃じゃったなぁ」


 そうぼやき、クリムは何故か負けたような気分で深々と溜息を吐くのだった。



「それにしても……凄いな、リコリスちゃん」


 緊張が解れたのか、先程から時々良いタイミングで飛んでくる援護射撃に、舌を巻く。



 相手にとっては相当に脅威だというのに、弓や銃使いが少ないのは……その扱いが、フレンドリーファイアありのゲームでは著しく難解になるからだ。


 また、ひと昔主流だった『スコープ中心で捉えていればシステムアシストが入り命中として処理される』仕様は最近の技術の進歩の中で衰退した。

 代わりにひどく当たり判定がリアルになったこの『Destiny Unchain Online』の仕様では、僅かな角度のズレも長い距離を経て致命的なズレとなり、明後日の方向へと飛んでいってしまう。


 彼女のように乱戦中、フレンドリーファイアをせずに敵だけを確実に射抜くなど、生半な技量ではないはずだ。



「っと、こうしてもいられないね。次に備えておかなきゃ」


 予選一ブロックにつき八組いる中で、視界端に映る残ギルド数は……すでにどこかで二つ減ったらしく、五つ。


 そして、すでに迫っている、今来た道から新たなギルド……それも二つ、計十人。


 予想通りに、本来敵であるはずの者たちが一時休戦してこちらに向かってきているのが見え、クリムは急いで戦線に復帰するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る