暫定ギルドランク決定戦①

 ――暫定ギルドランク決定バトルロイヤル、当日。



「うわぁ、人がいっぱいです!」


 雛菊が、眼前の光景に、ほわぁ、と驚きの声を上げる。


 久々の始まりの街ヴィンダムにて参加登録を済ませ、会場である南街区の公園に向かうと……そこにはすでに、無数のプレイヤーが集っていた。

「こ……このような中で、戦うのですか?」


 こちらは、心配そうな顔をしているリコリス。

 彼女は、視線が自分たち『ルアシェイア』のほうへと向いた瞬間、クリムの背に隠れてしまう。


 ……自分の後ろは逆効果だと思うけど。


 先日の配信の影響か、やたらと注目を集めているクリムはそう苦笑しながら、空きスペースを探して移動するのだった。






「放送を見てファンになりました! 雑魚って言ってください!」

「ぇえ!? わ、わかったのじゃ。その……ざーこ?」

「あざますっ!!」


 そう言って元気に立ち去っていくプレイヤーの背中を、クリムはポカンと見送る。


 ……ということが、ここまで何度かあった。


「人気者じゃないか、『くりむちゃん』?」

「こういう人気は、できれば遠慮したかったなぁ……」


 ククッと笑いを堪えているフレイの言葉に、若干げんなりした様子で、苦笑するクリムだった。


 まぁ、人の噂も七十五日。やがて落ち着くだろうと、この時のクリムは楽観的に考えていたのだった。


 そんな時。


「あ、クリムさん、こんにちは」

「おお、エルミルではないか!」


 突然背後からかけられた声。

 驚いて振り返ると、そこには金属鎧を纏う騎士風の青年の姿。

 それが見知った人物であったことに、クリムはホッと表情を緩めた。


「配信拝見したよ、なかなかの人気じゃないか」

「はは……笑ってくれても良いのじゃぞ?」


 対外向けの『クリム=ルアシェイア』の演技をしながら、おどけてみせる。


「そんなことはない、その……似合ってて可愛いと思う……ぞ?」

「そ、そうか? 配信越しじゃないところで褒められるのは若干恥ずかしいのぅ……」


 思わぬマジトークの褒め言葉に、逆に照れさせられてしまうのだった。

 だが……そんな彼の表情は、固い。その理由は、おそらく予選トーナメントの配置に関係しているのだろう。なぜならば……


「この対抗戦で、どれだけ成長したかを見せてやる……そう言うつもりだったんだがなあ」

「しかし、お主らの『銀の翼』の居るブロックは、確か……」


 ――第七ブロック。そこには……目下最大の優勝候補、『北の氷河』も名を連ねていた。


「はは、ツイてないって言うか、なんていうか……やっぱ日頃の行いが悪かったせいかね?」

「エルミル……お主は……」


 困ったように肩をすくめる彼に、クリムが同情の混じった視線を向ける。

 だが、それに気づいたエルミルは、そんなクリムに力こぶを作ってみせ、ニッと笑顔を浮かべてみせた。


「とはいえ、むざむざ負ける気は無いぜ。バトルロイヤルなら裏をかく機会だってあるだろうし。君に負けてから、俺たちだって死ぬ気で鍛えたんだからな!」

「そうか……うむ、頑張るのじゃぞ? 明日の本戦で約束を果たせるよう、我も楽しみにしておるからな」


 そう、クリムのほうもにぱっと笑ってみせる。

 すると、一緒ポカンと呆けていたエルミルだったが……すぐに、その顔が嬉しそうに緩んだ。


「……ああ! では、また明日な!」


 そう、はっきりと頷くエルミル。

 その背にはもう悲壮感は無く、やる気に満ち溢れているようで、一安心する。



 一方で、他所のギルドの心配もしていられない。

 振り返り、一番ガチガチになっている人物……クリムの外套をつかむようにしてその陰に隠れていた少女……リコリスに話しかける。


「リコリスは、大丈夫?」

「だ、だだだ、大丈夫です……」


 ――駄目そう。


 元々引っ込み思案な子なうえに、周囲からの視線にすっかり怯えてしまっている。

 先程から、同じほうの手と足を動かしながら歩いているリコリスに、これはガチガチに緊張しているなと苦笑する。


 だが……今日この時点では、それで問題ない。


「大丈夫、安心して?」

「お姉ちゃん……?」

「今日は、リコリスの『魔機銃』は極力情報を隠蔽するからね。君はまず第一に見つからないことを優先して、安全第一で援護してくれたら良いから」

「は……はい、お姉ちゃん」


 少し安心したようにはにかむ少女の頭を撫でる。

 今日の予選では、まだ狙撃手であるに彼女について詳細なことを漏らしたくなかったのもあるが……リコリスに関しては、それよりも大事なことがあった。


 それが、観客の目がある場所での戦闘に慣れること。


 観客の前でのGvGのチーム戦に慣れてもらえたら、それで僥倖だ。


「逆に、雛菊は今日はすごく働いてもらうけど、大丈夫?」

「ええ、理解していますです。私は、思い切り暴れ回って皆様に『脅威である』と認識してもらうのですよね?」

「うん、頼もしいよ」

「えへへ……腕が鳴りますです」


 こちらは、特に気負いもないようだ。

 以前、刀スキルを取得しに行った時に多くの観戦者の中でボスを制してみせたのが、すっかりと自信になったらしい。


「皆の戦闘指揮はフレイがお願い、任せて大丈夫だよね?」

「ああ、勿論。任された」


 特に気負いも無く、フレイが頷く。


「フレイヤも、今回は極力私か雛菊から離れないで『皆に守られているヒーラー』に徹してほしい」

「うん、明日のために、だね?」


 分かっている、と目で語るフレイヤのその言葉に、クリムも頷く。


「皆……まずは予選を頑張って乗り越えよう! ……と、本来なら言うべきところなんだろうけど」


 やるからには、勝ちに行く。

 そしてそれは、明日の本戦まで含めてのことだ。


「……あいにくと、明日の本戦に出場した場合、私は一緒に戦えるか微妙なところだからね。今日のうちに、四人の連携を確立してほしい」

「……やはり、『あいつ』が問題か」

「うん……多分、明日は私は奴を押さえるのに精一杯だと思う」


 クリムそう呟き、声を潜めて睨んだ先。そこには……


「おい、あれ」

「あれが、優勝候補の……」

「あんなな見た目で、実際に対戦した奴はすっかり自信喪失しちまったって……」


 ざわつくプレイヤーたち。周囲が自ずから道を空ける中、堂々とその中央を歩く、五人皆統一された黒の軍服を纏う集団。




 先頭を歩くのは、ここは我が道だと言わんばかりに威風堂々とした、角を持つ銀髪の青年。


 その右隣を歩く、周囲からの注目など気にした風も無く歩く魔法使いのローブを纏う金髪の少年。


 それと……今日は、新たに強弓を肩に担いだ、微妙に柄の悪い雰囲気の青年の姿も新たに増えていて、金髪の少年と共に中央の銀髪の青年を挟むようにして、親しげに語り合っていた。


 そしてその左右を乱れを見せずに追従する、残る二人のメンバー。




 ――『北の氷河ノール・グラシエ』……今大会最大の、そして揺るがぬ優勝候補。


 そんな彼らをジッと見つめるクリムへと……不意に、こちらに気付きチラッと目を向けてくる、リーダーの銀髪の青年。


 ――同じだ。


 雛菊の刀取得スキルを入手しに行った時、たまたま居合わせた彼が去り際にクリムに向けた、獲物を見つけた肉食獣のような獰猛な視線。


「優男、ね。あれのどこが優男だよ」


 優男…… 姿かたちが上品ですらりとしている男。または、性質のやさしい男。あるいは風雅な男。


 奴がそんな殊勝なタマであるものかと、そうクリムは思いながら、武者震いに震える手をグッと握り締める。


 そんなひしひし感じる圧力に対して、クリムの顔には……楽しみが抑えきれないといったような、少年っぽい喜色の笑みが浮かんでいたのだった――……

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