暫定ギルドランク決定戦③

 ――これは、戦闘開始前の一幕。




 対戦開始待ちの時間に、クリムは雛菊へと、一つ師匠らしく教授していた。


「バトルロイヤルだと、複数のギルドが一斉に私たちに襲ってくる可能性がある……っていうのは分かるよね」

「はいです、それも戦術と、お母様に相談したら笑って言っていたです」

「……やっぱり雛菊ちゃんのお母様が何者か気になって仕方ないんだけど……こほん。例えば、二つのギルドが結託して、僕らに襲ってくるかもしれない。その場合、何人対何人の戦闘になる?」

「え……それは、五対十になるのではないのですか?」


 何故そのような当たり前のことを聞くのか分からない……といった様子で、首を傾げる雛菊。


「違うんだ。五対五が同時に二回あるだけなんだよ」

「え……ですが、それは結局一緒なのでは?」


 頭に疑問符を浮かべ混乱している雛菊の疑問に、クリムは首を振る。


「彼らは、確かに私たちを排除したくて手を組むと思う。だけど、それで私たちを排除した瞬間に、彼らはお互い敵同士に戻る」


 なんせ、本戦に進出できるのは一組だけなのだ、それは当然の帰結である。


「じゃあ……私たちが排除されたその時に、彼らが楽に勝つには?」

「あ、そうか、こちらとの戦闘中に、取引相手が消耗してくれたら嬉しいんですね!」


 そうパッと笑顔を見せて言う雛菊に、頷く。


「そう。彼らは私たちを倒すという利害が一致しただけで……その実、敵同士なのは全く変わらないんだよ」


 いつ、背後から撃たれるか分からない。そんな者たちを信用して、十全のパフォーマンスを発揮できるかというと……それは否だ。即席のタッグが密集していては、咄嗟の事態があれば対応するのは難しいだろう。


「だから雛菊、人数が上の相手に注意すべきことを、二つ、教えておくよ」


 そう、悪巧みを自慢げに披露する少年のような笑みを浮かべ、雛菊へと語るのだった――……






 ◇


 ――と、自慢げにお師匠っぽいこと言ったんだから、実践してみせないとね。


 遠くから迫る十人のプレイヤーを眺めながら、独り言つ。


 今、こちらに向かっているギルドは、それぞれ緑と、青の衣装に統一された二つ。真っ向からぶつかれば、勝ち目は無いだろう。


「……フレイ、先行くね」

「あー、まあ、ちゃんと出番残しとけよ」


 フレイのあきれ声を背中に受けながら、クリムが駆け出す。



 ――相手の土俵に立つな。




 皆で足並みを揃えて……というのは、この際は悪手になりかねない。人数差の関係上、遠距離での撃ち合いに持ち込まれたら勝ち目は無い。


 ……ならば、懐深くに入って引っ掻き回せ。


 全身を使い、手にした影の短剣を投げつける。それは長い距離を隔てて、やや前にいた緑服のギルドメンバー、前に出て先制攻撃用の魔法を唱えていた者の肩に突き立った。


 予想外の遠距離から攻撃を受け、騒然となる敵陣。


 この距離では大幅に減衰し大した威力は見込めまいが……怯ませられれば、そして自らの手元から武器が消えればそれで良い。


 間髪容れずに全力で駆け出したクリム……その体が『疾走』のシステムサポートを受けて、グッと加速する。

 そのまま、猛スピードで駆ける勢いに乗せて、左手にそびえる崖を足場に、助走をつけて宙に舞へと舞い上がった。


「……『シャドウ・ライトウェポン』!」


 再び、クリムの手の内に、漆黒の短剣が現れる。

 そしてこの瞬間、武器装備状態と見做されて『疾走』の効果は終了する……ただし、空中を跳ぶ慣性のままに、ここまでのシステムアシストによる加速は維持したまま。



 ――これは、以前『最強の魔獣』戦で偶発的に発見した、裏技に近い技法。偶発だったものを幾度もの検証の果てに会得した、クリム独自のいわゆる『システム外スキル』だ。



 滞空中に武器を手にしても『疾走』の勢いは着地するまでは継続する。

 その着地の瞬間、ギリギリのタイミングで高速移動系の戦技を使用すると……




「……『神威』!」


着地と同時に始動モーションを取り、地を蹴ったその瞬間――クリムの姿が、霞のようにブレた。




 ……その戦技に、『疾走』のシステム補正が乗ってしまう。


 この『疾走』と『神威』、乗算で加速が乗ったその突進技は、クリムでさえギリギリ制御できるような速度で、一瞬で200メートルはあった両者の間隔を消し飛ばし。


「……へ?」


 そんな呆然と呟いている先頭の魔法使いを、事態の把握もさせずに首を狩る。

 二つの敵ギルドが、すでに肉薄しているクリムの存在に気付いたのは……最初の犠牲者である魔法使いが、幾千の光の砕片となって宙を舞った後だった。



 ――相手に主導権を握らせるな。



「こ、このっ! 相手は一人で突出しているんだ、皆で取り囲んで……ぐぇっ!?」


 いち早く冷静になった、緑服のギルマスらしき指揮官。その首へと飛び蹴りの要領で飛び掛かると、蛇が巻きつくように両脚でガッチリと締める。

 気道を塞がれ、言葉を詰まらせる指揮官だが……


 ――このまま、折る!


 飛び掛かった勢いのまま、突然肩に女子一人分の重量が掛かり、その重みで俯いた男の頭を胸へと抱き込み――そのまま加速を載せて、男の首を支点とし、


周囲に、固いものが砕ける身の毛もよだつ音が響き渡り、両ギルドの手が止まった。


「……は? て、転蓮華!?」

「うそやろ、女子が使う技じゃねぇぞ!?」

「い、今の音って何、なんなの、ねぇ!?」



 とある漫画の残虐な技に酷似したものを見せられて、騒然となる緑服のギルド。

 この時点で完全に前衛後衛は瓦解しており、もはや連携どころでは無くなっていた。そこへ……


「さすがお師匠です、私、負けないですよ!」

「え……うわぁ!?」


 やや遅れて、壁を蹴って飛び込んできた小さな影。

 その影……雛菊の居合いが、最後尾に控えていた青服の魔法使い……おそらくヒーラーと思しき人物目掛け、上空から百舌のように襲い掛かる。


 ――斬!


 上空から体を独楽のように回転させて振り抜かれた雛菊の刀が、ヒーラーの少年の右肩から左腰にかけてバッサリと斬撃エフェクトの光を描く。


「ぐぁ、た、助け……!」

「あなたに恨みはありませんですが、お師匠の教え、『神官は可能なら最初に殺せ』です!」


 逃げ腰となっていたために仲間からやや離れていたことが災いして、仲間との間を雛菊に塞がれ孤立したヒーラーの少年が、助けを求めて仲間へと手を伸ばす。


 しかし、着地と同時に今度は横一文字に剣を振り抜いた雛菊により、十字に斬撃のエフェクトを走らせた神官はそのHPを今度こそ全損、虚しく残光となって消えていった。


「待て雛菊、我そこまで物騒な、殺意マシマシなこと教えておらぬぞ!?」


 雛菊の発言を心外とばかりに抗議するクリムだったが……そうは言いながら、クリムもクリムで浮き足立った緑服の最後尾にて、敵神官を光の砕片に変えたところなので、説得力は皆無だった。




 ……負ける。


同士討ちを恐れて身動きが取れぬままに半数のメンバーが打ち倒され、たった二人に隊列をボロボロに喰い荒らされた両ギルドが、そんな確信をさせられた。


 たった二人の女の子相手に、プライドを秤にかけて談合を組んだ二つのギルドが、何もできずに負ける。




 じわじわと敵ギルドに浸透する焦り。それは、周囲の者たちから冷静な思考を奪い……


「うわ、わぁぁああっ!?」

「馬鹿、撃つな皆を巻き込むぞ!!」


 恐慌状態に陥った青服の一人が、半狂乱の様相で魔法を紡ぎ、仲間の一人が慌ててそれを制しようとする。


 ――破壊魔法70『ライトニングソード』


 破格の威力と貫通性能を秘めた、広範囲直線攻撃魔法。

 それは本来、敵と距離が離れている時に最前列から放つべき――フレンドリーファイアの可能性が極めて高い、危険な攻撃魔法だ。


「こっちに来るなぁぁああ! 『ライトニングソード』!!」

「バッ……総員、伏せ――」


 青服の方の敵ギルドのリーダーが言葉を発せられたのは、そこまでだった。


 閃光が、逃げ回るクリムと雛菊を追いかけるように放たれ――は、しなかった。


 その前に、青服のギルドの布陣奥深くまで斬り込んだクリムが、今まさに魔法を放つ直前だった魔法使いの青年の腕を前上へとカチ上げると同時に、その首を刺し貫いていたために。


 ……破壊的な雷撃を放とうとした男の腕を掴み、無理やり上へと向けさせたその小さな左手を、真っ黒に炭化させながら。


「……ちょっと落ちつくのじゃ、それをやってしまったら主は、もうギルドに居られなくなるぞ?」

「……ぁ……っ!」


 雷撃に掠めただけで三割消しとんだHPや、視界端に瞬く部位欠損の赤点滅に顔を顰めながら、クリムは青年を落ち着かせるように優しく静かに囁く。

 その声に、首を貫かれたままの青年が、ハッという顔をした。


「あ……あ、りが……」


 今、自分が行いかけたこと、そしてそれを敵陣にまで飛び込んで、発動した魔法を強制的に方向変換する事で止めてくれた少女に対する感謝の涙を零しながら……魔法使いの青年が、残光となって消えていく。



 シン……と静まり返る戦場。



 皆、理解しているのだ。クリムが危地へと飛び込み、先程の魔法使いの青年を仕留めていなければ、青服も緑服も、双方が壊滅していたという事実に。


「お師匠、腕が!?」

「はは、少し無茶であったな……だが、大事ない、フレイヤが来たら治療してもらうさ」


 そう言って、クリムは心配そうに傍で慌てふためいている雛菊の頭を無事なほうの手でポンポン叩き、大丈夫と笑ってみせる。


「さて……これは、一度仕切り直しかの?」

「あんた……どうして」


 二つのギルドを労せず退場させる絶好の機会。それを自らぶち壊しながらも、あっけらかんと笑ってみせたクリムに、青服のギルドのリーダーらしきワービーストの青年が呆然と問い掛ける。


「それはまぁ……我は別にギルドクラッシャーになりたいわけではないからの。悪人相手でもないのにかような後味悪い決着は御免じゃ」

「……確かにな。もしあれが放たれていたら、俺たちはフレンドリーファイアで壊滅させたあいつを許していなかったに違いない」


 深々と溜息を吐くと、彼は困ったように苦笑して、武器を下ろす。そしてそれは、周囲の仲間たちも同様に。


「認めよう、俺たちの負けだ、降参する。皆もそれでいいな?」


 その青服のギルドマスターの言葉に、同じギルドの仲間たちは頷く。


「では……アイ、リザイン」


 リーダーがそう告げた瞬間、青服の者たちはバトルフィールドから忽然と消え、視界端の残ギルド数が『4』へと減少する。


「……それで、残るそなたら二人はどうする?」


 そう視線を向けたのは、残った緑服の二人……ドワーフ男性の戦士と、エルフ女性の弓主。


「……リーダーも後衛も、皆やられちまった。今更全員無事なお前たちに勝てるなどとは思わんが……」


 勝てない、と言いながらも、そのドワーフの戦士の目は死んでおらず、自らの得物であるバトルアックスを構えた。

 同様にもう一人、エルフの弓主も、ぐっと唇を噛んで踏みとどまる。


「だが、せっかく君に救われた命。せめて無為に退かずに我ら二人だけでも最後まで燃やし尽くすのが、救い主である君への礼儀というもの!」

「……よくぞ言った!」


 残る彼らの、武器を構え対峙する気概とその言葉に、クリムは感激に打ち震え、隠しきれない喜色が滲む笑顔で、残る片腕で短剣を構え直す。


「なればこの我、クリム=ルアシェイアが……そなたらの命、今度こそ狩り取ってくれよう! さぁ、掛かってくるがいい!!」


 そう彼らに声高々と宣言し、双方同時に地を蹴るのだった。




 ――この、およそ十分後。


 勢いに乗ったクリムたちは、残り二つとなった対抗ギルド全てを瞬く間に制し、予選第三ブロックはギルド『ルアシェイア』の完全勝利で幕を下ろすこととなった。



 そして、この時に運営公式によって記録されていた映像が、後日『予選ハイライトシーン集』として公式のアーカイブに保存されることとなるのだが……




 ……その際、テンションが振り切ってノリノリで魔王ムーブをかましていたクリムの大活躍映像が、ノーカットで放送されるということを――この時のクリムは、予想もしていなかったのだった――……


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