高原の乱戦

「……『パラライザー』ッ!」

「いっ……たいねえこのクソ優男……!」


 忌々しげに悪態を吐く、敵PKプレイヤーキラー集団のいしゆみ使い。

 フレイの魔法……ダメージと共に相手を痺れさせて行動を阻害する風の精霊魔法『パラライザー』が、後ろで弩からボルトを放っていたエルフの女PKの手を打ち据えて、再装填を阻害する。


「フレイはそのままそのエルフを!」

「ああ、任された!」


 打てば響くタイミングの返事に、クリムはフレイを信じ、そのエルフを意識の外へと追いやった。




 ――敵は、クリムの前に居る人間種の男二人と、その背後から弩を構えている人造生命体ノームと、フレイが相手をしているエルフの女。そして、退路を断つように背後に陣取る竜人……ドラゴニュートの両手斧使い。


 問題は、フレイとフレイヤの傍にいるドラゴニュートだが……


「ふふふ、お母様曰く、プレイヤーキラーさん死すべし……です、ふふふ……っ!」

「な、なんだこいつは……!?」


 蒼い焔を纏い、捨て身に近い勢いでドラゴニュートの男を苛烈に攻め立てる少女に、さしものPKも面食らって押されていた。


 ――うん、わかるよ。だって怖いもん。


 ハイライトの消えた金色の目を爛々と輝かせ、笑いながら斬りかかってくる幼女なんてホラーでしかない。

 こっそりドラゴニュートの男に同情しながらも、それじゃダメだと気を取り直す。


 いくらベテランと初心者の間でステータスの差が出にくいと言われる完全スキル制の成長システムとはいえ、限度というものはある。

 ステータスも経験もどちらも劣る今の雛菊では、相手のドラゴニュートが冷静さを取り戻してしまえば、まず勝ち目はない。


雛菊ひなぎくは無理するな、後衛にそいつが行かないように抑えてくれるだけでいい!」

「わかりました、お姉さん!」


 そう雛菊へ指示を飛ばしながら、クリムにはちゃんと返事を返してくれた少女に、心底安堵する。

 だが、ホッとしている場合ではない。自分の担当へと集中し直す。



 ――戦闘開始から、だいたい五十秒。そろそろ打って出る……!



 ぐっと身を沈めたクリムに、周囲の人間種の男二人が警戒して構えた。


 ……が、クリムの今の狙いはこいつらではない。


「……そこ、『ナイトカーテン』!」


 クリムの攻撃を警戒して退いてしまった二人のPKを尻目に完成させた魔法を、後衛でこちらへと弩を射掛けてくるノームへと放つ。


「う、うわ、なにこれ暗い!?」


 途端、パニックに陥るノームの女性。

 闇魔法『ナイトカーテン』、対象の視覚に作用して数秒光を奪うその魔法を放つと同時に、クリムは手にした影の短剣を投げ放つ。


「きゃあ!?」


 予想外に可愛らしい悲鳴を上げるPKのノーム女性。

 クリムの放った短剣はその肩に刺さっていたが……だが、それだけでライフを全損できるものではない。


 ホッとした様子でその肩を見たノーム女性だったが……次の瞬間、その額に二投目のクリムの短剣が突き立って、断末魔の悲鳴すらあげられずに『残光リメインライト』となって消えていった。



「怯むな! 魔法武器作成はリキャストが長ぇ、今の奴は丸腰だ!」


 そう叫ぶ人間種の男。

 だがその判断は正しく、事実『シャドウ・ライトウェポン』のリキャストは60秒も掛かる。先程製作したばかりの短剣を投げてしまった以上、まだしばらくは使えない。


 だが……相手が動転してくれている間に、クリムはもう一つ、詠唱を完了していた。


「……『シャドウ・ヘヴィウェポン』……刀!」


 影から引き抜くように取り出すは……一振りの日本刀。


「……バカな!?」

「あれ、超難しいクエストだって……!」


 それを目にしたPKたちの間に、再度ざわりと動揺が広がる。


 その隙は、逃さない。

 クリムは陽光に縛られて重い体に喝を入れ、最も手近にいた人間種のPKへと、肩から体当たりするようにして突っ込む。


「がっ……」


 呻き声を上げるそのPK。

 それもそのはず、クリムは体当たりと同時に逆手に持った刀で、男の喉を突いていたのだから。だが……


 ――浅い!


 喉を突かれ、それでも即死に至らずにこちらへ斧を振り下ろそうとしているPKの男。

 咄嗟に横薙ぎに切り替えて、その首を落とそうとした――その時だった。


「お姉さん!!」


 雛菊の切迫した悲鳴。嫌な予感に駆られ、本能の反射により体を捻った直後。


「ぐっ……!?」


 腹部に熱を感じ、思わず呻き声を漏らす。クリムのHPバーが、目に見えてぐっと縮む。


「て、めぇ……!」


 頭上から響く男の怨嗟の声と同時に、クリムの周囲に男が死んだことを示す残光が舞い散る。


 その向こうには……嫌らしい笑みを浮かべてクリムの腹部へと剣を突き立てている人間種のPK、最初に不意打ちを仕掛けてきたあの男の姿があった。


 そこでようやく、クリムは目の前に残る人間種のPKに、今戦っていた男ごと刺されたのだと気付く。


「はっ、イイねぇ、女をブッ刺す感触ってのはなァ!?」

「ぐっ……このっ……気持ち悪いんだよ、ド変態……っ!!」


 さらに剣を抉りながら腹に押し込み、追撃を掛けてくる男。さらに減るHPバーと、痛覚緩和越しでも激痛を発する腹部。

 それら諸々を耐えながら、クリムは男の胸を蹴飛ばして、その反動で後退し男の剣を腹から抜く。


「クリムちゃん!?」


 背後からの悲鳴と、回復魔法の光。

 退いていく痛みの中で、これまで以上に厳しい目で眼前の男を睨みつける。


「ハッ、お前が居なければあとは雑魚だってのはもう割れてんだよ、引率は大変だなァ!?」

「予想以上に下衆だね、あんたは……!」

「あいにくと、こっちはクズ共の集まりだからなァ!」

「きゃあ!?」

「フレイヤ!!」


 別方向から聞こえた少女の悲鳴に、バッとクリムが振り返る。

 そこでは、背後に潜んでいたもう一人のPK、猫型のワービーストの少年が、フレイヤを引きずり倒そうとしているところだった。


「こっ、の……『スレイヴチェイン』!!』


 クリムの頭にカッと血が上り、咄嗟に放った一つの魔法。

 クリムの腹部から流れていた血が、鎖となって後ろでフレイヤへと襲い掛かっていた伏兵のワービーストへと絡みつく。


 ――血魔法『スレイヴチェイン』、血で編んだ鎖によって敵を引き寄せる魔法だ。


「な、なんだこりゃ……うわ!?」


 今まさにその手にした剣を振り下ろそうとした瞬間、鎖に引き寄せられるようにクリムへと飛んできた男へ、手にした刀を一閃する。


 ピッと、ワービーストの男の喉に、赤い線が走る。


「背中がお留守だぜ、オラァ!?」


 勝ち誇ったような人間種のPKの声。

 だが、クリムはかえって酷く冷静に、今斬ったワービーストの男の胸倉を掴むと、振り回して背後へと投げつけた。


「うわっ!?」

「なっ!?」


 慌てたような二つの声。

 もつれ合い、たたらを踏むその一塊になった二人へと向けて……


「――お返しだよ、クソ野郎」


 フレイヤが襲われたことで。クリムはすっかりとキレていたのだろう。

 自分でも驚くほど冷たい声と共に、もつれあった男たち、先程投げつけたワービーストの男の背へと、刃を突き刺す。


「ぐ、はぁ……!?」


 背後から心臓を貫かれてライフが全て全損したワービーストの男は残光へと還り、同様に胸を刺されたものの、僅かに心臓からは逸れた人間種の男だけが、クリムの眼前へと残る。




 また、それとほぼ同時期――


「ちっ、いい加減おっ死にな優男ぉ!!」

「ぐっ……退場するのはお前だ、女! 『サンダーボルト』!!」

「がっ……バチバチ、バチバチと鬱陶しいねぇ!?」


 肩に新たなクロスボウのボルトを受けながらも、反撃の雷撃を放つフレイ。

 泥臭い様相を呈してきたライフの削り合いの中、フレイヤのカバーリングや回復も追いついていなかったほどの攻撃を受けていながらも、淡々と攻撃を重ねていた。


「だけど効かないねぇ優男! 育っていない魔法使いの攻撃魔法なんざ、大した痛手には……」


 いくら魔力が初心者としては高いとはいえ、まだ強力な魔法も無い、詠唱を挟む関係で連射も利かないフレイの火力では、一撃で攻め切れる威力は確保できない。


 それをここまでの攻防で把握していた女エルフのPKは、落ち着いて鞄から回復薬を取り出して、回復しようと口を付けた。


 だが……


「いや……終わりだ」

「は? あ……」


 後衛の女エルフが見上げた先、そこから一直線に降ってくる火の球。

 それは破壊魔法50で習得する攻撃魔法『スターダスト』……その特徴は、発動から一定時間経過した後に攻撃が振り注ぐ


「……っ、こんなもの、いくら威力が高くても着弾前に効果範囲外に逃げれば……」

「いや逃さない、『ソニックケイジ』……ッ!!」

「ヒッ……」


 手にした魔導書に詠唱保存し、即時発動できるようにしておいた精霊魔法『ソニックケイジ』……短時間だが対象を閉じ込めて、継続ダメージを与えるその魔法に囚われたエルフのPKが、端整な美貌を歪める。


「というわけさ。三点同時攻撃、耐え切れるかな?」

「た、助け……ちゃ、くれないよね」


 ボロボロのまま、眼鏡の位置を直して女PKを見下ろすフレイ。その目に一点の慈悲も無いことを認識した彼女は、その瞬間全てを諦めたように俯く。


 それは……フレイの目が、プレイヤーキラーである女が殺さないでと懇願する初心者へと向けていた目と同じだったから。


「……アンタ、よく性格悪いって言われるんじゃない?」

「ああ、いつも言われるよ。不本意だけどね」


 ……その言葉を最後に、女エルフのPKは、轟音と共に空から降り注いだ衝撃に押し潰され、光に還っていった。






「……どうやら、もう援護してくれる後衛は居なくなったみたいだよ」

「くっ……く、くそ、この化け物が……やってられるか!?」


 穿たれた胸を押さえ、そう吐き捨てて一人逃げようとする人間種の男。しかし……



「――何、逃げようとしてるですか?」

「……は、あ?」


 抑揚に欠けた、幼い少女の声。


 今まさにクリムの前から逃げようとした男の胸、心臓を今度こそ貫き通して飛び出す刃。その切っ先を見つめながら、男が呆然と呟く。


 それは……間違いなく、クリムが雛菊に与えた両手剣のもの。


 ――嘘、雛菊の戦っていたドラゴニュートは!?


 クリムが慌てて視線を巡らすと……居た、否、


 一つだけ、不自然に離れた場所にある残光。それは確かにさっきまで、雛菊がドラゴニュートのPKと戦っていた場所にあった。


 ――まさか、雛菊が自力で倒した……!?


 まだまだ初心者の雛菊だ、相手を一人押さえ込んで、あとは生き残ってくれたらそれで僥倖だと思っていた。

 だが……それどころか、ステータスやスキル完成度の差をひっくり返して、勝った?


 そう、驚愕の表情を浮かべるクリムだったが……そんな少女は今、男を貫いている蒼い炎を纏った剣を、両手で構え直し――


「斬っていいのは、斬られる覚悟がある人だけ……そうお母様が言っていたです……ッ!!」

「バカな、こ、んな、ガキにぃぃいいぁああ!? 」


 ザンッ、と心臓から頭へと、斬撃エフェクトの光が奔る。

 歪み無く美しい、蒼く輝く上弦の月の軌跡を描いて振り切られる少女の刃。


 轟、と全身蒼い炎に包まれて、叫びながら絶命し、最後のPKの男は光となって消えていった。


 全てのPKが残光へと還った戦場は、シン……と静まり返っていた。



「やりました、お姉さん!」


 そんな静まり返る戦場の中、響く少女の喜びの声。

 今までの冷徹な表情から一転、花が咲くような笑みを浮かべ、雛菊はクリムへと駆け寄ってくる。


「う、うん……戦っていた人は?」

「えへへ、やってやったです!」


 嬉しそうにVサインを取り、はしゃぐ少女。

 それだけならばただ愛らしい光景だが……




 ――この子、才能の塊だ。




 最初は抑えるだけが精一杯だった相手を、この短時間の実戦で単独撃破するほどまでに成長した剣の才。


 ……育ててみたい。間違いなくこの子は強くなる。


 そんな渇望が、クリムの中に湧き上がる。


 今はすっかりあどけない少女の顔で、クリムを見上げ、首を傾げる雛菊。

 そんな少女に対し畏怖を覚えると同時に、心震えるものを感じるクリムなのだった――……

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