プレイヤーキラー

 現実時間では昼下がり……ゲーム内ではひんやりとした風が心地良く流れる午前中。クリムにとってあまり喜ばしくはないことではあるが、現在の天気は快晴。


 人もまばらなエヴァーグリーンの平穏な街道を、フレイとフレイヤの二人と合流したクリムは、のんびりと歩いていた。


 だが、昨日と違うのは……そこにもう一人、幼い狐の少女が加わっていたことだった。





「ふーん、それでお師匠様になっちゃったんだ?」

「うん……どうにも断り切れなくて」

「あはは、クリムちゃんらしいよねー」


 フレイヤの疑問に、頭を掻きながら気まずげに答えるクリム。


 ……ちなみに最初はクリムを師匠呼びしようとしていた少女だったが。恥ずかしかったので止めさせた。


「お姉さん、早く早く!」


 先頭を、クリムを呼びながら、耳をぴこぴこ、大きな尻尾を振って歩くまだ幼い少女。

 その微笑ましい光景に、フレイヤ共々ほっこりと表情を緩め、手を振って答えながら……左右並んで歩くフレイとフレイヤに、今朝の事情を説明する。


「それで女の子に付き合っていたのか、最初合流した時は知らない子が増えていて、何事かと思ったぞ」

「心配って何を」

「いや……インタビューで『いつかやると思っていた』と答えないといけないかもって心配をだな」

「ひどい!?」


 ククッと笑いながらとんでもないことを言うフレイに、クリムはその腕あたりをダメージ判定が出ない程度に軽く殴りながら、抗議するのだった。


「それで、あの子……えぇと」

雛菊ひなぎくちゃん。銀狐ぎんこ族っていう、ワービースト系のレア種族みたい」


 銀狐族……最大の特徴は、HPを消費して攻撃力アップや霊体へダメージが通るようになる『蒼炎』というスキルを持っていることだと、少女から説明を受けていた。


 ……なお、これは炎弱点、聖弱点、魔特効という三重苦で全ての特効がクリムに刺さるという天敵のような能力であり、その炎が自分に向けられないかと内心では戦々恐々なのである。


「それで、筋のほうはどうなんだ?」

「うん、あの年にしては驚いたことに、すごく良いよ? なんでもお母さんの影響でこの手のゲームもやっていたみたい。剣の手ほどきも受けていたそうで」


 そのお母さんはいったい何者なんだろうと思いつつ、そう褒める。

 実際、午前中、二人に合流するまでの短い時間で少女のスキル上げに付き合っていたが……貸し与えた片刃の両手剣の扱いはすでに様になっており、スポンジが水を吸収するが如くメキメキと実力を向上させていた。


 更には元々ある程度ソロ活動もしていたらしく、スキルのほうもそれなりに育っていた。

 今であればフレイとフレイヤと合わせて三人ならば、隣の『高地カレウレルム高原』へ行っても大丈夫だろうと判断したクリムの提案により、一行は移動中なのだった。


 そうして談笑しながら、昨日PvPを行った橋を渡り、エヴァーグリーンの終点へ。




 エリア切り替え……ほんの一瞬だけ視界が暗転し、すぐに周囲の風景が丘陵から高原に切り替わった瞬間――ぞくりと寒気を覚え、クリムは咄嗟に武器を作り出す。


「……危ない!」

「ひゃっ!?」


 嫌な予感に突き動かされるまま、先を歩く雛菊と――エリアチェンジの死角に隠れその背後から忍び寄っていた人影の間に割り込み、咄嗟に出した影の短剣で受け止める。


 驚いた様子で両手剣を抱えている雛菊だったが……幸い、かすり傷一つ無いことに、内心ほっと安堵する。


「……チッ、気付かれたか」

「そう言うあんたはプレイヤーキラーか。初心者用のPK禁止エリアのすぐ隣のエリアで出待ちなんて、褒められた趣味じゃないね……っ!」


 しかも、迷わず最も幼い雛菊を狙っていた。

 軽蔑の目で、襲ってきた相手を睨みつける。




 ……ちなみにこのゲームにおいて、PKによってアイテムを奪ったりということはできない。


 あくまでも「可能である」というだけであり、それによって得るものは特に無い、非推奨の行為だ。


 それでもこのようにPKに及ぶというのは……特に、こうしてエリア切り替えの瞬間、絶対的に自分が不意をつけるタイミングで仕掛けてくるような者は、純粋に人をいたぶって悦に入るのが趣味の愉快犯なことが多いのである。




 そのうえで、明らかにまだ幼い少女をあえて狙ったのだ。弁明の余地はない。


「おいおい、PKだってゲームシステム的に許可されてる、れっきとしたプレイスタイルじゃねーか、そうカリカリすんなよ」

「それは否定しないよ……でも、それと私が君みたいな奴を軽蔑するのもまた別問題だね」

「てめえ……!」

「プレイスタイルの一つなんでしょ、そうカリカリしないでよ」

「……このクソ※※が、ぶち※※すぞ!!」


 禁止用語混じりだったらしく、ノイズ塗れの恫喝。

 青筋を浮かべ激昂する男が手を上げると、その背後から更に男の仲間と思しき者たちが姿を現す。


 その奥には――クロスボウを構えている者の姿も。


 ――げ、やっば。


 飛び道具の存在を認識したクリムが、即座に背後へと警告を飛ばす。


「フレイ、弓持ちをお願い! フレイヤはフレイを守って守りに徹して!」

「……! わ、分かった!」

「気をつけてね、クリムちゃん!」


 ヒュン、と風を切り裂いて飛来するクロスボウの矢をすんでのところで切り払いながら、自分たちに続いてエリア移動してきた背後の二人に指示を飛ばす。


 咄嗟に事情を理解してくれて態勢を整える二人に安堵しながら、ジリジリと距離を詰めてくるPKたちへと集中する。



 本当は遮蔽物に身を隠すべきなのだが、クリムたちの周囲は開けた草原であり、それもできない。

 当然、それは向こうも承知の上の配置だろう。チッ、と舌打ちする。


「あれが……プレイヤーキラーの方々……」

「雛菊ちゃんは、後ろに……」


 横をチラッと目を向けると、俯き、震えている雛菊の痛々しい姿。


 今は昼間。公正な条件が働くPvPバトルフィールドと違って陽光下のペナルティは有効で、実のところクリムの能力は多少低下している。

 しかし、まだ子供である雛菊を悪意から守ろうと、その前に立つクリムだったが……


「プレイヤーキラーさんは……殺さなきゃ……」

「……え?」


 なんだか、礼儀正しい少女に似つかわしくない言葉が背後から聴こえてきた気がした。


 今まさにPKたちに斬りかかろうと踏み出しかけたクリムが……本当に珍しいことに、このような状況にもかかわらず硬直する。


 しかし彼女は、逆にクリムの前に立つと、ズラリと自身の得物である両手剣を抜き、構える。

 なぜか、少女の構える両手剣さえも、怪しい光を放っているように見えた……というか、実際に『蒼炎』の効果で燃え上がる。


「お母様が、常々言っていたです……『PKは殺しなさい、慈悲は不要。むしろ連中はなんの役にも立たないダニですから駆除しなければ』と」

「…………ひぇ」


 蒼い焔を纏った剣を引き摺り、ハイライトが消えた目で口の両端を吊り上げている少女に、クリムが思わず引き攣った声を上げる。




 ――娘さんに、なんてこと教えているんですか!




 クリム自身、PKは毛嫌いしているほうなものの、それはそれとして一つのプレイスタイルとして尊重してはいる。少女のように極端な思想には染まっていない。


 あまりに物騒な英才教育に、見知らぬ少女の母親に内心で苦情を叫ぶクリムなのだった――……

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