パーティ戦

 無制限交流都市ヴァルハラント……その中央に鎮座するPvP用のバトルフィールド。


 普段から対戦が行われ、観客の声援や対戦相手の募集などで賑わっているそこは、今は微妙な緊張感を孕んで人々の注目を集めていた。


「なんか、ごめん。ログイン初日からこんなことになっちゃって」


 周囲から集まる視線。だがその中には、対戦相手……先程レストランで声を掛けてきた彼らへ向けられた、侮蔑の混じっている物も少なからずあった。


 ――なんか嫌だな、こういうのは。


 まるで自分が公開処刑の執行人になったような違和感。それを、首を振って頭から締め出す。


 敵ギルドのパーティは、発端となった以前クリムに声を掛けてきた騎士の男と、そのギルドの一員である魔法使い二人……おそらくはアタッカーとヒーラー。


 どうやらこちらの面子に合わせて構成してきたようで、そういった点では律儀であると言えなくもない。



 だが……それでもやはり、今日ログインしたばかりのフレイとフレイヤを巻き込んでしまったことに申し訳なく思っていたが。


「何、構わないさ」


 グッと、クリムに向けて拳を突き出すフレイ。


「僕とお前が一緒で負けるなんて、そうそう無い……だろ?」

「……ああ、そうだね」


 その拳にクリムも拳を合わせ、改めて敵チームへと向き直り、『シャドウ・ライトウェポン』の魔法で影の短剣を取り出す。


 直後、カウントが0となり……



 ――3 on 3 Battle Start!!



 システムの宣言と同時に、バトルフィールド内の六人が、一斉に散開するのだった。






 ――遡ること、1時間前。食事中の席で。



「お前……!!」


 声を掛けてきたのは、以前はじめてこの街に来た際に嫌な思いをさせられた、金属鎧を纏った騎士風の男。

 その姿を認識したクリムは思わずカッとなって、罵声を飛ばそうとした、その瞬間。


「ずっと謝りたかった、その節は、本当にすまなかった!」

「……は?」


 叱り飛ばそうとした瞬間、突如ガバッと頭を下げた男に、クリムが目を白黒させる。

 だが、男は頭を下げたまま、話を続ける。


「その……あの日のことが晒しスレに上がってるって知り合いに聞いて、ようやく君への仕打ちに気付いて……」

「え、晒しスレ? あれってそんなことになってたの?」

「え? あ、うん、知らなかったのかい?」

「あちゃあ……」


 基本的にそうした掲示板は精神衛生上の観点から見ないことにしているクリムは、そのような事情などまるで知らなかった。

 だが……その必死な様子から、なんとなく想像はついた。おそらく直結厨の巣窟みたいに誇張して書かれたのだろう、と。


「それじゃ、あの時も勧誘以上の意味は無かったと?」

「いや、それは……そりゃ、ギルドに可愛い女の子が居たら楽しいかもって欲はあったけど」

「今は?」

「……可愛い子を見かけたから、一緒のギルドになれたらなって」

「……はぁ」


 ようするに、女の子を見かけたから声を掛けるのはいつものことなのだろう。

 だが、あのようなことをしでかして悪目立ちした後も同じことを続けていたのなら……それはまぁ直結厨の悪評も立つよなと、クリムは呆れたように嘆息する。


「考え無し」

「ぐっ、くっ……それで……厚かましいお願いなんだけど、一度だけ、名誉挽回の機会をくれないか!」

「……名誉挽回?」


 土下座せんばかりに頭を下げる男に、疑問を投げかける。


「俺たちと、一戦交えてほしい! そこで決して下心でこのゲームをしてるわけじゃないって知ってほしいんだ!」

「俺からも頼む、悪いやつじゃないんだよ、ほんと。ちょっと女の子を見たら見境ないだけで」

「ぐはっ!」

「ボクからもお願いします、ちょっと可愛い子を見ると視野が狭くなるだけで、面倒見はいい人なんです!」

「ゴッフッ!?」


 必死にフォローしようとしている彼らには、悪意のようなものは感じない。

 何やら騎士様が時折ダメージを受けて身悶えしているみたいだけど、それは些末ごととして置いておく。


「……その、フレイ?」

「クリムの好きにすれば良い、僕はお前が何を選んでも、仕方ないから付き合ってやるよ」

「フレイヤは……?」


 そう彼女に話を振ると……クリムの視線を受けたフレイヤはただニッコリと、無言で頷いた。


「……分かった、受けるよ。ただしこっちは初心者含むんだから、負けてもそっちのギルドに入るなんて約束しないからね」

「……ありがとう!」





 ――というわけだったのだが。



 ……やはり、致命的な一打クリティカルヒットは警戒されているか。



 ジリジリと、隙を見せたら即座に首を狙える距離を維持しながら、独り言つ。


 意外に強い。ナンパ男と侮っていたが、こと、戦闘においては確かに実力者ならしい。

 騎士の青年の、頭や心臓など致命的な部位はきっちりと守っている堅実な盾捌きに、クリムはうまく攻めいれず微かに舌打ちする。


 彼の性格はさておき……昼間戦った者たちとは違い、ギルド自体は『始まりの丘陵』を出て新天地を目指している、実力は確かな者たちだ。

 当然だが戦闘経験も豊富であろうし、一撃死の恐怖も熟知しているのだろう。


 だが……それ故に、手間取っていると、まだログイン初日でキャラの育っていないのフレイとフレイヤが危ない。


 後ろで遮蔽物に身を隠しながら戦況を見つめあっているフレイヤと相手ヒーラーはさておき、距離を取って魔法の撃ち合いをしているフレイは、基礎能力差によってかなり負担が――



 ――そう思ってフレイのほうの様子を見たクリムだったが……しかし、フレイと目が合った。



 その目は……決して足手纏いになどならないと強い意志を秘めていた。


 ――構わない、やれ。


 フレイの目がそう言っている気がしたクリムは、戦技アーツの始動モーションを取り、身を沈める。


「……『神威』!」


 地を蹴り、疾走するクリム。それを見た敵の騎士が、勝利を確信したように顔に喜悦の笑みを浮かべる。


「はは、仲間に気を取られて焦ったな! 『シールドバ……』!」


 戦技の欠点……半ばオート故に、一度発動してしまうと止められず、行動を読まれやすい。


 特に『神威』みたいなシンプルな突進技などは、熟達した相手とのPvPにおいては、崩していない相手に使用してもただの良いカモでしかない。

 案の定、クリムの進路上に待ち構えるように、騎士のその盾が振りかぶられ――


「……『ディメンション・ポケット』!」

「え、うわ!?」


 瞬間、騎士の足元の小さな範囲が、フレイの魔法……半径5センチメートルの小さな球形の収納空間を生み出す魔法によって消失する。

 軸足の置き場を突然失ってバランスを崩し、技の発動がキャンセルされ硬直した騎士……の横をすり抜けて、クリムは本来のターゲット、フレイと魔法戦を繰り広げていた魔法使いへと肉薄する。


「……へ? あがぁ!?」


 突然の推移に反応が遅れた魔法使いの喉を、クリムの短剣が掻き斬る。


「合わせろクリム、『バランスブレイク!』」

「うわっ!?」


 即座に放たれたフレイの次弾『バランスブレイク』……ほんの一瞬だけ平衡感覚を乱す、確か『精霊魔法』の中にある闇精霊の力を借りた初級魔法だ。


 それが騎士の体勢を崩したのと同時に、クリムも振り向きざまに自身の魔法を完成させる。


「――『シャドウバインド』!」

「な、なんだこれ、手が、手が……!?」


 騎士の足元から現れた無数の影の手が、体勢を致命的に崩した彼の身体を絡め取り、引きずり倒し、地面へと縫い付ける。


 影魔法、熟練度50の中級魔法『シャドウバインド』。

 バランスを崩した相手を短時間そこへ縫いとめる、行動阻害魔法だ。


 こうなってしまうと、重く、動きを阻害する金属鎧は途端に足枷となる。

 完全に身動きが取れなくなった騎士の彼を尻目に、クリムは残るヒーラーの少年へと瞬時に距離を詰め……


「う、うわ、こっちに!?」

「……ごめんね?」


 半ば恐慌状態で振り回されている彼のメイスを掻い潜り、その喉元へと刃を一閃させる。

 自身の役目を果たせずに、盾役よりも先に落ちるという事態を前に無念の表情を浮かべた彼が、光となって消え、魔法使い同様に場外に転送されていく。


「さて……残りは君だけだ」


 シャドウバインドによって動きを封じられ、身動きできない騎士の青年へと向き直る。

 それを一瞬絶望の表情で見る彼だったが、しかし。


「負けてたまるか……俺たちのギルドに華を……可愛い女の子を……!」


 無数の影の腕に絡め取られながらも、それでもギリギリと立ち上がろうとする騎士の青年。

 だだ漏れている不純な動機はさておき、その根性については少し見直していると……バトルフィールド内の予想外な場所で、動きがあった。


「……フレイヤ?」


 ここまで、後方で推移を見守っていたフレイヤが、とことこと敵リーダーである騎士の青年に近寄ると……そのガントレットに包まれた手をそっと取り、ふわりと笑顔を見せた。

 その天使もかくやという笑顔に、騎士の青年が惚けた表情をする。



「……あなたは、先程から女の子にギルドに入ってほしい、といった願望を語っていましたが」

「は、はいっ……」

「その、『誰に』ではなくて、相手の気持ちや事情を無視した『女の子なら誰でも良いから』みたいな節操のない考えが、あなたが駄目な理由なんだと思いますよ?」

「…………ぐはっ!?」


 ――あ、死んだ。


 懺悔を聞くシスターのような、慈愛に満ちた笑顔から繰り出された容赦ないダメ出し。

 目から光が消えた騎士の青年が、衝動的に自死コマンドを打ったらしく、光になって消えていく。


 システムがクリムたちの勝ちを告げる中……その光景に、さすがにクリムもフレイも、周囲の観客でさえも、同情的な視線を向けるのだった。

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