和解、そして

 対戦終了後……クリムは、魂が抜けたように呆然としている騎士の青年のもとを訪れていた。


「えーと……大丈夫?」

「……ああ、うん、落ち着いたよ……むしろはっきり言ってくれて彼女には感謝したいくらいさ……」


 僅か数分でやけにやつれたように見える彼に、あはは……と苦笑するクリム。

 だが……どうやらショック症状は脱したみたいで、とりあえずは大丈夫だろうと安堵する。


「そう……でも、見直したよ。えぇと」

「エルミルだ、ギルド『銀の翼』を率いている。君は?」

「クリム。ギルドは今から仲間を集めて作る予定」

「そうか……それじゃ、無事ギルドを作ったら、リベンジさせてもらうからな」

「うん、喜んで迎え討たせてもらうよ」


 二人で笑い合い、拳を合わせる。

 そこに戦闘前にあったわだかまりはもう無く、お互いの健闘を尊重し合えるくらいの関係には改善されていた。


「……僕たちが勝てたのは、君たちが、こちらのまだ初心者な二人にも配慮してくれたからだよ。多分だけど、そっちのメンバーの彼らもまだプレイし始めて歴が浅い子らだよね?」

「そうか……バレていたのか」

「多分、ギルド戦の経験を積ませるためだったんだよね。仲間が言ってた面倒見が良いっていうのも、なんとなく分かったよ」

「……君たちを利用する形にもなってしまった。本当に申し訳ない」


 そう言って謝る彼に、大丈夫、気にしてないよと笑ってみせる。


「だから、そちらが大人げなくフルメンバーで来ていたら、危なかっただろうね」

「いや、それでもきっと負けていたよ。君とあの魔法使いの彼との連携は見事だったし、それに……君はまだ、実力を隠していただろう?」


 その指摘に、クリムはぎくり、と硬直する。


「……どうしてそう思ったのかな」

「簡単だよ。君の実力の割に、使っていた武器と戦技が弱過ぎる……って思ったんだけど、どうかな?」

「……参ったな、ちゃんとカモフラージュしてるつもりだったんだけど」


 戦闘中に評価を改めたと思っていたが、正直、未だナンパ男として甘くみていたと言われても否定できない。

 だが、はいそうですと認めるのも、少々悔しい気もする。なので……


「それで、答えは?」


 その問いに、クリムは彼へと振り返り……口元に人差し指をよせて、悪戯っぽく笑う。


「……秘密。次に戦う時にもっと強くなってたら教えてあげるよ」


 そう返し、ポカンと惚けたように立ち尽くす男に背を向けると、仲間たちのところへ駆け出すのだった。






「お待たせ、二人とも」


 プラザ前で待っていた二人に声を掛ける。すると……


「……クリムちゃんの人たらし」

「えぇ!?」


 フレイヤから不機嫌そうにボソッと呟かれ、途端に慌て出すクリム。助けを求めてフレイのほうを見ると。


「女の子になっても相変わらずお前は、色々と自覚が足りないんだな」

「ふ、フレイまで何?」


 二人の様子に、あたふたと困った様子を見せるクリム。その様子を見て……先にフレイが、続いてフレイヤがプッと吹き出す。


「くくっ……姉さん、気にするだけ無駄じゃないかな?」

「ふふ、それもそうね。ごめんなさいクリムちゃん、少し意地悪だったわ」


 どうやら機嫌を直してくれた……あるいは、からかわれていたらしい。笑顔に戻った二人に、クリムははあぁ……と安堵の息を吐くのだった。


「それじゃ、もう行こう。ここは人目が多い」

「そうだね、ヴィンダムに戻って宿を探そうか」

「ふふ、すっかり夜更かししてしまったね。なんだか悪いことをしていたみたいでドキドキしてるよー」

「あはは、確かに」


 すでに、時間は午前2時を回っている。中学生を終えたばかりの三人とも、これだけ遅くまで起きているのは正月の夜に初詣に行った時くらいしか覚えが無い。


 フレイヤの言葉に皆で同意しながら、三人並んでテレポーターの光に包まれる――その間際。


「……?」


 ふと、ザワザワとした物を感じ、クリムが顔を上げる。


「どうした?」

「いや……なんでもない」


 怪訝そうに声を掛けるフレイに、笑って首を振る。

 だが、それは……


「……誰かが、見てた?」


 それは……確かに、強い視線だった。








 ◇



 クリムが視線を感じ見上げた、ヴァルハラントの最上層。そこに、まだ少年との過渡期にあるような、若い青年が佇んでいた。


 銀の髪と、その間から覗く竜か悪魔のような角。

 黒いコートに包まれた背には、二振りの長剣。

 ともすれば優男と言えなくもないその顔。


 しかしそこには、年齢に似合わぬ、精悍とも言える自信に満ちていた。


「へぇ……結構やるな、あの娘」


 たまたま補給に訪れた街。

 そこでたまたま、眼下で繰り広げられていたプレイヤー同士の対戦。


 初めは、仲間の買い物の待ち時間の暇にぼんやり眺めていただけだったが……ふと、その中で一際目立つ真っ白な少女に気付いたら視線を奪われており、結局フロアの手摺りを握りしめながら、最後まで観てしまった。


「あれ、どうかしたの? 何か面白いことでもあった?」


 後ろから掛かるのは、長い付き合いになる幼なじみのキャラである、金髪の少年。買い物があると言って出かけていたが、どうやら終わったらしい。


「ああ。掲示板を騒がせている例の『ポテトの子』がね、さっきまでそこで戦ってたんだ」

「え、うそ、どこどこ!?」


 途端に食い入るように視線を巡らせる連れの様子に、はは、と苦笑する。


「残念ながら、もう何処かに行ってしまったよ」

「そんなぁ、一目見てみたかったのに……」

「そんな残念がらなくても、多分すぐに会えるよ……敵としてね」


 それは、予感。

 おそらくは、最大のライバルとして立ちはだかるのがあの少女であろうという、漠然とした予感だった。


「……そんなに強かったの、君の目に留まるくらい?」

「いや……残念ながら彼女はかなり慎重らしくてね。本当の実力までは見せてくれなかったよ」


 だが、立ち居振る舞いから相当に実戦慣れしているように見え……何よりもその戦いぶりからは、自身が知ると同じ気配を感じた。


「だけど、勝つのは私だ。ギルド『北の氷河』団長、ソールレオンの名に懸けて」


 少女たちが消えたテレポーター・プラザの方向を見つめてふっと笑うと……青年はそう言い残し、長い銀髪をたなびかせて立ち去るのだった――……

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