再び無制限交流都市へ

 ゲーム内では昼間でも、外はもう遅い時間。

 今から狩りは無理だろうと、無制限交流都市ヴァルハラントへと来た三人だったが……




「……なんでこうなってるかなぁ!?」

「あはは、可愛いよークリムちゃん」


 てっきり喫茶店にでも行くのかな、と軽い気持ちで付いてきたクリムだったが……実際に連れてこられたのは、商店街にて店を構えている、ややお高めのアバターや服系装備を取り扱う高級ブティック。


 クリムはそこで、フレイとフレイヤに様々な服を試着させられているのだった。


「ダメだよクリムちゃん。その服って最初の服のままだよね。確かにそれも可愛かったけど、せっかくだからもっと色々な可愛い服も着なきゃ」

「そこはもっと性能が良い服じゃないかねフレイヤさん?」


 ジトっと抗議の視線を送るも、ニコニコと嬉しそうにクリムに着せる服を選んでいるフレイヤは小揺るぎもしない。

 幸い着替えはボタン一つでできるゲームだから、さほど疲れはしないが、ペースが早いため気疲れはするのだ。


「フレイも暇でしょ? 何か言ってよ……」

「いや、別に? そりゃお前、親友がある日突然可愛い女の子になっていたら、可愛い服を着せて愉え……愛でるに決まってるだろうが」

「今お前明らかに愉悦って言いかけたよな、それ以前に訂正後も大概ひどい!!」


 わーぎゃー騒ぐ二人だったが……ポン、と両肩に魔王フレイヤの手が置かれた。


「み゛ゃ゛っっ!?」

「ほら、それよりも、今度は下着売り場にいこー!」


 全身を震わせて変な悲鳴を上げたクリムの手をガッチリ掴み、グイグイと引っ張っていくフレイヤ。

 その先は……色とりどりのパステルカラーとフリルに彩られた、男子禁制の園。


「そ、そんなの、初期装備の白無地で別に問題ないでしょ!?」

「駄目、せっかく今は可愛い女の子なんだから、ちゃんと見せない場所にも気を使わなきゃ」

「い、嫌だ、そこだけは嫌だああぁぁぁ……」


 引きずられるようにして、女性PCプレイヤーキャラ用のインナー売り場へと連行されるクリムの、本気の拒絶の悲鳴がこだまする


「……南無。強く生きろ」


 一人難を逃れたフレイは、そう呟き黙祷するのだった。






「うぅ……男として何か失った気分だ」


 フードを被るのもダメと言われ、周囲からの視線が、クリムの体感で以前より五割増しくらいに感じるようになった街中。

 気が気でない様子で、ビクビクと人目に怯えた反応を示すクリムだったが、逆にフレイヤは上機嫌に、その手を繋いで離さない。


「大丈夫、クリムちゃん可愛いよー」

「うん、もうそれでいいよ……」


 まさにそれが落ち込む原因なのだが、生憎とフレイヤは善意100%でそう思っているのは間違いないため、諦めの溜息を吐くしかないクリムだった。


 今のクリムは、『幼き獅子赤帝の外套』とカラーを揃えた赤いジャケットと黒いスカートの、ゴスロリ風衣装という可愛らしい出で立ちになっていた。



 ――ちなみに何がとは言わないが、下は黒の紐である。


 そんなことは無いとは分かっているのだが、変に動いた拍子に落ちてしまいそうなその頼りない感覚に、歩き方がぎこちなくなっているのが分かる。

 そのためクリムは先程から、フレイヤと繋いでないほうの手で、スカートの裾を気にするように太腿付け根辺りを握り締めたまま手を離せずにいるのも相まって、更におかしな歩き方になっているのだった。



 それはさておき。


 ケース展示されていた、今クリムが着用しているこの衣装、お値段なんと25万フォルである。

 ヴィンダムの街で店売りの一番良い魔法使い装備を揃えると大体2万フォルになると考えると、凄まじく高い買い物であった。


 ……もっとも、来る途中遭遇した橋でのPvPで、総額50万フォルほどを巻き上げていたクリムには、普通に手の出せる額であったのだが。


「でも、僕たちも相伴に与って悪かったね」

「大事に着るよ、ありがとうねー」

「ううん、気にしないで。役立てたなら嬉しいよ」


 ついでにと二人の装備も可能な限り更新したため、大体の手持ちの現金はかなり目減りしてしまっていたが、元が臨時収入であると考えれば懐も痛まない。


 それに……初心者向けの地味な灰色のローブから解放されて、今は白と赤を基調に、ところどころ金糸飾りが施されたフード付きの法衣へと着替えたフレイヤの姿にも満足している。

 彼女が楽しげにくるくると歩き回っているのを見ると、なんだか自分のことのように嬉しく思えたのだ。


 一方で……


「いつか、この代金は返す」

「いいよ、別に」

「いーや、絶対に返すからな!」


 こちらはやけにムキになって貸しは返すと宣言する、青が基調となった以外はフレイヤの物と同系列のデザインをした男性用法衣を纏ったフレイ。


「じゃあさ、フレイの奢りでご飯ってことでどう?」

「……まぁ、良いだろう」


 やや不満げに眼鏡の位置を直すフレイに、クリムとフレイヤは仕方ないなぁと肩を竦めるのだった。






「ところで、二人はもう成長の方向性は決まっているの?」


 訪れたイタリア料理をメインに扱うチェーン店の店内。

 皆の注文した品が出揃い、クリムは自分が注文した、まだ焼きたて熱々なままのチーズとトマトのピザをはふはふと口に運びながら……ふと思い出したように二人に尋ねる。


「ああ、まあな」

「漠然とだけど、一応決まってるよー」


 そう、フレイがベーシックなミートソース、フレイヤがペコリーノチーズとアスパラのパスタに手をつけながら答える。


「僕たちはハイエルフ……魔法適性が高い種族だからね、それを活かすとなると、僕は魔法アタッカー兼デバッファーで……」

「私はヒーラーを目指す予定だよー」

「へぇ……」


 昴はまぁどのゲームでもそうだったため想定通りとして……聖が真っ当な構成で語っているのはちょっと意外だった。


「てっきりフレイヤはどんな斜め上のゲテモノ構成で来るかと思ったけど、普通で安心したよ」

「ちょっとクリムちゃん酷いー!?」


 パスタを食べる手を止めて、フォークを握り締めながらそんな抗議の声を上げるフレイヤだったが……彼女は以前、一緒にプレイしていたゲームで実際に、テイマーと悪魔使いと精霊使いと機工士を複合したようなキャラクターを使用していた前科があるのだ。


 魔神、ゴーレム、マペットに精霊、その他大量のペットが周囲を蹂躙していた地獄のような光景の中、暢気に自らのペットを応援していた彼女の戦闘をすぐ間近で見ていたクリムとフレイは、乾いた笑いを浮かべて遠い目をするのみだった。


「……でも、クリムはギルドを作る気なんだよな?」

「うん、そのつもり。二人は入ってくれるよね?」

「ああ、もちろん」

「当然、そのつもりだよ!」


 即答で快諾してくれる二人。正直に言うと、ここまではクリムも心配はしていなかった。

 だが問題は、ギルド結成に必要な最低人数が五人……残る二人のメンバーをどうしたら良いのかだ。


「だとすると……」

「うん、純前衛職が欲しいところなんだよね」


 真剣な顔になったフレイの言葉に、クリムも頷く。

 クリムも前衛役をやってやれないことはないのだが……ここまでの戦績を見ると実に信じがたいことであろうが……構成を見ると、どちらかというと魔法職なのだ。


 つまり、今ここに居るのは後衛の魔法使い三人。やはり耐久性という点からは不安が残る。


 固い装備を纏って前に立ち、敵をおさえる前衛職がどうしても欲しいところなのだが……



 ……と、三人でそんなことを考え込んでいると。



「ねぇ、そこの君たち。ギルドをどうするか話していたみたいだけど、もしまだギルドに入っていないんだったら、俺たちの……」


 水を差すようにクリムたちのテーブルに近寄り、話しかけてきた男。


 実はもう何回目かの勧誘というナンパに、辟易しながら声を掛けてきた男のほうを睨みつけようとして……


「……げ」


 クリムはそこに居た人物を見て、露骨に嫌そうに顔を顰める。


「……! 君は、あの時のポテトの少女!!」

「なんでみんな『ポテトの』って言うんだ!?」


 以前にも言われたその言葉に、思わず怒鳴り返すクリムだったが……目の前、複数人の集団の先頭に居る人物には心当たりがあった。


 そこに居たのは……以前もこのヴァルハラントで声を掛けて来て一悶着を起こした騎士様と、彼が率いるらしきギルドのメンバーなのだった――……


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