Player vs Player

「人が……いっぱい居る……!」


 宿場街から全速力でいくつものエリアを踏破して……たどり着いた緑生い茂る丘陵エリアに踏み込んだ瞬間、クリムがまず思ったのは、そんなことだった。


 皆似たような装備でフィールドを駆け回るその光景は……まさしく、まだ装備の選択肢も少ないMMORPGの初期の光景そのもの。


「ようやく帰ってきたな」

「それじゃ、ここが……!」

「ああ……『始まりの丘陵:エヴァーグリーン』、本来のスタート地点であるヴィンダムのお膝元だ」


 こうして……とても長い回り道をして、クリムは本来のスタート地点へと足を踏み入れたのだった。






「なんだか、エネミーの数が多いね?」


 歩きながら、率直に感じた疑問を投げかける。


 クリムのいた『シュヴァルツヴァルト』では、深部に迷い込みでもしない限りは、注意して歩けばほとんど遭遇しないと言えるくらい敵の配置はまばらだった。


 だが、こちらでは平原のあちこちに大量のエネミーが闊歩しており、どこを見てもプレイヤーと戦闘を繰り広げているのだ。


「ああ。なんでも周辺で時間当たりに倒されたエネミー数が増えるほど、POPするエネミーの数が増えるんだそうだ」

「へぇ……」


 いっぱい居るエネミーに、ちょっと大鎌を取り出して暴れてきたい衝動を堪えながら、興味深げに周辺をキョロキョロしているクリムなのだったが……


「さて、ここまで来たら、ヴィンダムまであと少し……なんだが」


 隣を歩いていたリュウノスケがすぐ傍に来て、声を潜める。その理由について心当たりがあるクリムも、周囲に聞こえないように小声で話しかける。


「尾行されてるね……一つ前のエリアから」

「気付いてたか。この先の川に橋が掛かってる。仕掛けてくるとしたらそこだな」

「何が目的だと思う?」

「そりゃもちろん君だろう。そんな目立つ装備を着てるんだから」

「だよねぇ……」


 深々とため息をつきながら、自分の格好を見下ろすクリム。

 今着ている真紅の外套は……まぁ、どう見てもレア物にしか見えない。



 そして――予想通り、唯一の道である橋の前には、同じギルドのメンバーらしく同じエンブレムを掲げた集団が座り込んでいた。

 更には背後からも尾行していた数人が現れて、すっかり包囲される形となってしまう。


 とはいえここは最初のエリア。PKも禁止の初心者向けエリアなため、即座に襲われるわけでもない。


「あれ、どう思う?」


 そうリュウノスケに尋ねるクリムだが……その陣取った面々を見た瞬間、彼らに対して、すでにほとんど興味を失っていた。


「……トップギルドは今はもうみんな遠征に出ちまったからな。空いた場所でイキッてる準廃の中でも、下位のほうの連中だろ」

「……やっぱり、リュウノスケから見てもそうなんだ」


 基本的に廃人と呼ばれるプレイヤーは、あまり他のプレイヤーと絡まないし、トラブルも起こさない。

 何故ならば、彼らは気が合う者と、あとは実力が見合うプレイヤー同士でコミュニティを形成し、在野には降りてこないからだ。




 ――もっとも、そうした迷惑行為を喜んで行う廃人も少なからず居ないでもないが。そして、得てしてそうした連中は、全てのプレイヤーにとって最大の脅威になり得る。


 だが幸い、少なくとも眼前に居る連中には、そこまでの心配は無さそうだ。




 故に……問題となるのは、そうした集団にはお呼びではなく、さりとて自身の腕には自信がある……そうした中途半端な立ち位置に居る者たちによる軋轢である。


 そして……今、道を塞いでいる者たちが、まさにそれに当たると、二人は踏んでいた。



「待て!」

「ここを通るなら、その大層な外套を賭けて俺たちと一戦勝負をしてもらおう!」

「正々堂々の一騎打ち、断るなんて言わないよなぁ!?」


 案の定、橋を渡ろうとしたクリムたちに対してそう叫ぶ男たちの周囲から、そうだそうだと囃し立てるギルドメンバーと思しき集団。


 本人たちにとっては正々堂々勝負を挑む決闘者のつもりなのかもしれないが、その大仰な物言いにげんなりする。


「……よく言うよ、ほとんど恫喝のくせに」


 この馬鹿騒ぎの中では、気が弱い者ならばそうそう拒否はできないだろう。


 更には、いざ戦闘になった際には、よほどの胆力でもなければいつもの動きはできないだろう。周囲を囲み、騒ぎ立てているのが全て敵なのだから。


 心底くだらない、とクリムは思う。

 そして、クリムにとっては彼らの壁を飛び越えていくのは簡単だ。


 だが、その場合付き纏われる可能性があるし、一緒に居たリュウノスケも付き纏われかねない。それに……このまま合流しては、聖や昴にも。



 ――面倒だな、ぶっ飛ばそう。



 そう即決する。


「いいよ、やろう」

「おい、クリム!?」

「逃げ切るのはやってやれなくもないけど、それだとまた追ってきて面倒臭そうだし……それに」


 目が据わっている自覚はあったが、構わない。

 クリムにとって、絶対にそれだけは看過できないのだから。


「ついて来られて、聖や昴が目をつけられても面倒だ。だから――ここで、そんな気が起きないくらいに叩きのめす」

「クリム、お前……」


 リュウノスケが、完全に戦闘へスイッチの入ったクリムの顔を見て、ゴクリと唾を飲み込んで数歩下がる。


「それじゃ、賭け成立ってことでいいんだな?」

「構わない。だけど一人だけだ。それ以降は金輪際関わらないと誓ってもらう」

「……分かった、いいだろう」

「言ったよ? この場の観戦している人たちが証人だ、いいね?」


 周囲から、確かに聞いたぞとまばらな歓声が上がる。

 どうやら他の者たちも、彼らの行いは相当に目障りだったらしい。道を塞いでいる者たち以外の心情はこちら側寄りらしいと、ひとまず安堵する。



「それで……賭けるのはいいけど、君たちにこの外套に釣り合うレートの対価は出せるのかな?」


 そう言って、PvP申請画面のベットアイテム欄に『幼き獅子赤帝の外套』をドラッグする。




 このPvPにおけるアイテムを賭けるという行為には、そのアイテムに応じた価値が、さまざまな要素を加味したレート額が両者に表示される。

 それは当然ながら、アイテムの性能や品質、レア度なども影響を与えることになる。




 そして、クリムがベットしたのは彼らの希望通り、ユニーク装備である『幼き獅子赤帝の外套』ただ一つ。


 そこに表示されたレート額は『12000』、ゲーム内通貨である『FOLフォル』換算にして……一千二百万。


 それを見て、クリム自身も僅かに目を見張る。確かにユニーク装備ではあるが、性能的に見る分にはそこまで飛び抜けているわけではなく、それならいっそ『ストライダーブーツ』のほうが価値があるだろう。


 何か別の要因があるのだろうか……そう悩んでいる間に。



「嘘だろ、ユニーク装備……!?」


 そのレート額を見た男が、驚愕の声を上げる。

 途端、ザワッと周囲からどよめきが上がった。その声にクリムは考え事から我に返り、急ぎ平静を取り繕う。


「代わりに、私が勝ったら君の全部の有り金と持ち物を置いていってもらうよ。まぁ、多分足りないだろうけど? その条件でいいならこの勝負、ですよ?」


 若干挑発的に告げる。途端に、男から動揺の気配。


「ぜ、全……っ!? そ、そんな馬鹿な話が……!」

「なら、この話は無しだね。自分が全部失う覚悟なしに、人の大事な物を賭けさせようって……勝負、ナメてんの?」

「ぐっ、くっ……」


 それでも、おそらくレート的には釣り合わないのだが。

 だが、それを聞いた男は目の色を変えて、次々と自分の所持品からありったけのものをベットし始める。


 提示された向こうのレート額は『500』と少し。ゲームのサービス開始からまだ間もない現時点では決して悪くない数字だが、到底クリムが提示した額には及ばない。


 この時点で、本来ならば問題外。勝負を断る権利は誘いを受けた側にあるわけで、クリムが勝負を蹴っても誰からも文句は出ないだろう……が。


「……ま、良いか。この勝負、受けてあげるよ」


 レート的には問題外レベルに不利であるが、承諾のボタンを押す。



『プレイヤー:クリムがPvP申請を承諾しました』



 周囲に、双方の合意によりPvPが成立したことをアナウンスされる。

 すると、対戦開始まであと60秒という表示が流れて、カウントダウンが始まった。


 システム音声が周囲に流れて、クリムと相手を包み込むように、六角形の光の線によって構成されたフィールド……他者からの妨害を不可能にする対戦用バトルフィールドが展開し、周囲に居た者たちがその外周へと転送される。


 そんな、システマティックに対戦の舞台が整えられていく中で。


「お前を倒して、俺がユニーク装備所持者に……!」


 刻一刻とカウントが進む中、そう意気込む対戦相手の男だが……




 ――気負い過ぎ、緊張し過ぎて体が硬い、視野が狭い、負ければ一文無しなんて慣れない大金を賭けて勝負するから、そんなことになるんだ。




 冷徹に、眼前の男の様子を評する。


 あれでは普段たとえどれだけ強かろうが、その実力の何割も発揮できないだろう。


 ――まあ、狙ってやったんだけどね。


 内心で舌を出しながら、そう独り言つ。

 心理的に優位に立つのは、こうしたVR環境下で対戦するうえでとても大事なことで……故に狙ってか否かは不明ではあるが、彼らもこのような場を作ったのだから。


 それでも欲望に浮かされてか戦意は高く、ギラついた視線をクリムのほうへと向けた対戦相手だったが……カウントがゼロとなった次の瞬間、驚愕に固まった。


 バトル開始のブザーと同時に飛び出したクリムは――すでに、男のすぐ目前に居た。


「――残念、隙だらけだよ」


 彼の耳元で、妖艶に囁くように告げた――その瞬間。


 反応できずにいる男のその首に絡みつくように脚を回し、男の頭をふとももで挟み込むように固定して、飛び掛かった勢いのままに体を捻り……




 ――ゴキリ、という身の毛もよだつ嫌な音が、周囲に響き渡った。




 男の上で、体を捻って180°旋回していたクリムがそこから飛び降りると……顔が不自然なほど真後ろを向いていた男が膝から崩れ落ち、光の砕片――『残光リメインライト』となって消えていく。




 ――DESTROYED! クリム WINS!!




 観戦者を置き去りにして、そんな格闘ゲームのようなメッセージが流れた。それと同時に、クリムのインベントリに男の持ち物が流れてくる。


 シン……と静まり返る周囲の空気。

 それは、あまりに鮮やかな手際で決着をつけたクリムの技量への驚愕もさることながら……それ以上に、外れたフードから覗くクリムの容姿による物がおそらくは大きかった。


「これと、これと……うん、これらは許してあげるよ、裸で帰らせるのも可哀想だしね。」


 見惚れて固まる周囲をよそに、そう言ってクリムが返却したのは、男がさっきまで装備していた一式。


「ご馳走様、残りの報酬は全部貰っていくね?」

「あ、おい待て、道分かんのかよ!?」


 そう、フードが外れたまま振り向いて、屈託のない笑顔を見せて橋を渡り始めるクリム。それを見て、慌ててリュウノスケが追ってくる。


「しかしクリム、君は武器すら出さないとか、手抜きしすぎなのな」

「だって、対戦メインのゲームで無駄に手の内を晒すのも嫌だし」


 そんな談笑しながら歩き去っていくその姿には対戦後の気負いもなく、ただ必要だったから戦ったのみという、傲慢なまでの無関心を窺わせていた。


「……首狩り赤騎士」


 誰かがポツリと呟いた。

 歩き去るクリムと、それを追うリュウノスケを遮る者は、もはや誰もいなかった。





【後書き】

 ――ちなみに対戦相手の彼は、「最後にいい目を見れた」と言い、晴れやかな表情でこうした行為から足を洗ったそうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る