最強の魔獣
「そんな……」
病に倒れ、今危険な状況にあるジュナ。
彼女を救うには、『シュヴァルツヴァルト』の魔獣のボスの巣穴にある、特殊なキノコが必要なのだという。
それをたまたま聞いてしまったジョージは、大人たちの目を盗み、単身森へと入っていってしまった。
だが、あまりにも無謀すぎる。
「急いで助けに行かないと……」
「待て、一人じゃ危険だ、いくら嬢ちゃんでも!」
ルドガーから目的地である巣穴の場所を聞いたクリムは、話もそこそこに飛び出そうとした。
だが…それを制したのは、他ならぬジョージの父であるルドガーだった。
「言っただろうが、嬢ちゃんだって一人で勝てる相手じゃねえ!」
「だけど、のんびりしていたらジョージが――」
「――んなこたぁ分かってる!!」
ビリビリと響いたルドガーの怒声に、クリムが言葉を詰まらせた。
「分かってんだよ、んなこたぁ……」
ようやく……クリムは、自分の腕を掴んでいるルドガーの手が震えていたことに気がついた。
――解決策はある。冷静になって、思いついた。
なんということはない……もう一度GMコールをすれば良い。
そうすれば、異常なスタートを切ったクリムに関わる行動は全てリセットされる。
クリムは正しくスタート地点であるウィンダムへと行くことができ、この連続クエストはリセットされまた最初から始まるだけ。
そう、それで全て解決する。あとは、大急ぎで仲間を集めまたここへ来て、もう一度やり直す。
今度は信頼できる仲間と共に。
終わったら、同じような関係を結べば元どおり。
それでハッピーエンドだ。
それで良いはずなのに……
それが最善のはずなのに……
ただ、それで再会した皆はもう、
「そんなこと……できるはずないだろうが!」
「あ、おい、嬢ちゃん!?」
制止するルドガーの腕を振り切って、クリムは森の中へと飛び込んでいくのだった――……
すでに、マップ上には次のイベントマーカーが点灯しているため、行き先は問題ない。
そこまでのマップは空白なままだが……それでも、全ての敵を振り切って駆けている甲斐があってか、光点は凄まじい勢いで接近している。
――そうして無我夢中で疾駆していたクリムは、いつのまにか洞窟の中を突き進んでいた。
高速で背後に流れていく洞窟の壁と、行手を阻む地面から屹立した鍾乳石。
一歩間違えたら激突し、下手をしたら即、死が待っていそうな速度で駆けるクリムだが……
「――まだだ、もっと、もっと速く……!!」
気が急くに任せ、さらに脚に力を込めて、もはや狂気スレスレの速度で疾駆する。
……そんな時だった。
「――うわぁぁあああ……!」
確かに遠方から耳に届いた、少年のものと思しき悲鳴。
「……居た!!」
その声に引き寄せられるように、更に強く地を蹴ったその瞬間――視界が急激に拓け、巨大なドーム型の空間へとクリムの体が飛び出した。
――ボス用の、バトルフィールド!?
瞬時にこの場所が何かを察する。
そしてその最奥、巨大な魔獣の影と、その影に座り込んでいる小さな少年の姿にも。
「――『シャドウ・ライトウェポン』ッ!!」
飛び込んだ勢いのまま、咄嗟に空中で武器を生成し――
「――『神威』ッッ!!!」
――地に足が着いた瞬間、走ってきた勢いそのままに始動モーションを取った。
体がシステムアシストに絡め取られて動き始めたのすら、待つのがもどかしいとばかりに、アシストを置き去りにして戦技を起動させる。
ここまでに『疾走』スキルをフル活用した疾駆の勢いと、『神威』の加速。
二つ重ねられたその速度は、この広いバトルフィールドを、白い閃光だけ残して瞬きひとつ分程度の時間でクリムの体を運び――巨大な魔獣のその後頭部へと、その手にした影の短剣を届かせた。
――ギィィィ……ン!
空洞内に硬い音を反響させ……クリムの小さな体が弾かれた。
クリム会心の強襲は、魔獣はごそっと漆黒の獣毛を散らせたものの――その肉へは届いていなかった。
「硬……ッ!?」
空中で身を捻ってどうにか両足から着地しながら、舌打ちする。
「クリムねーちゃん!?」
「こいつは
魔獣を中心に、ジョージが居る方向の反対へと駆け出すクリム。
先程の一撃が功を奏したのか、魔獣の注意はクリムへと移り、その巨体が振り向いた。
「……ッ!?」
その真っ赤な目を見た瞬間、クリムが恐怖に体を強張らせる。
むせ返るような、毛皮に染みついた血の香り。
全身を震わせる、ビリビリとした殺気。
相対しただけで、否応なく理解した。
――や ば い 。
そう思った瞬間――その魔獣の漆黒の巨体は、すぐ目の前に。
「――うわっ!?」
咄嗟に屈んだ瞬間、クリムの長い白髪を掠め、魔獣の巨体が頭上スレスレを通過した。
一瞬反応が遅れていたら、間違いなくその凶悪な鉤爪によって
「くそ、デカ過ぎて距離感が……!」
特段、動きが素早いというわけではない。目は十分についていく。
だがその巨体の一歩があまりにも大き過ぎて、感覚が狂う。それが、先程の瞬間移動にも見えた動きの真実。
追撃に振り回された巨腕を大きく下がって避け、数回のバク転で更に距離を空けた後、短剣を逆手に構えて呼吸を整え、眼前の魔獣……体長10メートルはあろうかという、漆黒の毛皮をした巨熊の魔獣を見据える。
◇
【最強の魔獣】
『シュヴァルツヴァルト』に生息する熊系魔獣の中でも、最大の巨体と腕力を持つ頂点。ひどく凶暴であり、目につく相手全てに襲い掛かり、殺してきた。その毛皮は常に血に濡れそぼっているという。
強さ:推し量れそうにないほどの相手だ。
◇
無情な、絶望的なメッセージ。
魔獣の強さが格上過ぎて、『調べる』を使用してもまるで情報が見えない。
「それでも……っ!!」
叩きつけられるように振り下ろされた魔獣の巨腕をギリギリでかわし、絡みつくようにその腕を駆け上がり、両手で掴んだ影の刃を全身を使って先程と同じ後頭部へと叩きつける。
首を正確に捉えた短剣の刃は、しかし鋼線の束のような毛皮に弾かれて、反動でクリムの小さな体は宙に舞う。
「くっ……」
さすがエリアボスだけあり、単身で挑むような相手ではないのだろう。
首を狙った短剣は、今までと違う硬質な手応えを残してまたも弾かれた。
おそらくは体のどこを狙っても、結果は同じことになるだろう。
「……うわっ!?」
着地際、振り下ろされる魔獣の腕を、間一髪で限界まで身を沈めて回避する。
そのまま勢いを利用して背後に跳躍しつつ……
「このっ……『ダークバレット』!」
指を銃の形に構え、闇の弾丸を連続で放つ。
闇魔法スキル、最初に習得する最初級魔法『ダークバレット』……その特徴は、ごく低威力の防御力無視固定ダメージ。
当然ながら、向こうにとっては蚊に刺された程度の微々たるダメージであろうが……それでも煩わしいらしく、苛立たしげに腕を振り回している。
いい加減我慢の限界か、こちらに向けてまたも突撃を仕掛けてこようとした漆黒の魔獣だったが……
「……今! 『スネア』ッ!」
待ち構えていたクリムが、新たな魔法を紡ぐ。
こちらは、影魔法の最初級魔法で、対象の足元に小さな穴を開ける、というだけのもの。
だがしかし、いざ突進に移ろうとした瞬間に軸足の足元が影へと沈み、バランスを崩した魔獣がつんのめって転倒する。
「はぁぁあああッッ!!」
その瞬間は逃さないとばかりに、高く宙を舞ったクリムが、身体を回転させながら飛びかかり……両手に握りしめた短剣の切っ先を、高さと反動を利用して魔獣の首へと叩きつける。
ズッ、と僅かにその肉を抉る感触。
頑丈な漆黒の毛皮こそ抜いたものの、僅かにその下の皮膚に剣先が届いた程度でしかない。
故に……そのまま魔獣の太い首に脚を回して体を固定して、さらに短剣を振り上げ――全力で、寸分違わぬ同じ場所へと振り下ろした。
『グゥアアア゛ア゛ア゛ッッ!?!?』
今度は、届いた。
血が飛沫き、肉に埋まった刃が、ガキっと脊椎の骨に当たってそこで止まる。
が、ダメージを受けたことに驚いた魔獣は、背中の小さな生き物を振り落とさんと滅茶苦茶に暴れ、クリムは慌ててその背中から飛び降り距離を取った。
――まともに戦っても、たった一人、今の攻撃力では奴のHPを削り切るのは不可能だ。
一度刃を叩き込んだ段階で、クリムはそのことをよく理解していた。ならば、できる手は一つ。
「――その首を、叩き落とす!」
クリティカル、一本狙い。
あのライフ無視の即死ダメージしか、クリムが漆黒の魔獣に勝つ道は無い。
手負い、血走った目を向ける魔獣の迫力に冷や汗を流しながらも……クリムは更に強く、影の刃を握り締め直すのだった――……
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