第8話 それはわかりかけた時だったのです

「なので悪く思うなよ紫。会わせてくれないお前が悪いのだ」






 「い、いんですか圭吾お兄様? キリシマお姉様の後をつけるなんて…………」






 あの後、圭吾はすぐに紫のストーキングを開始した。ダメと言われるだけでは納得できないため強硬手段に出たのだ。




 紫は背後を全く警戒していない。尾けられているとは思っていないようで、少し距離さえ取れば余裕で尾行可能だった。あと、何故かこける事が多かったので、追いつくのは比較的楽だった。






 「あのクソ女め…………どうして自分の姉に会わせるのがダメなんだよ。別に何か悪い事するってワケじゃねーのに…………そんなにオレが嫌いなのか? 出会って十分も経ってないし、印象悪いような事もしてないと思うんだけどな」






 そんな思考が走ると、助けなきゃよかったという後悔で何だか泣きたくなってくる。




 だが、あそこで助けなければこうして由良と出会えるチャンス(尾行だが)はなかったワケで、紫が猿(DQN)達にやられた(問題無しだろうが)かもしれないわけで、そう考えると微妙な気分だ。






 「うう……どうか見つかりませんように……犯罪行為ですぅ…………」






 「お前、そんな事言ってるワリにはノリノリだよな。全然帰ろうとしないし」






 ビクビクしながらもしっかりついてくる奈菜瀬に圭吾は当たり前のツッコミを入れた。






 「だ、だって……キリシマお姉様のお姉様なんて…………私だってできる事なら会ってみたいですし…………」






 奈菜瀬はモジモジと人差し指と人差し指を擦り合わせながら答えた。






 「どういう事だよ?」






 「…………圭吾お兄様、やっぱり知らないんですね」






 ですよね、という顔をして奈菜瀬は語り始めた。






 「今から八年前なんですけど、男性が当たり前に強かった格闘ゲーム界で…………いや、ゲーム界で小学三年生の少女が全国大会で優勝するっていう大事件が起きたんです」






 「…………は?」






 にわかには信じられない、衝撃的な事を奈菜瀬は言った。






 「優勝した小学生の名はユラ。ユラお姉様が次々とハイレベルプレイヤー達を薙ぎ倒してしまったこの事件はネットでニュースになりました。現役陸上オリンピック選手が子供に負けたのと同義ですからね。フィクションを通り超したような出来事でした………………新聞やテレビじゃ何の報道もなかったですけど」






 「小学生が優勝? 全国大会で? それって、大人も誰も彼も全員混ざった大会だよな?」






 「プロプレイヤーもいましたからね。ホントに凄かったです。当時はネットの話題が何処いっても格ゲーばかりでしたし、ゲーム界隈ではもの凄い話題でした」






 「そんなに凄いプレイヤーだったのか…………」






 そのダークホースっぷりはどれほどのモノだったのだろう。学生や大人に混じって小学生が戦う姿はそれだけで異質だ。しかも女の子で、さらに年齢は一桁。当時を知らなくても、色んな常識がひっくり返る事件だったのは想像に難くない。






 「でも、ユラお姉様の凄さはここだけに留まらないんです。次の全国大会でも優勝しちゃったんですよ。そしてさらに次の年も優勝してその次の年も優勝して――――――一昨年で七連続優勝を決めてしまいました。誰もその勢いを止める事ができなくて、今じゃこの七連続優勝は女帝神話って言われてます。熱狂的なファンも多くて、もう歓声とか凄いんですから」






 「そんなに優勝してんのかよ…………凄まじすぎる…………」






 やってる事の次元が高すぎて、圭吾にはちょっと想像できない。






 「初優勝の小学三年から全国の常連になってるので、毎年見る事ができる外見の成長が眩しいらしいです。すっごい気品があるんですよ? 何処かのお城のお姫様って感じで思わず見取れちゃうレベルです。ユラお姉様に熱狂的なファンがいるのはこういった所も起因してるみたいですね」






 「うむ、たしかにお姉ちゃんには気品がある。あらゆる者がひれ伏す超凄い気品の塊だ。間違いない」






 うんうんと、完全に肯定すると言わんばかりに圭吾は頷く






 「しかし、初優勝が小学三年か…………」






 きっとあまりにも格闘ゲームの才能に愛されていたのだろう。その歳で頂点に立つなんて努力のみで為し得られる事ではない。






 「天才、としか言いようが無いってこういうのを言うんだろうな」








 そう、天才。








 そうでなければ小学生から優勝し続けるなどあり得ないだろう。




 幾多の経験を積み重ね続けた大人だろうと、勝つためにあらゆる研究と実践をやり続けた玄人だろうと、神に愛された才能を持つ人物だろうと、あらゆるプレイヤーを次々と薙ぎ倒せてしまう、そんな超天才。




 霧島由良は本当にどうしようもないほど格闘ゲームに愛されすぎた女性なのだ。






 (スーパーアーサースラッユも簡単に決めるし…………やっぱオレって凄い人に格ゲー教えてもらったんだな)






 その事実に圭吾は何処か誇らしく感じた。格闘ゲームの女帝から面白さを教えてもらったなんて光栄すぎるからだ。思い出すだけでうまくなった気分になってしまう。






 しかし。






 (………………ん? でも、そんな凄いプレイヤーの姉ちゃんがなんでデパートの屋上なんかで格ゲーしてたんだ? 女帝とか言われるようなプレイヤーなのに…………)






 由良が何者なのか知って――――――――――――あの時の事が疑問に変わる。




 霧島由良という女性は、全国七連続優勝の女帝とまで呼ばれるプレイヤーなのに――――――――――――――――何故あんな場所にいたのだろう。






 そう、何故デパートの屋上なんて場所に一人でいたのか。






 練習だというなら強豪達が来るようなゲーセン行くべきだ。オンライン対戦(よく知らないが)でもいいだろう。デパートの屋上は格闘ゲームをやりに来る客がほとんどいないのだから。




というか、そもそもそんな場所ではないし、格闘ゲームプレイヤーの環境なんてあそこじゃ望むべくも無い。




 デパートの屋上に格闘ゲームなんてモノがあるのはオーナーの気まぐれとか、置かなきゃ死ぬ病気にかかってるとか、某機関が置いた暗号解読機だからとか、そんな奇跡みたいな偶然でしかないだろう。そんな場所に全国制覇プレイヤーが得られるモノがあるとは思えない。






 (てことは…………何かあそこで格ゲーしないとダメとか、したくなる理由があったとか、しなきゃならない必要性があったとか…………そういう事なのか?)






 そうだとするなら一体何が。




 考えてみるが答えは出そうに無かった。






 (…………そういえば、姉ちゃん一昨年前まで連続優勝って事は………………去年は優勝できなかったのか)






 そこに疑問はあったが、結果に納得できない圭吾では無い。




 そもそも連続で優勝する事があまりに至難の業なのだ。毎年毎年、勝ち上がってくるプレイヤー達のレベルは上がっていくはずだし、有名なら個人対策だってされるに決まっている。例え一回戦で負けたとしてもそれは別に不思議な事ではない。




 去年の結果はどうだったのだろうか。準優勝? それとも第三位? 何にせよ上位にはいるだろう。まあ、がっついて聞くような事ではないので、今その結果を聞こうとは思わないが。






 「ユラお姉様の優勝から女性プレイヤーが増えて来て、今じゃ強い女性プレイヤーも出てきてます。キリシマお姉様もその中の一人で、ユラお姉様との姉妹対決を見たいって人は多いんですよ。まあ強敵はいっぱいいますから、それはまだ実現できていないんですけど」






 「で、ミーハー全開のお前はユラこと霧島由良姉ちゃんに会いたいと。姉ちゃんに会って話して思い出を作りたいと。姉ちゃんに会ってサインとかもらおうとしてると。そういうワケだな?」






 「そ、そんな! ユラお姉様のサインだなんて…………で、でも貰えるのならこのポーチに思いっきり書いてほしいですけど………………それで握手してもらって、一緒に写真も撮ってもらって、十秒くらいでいいのでお喋りしてもらって、目覚ましに使いたいので私の名前付きの声を録音させてもらって、他にはええとええとええと…………」






 「つまり思いつく限りの事全部やってもらいたいって事か」






 顔を赤くしながらあれこれ考え始める奈菜瀬に、圭吾は冷めた視線を向けた。






 「しかし、何処行くんだアイツ。てっきり電車にのって家に帰るもんだと思ってたが………………」






 駅や商店街を通り過ぎても紫はずっと歩いていた。人気の無い所へ向かっているのか、道行く人の数がどんどん減っていく。圭吾と奈菜瀬は距離を取って歩いているものの、これでは背後を見られたら終わりだろう。この辺りは身を隠しながら歩く事もできないため尾行はかなり慎重になる。






 「あれ? そういえばこの道って…………」






 「どうした?」






 何か気付いたように奈菜瀬が考え込んだ。






 「たしか病院に向かう道だったような…………」






 「病院?」






 奈菜瀬の言ったことは当たっていた。




 やがて見えてきた大きな建物、病院の中へ紫は入っていったからだ。

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