第7話 それは正体の時だったのです
「ど、何処だ!? 何処にいった!?」
市川スワローを飛び出すと圭吾は即座に周囲を見渡した。猿(DQN)達の姿が無い。何処に行ったのだろう。そんな遠くに行ってないはずだが。
店を出て真っ直ぐ大通りに出たのなら必ず視界に入るはず。なのに姿が見えないという事は近くの路地に入ったのかもしれない。
圭吾は店を出てすぐの曲がり角に向かってそのまま進んでいくと。
「ビビッビビッテンキィキィキィキィー!?」
「ナマイキィキキィィィー! キィ!キィ!」
ビンゴだ。圭吾の勘はバッチリですぐに猿(DQN)達を見つけた。
そして、猿(DQN)に絡まれているアイリーン使いの人物も。
「キャキャキャキャキィー! キキキキィー!」
しかし、そのアイリーン使い。霧島由良だと思ったその人影は。
「ビビッてるビビッてるうっさいわね。猿(DQN)ってのはみんなこうなの? もうちょっと頭使った喋り方して欲しいもんだけど」
霧島由良ではなかった。いや、由良にかなり似ているのだが、間違い無く別人だった。
背丈やパッチリと開いた大きな瞳と長い黒髪は由良と同じなのだが、その黒髪をサイドアップにしているため正面から見ると印象が全然違った。
さらに由良に感じられた気品が目の前の女の子には全く無く、むしろ凶暴さをむき出しにした近寄りがたい雰囲気を漂わせている。まるで敵を威嚇するサーベルタイガーのようだ。
一瞬しか目撃できなかった店内とは違い、落ち着いてよく観察してみれば由良と全然違うと理解できる。
あと、多分どうでもいい事だが、この女子は猿(DQN)の言葉が解るようだ。
「こんなトコまで私を追ってくる暇があるなら、もっと練習した方がいいわよ」
この女子、由良と似ているだけあって外見は間違い無く美少女に属する部類だ。
しかし、傍目にも解る凶暴性で全てを台無しにしている。学校ではきっと近寄りがたい人物と思われているに違いない。つーか、こんな雰囲気出してれば誰も近寄れまい。
(いきなりすっげー啖呵切ったな…………もの凄い女子だ…………)
面と向かって二人の猿(DQN)に勢いある言葉を吐く女子なんて圭吾は初めて見た。無意識に目の前の女子に畏怖してしまう。
「バカの一つ覚えみたいにブラックカース撃ちまくってさ。発生に酷い間があんのに、アレじゃ近づいてボコボコにしてくださいって言ってるようなモンよ。それにアイリーンの遠Sの長さにビビってガード意識しすぎ。あとジャンプして隙も狙いすぎ。安易なジャンプは格ゲーにおいて致命傷だって習わなかったの? バカなの? 死にたいの?」
その他にも女の子は「近寄られると思った時に無敵技だしすぎ」だの「もっと相手を画面端に連れてく工夫しろ」だの「足払いするタイミングが見え見え」だの「ブラックカース、ホワイトブレイド、バニシュバブルの使い方が甘い」だの「つまり全てにおいて単調」だの、猿(DQN)のヨコチンに対してアドバイスというより、ただの罵倒を好き放題言いまくる。
「人をバカにする前に、直すとこきっちり直すまで練習してきなさい」
何処までも女子は猿(DQN)に対して全く怯まない。近づく者はみんな敵だと言わんばかりの視線を突き刺したままだ。女子は喧嘩する気マンマンなのか常に挑発的な態度を崩さない。
「アマァァァァ! キィーキィーキィー!」
「キャキャキャキャァァァァァァァ!」
完全に頭に血を上らせた猿(DQN)達が拳を振り上げた。あまりに生意気に罵倒してくるので耐えられなかったのだろう。女子といえど袋叩きにする気なのは見て明らかだった。
「ふん。女一人に男二人で殴りかかるとか、最低通り越してクズね。やっぱ男のプレイヤーってどうしようもなくクソだわ! こんなヤツがいるから――――――」
「――――――こっちですよおまわりさぁぁぁぁぁん! 喧嘩ですよぉぉぉぉぉ! 喧嘩してるんですよぉぉぉぉぉぉ!」
圭吾は大通りの方へ向けて思い切り叫んだ。猿(DQN)達を指さして手招きする。
「マッポ? マッポ!? キキィキィ!?」
「ズラカレキャキャキャァァァ!?」
さすがに自分達に非がある事は自覚しているのだろう。
猿(DQN)達はさっさとズラかるべく、女子を横目に路地を飛び出していった。
「キャキャキャキャ!」
「あっそ。それなら、せめて今よりマシなウデになってきてよね。歯ごたえ無さ過ぎだから」
女子はそんな猿(DQN)の捨て台詞であろうなど何処吹く風で、猿(DQN)達の走り去った方向を見ながら悪態をつく。
大通りを抜けて猿(DQN)達は姿を消していき、女子はフンスと鼻を鳴らした。
あと、別にどうでもいい事だが、この女子は猿(DQN)の言ってる事がわかっているようだ。圭吾より猿(DQN)に慣れている。
「てか、テンプレ負け惜しみ台詞ってホントにあるのね。見た目も行動もザ・猿(DQN)だし。ある意味いいモノ聞けたし見れたわ――――――――でもッ!」
かなり苛だっているのだろう。そばにある壁を女子は思い切り蹴りつけた。
「何なのよアイツらッ! マナー悪すぎでしょッ! ただでさえ格ゲープレイヤーは減ってるのに、あんな態度するようなヤツがいたらさらに減っちゃうじゃないッ! クソクソクソクソ野郎ッ!」
なんだか電柱にでも齧り付きそうな勢いで壁を蹴り続けている。
まるで九十年代ヒロインのようなパワフルで溢れており、猿(DQN)達とは違った意味でなかなか近寄りづらい。
「えーと…………その…………だ、大丈夫だったか?」
猿(DQN)に絡まれた後に壁を蹴り飛ばして悪態をついている女子なんて、間違い無く問題なく全くもってどうしたって大丈夫としか思えないが――――――――――事態に関与した者として何も話しかけず去るのはマズい。
一応、女子が被害者(失礼)なのだし、実は深く心が傷ついているかもしれない。もしかしたらショックで泣きそうとか、内心ビビってた感情を吐露してくるとか――――――――うん、そんな事が起こるかもしれない。もしかしたらの話だが。本当にもしかしたらの話になるが。
「か、絡まれて怖かったんじゃないか?」
心にも無い事を言う圭吾だったが――――――――やはり、この女子にこういった気遣いは全く無用だった。
「…………警官は?」
「え? ああ、警官は嘘。猿(DQN)を退散させるために言ったデタラメだ」
「……………………ハァー」
女の子は「アホか」とでも言うように深いため息をついた。
「アンタさぁ、男でしょ? タマキンついてるのよね? なのに警官呼ぶとか言う嘘ついたワケ? 自分の力でどうにかしようって考えなかったワケ? はっ、モヤシかお前」
「タ、タマキン…………?」
圭吾の気遣いに対しての返答はなかなかの罵倒だった。
「何? 甘ったるい台詞でも期待してたの? 残念、世の中そんなにうまくできてないの。ちょっと助けたくらいでいい気にならないで欲しいわね。そもそも助けてもらわなくても私一人でどうにでもできたし。つか、余裕だし」
「こ、このやろうぅぅぅぅ~~~~」
感謝の欠片も全く無い女の子の言い草に、圭吾の顔と心がたちまち歪んでいく。
「なんだソレ!? お前は助けてくれた人間にお礼の一つも言えんのか!?」
「ハッ! そんなの押しつけないでよね。お礼を期待しての行動なら最初はなからするなっての。自己満足なら勝手に夜中一人でやってなさい」
「な、なんちゅー下品な女だ…………」
ワナワナと圭吾の拳が震え出す。
「こんな最低クソ女が世の中にはいるとは…………オレはまた今一つ世界を知ったぜ…………」
「あんたの世界を私に押しつけないで。キモいから」
「可愛くない…………ひたすら可愛くない…………なんて可愛くないんだ…………」
良かれと思って行動した圭吾だったが、まさか人を助けて最低ショックな気分になるとは思わなかった。さらに、由良に似ている人物に言われているため、そのショックは増幅される。堕天使なんてモノがいるなら、きっとこんな姿形をしているに違いない。
「最悪の気分ッ! 最悪の気分だぞ貴様ぁぁぁぁぁぁぁッ!」
バチバチと両者の視線間で火花が散る。視線をぶつけあい、互いに一歩も引こうとはしない。
「あ! 圭吾お兄様こんな所にいたんですね! 探しまし――――――」
そこに圭吾を探して走り回っていた奈菜瀬がやってくる。
息を切らせて圭吾のそばにやってくると――――――――――――圭吾が堕天使と決めつけた女子を見て驚愕で目を見開く。
「――――え、キリシマ…………さん? え!? え!? ええッ!? もしかしてアイリーン使いのキリシマさんなんです………………か!?」
「ん? そうだけど?」
キリシマ。
そう言われた女の子は何でもなく奈菜瀬に返事をした。
「うわぁ! 感激です! 動画でよくプレイ見てます! 会えて感激ですキリシマさん!」
奈菜瀬はキリシマの手を握るとブンブンと上下に振った。涙まで浮かべる始末で、相当感動しているようだった。
「あ、ありがとう。嬉しいわ。えーと…………」
「能代奈菜瀬です! 能力の能に代理の代! 奈良の奈に山菜の菜に瀬戸内海の瀬! それら全て併せて能代奈菜瀬ですッ!」
奈菜瀬はわかりやすいようなわかりにくいような自己紹介をした。
「そうか、奈菜瀬ちゃんか。応援してくれてありがとう奈菜瀬ちゃん」
「は、はいいいいッ!」
奈菜瀬の顔がオーバーヒートでもしたように赤くなる。
「え? 何なの? コイツ見てなんでお前そんなに感動してんの? オレ的にはただの堕天使女なんですけど?」
「な、何言ってらっしゃるんのですかお兄様ッ!? この人は百連勝だってした事もある格ゲー女性プレイヤーで有名なキリシマお姉様ですたいよ!? 格ゲーしてるなら聞いた事くらいあるでじゃろう!?」
奈菜瀬は興奮しているのか所々の言葉が何処か変だった。
「いや、全く知らんけど」
「うわわわわわ! キリシマお姉様!? あのですね!? 圭吾お兄様は知らないフリしてるだけですからです! 本当はもの凄いファンでファンなんです! だから猿(DQN)に追われたキリシマさんを助けようとしたんです! ここにいるのはそういうワケなんです! 表が信じられないくらい冷たいほど裏は愛でたまらなく溢れてるモノなんですッ!」
フォローとばかりに奈菜瀬は圭吾の発言を意味不明言葉で擁護する。
「な、奈菜瀬ちゃん。ちょっと落ち着こう、そんなに慌てて喋らなくていいから。ね?」
「は、はい……えと……その…………す、すいません………………」
乾いた笑いをしながらキリシマは奈菜瀬を宥める。
「…………何なのこの別人のような態度? オレとは随分違うんだけど?」
圭吾に対する態度と奈菜瀬に対する態度に明らかな差が生じている。
「年下に優しくするのが悪い事? 随分と狭い心をお持ちね」
「ぐぐぐ……なんでオレはこんなヤツと姉ちゃんを見間違えたんだ…………格ゲー強いってだけで判断しすぎた…………チィ!」
「……………………姉ちゃん? 格ゲー強い?」
ピクリとキシリマの眉が動いた。
「ああ、そうだよ。オレに格ゲー教えてくれた、お前とは天と地ほどの差がある高潔な人物と見間違えたんだよ。悪かったな」
「………………………………………………………………………………………………」
キリシマはズカズカと圭吾に歩み寄って来ると、ほぼ零距離で圭吾の顔を覗き込んだ。
「な、なんだよ……」
突然の接近に圭吾は動揺する。
「………………………………アンタのフルネームなんて言うの?」
「は?」
「答えて。アンタのフルネームは? プレイヤーネームじゃないわよ? 本名言って。お願い」
「な、中西圭吾だが…………?」
何故フルネームを言わなければならないのかと正直怪しんだが、そんな事をしてもしょうがない。少し間を空けてボソリと圭吾は自分の名を告げた。
「………………そうか。あんたが二ヶ月前にデパートでレジェンディアレッドやってた男子…………なのね…………」
「な、何?」
何故かキリシマは圭吾と由良しか知り得ない事を喋っていた。
「ちょっと待て!? なんでお前がオレと由良姉ちゃんが会った場所の事知ってんだよ!?」
「…………ふん、知ってるに決まってるでしょ」
キリシマは長いサイドアップを凪ぐように手で払うと、当たり前のように告げた。
「霧島由良は私、霧島紫きりしまゆかりの姉よ。妹が姉の事を知ってたら何か変なの?」
「………………なん……………………だ……………………と?」
目の前の女子はとんでもない事を言った。
妹。
口も態度も、ついでに目つきも悪いこの女が霧島由良の妹なのだと。
「なんだとぉぉぉぉぉぉぉ!?」
圭吾の脳内に空が砕けるような雷が鳴り響いた。
「マジかよ!? お前、由良姉ちゃんの妹なのか!? 外見似てるくせに、あまりにも中身が似てなさすぎだろ!?」
「…………似てなくて悪かったわね。別にどうでもいいでしょうが」
「少しは姉ちゃんから爪の垢でも食わせてもらえ。姉ちゃんにある気品がお前には全く無い。凶暴に手と足が生えてるだけの肉塊だ。堕天使だ。ハリネズミだ」
「あ、そう。つまり、そんな事を言うアンタはただの肉塊にされたいと」
紫が壁を思い切り蹴り飛ばす。表情は血管が浮き出そうなくらい怒りに満ちていた。
「って、お前の事なんかどうでもいい! 姉ちゃんの事だ!」
だが、そんな壁ドン行為にビビる事はなく、こんどは圭吾がズカズカと紫に歩み寄った。
「頼む! 由良姉ちゃんに会わせてくれ! 姉ちゃんに会いたいんだ!」
ガシッと圭吾は紫の肩を思い切り掴む。
「頼むッ! 頼む! 頼む! 頼む! 頼むからッ!」
「な、何勝手に触ってんのよッ!」
あまりに興奮しているからだろう。圭吾は紫の肩をガッシリと掴んだままどんどん前進していく。
そのため紫は抗えず、気圧されるように後ろへ下がって行った。
「あの頃とは違うオレを見せたいんだ! 今日までオレはそのために格ゲーの練習をしてきた! それに姉ちゃんにはこんな面白いモノを教えてくれたお礼も言いたいし――――――」
「――――と、止まらんかッ! この暴走男ッ!」
ゴンッ、と思い切り紫が圭吾へ頭突きする。両者の額の間で火花が散り、突然の痛みに膝をつく。
「おぐぅッ……」
「うううう……」
二人とも痛みで思い切り唸り声を上げる。幸い、圭吾も紫もコブはできていない。
「怖いわよアンタッ! いつつつ…………そんな病んでる顔見せるなってのッ!!」
「ぬぅぅ……まさか頭突きとは………………なかなか効いたぜ…………」
額をさすりつつ、すぐに圭吾はシャキンと背を伸ばす。
「でも、まあいい! お前が姉ちゃんに会わせてくれるんならオレは全てを許そう!」
「……………………」
由良に会わせてくれと頼む圭吾を紫はジッと見つめる。
「……………………ダメ」
そして否定した。
「なんでだよ!? 別にいいだろ! どうしてダメなんだよ!?」
「…………ダメなもんはダメなの。お姉ちゃんに会うのは諦めて」
そう言って紫はこの場を立ち去ろうとした。業務連絡を告げるかのような呆気なさで圭吾の願いをバッサリと断ち切る。
「理由ぐらい言えよ! そんなんじゃ納得できねぇぞ!」
「……………………」
だが、紫は何も言わない。振り返る素振りもなく、完全に圭吾を無視して行ってしまった。
「あだっ!?」
そして、何も無い所で何故か紫は盛大にこける。
思い切り見られたと思ったのだろう。紫は背後を振り返り「何見てんだ」と、その辺の不良レベルなら泣いて逃げ出すようなガンを飛ばした。
その後、さっさと歩いて圭吾の視界から消えようとする、が
「あだっ!?」
再び何も無い所で盛大にこける。そして、やっと逃げ出すように去って行った。
「…………キリシマお姉様ってドジなんですかね?」
「あのアマぁぁぁぁぁぁ! オレは絶対に諦めんぞ!」
由良との再会を望んでいる圭吾にとって、紫は唯一の手がかりだ。そう簡単に諦めるワケにはいかない。
圭吾は拳を強く握りしめその決意を新たにした。
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