第6話 それは再会の時だったのです
「レジェンディア“レッド”じゃなくて? ドレッドのドを抜いたレッドじゃなくて?」
「レッドは一つ前のタイトルです。今はドレッド。レジェンディアドレッドという新作になってるんですけど…………知らなかったんですか? 二月からドレッドになってますが…………」
奈菜瀬が「え? 嘘でしょ? この人ってば新作に変わってる事知らなかったの? あり得なくない?」という顔で圭吾に見る。
「なん…………だと…………」
道理でキャラ選択画面が変わってるワケである。なんか知らないキャラもいたし、知らない必殺技もあるし、それはつまりそういう事だったのだ。
「バカ…………な…………」
圭吾の脳内におバカさんのラッパが鳴り響く。
「ぐぐぐ…………」
普段ならこのラッパによる恥ずかしさに耐えきれず店を飛び出す所だが、今日の圭吾はそれを懸命に無視する。
なぜなら、今日はゲーセンデビューの日。それを見苦しい思い出にしたくないからだ。
「だ、だがッ! レジェンディアレッドはやり込んだぞ! 弱Pだけでクリアーできるんだ! これははっきり言って最強レベルだ!」
「…………え? じゃ、弱Pでクリア?」
だが、その見苦しい事案はたった今発生した。圭吾が気づいていないのは幸運かもしれない。
「弱P縛りでクリアーできるオレが手も足も出ないなんて…………どういう事なんだ…………ダメージの高い必殺技を出しまくって当てまくるのが必勝法なのも知っているのに…………」
「弱Pだけって、まあそれ自体は凄いかもだけど………………難しい連続技コンボや攻め方を自在にCPUへ成功させる方が遙かに難しいから、何の自慢にもならないような………………必殺技も当たればたしかにダメージはあるけど、防御ガードされたり避けられたら大きな隙ができて逆に大ダメージもらっちゃうから………………必殺技ばっかり撃つのが必勝法って言うのはかなりアレなような…………」
ボソリと奈菜瀬は呟いた。ボソリと呟くに止めたのは、圭吾を傷つけまいとする奈菜瀬の優しさである。
「しかしあの対戦相手っ! 許せん! 挑発的行動は対戦相手に失礼だ!」
「ハイハイハイ! 私もそう思います! 凄くムカツキます!」
「抗議だ! 文句だ! 物言いに行くぞ奈菜瀬!」
「もちろんです圭吾お兄様――――――――――って、ええええええええ!?」
圭吾はギャラリーを掻き分け遠回りに反対側の台へ向かった。それを奈菜瀬が慌てるように追いかける。というか止めようとする。
「圭吾お兄様! 圭吾お兄様ってばッ!」
反対側でも大勢のギャラリー達が対戦台を囲むように並んでいた。その中の何人かは自分の順番を今か今かと待っている。握る拳には間違い無く百円玉が入っている事だろう。
「ほ、ホントに物言いに行くんですか!?」
「当たり前だ。あんな行為をするプレイヤーを見逃していいワケが無い」
「ダメですよッ! それって、きっとリアルファイトになりますッ!」
「リアルファイト? なんだそれは?」
「ケンカの事です! 一番しちゃ行けない…………というか、愚か者の行為ですよッ! 例え口喧嘩だけだとしてもですッ!」
「ぬぅ…………たしかに言われてみればそうだ…………」
「そうですよッ! 盛り上がったらボコられますッ!」
「ボコられてしまうのか…………そうなったら痛いだろうな…………」
「痛いですッ!」
「じゃあ、せめて相手の顔くらいは見ておこう」
「それは私も同意です」
目的地はすぐそこだ。最後のギャラリーを掻き分けるとすぐにその人物は見つかった。
「…………アイツらか?」
「アイツらですね…………」
その台に座る男は見た目からして――――――――――なんというか、不良の貫禄が凄かった。
「キャッキャッキャッキャ! ウキー! ウキャキャ! キー! キャキャ!」
「ヨコチン! ヨコチン! キャッキャッ! キャキャキャキャ!」
二人組がそこにいたのだが、まず何を言ってるかわからなかった。まるで動物園にいる猿のようで、鳴き声を発しているようにしか聞こえない。日本語を発しているのかもしれないが圭吾には解読不能だった。辛うじてヨコチンというのが圭吾を倒した相手の名前というのだけわかる。
「キャッキャッキャッ! キーキーキー!」
「ヨコチン! キャッキャキャ! オモチャノキャキャキャ!」
二人とも金髪に思い切りワックスを塗りたくり、遠くからでも臭う香水、下卑た笑いを店内に響かせ、その際に耳や唇にいくつもついているピアスが揺れる。ヨコチンのプレイを立って見ている片割れが、ふんぞり返る体勢でポケットに手を突っ込んでいるのもポイントが高い。
そんな直視するには勇気のいる姿が圭吾と奈菜瀬の少し先にいた。
「ええ…………なんじゃありゃ……何て言ってるんだ…………あと、なんていう反抗期オーラを出してやがるんだ…………初めて見たわあんなの…………」
「DQNですよ…………アレが噂のDQNに違いないですよぉ……」
なんというか、絡まれるともの凄く面倒そうな相手だ。何しろ言葉がわからないし。
圭吾は生唾をゴクリと飲み込みながらその不良を眺めた。
「きっとあの手の人達は灰皿投げたり、筐体蹴っ飛ばしたり引きずったり、レバーボールを取り外したり、硬貨投入口にガムつけたり――――――――そんな事やりそうな雰囲気がプンプンです」
「なんと恐ろしい…………DQNとはそんな事をする種族なのか……なんて得行動の無い種族だ…………」
「何年も前のゲームセンターではそんな人達が横行してたらしいですよ。いや、今も動物園って言われたりするからそんな事ないのかな?」
「動物園? てことは園長とか呼ばれてるヤツもいそうだな………………」
「あ、でもゲームセンターがアミューズメントパークって名称に変わってからは、そういった事少なくなったみたいですけど」
「そうか…………少なくなっただけか…………」
「はい…………少なくなっただけです…………」
「ああいうのが今もいるんだもんな…………」
「見た目に反していい人って思いたいですけど…………」
二人の視線がもう一度DQN達に向く。
「ヨコチンキャキャキャキャァァァァァ! ヨコチンキャッキャノキャー! キーキーキーキャキャッキャッキャー!」
「マカシトケキャッキャッキャ! ザコバッカリダキャキャキャ! キャッキャッキャキャキャー!」
――――――――というわけで、見て聞いてわかったのは。
「見た目に反する所が何処にも無いですね………………というか、私達にあんな挑発行為する人がいい人なワケありませんでした…………」
つまり、そのまんまの人種という事だった。
そして、再び二人の視線は動物園の猿(DQN)達へと移る。
「ヨエー! ヨエー! キャキャキャッキャキャキャー!」
「ヨコチン! キャキャッ! ヨコチンキャキャキャノキャキャー!」
ヨコチンと呼ばれているDQNが乱入者を倒していく。ウデはたしかなのだろう。
乱入者達のレベルもあるかもしれないが、ヨコチンは連勝を重ねている。
立って見ている片割れはその事に気分がいいのか、やられていく乱入者を見ては奇声を上げている。おそらく「弱い」「ザコ」「ヨコチン神」とか言ってるのかもしれないが、あくまで予想だ。圭吾は二人の猿(DQN)言語を解読する事はできない。
――――――だんだんと猿(DQN)達周囲に変な隙間が空いていく。見た目と態度でギャラリー達も理解しているのだろう。近くにいるのはマズいと危機を感じ取ったのだ。隣の台でプレイしている者も何だかソワソワしている。
猿(DQN)達のいる場所はちょっとした特等席になっていた。学校にある自販機の前を上級生達が陣取ってるような状況に似ている。
「横チン横チンって……――DQNは下ネタを連呼する生き物なのか。なるほどなぁ――――」
「いや、それは下ネタというか人の名前のようなきがしますが…………」
ヨコチン達の態度マナーは最悪だ。人としても褒められたモノではない。だが、まだやられる事はなく十連勝している。ヨコチンのミリアンヌを止められるプレイヤーは現れず、ますます猿(DQN)達は調子づいていった。
勝利による猿(DQN)達の笑い声がゲラゲラと聞こえてくる。
「うぐぐぐ…………オレにルークのアーサースラッシュができたならハミチン達を一掃してやるモノをぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
「圭吾お兄様。ハミチンではありません、ヨコチンです」
二人にヨコチンを倒す実力は無い。それは周囲のプレイヤーも同じで何人もヨコチンに敗北していった。
それは残念ながらいつまでも続くモノだと思われていた――――――――――――のだが、ヨコチンが十二連勝した時にそれは起こった。
ヨコチンにアイリーン使いの乱入者がやってきたのだ。アイリーンとは、素早い動きが特徴的でレイピアで攻撃する女キャラである。
それを見た圭吾は哀れむような視線をアイリーンに向けた。
「あんなすぐにやられるキャラを使うなんて…………バカなプレイヤーだ…………」
「え? どういう事ですか?」
純粋に奈菜瀬は疑問の声を上げる。
「だってあのキャラ攻撃くらったらすぐやられるんだぞ。ハヌマーンの投げ技くらったら体力が三分の一近くなくなるし。弱すぎだ」
たった三回の必殺技で死ぬ寸前。アイリーンというキャラは脆すぎる。
なぜそんなキャラを使おうと思ったのか圭吾には疑問でしょうがなかった。
「圭吾お兄様…………それ、別に弱いキャラになる原因じゃないような…………アイリーンはたしかに体力や気絶スタン値は最低ですが、それを補うくらいの攻撃力をもってますし、必殺技の性能や連続攻撃コンボも――――――」
「お、始まったぞ」
奈菜瀬は圭吾に反論というか、言うべきだろう知識を言おうとしたが、その前に対戦が始まった。
ヨコチンのマリアンヌはアイリーンから距離を取るためバックステップする。アイリーンはそうはさせないとばかりにマリアンヌを追った。ダッシュで近づいていく。
「あの対戦相手オレと同じ事してるな。あれじゃワケもわからずやられ――――――――」
と、そこまで圭吾が呟いた時だった。
「――――なに!?」
アイリーンの鮮やかな攻撃が始まった。
一度アイリーンが持つレイピアの先端がヒットすると、そのままマリアンヌは防戦一方となり画面端へと追いやられてしまったのだ。その様子は格闘ゲームの事を何も知らなくとも、マリアンヌが苦戦しているとギャラリー達に解らせた。明らかにマリアンヌがアイリーンに反撃ができていない。安定した行動が取れていなかった。
「キキッ!?」
ヨコチンから余裕が消える。口を閉じ、画面を見る視線に鋭さが増していく。
しかし、アイリーンの強さは一枚も二枚も三枚も四枚も上だった。
一ラウンド目はアイリーンの勝利に終わった。すぐに始まった二ランド目もマリアンヌは画面端に追い詰められ、その猛攻を防ぎきれずにダウン。そして、それが二ラウンド目終了の合図とでも言うように何もできず終わってしまった。マリアンヌが立ち上がって反撃しようとしても、アイリーンから攻撃を重ねられるか投げられるかで、何もできなかったのだ。何度かガードするのが限界で、その後は必ず防御を崩されてしまいダウンさせられる。その繰り返しだった。
「なんて動きだ…………」
圭吾の目にはヨコチンとの対戦と同じく、アイリーンがマリアンヌをどう追い詰めているのか全くわからない。マリアンヌが画面端でやられた以外の事は何もわからなかった。
「このアイリーン凄いですね…………マリアンヌが画面端から脱出できず終わってしまいました…………アイリーンの行動が全部通ってます…………」
「………………あのヨコチンのマリアンヌといい、今のアイリーンといい…………………………オレの知らない圧倒的な動きがこのゲーセンで展開されている…………」
「…………ひょっとして圭吾お兄様って対人戦を見た事がないとか?」
「うむ、今日がゲーセンデビューだ」
「キィィィィィィィィ!」
あまりの呆気なさに納得できなかったのだろう。敗北後、すぐさまヨコチンは百円玉を投入した。少し前に圭吾もやった連コインというヤツである。
その速度、光のごとし。
「速ッ!? 今、ポケットから百円までの投入が見えなかったぞ!?」
「圭吾お兄様! あんな神速までに達した百円投入を見られるなんてそうありませんよ! あの速さに至るには途方もない繰り返しの技術が必要ですからね!」
まるでツチノコを発見したとでも言うように、奈菜瀬の言葉が震えていた。
「あそこまでの使い手を、世紀末がとっくに過ぎ去った今日という日に見る事ができるなんて! 伝説を目撃して私は感動してますッ!」
「硬貨投入にも技術があるのか」
「神速投入を見る事ができた日は良い事だらけと言われてます。良いモノ見れましたねー」
「なるほど。神速投入目撃はおみくじで大吉を当てたのと一緒なんだな」
そんな話を二人がしている間も、マリアンヌがアイリーンに勝利する事はできなかった。むしろ、対戦終了の速度が上がっていき、負け方がどんどん無様になっている。クセが完全に読まれてしまったのだろう。アイリーンの強さは誰が見ても圧倒的だ。
ヨコチンはマナー違反の連コインを繰り返すが結果は同じ。何度やろうとも同じだった。
そして九回目の対戦となった時。
「……あれ?」
圭吾は対戦が始まったアイリーンの動きを見て不審に思った。
アイリーンが全く動かないのだ。さっきまでは嵐のように動き回っていたのに、その動きがピタリと止まっている。マリアンヌの牽制に何の反応もしない。
――――――――もしかしてこれは。
「相手…………ゲームやめてないか?」
「圧勝されて勝負を捨てられるとか…………これは中々に屈辱ですね…………」
何度か攻撃を当てるとヨコチンもすぐに気がついた。
動かないアイリーンを自分に対する侮辱と受け取ったのか、いきり立ち上がって相手側の筐体へ向かって行く。取り巻きも一緒だ。
「キキキィ!」
階段を降りていく後ろ姿が見える。アイリーンの使い手だ。
タイミング的に間違い無くヨコチンをボコボコにしたプレイヤーだろう。ゲームをしないまま席を立ったのは帰る以外にあり得ない。このままゲーセン内から出て行くようだった。
そうはさせるかとヨコチン達はその姿を追い、アイリーンのプレイヤーの姿は消えて――――――――――
「…………え?」
――――――――その消えて行く姿。アイリーンのプレイヤーの背中姿を見た時、圭吾の体に電流が走った。
何故なら、階段を降りる時に一瞬だけ見えた姿――――――――――その背中は二ヶ月前にも見た事があったのだ。
泣いている顔を見せないように後ろを向いて目元を拭っていた――――――その姿と同じ――――――
「由良…………姉ちゃん?」
そう、圭吾に格闘ゲームを教えてくれた、楽しさを教えてくれた、忘れられない思い出を与えてくれた人物と――――――――その後ろ姿は一緒だったのだ。
あの霧島由良の背中と。
「姉ちゃん!!」
思い立つと、すぐに圭吾はその消えゆく姿を追って行く。
「え? 圭吾お兄様!? お、追いかけるんですかッ!?」
飛び出すように追って行く圭吾を見て奈菜瀬は驚いたが、すぐに奈菜瀬もその後を追って行った。
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