第5話 それは勘違いだとわかった時だったのです

「…………は?」






 速い、あまりに敗北が速すぎるデビュー一戦目だった。






 「あれ?」






 想像とかけ離れた結果に思わず声が出てしまう。






 「…………ど、どういう事だ? っていうか」






 何が起こった?




 それだけが圭吾の脳内を占めていた。






 「落ち着け…………落ち着くんだオレ…………」






 たしか、最初ダッシュで向かって行ったらミリアンヌが即座に遠距離技であるブラックカースを撃ってきたのは覚えている。ミリアンヌが持つ中で一番射程のある必殺技だ。それにうっかり当たってしまいダウンし、ミリアンヌが必殺技をまき散らして近寄ってきた所まで覚えている。そして、ミリアンヌは圭吾の知らない必殺技も使ってきた。そして、その後は何が何やらわからないまま攻撃をくらいまくって、すぐにやられてしまった。グウの音も出ない程の完敗だった。






 「え? なんで? なんで? なんで近寄ってきたんだ?」






 その行動は圭吾の脳内に全くないミリアンヌの動きだった。家で一生懸命練習したCPUの行動にそんな動きは存在せず、今戦ったミリアンヌに圭吾の知っている動きなど一つも無かった。アレは本当に同じキャラだったのかと――――――――いや、これは自分が練習してきたレジェンディアレッドなのかと疑った。






 「バカな……バカな…………そんなバカな……」






 だが、このゲームはレジェンディアレッドであり、反則級の必殺技を持つ隠しキャラを相手にしたワケでも無い。






 圭吾がこの一ヶ月練習してきたゲームである。そのはずなのに――――――――なぜこうも一方的に――――――






 「もう一回ッ!」






 圭吾は立ち上がらず、そのまま財布から百円を取り出し投入した。投入するとすぐにスタートボタンを押し『New Challenger』の文字が画面に現れる。






 「こんなはず無いッ!」






 弱パンチだけというハンデを背負ってクリアーできる実力があるのに。




 通常攻撃は意味が無い事を知っているのに。




 必殺技で体力を減らすのが一番いいと解っているのに。




 それが正しい戦い方だとわかっているのに。




 なのに。






 「負け……た…………」






 なのに二戦目は全ラウンド合計十五秒で完敗、一戦目以下の時間でやられてしまった。散らかったゴミを片付けるかのような呆気ない内容と決着だった。






 「も、もう一回ッ!」






 圭吾は百円を取り出し素早く投入、すぐスタートボタンを押すも、それで試合の結果が変わる事は無い。そして、乱入を続ける事に試合の内容が圭吾をバカにしたモノへと変わっていった。




 乱入三戦目以降は、ルークの体力ゲージが残り十パーセントくらいになると下レバーを連続で入力して屈伸したり、意味もなく後退したり、画面端を行ったり来たりと、完全に遊ばれてしまうのだ。


 そして、遊ばれたあげく敗北する。






 「このやろ――――」






 「――――だ、ダメです圭吾お兄様ッ!」






 四回連続で圭吾は百円を投入しようとしたが、奈菜瀬がその手を掴む。






 「連コインはマナー違反です! ゲームはみんなでやるモノです! 圭吾お兄様だけの台では無いんですッ! 四連続もやっちゃう事になりますよッ!」






 「ぐッ…………す、すまん…………」






 そう言われて頭の冷えた圭吾は台を立った。続いてすぐにギャラリーの一人が台に座る。圭吾が離れるのを待っていたようだ。






 「くそ…………スーパーアーサースラッシュさえできれば…………こんな事には…………」






 「え? アーサースラッシュできてたじゃないですか? スーパーってのはよくわかりませんけど…………」






 奈菜瀬は圭吾の対戦をずっと見ていたが、何度もアーサースラッシュが繰り出されるのを見ている。全て防御ガードされていたが、別にアーサースラッシュを出し損じてはいなかった。まあ、その防御ガードされた後はボコボコのボコボコにされるのだが。






 「いや、オレのやりたいアーサースラッシュは普通のじゃない。カウンターヒットを狙うアーサースラッシュだ! 相手の攻撃を潰すために繰り出されるのがスーパーアーサースラッシュと呼ばれるモノッ!」






「…………勝手に技名とかつけてるんですね。カウンターヒットしたアーサースラッシュってだけなのに」






 拳を天に突き上げるように叫ぶ圭吾に、奈菜瀬は冷静なツッコミを入れる。






 「そのスーパーアーサースラッシュを連続でオレは決めたい。それさえ出てればヒットしまくりで勝てただろう。画面端で当てれば超必殺も決まる連続攻撃コンボもあるしな」






 超必殺とは格闘ゲームのキャラ達なら誰もがもっている、一番威力のある必殺技である。単発威力が高いため、連続攻撃コンボに組み込むと最後の締めになる必殺技だ。






 「…………え? いや、まあ勝てるでしょうけど………………それってもの凄く難しいですよね? ルークの最大火力は画面端でアーサースラッシュがカウンターヒットした時にグランディアスラッシュを繋げる連続攻撃コンボですけど…………アレ、条件が難しすぎですし」






 グランディアスラッシュとは、アーサースラッシュを連続で五回叩き込むルークの超必殺技である。




 奈菜瀬の言う通り、アーサースラッシュからグランディアスラッシュの連続攻撃コンボは、画面端限定で可能だが難易度は相当高い。カウンターヒットからしか繋がらないため、狙う事がそもそも難しいのだ。スーパーアーサースラッシュができなければ不可能な連続攻撃コンボである。






 「そうなのだ…………難しいのだ…………本当に難しいのだ…………練習はCPUをカウンターヒット状態すれば簡単にできるんだけども…………」






 「しかも連続って、それは不可能なレベルのような…………」






 「そうなのだ…………不可能なのだ…………全然できないのだ…………」






 今の圭吾はアーサースラッシュは当然として、ルークが持つ他の必殺技もできるようになっている。当然、超必殺技のグランディアスラッシュもだ。二ヶ月の時間は圭吾にそれぐらいの技量を習得させていた。






 「スーパーアーサースラッシュまでの道のりは…………遠すぎるのだ…………」






 そして、それはあのデパートの日に由良が連続で繰り出したアーサースラッシュの凄さに気づかせる月日にもなっている。






 (姉ちゃんは何なんだ…………なんであんなにアーサースラッシュをカウンターヒットで出せるんだ………………)






 由良はアーサースラッシュをカウンターヒットが出るように繰り出していた。しかも連続で息を吸うように簡単に。攻撃発生に時間のかかるのHSにも、隙の少ないPやKにも問題なく繰り出していた。






 カウンターヒットとは、相手キャラの攻撃動作中に自キャラが攻撃を当てると発生するシステムだ。これが成功すれば、通常に攻撃をヒットさせるより与えるダメージが増え、のけぞり時間(やられ姿のモーション)も長くなる。デメリットは何もなく、成功すれば良い事しか起こらない。積極的に狙っていきたい行動である。








 だが、これは意識敵に成功させるにはあまりに条件が厳しい。








 攻撃動作中。そう、動作中だ。繰り返すが、相手キャラの攻撃動作中に自キャラが攻撃をヒットさせなければ成功しないのである。






 キャラはP、K、S、HS、必殺技の五種類の攻撃を基本として持ち、そのどれもが攻撃発生に反応できないくらい速い。動作終了後を狙うならともかく、攻撃の出だしは防御ガードがせいぜいだ。由良のように意識的に攻撃発生した直後のキャラへ必殺技を当てにいくなど不可能といっていいだろう。








 つまり、カウンターヒットは真剣白刃取りを成功させるくらい難しい。








 許される反応時間が短すぎるのだ。敵がいつ攻撃してくるかわからないし、どの攻撃がどうやって来るのかもわからない。それにP、K、S、HS、必殺技、全て攻撃タイミングが違うし、しゃがんで攻撃されたり、ジャンプして攻撃される事もある。そして、失敗してしまば自キャラは相応のリスクを負うだろう。噛み合わなければ、逆にこちらがカウンターヒットをもらう可能性があるからだ。さらに、カウンターヒットで増えたのけぞり時間に合わせて追撃もやってくる。






 メリットだらけだが、それを狙おうとするのはハイリスクで、そもそも狙う事そのものが難しい。


 それがカウンターヒットなのだが――――――――――――由良はそれを難なくやってのけていた。






 しかも相手はCPUだ。相手が人間なら行動を先読みする事で狙えるかもしれないが、それでも一回や二回が限度だ。なのに、由良は五回も六回も人ではないCPUにカウンターヒットを決めている。攻撃動作中である事を確認していなければ絶対にできない行動だ。






 ――――――――一体何者だったのだろう。






 本当に六十分の一秒ワンフレームなんて速さが見えて、入力も間に合うならカウンターヒットなんて朝飯前だろう。最も隙の無いPかKの攻撃でも二十分の一秒スリーフレームである。六十分の一秒ワンフレームに比べれば三倍も遅いのだから余裕で見えるだろう。






 (そんなバカな。そんなアホな。あり得ません。不可能です。そもそも人間が反応できる限界はコンマ二秒なんだぞ………………って、思う所なんだけど………………姉ちゃんはオレの前で何度もやってみせてんだよな………………)










 ――――――――私、六十分の一秒ワンフレームが見えるんだ。










 嘘なのか本当なのかどちらにせよ、霧島由良の人間性能が普通の人間が持てるソレを遙かに凌駕しているのは間違い無い。






 「で、その…………えーとですね…………お兄様…………その…………負けまくりでしたね…………」






 「ああ…………」






 奈菜瀬は圭吾の対戦を見ていたので、どんな結果になったかしっかり確認している。




 無視する方が変なため、奈菜瀬は圭吾のデビュー戦の結果をおずおずと、でもハッキリと口にした。






 「ボロ負けでしたねお兄様…………」






 「ああ…………」






 「手も足も出てませんでしたね…………」






 「ああ…………」






 「三戦目からは完全に遊ばれてましたね…………いや、二戦目からかな…………」






 「ああ…………」






 「私、お兄様に期待しすぎてましたね…………」






 「ああ…………」






 「もしかしてレジェンディア“ドレッド”やった事ないんですか?」






 「そんな事は無い!」






 そこだけは強く圭吾は抗議した。






 「って、何? ドレッド?」






 そして、すぐにタイトル名を聞き返す。

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