第4話 それはデビューの時だったのです

「ここが市川スワローか」






 時間は夕方近く。平日の商店街で一番人の賑わうこの時間帯、道のど真ん中で不適に笑う男子が一人立っていた。






 「くくく……この中西圭吾のデビューとしてはまあまあの舞台だな」






 意味もなく余裕の笑みを浮かべて圭吾は呟く。






 「待っていろザコプレイヤー達め。お前達は今日、この中西圭吾の名を知る事となるのだ!」






 圭吾は由良との出会いから格闘ゲームの練習をやり続け、ロクに外にも出ずに二ヶ月みっちりやり込んだ。そりゃもう不眠不休で。中学の入学式に遅刻したのは記憶に新しく、母親の右ストレートはたまらなく痛かった。




 だが、そのおかげで最高設定レベルのCPUに必殺技を使わずとも勝てるようになったし、そんなCPUに弱Pパンチのみでもギリギリ勝利できるようにもなった。






 そう、つまりハンデである。






 真の強者とはそれだけ(弱パンチ)で勝てる者の事を言う。重い胴着を着て戦えるのが凄いのと同じように、ハンデがあって勝てるのは凄い事なのだ。




 そしてハンデがあって勝てるなら、ソイツは間違いようのない強者である。






 「くくくくく…………」






 なので、圭吾はもうあの頃の自分ではないと確信していた。デパートの屋上でCPUに負けて悔しがっていた中西圭吾はもういない。何故なら、最強CPUを弱Pだけで倒せるレベルになったのだから。






 何度でも言おう。故に圭吾には確信がある。






 「くくく……弱Pだけでクリアーできる者などそうはいないはず……このオレの実力を存分にこのゲーセンで知らしめてやるぞ…………!」






 弱Pとは一番ダメージが少ない攻撃だ。ほとんど敵の体力ゲージを削れない攻撃であり、一番意味の無い攻撃ボタンだと圭吾は確信している。




 そんな不要すぎるボタン一つで最高設定レベルのCPUを倒せる自分はあまりにも強い。


 霧島由良との出会いを生んだ格闘ゲーム『レジェンディアレッド』の対戦台を目指し、圭吾は堂々とした(偉そうとも言う)足取りで市川スワロー店内に入った。






 「へえ…………思ったより明るい店内だな」






 入ってすぐ見えたのはUFOキャッチャーだ。中にはアニメキャラの人形が敷き詰められている。隣の台は通常サイズの五倍はあるスナック菓子、その隣はフィギアが置いてあった。立派なプライズコーナーができている。






 「こんなのも置いてあるのか………………ゲーセンって格ゲーしか無いものかと思った」






 完全な偏見を呟きながら、一通り店内を歩いて行く。




 見るとUFOキャッチャーの他にも、備え付けのちゃぶ台をうまくひっくり返して得点を競うゲームや、タイミングよく光る床を踏んでクリアーを目指すダンスゲーム、簡易なボックスの中に入ってロボットを操縦するアクションゲームなど、色々なゲームが圭吾の目に映った。






 「思ったより気合い入ってるなぁ…………デパートの屋上と全然違う」






 そう、デパートの屋上とはえらい違いだ。古い機器ではなく、積極的に最新を揃えようとしている努力が市川スワローからは見える。




諦めている雰囲気が何処にもなく、ゲームセンターの“気概”のようなモノがここにはあるのだ。今の時世と戦う気満々の雰囲気があり、寂れを全く感じさせない。




 きっと、こういったゲームセンターは全国でも数少ないだろう。市川スワローはチェーン店ではないので、そんな店舗だからこその空気もあるのかもしれない。








 「えーと…………お、あそこか…………」






 市川オセローの事は事前に調べている。圭吾が目的とする格闘ゲームは二階だ。奥にある階段を見つけ、圭吾はすぐに上っていく。






 「おお……こんなに格ゲー筐体が並んでるのか…………」






 二階に行くとフロア全てにアーケード筐体が敷き詰められるように並んでいた。




 そのほとんどの筐体で対戦が行われている。賑わいの差はあれ、みんな対戦を楽しんでいた。






 「この光景! 滾る! 滾るぜェ!」






 血管の中に熱い精神が勢いよく流れ込んでくる。




 今日は圭吾にとって初めてのゲーセンデビューだ。興奮を隠せないのは仕方の無い事である。






 「レジェンディアレッドは何処だッ!?」






 目的の筐体を探すべく圭吾はフロアを歩き回る。




 2Fは見た目以上に広い。ちょっとした迷路のようだった。






 「あったッ!」






 目的の筐体はすぐに見つかった。




 黒と赤を基調としたスタイリッシュな外装に、他の筐体と比べて一際美しい液晶画面。




 そして何よりもズラリと十二台も並ぶレジェンディアレッドの筐体はフロア内でも特に目立っていた。




 そして圭吾を待っていたかのように、運良く対戦台が一つ空いている。






 「よっしゃぁぁ! いくぜッ!」






 ついにやって来たデビューの瞬間。




 多くのギャラリーが対戦台を見つめる中、圭吾はプレイしようと百円玉を取り出し投入しようとしたが――――――――――






 「うう……ううう…………」








 ――――席に座る直前、隣の対戦台からうなり声が聞こえた。








 「全然勝てません……全敗です……」






 レジェンディアレッドで一番の巨体キャラであるハーヌマンが画面の中で無残に倒れていた。以前、由良が圭吾に倒す所を見せた大男キャラの名前である。




 圭吾が対戦の結果を覗くと、相手の体力ゲージは三分の一程度減ってるのみだった。勝利数は三本全て取られている。完敗な結果だった。






 「歯が立ちません…………」






 その画面の前で、首をがっくりと項垂らせた少女がゾンビのように立ち上がる。




 髪をツインテールにまとめており、スティックを握る小さな手と幼い顔は何処から見ても小学生だ。年齢は一桁かもしれない。男の多い対戦台の中で少女がいるのは非常に目立ち、さらにその少女は可愛い顔立ちをしているためさらに目立っていた。




 しかし、その顔に元気は無い。肩に提げた熊さんポーチから財布を取り出し小銭を確認する姿は暗いオーラに包まれている。




 つまり、少女は何だかとっても痛ましかった。






 「今日はもうやめた方がいいかな…………」






 身体をフラフラさせながら少女は背後のギャラリー内へと入っていく。






 「…………はぁ」






 ため息に上を向く力や前を見るポジティブな力全く無い。ただ後悔と懺悔に塗れるばかりだ。息を吐くほど少女の精神が蝕まれているのは一目瞭然だった。






 「おい」






 だからなのだろう。




 あと、ゲーセンデビューによる興奮と高揚で脳内が相当ハイになっていたせいもある。






 「どうした少女よ。そんなに悔しいのか?」






 その落ち込み過ぎている少女を圭吾は見捨てる事ができなかった。貴婦人にダンスの相手を頼むように声をかける。






 「オレの名は中西圭吾、お前の名は何と言う?」






 ただし、その態度に高貴さはない。かなり調子にのった口調でもあるため、本物の貴族からはほど遠かった。






 「え? え、えと…………その……能の代しろ奈な菜な瀬せですけど……」






 少し戸惑いながらも奈菜瀬は圭吾に名を名乗った。こんな態度を取られたら嫌悪しそうなモノだが、驚きの方が勝っているようだ。反感な雰囲気も出していない。






 「案ずるな奈菜瀬よ。お前の仇はオレがとってやる」






 「…………え? ほ、本当ですかッ!?」






 奈菜瀬はズイッと圭吾に詰め寄った。








 「あの人凄くムカツクんですよッ! 対戦中は必ず屈伸してくるしッ! 二本目でこっちの体力が十パーセント切ったらワザと手を抜き始めるしッ! 屈伸してくるしッ! あんなのムカつくだけです! そんな人がいるから年々格ゲーをプレイする人が減っちゃうんです! あんなダメ自己満足人なんて滅びてしまえばいいんですッ! そう思いませんかッ!?」






 よほど負けた事が悔しく、信じられないヤツとも思っているのだろう。






 かなり対戦相手にご立腹のようで、奈菜瀬の悔し顔は烈火のごとく激しかった。






 「うーっ! あんなマナーの悪い人信じられないですッ! あり得ないですッ!」






 七瀬は地団駄を踏みながら怒り続ける。




 だが、可愛らしい外見のせいでその怒りは何処か愛らしい。欲しいクリスマスプレゼントを買ってくれない父親に頬を膨らまして抗議する幼女のようだった。






 「なるほど、それはかなり酷い。まさに悪だな」






 「そう! 悪なんです!」






 「そのような邪悪滅ぶべし」






 「お願いします! お兄さん!」






 「お兄さんでは無い。圭吾お兄様と呼べ」






 「解りました! 圭吾お兄様!」






 ノリのいい少女を後ろに圭吾は席に座った。




 筐体に百円を入れると乱入音と共に『New Challenger』の文字が現れ、圭吾の初対人戦が始まる。






 「デビュー戦が女の子のためってのも悪くない」






 キャラクター選択画面、そこで圭吾はルークを選択した。




 約二ヶ月前、あの運命の日に霧島由良が選んでくれたキャラだ。




 そのため圭吾のルークへの思い入れは強く、レジェンディアレッドで使うキャラはルーク一筋で行くと決めていた。






 「…………ん?」






 キャラ選択画面をよく見ると。その画面が何だか違う事に気がつく。




 いや、選べるキャラクター達は知っているキャラ達なのだが、選択画面の背景が圭吾の知っているモノと違うのだ。おまけに知らないキャラが数人いるので、どういう事だと画面を凝視する。






 「い、いや…………気にする必要は無い。これがレジェンディアレッドなのは間違いないし、選んだキャラもルークなんだからな」






 いかんいかん。初のゲーセンデビューのせいか、どうやら思ったより慌てているらしい。圭吾は深呼吸して何も問題なんてないと自分を落ち着かせる。






 「お、このキャラは…………」






 相手が使用しているのはミリアンヌだった。三角帽子を被っており、他の特徴としてやたら露出の高い魔術服を着た色気の強い女キャラだ。遠距離攻撃が主体でそれ以外の必殺技はほとんど無い。




 つまりミリアンヌは近距離だと何もできない。距離がなければ攻撃行動は取れなくなる。






 「くくく…………これは勝ったな!」






 そう、つまり近づいてしまえば必殺技は無力になるのだ。そうなれば通常攻撃しかなくなるので、そうなれば勝ったも同然だ。




 なぜなら格闘ゲームは必殺技の直撃が一番体力を削りやすいからだ。なので必殺技をとにかく当てた方が勝つ。通常攻撃を当てるなど愚の骨頂だ。通常攻撃のP、Kキック、Sスラッシュ、HSハイスラッシュは必殺技よりもダメージが低く、使う意味がほとんど無い。






いや、無い!






 必殺技を当てるのが格闘ゲームの必勝策。通常攻撃など必殺技ができないヤツの使う逃げ行動。


 この理論に圭吾は絶大な確信を持っている。






 「始まったら速攻ダッシュだ! そんで“スーパーアーサースラッシュ”を今こそ成功させてボコボコにしたるッ!」






 レディ――――――――ゴウッ!






 対戦開始、圭吾のゲーセンデビュー戦が幕を開けた。






 「いくぜ!」






 鼻息を荒くしながら圭吾はレバーを操作する。




 ルークがダッシュを開始、ミリアンヌの懐に潜り込もうと真っ直ぐ向かっていく。




 そして十秒程度の時間が経過し――――――――――――――圭吾は完敗。




 一ラウンド、二ラウンドの合計二十秒で負けて対戦は終了した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る