第3話 それは奇跡が迎えた二人だったのです
由良から泣いているような声は聞こえない。その背中に泣く者の悲しさだとか寂しさだとかいうモノも感じないし、陰鬱さや後悔のような負の念も全く無い。
だが、目元を拭いているのは間違い無く、それは涙を流しているからなのも間違い無かった。これで泣いてないというのなら、由良がこんな行動をしている意味がわからない。
「…………姉ちゃん?」
その不自然な仕草に圭吾は心配になるが、その心配は杞憂に終わる。
泣いているワケがないとでもいうように、由良は満面の笑顔で勢いよく振り返ったのだ。
「うん! うん! うん! よくいったぞ圭吾クン! その日を楽しみにしておいてやろう!」
由良が泣いていたのはたしかだ。圭吾に背を向け涙を流していたのは間違いなく、この元気な返答はそれを誤魔化すためのモノである事は明確だった。
「ねえ、姉ちゃん。アーサースラッシュってどうやるの?」
「あ、やってみる? 難しいコマンド入力だけど」
それを不自然と言うのは簡単だったが、圭吾は別に由良にしつこい質問をしたいワケではないし、そんな質問をしていい程の仲でも無い。
「うーん…………全然でないなぁ…………」
「右、下、右下の入力をとっさにするのは難しいからね。でも、大丈夫。圭吾クンならきっとできるようになるよ」
由良の中で涙の解決ができたのならそれでいい。それ以上、掘り下げて聞く事は圭吾に許されない事だろう。
「よーし! 絶対アーサースラッシュできるようになってやる! とりあえず二週間! 二週間後にまたここに来るから! その時にはできるようになってるからさ! 姉ちゃんまた会おう!」
カウンターヒットと表示される必殺技。圭吾は二週間で由良のようにアーサースラッシュを決めてみせると断言した。
「………………うん、わかった」
右、下、右下と入力する必殺技。
そう、そのアーサースラッシュを由良のように決めてみせる。
圭吾は由良と約束した。
「待ってる…………いつかアーサースラッシュを私に決めるって…………待ってるからね圭吾クン…………」
「いつかじゃない! 二週間後!」
「フフフ、うん…………うんうん…………」
この由良とのやり取りがきっかけとなり、圭吾はこの格闘ゲームにのめり込んでいった。
タイトルはレジェンディアレッド。圭吾が練習してから知る事になるが、このレジェンディアシリーズは格闘ゲームで最もメジャーなタイトルでプレイ人口が多く、大会も世界各地で開かれているような格闘ゲームだった。
それから圭吾はレジェンディアレッドを練習し、CPU戦は一週間で勝ち抜けるようになった。由良と会ってからというモノ、発売されている家庭用版を買って毎日練習している。退屈や暇だと思う日などなくなり、そう思った時にはレジェンディアレッドを起動させていた。
その甲斐あって、圭吾は初めて格闘ゲームをしたデパートの頃と比べて随分成長したが――――――――――その成長を由良に見せる事はできなかった。
何故なら、圭吾は由良と会う事ができなかったのだ。
約束の日に由良は姿を見せなかった。以降、圭吾は毎日デパートの屋上に行き続けたが、やはり由良が姿を現す事はなかった。
約束を忘れてしまったのか、元から守る気などなかったのか、それとも別のワケがあったのか。
いずれにせよ、もう霧島由良の姿を見る事はできなくなった。あの時、初対面でも恥ずかしがらず連絡先を聞いとけばよかったなと思ってしまう。
だが、そんな後悔はあれど、不思議と悲しい気持ちは沸いてこなかった。
圭吾は由良と話した時、由良に教えてもらった時、由良の優しい言葉に感じたのだ。 由良の格闘ゲームへの愛というモノを。
だから圭吾には確信があった。
格闘ゲームをしていれば、またいつか霧島由良と会う事ができる。
由良は絶対に強いプレイヤーだ。ならば今も何処かで格闘ゲームをしているのは自然なはずで、これはただの都合のいい妄想や願望ではないはずだ。
自分が格闘ゲームをやめない限り、きっと会える。
そう、必ず。
ならば、圭吾のやる事は決まっている。
そのいつか会った時のために圭吾は腕を磨き、己の成長を由良に見せ、こんな楽しいモノを教えてくれたお礼を言わなければならない。
由良のようなアーサースラッシュができるようにならなければならない。
それが、格闘ゲームという楽しさを教えてくれた霧島由良に対する中西圭吾の義務だ。
圭吾はいつ戦えるかわからない由良との勝負に胸を躍らせ格闘ゲームを続けていった。
それから二ヶ月。
圭吾がアーサースラッシュを入力できるようになるには十分な月日が流れた。
そして、それは由良のアーサースラッシュはとんでもない技術テクニツクがなければできない事を理解させる月日でもあった。
アレは上級者を超えた上級者でなければできない超高等技術テクニツク。
六十分の一秒ワンフレーム。
由良がやったアーサースラッシュは六十分の一秒ワンフレームの世界が見える者だけが使える奥義スペシヤルだった。
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