第9話 それは運命の再会だったのです
「おい………………これってどういう事なんだ?」
「去年くらいからユラお姉様の姿を見る事が少なくなっていったんですけど――――――――」
二人にとってココは、できる事ならあまり予測を立てたくない場所だった。
「――――――理由がわかった気がします。いつもかかさず来ていた、月一の地元大会…………二月にあった大会にも来なかったですし………………」
紫が病室に入るのを確認し、そのドアの前で二人は立ち尽くす。
『霧島由良』と。
そう書かれている病室の表札を、何とも言えない表情で圭吾と奈菜瀬は見つめていた。
「圭吾お兄様……どうします?」
「とりあえずここから離れよう…………ヤツ(紫)に見つかったらマズイだろうし…………」
病室前でずっと立っていたら間違いなく紫に見つかってしまう。
とりあえず二人は待合室に移動して、病室から紫がいなくなるのを待つ事にした。
円形のテーブルに座り、つけっぱなしになっているテレビにとりあえず目を向ける。
だが、その内容が頭に入っていない事は二人の表情からして明白だった。
「……………………」
「……………………」
待合室には二人以外誰もいない。外では忙しく動き回る看護師が見え、エレベーター前で話している患者と家族の声が聞こえ、待合室の机の上には誰かが片付け忘れた新聞が置いてある。
「………………」
「………………」
二人は喋らない。誰が作ったでもない気まずい沈黙の中、圭吾と奈菜瀬は椅子に座って天井を眺めていた。
「………………ああもう! やめだやめだ! 変な事考えるのナシ!」
「け、圭吾お兄様?」
だが、その気まずい沈黙を破るように突然圭吾は叫んだ。
「別に病院いるからって重い病気って決まったワケじゃないだろ。もうすぐ退院かもしれんし、入院するなんて人生で一回くらいあっても不思議じゃない。こんなに空気重くなる方がおかしいってんだよ」
「そ、そうですよね! いきなりユラお姉様の病室、なんてモノを見たので驚いちゃいました! 入院してるからって重く考えちゃダメですよね!」
「そうそう! 勝手にネガティブな思考になるとか愚の骨頂だっつーの!」
「アハハハハ! そうですよね~」
「ホントホントその通り。ハッハッハッハッハ!」
待合室に二人の笑いが木霊する。
「アハハハ…………」
「ハッハッハッハ…………」
だが、引きつった笑いでは長続きするはずも、心の底から笑えるはずもなく、二人の笑いはすぐに消沈した。
「…………なぁ、さっき言ってた事なんだが」
「なんですか?」
少し考えるように圭吾は言った。
「…………二月に格ゲーの大会があって、それに由良姉ちゃんが来なかったって言ったよな? それって何日かわかるか?」
「あ、二十六日ですよ。地元じゃ結構大きめの大会なので、その日はよく覚えてます。ユラお姉様がいないって、ちょっと騒ぎになりましたからね。優勝者もユラお姉様を倒さず戦わずの優勝だったので何処か不満そうでした。でも、それがどうかしたんですか?」
「二月の二十六日…………」
その日の事は圭吾もよく覚えている。
なぜなら、その日は由良と出会った記念日だからだ。圭吾の中では絶対に忘れられない日となっている。
(大事な大会の日………………なんだよな? なのに、なんでデパートの屋上なんかに?)
出場しないと騒ぎになってしまうような人物だ。
きっとこれまで参加しなかった事はなく、仲の良い人物も多くいる大会なのだろう。全国大会で連続優勝するような常連なら、そういった地元大会に出場する意味も義務も義理も全てあったはずだ。
来なかっただけ、というだけなのかもしれないし、大会だって別に参加は強制ではない。参加するのが当たり前になっていようとも、その選択権は由良にある。来なかった事が例え対戦者や観戦者の裏切りになったとしても、それを非難する事には決してならない。
だが、心配はしてしまう。
簡単に思いつくのは格闘ゲームを嫌いになる何かがあったという事だが――――――――――――――その可能性は限りなく低いだろう。
あの日、由良はデパートの屋上で一人プレイとは言え格闘ゲームをしていた。嫌いになったなら格闘ゲームをしているのはおかしい。
「……………………」
ならば――――――今、入院している事が何か関係しているのだろうか。
二月二十六日に――――――――――霧島由良の身に何か起こってしまったのだろうか。
「もう絶対に無茶しないでよね! 次はかばってあげないんだから!」
由良について色々と考えている時――――――――――――その呆れと怒りに混じった声がいきなり聞こえて、圭吾と奈菜瀬は顔を見合わせた。
「勝手に病院抜け出してゲーセン行こうとするなんて、それだけ聞いたらただの不良女と思われちゃうわよ全く………………って、どう考えてもただの不良少女!」
紫が誰かと会話している。
いや、誰かでは無い。
その相手が誰かなど考えなくても解る。
「ごめんごめん。だって、病院じゃネット対戦だってできないんだもん」
その相手の声を聞いて――――――――――――――――――――――――圭吾の心臓がドキリと波打つ
「もう勝手に病院抜けだそうなんてしないから! 許して紫ちゃん! この通り!」
「はぁ……こうなるからゲーム機もってきてあげたのに………………全然意味なかったか…………」
「うーん、やっぱり一人プレイだけじゃねー。深夜にプレイし続けるのは迷惑になるし、トレーニングやってても血が騒ぐだけだからねー。それにレバー当たってると、ほらアレよ。なんか行きたくなるの。私って、ゲーセンの雰囲気の中で格ゲーやるのが一番好きだからさ。そうじゃないと気分がノリノリにならないのよ。不完全燃焼になるの。うんうん」
ほんの二ヶ月程度話さなかっただけなのに――――――――――その声はまるで十年ぶりに聞いた愛しい人物の声かのように圭吾の耳を打った。
(由良お姉ちゃんが…………すぐそこに…………いる)
病室の前では混乱と驚きで何とも思えてなかったが、今の圭吾は心臓がバクバクだ。
数歩踏み出せば会える距離に――――――――――霧島由良がいる。
「そのお姉ちゃんの気分をノリノリにするために、どれだけの人が迷惑したと思ってるのッ! 抜け出そうとする度に騒ぎになるんだからねッ!」
「だからごめんなさい! ホントにごめんなさい! あ、これでも紫ちゃんには感謝してるのよ? いつも庇ってくれる紫ちゃんがいるから、私は不良少女って思われてないんだろうからさ」
「…………そ、そう思うならなおさら抜け出すの禁止。迷惑だって…………その…………私も思ってるんだから………………って、不良少女は絶対思われてるからッ!」
会うなら紫が去ってからがいいだろう。エレベーター前にいるのだから紫はすぐにでも帰るはずだ。由良と会うならそれを待ってからでも遅く無い。
「あ、そうそう。こんど母さんが何か作ってくるってさ。食べたいモノ聞いてこいって」
「食べたいモノか…………うーん、クリームコロッケとか食べたいけど作るの面倒くさいかな?」
「別にそれなら惣菜屋で買えばいいでしょ。他は? 食べたいのそれだけでいいの?」
「あ、複数OK? やったー! じゃあ他はね…………」
そう、遅くはない。その方が絶対に利口だし、居場所もわかった以上慌てる必要も無いのだ。この僅かな間だけ我慢すれば問題なく由良と話す事ができる。できるが――――――――――
「…………あ」
だというのに、圭吾は待合室を飛び出してしまった。同時に自分の口から気の抜けた声が漏れる。
どうやら由良を慕う圭吾の気持ちは思った以上に強く、あまりに理屈無い行動を取らせてしまったようだった。
「な、なんで飛び出しちゃってるんですか圭吾お兄様ッ!?」
そう言った奈菜瀬の言葉は時すでに遅く、紫と由良の視線はとっくに圭吾に向かっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます