第4話 退屈な老婆

 殺し屋というものは地味な仕事である。

息を潜み、何も感じない。心を殺して身体を動かす、工場の単純作業と何ら変わらない。


「スナイパーライフルか、つまらん武器よ」

建物の屋上から向かいのビルの一室を狙う。手順は簡単、狙いを定めて.,引き金を引く。


「あう..!」「当たり」

ガラス越しだろうが弾は通る。この調子で後3、4人。


「まぁ余程のアホウじゃなけりゃ誰だって殺れるわな、だけどねぇ..。」

やり慣れた作業は人を厳かにさせる。そしてマンネリ化した人は、自分でも思ってもみない程大きな変化を加えたくなるものだ。


「これじゃあワクワクしないんだよっ...!」

羽織るジャケットの裏には大量の手榴弾、打ち込むには〝入り口〟が必要。


「隠密なんざ性にあわないんだよ!

楽しく、派手に振る舞おうじゃないかっ!」

機関銃を連写する。闇雲では無くターゲットのいる部屋のガラスを狙い撃ち、確実に仕留められるように。


「おやおやビビってるね、ターゲットの奴ら。

だけど逃しゃしないよ!」

指に幾つもの手榴弾を挟み、空いた入り口目掛けて振りかぶる。


「わっわっ!」「ドカン。」

逃げる間もなく部屋ごと爆破、最早殺し屋ではなくテロリスト。当然大きな音を聞きつけてオフィス内はパニックを起こす。


「なぁに騒いでんだい、人から恨み買うような嫌ァな商売してたのはアンタらだろう?」

雇われたからには仕事をこなす、やり方に文句は言わせない。


「あ、あそこだ!」


「やれやれ..特定したか、面倒なハエだね」

〝やられ方〟にも、文句は言わせない。


「お前! 

こんな事をして、タダで済むと思うなよ!」

向かいのビルの屋上に佇むスーツ姿の老婆を指差し窓から声を上げる男。その姿を見下しつつ、ふところから突起の付いた装置を取り出し見せつける。


「..なんだ、それは...?」


「見りゃわかるじゃないのさ、スイッチだよ。

アンタはターゲットじゃないけど..見られたからにはやるしかないだろう?」

こんな事もあろうかと事前に設置しておいた、ビルの〝解体方法〟を作動させる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


「..悪いね、もう押したよ。」

先程よりも大きく派手な爆風が、ビルを呑み込み食らっていく。


「ヒーヒッヒッヒッ!! いいね! 綺麗だ!

やっぱり仕事はこうでなくっちゃねえっ!」

不敵な笑い声は爆音に掻き消され、夜空に殺伐とした花火のみを打ち上げた。


「はぁ〜楽しかったね。..もう少し楽しみたいけどね、ご主人様にご報告だ。」

渋々電話を掛ける。パーティの後は地味な後片付けと事務作業だ、肩が凝って仕方ない。


「終わったよ、少しやり過ぎちゃったから金は予定の半分でいい。後は好きに使いな。」


『本当ですか! 有り難う御座います!

さすが〝迅速のカルディア〟さんですね!』


「やめてくんなよ。..それにあたしの名前は最近変わったんだよ?」


『え?』

リストを確認する、確かに変化している。


『派手好きカルディア..なんかスゴい!』


「それじゃ、また何かあったら依頼ね」

電話を切ると完全に仕事が終わる。無理をしない生き方は長寿を生み出す、たとえそれが殺し屋であっても同じ事。銃は捕捉で武器は別物、派手にやるのが彼女のテーマだ。


殺し屋にも色々な種類がいる。

勝手気ままに殺したい、言われた通りを的確にこなす。中には早めに終わらせて、酒を飲みたいという者もいる。


「マスター、ロマネコンティをくれ」


「..無いよそんな高い酒。」


「何、無いだと?

たったの120万程度だろ、ならモンラッシェでいい。早く出してくれ」


「モンラッ..ごめん、無い。」

相場を履き違えてる。主婦の憩いの場に本気の酒通はいらない、夜に来てほしいものだが流石にロマネコンティは置いてない。


「何ならあるんだ?」


「えっと..ボジョレヌーボー...。」


「ボジョレだと?

何を考えてる、ロマネもモンラも置いてない。お子様のドリンクバーかここは」

主婦の憩いの場だ、わきまえろ殺し屋。


「文句を言うなタキシードパンダ!」


「何だと? 言うようになったな!」

迷惑だと怒鳴りつけたのは店主では無く新人バイトのライル、一応看板娘だ。


「他のお客さん驚いてるでしょ!

我慢してボジョレヌーボー飲みなさい!」


「オレに安酒飲ませるっていうのか!?」


「お酒の文句言うのやめなよ!

造った蔵の人達頑張ってるんだよ!?

熱い樽を何時間もかき混ぜてるの見た事あるよ、わかったらボジョレヌーボー飲みなさい!あといちいち略していうのやめなさい!」

殺し屋の流儀など知った事か、ここでは飲み屋の流儀に従って貰う。


「ったく..」「ハハハ、ごめんね。」


「ちょっといいですかぁ?」

渋々ボジョレを口に付けた矢先に客が来た。列をなし、高そうな装飾品を指にはめた確実に穏やかでは無い出立ちのおつれ様方。何度目だろうか、お前たちは夜の客だ。


「な、なんでしょう..?」


「てめぇら見てんじゃねぇぞコラァッ!」

昼の客を怒声で無理矢理に追い出し、強引な雰囲気を夜に変える。


「あぁ..奥様方...。」


「おい、コイツ誰だ?」

小柄な少女を指差し筆頭が問う。


「従業員です。..アルバイトですが」

弱々しく呟いた。


「おい、テメェも外出ろやぁっ!」

大声担当スキンヘッドLサイズが酒を飲むスーツ男に怒号をぶつける。


「……」


「出ろって言ってんだろうが..」

言葉が終わる前に額に銃が突きつけられる。


「あ?」


「..何もんだテメェ?」


「あーやっちゃったよあの人..」「嫌な奴。」

気性が荒い訳じゃない、酒の席を邪魔されたのが酷く気に食わないのだ。


「こんな店に数揃えて群がりやがって、修学旅行気分で酒呑みにくんな!」


「あぁ!?」一斉にキレるスキンヘッド達。


「怒るとこそこなの?」


「早く帰れハゲ共!」


「..てめぇ今なんてった?」

筆頭の頭に血が昇る。禁句を平然と言ってのける奴等は万死に値する。


「ちょっと! それだけは言っちゃダメ!」


「なんだと?

見たまんまを言っただけだが。」


「見たまんまが一番ダメなのっ!」

素直に傷を与えるのが最も響く攻撃だ。特に相手のソレは重篤なダメージを被る。


「お前、ここに雇われてんのか?」


「ここじゃない、この女にだ。」


「うえぇっ!?」

一斉に眼光がライルの元へ。だが言っている事は真実に他ならない、真の敵はライルだ。


「オレがあの女に頼まれて部下を殺した」


「うえぇっ!!」

眼光が血走り赤く見える。デリカシーが無いでは済まされない、命の危険を感じる。


「...死ぬ準備は出来てるか?」

最早救済の余地は無い、殺しあるのみ。スキンヘッドを二人殺せば幾人ものスキンヘッドとなって仕返しが始まる。まるでゴキブリのような連中だ。


「待ってください!」

マスターが突然間に入りトライブの盾となる


「.,何のつもりだ?」


「それは..こっちのセリフですよ...。」


「..あ?」

眼力のみの圧がマスターを押し潰す。しかし折れずに立ち向かう、バーのマスターとして。


「貴方がたの気持ちはわかります。ですが今彼は殺し屋ではありません、わたしの店のお客様なんです。」


「何が言いてぇんだコラァ!?」


「...命が欲しいなら、彼が殺し屋のときに立ち向かったらどうですか..?」

冷静に喧嘩を見ていたが、本当は客を追い出され残った客にまで文句をつける連中の態度に腹が立っていた。


「テメェ生意気言ってんじゃねぇぞ!」


「..いいや、マスターは正しい事を言ってる。確かにそうだろ、オレは今ただカウンターで酒を飲んでいただけだ。文句を言われる筋合いは無ぇ」

バーユーザーのあるべき姿、それに難癖を付けるのは屁理屈というものだ。


「それに迷惑をかけたのはアンタらだよな?

死んだ部下はこの店で大暴れしてたんだぞ」


「……くそったれが。」

返す言葉が見つからない、騒いだ部下を殺されて列を率いて尚も騒ぐ。組織の長としては余りにもみっともない振る舞いを選択した。


「いくぞテメェらっ!」


「え、いいんですかアニキ?」


「いいから店から出ろ!

恥かきたくなかったら今すぐな。」

罰の悪そうに無様な態度でそそくさと出ていった。近くでみれば恐怖だが、遠ざかる背中をみると随分と小物だ。


「迷惑を掛けたな。」


「い、いえそんな..!」「迷惑かけてるよ?」

すかさず横槍を入れられたが聞かないフリをして入り口に手を掛ける。返す言葉の無いときは態度で示すのが一番の方法だ。


「あ、それとな..」「はい?」


「ボジョレヌーボー、美味かったぜ」

座っていた席に置かれたグラスを見ると、酒は一滴も残っておらず最後まで飲み干されていた。


「有難う御座います..!」

粋な振る舞いに頭を下げつつ感謝を伝えると、嬉しそうにグラスを洗って片付けた。ライルは終始首を傾げて納得のいかない様子だ。



「あの野郎、今に見てやがれ..」

恥を上乗りされた組織の筆頭は、狭い路地にて怒りを沸々と滾らせていた。


「あの店もいつか潰す!」

蹴り飛ばしたゴミ箱から生ゴミが溢れ出る。


「アニキがブチ切れてやがる、あの冷静なアニキが我慢ならねぇってワケかよ!」

見ればわかる事を口にして説明する素直な部下を持ってしても、勝てない相手はやはりいるようだ。


「いつか殺すぞ、スーツ野郎..!」


「誰の事を言ってんだい?」


「あ?」

建物と建物の間の狭い路地から声がする。声の在処など近くに無いなら決まっている、上から見下ろす建物からの声だ。


「..誰だテメェ?」


「教える義理は無ーいよ。」

スーツ姿の長身の女は一見するとスタイルの良い美女に映るが顔を見れば一目瞭然、白い髪を束ねた老婆である。


「降りてこいコラァ!」


「嫌なこった、あたしゃ高い所が好きでねぇ。ターゲットがやられる様を見下ろすのがイイのさ。ムサくるしいのは苦手でね」


「ターゲット..お前も殺し屋か?」


「〝お前も〟ってのは何だい。」

身に覚えの無い同業者の姿、狙うのはこれで初めてだ。幾度も狙われる者などそういない


「てめぇ、いいからさっさと降りてこい..」


『カチッ』「ん?」「かかったね。」

部下の一人が一歩踏み込むと何かの突起に足が触れ、音を立てて下に押し込まれた。その後直ぐに床から大きな網のようなものが飛び出し集団を纏めて掬い上げる。


「大量、と言ったところかね?」


「テメェ何しやがる!?」


「スイッチを押したのはアンタらだろ。だから網に捕らわれるんだ、ワイヤー製だから少しじゃ簡単に切れないよ」

暴れようが歯で強く噛もうが刃物で削ろうが耐久をしっかりおさえた網を傷付ける事は容易ではない。数を攻めても同じ事。


「何の恨みだ? 一体誰に頼まれた!」


「教える理由が無いね、聞いても意味が無いだろうし。それより知ってるかい?

数が多くても纏めて囲えば人っていうのは簡単に死んだりするもんなのだよ。」

手榴弾のピンを口で外し、網の隙間を通して爆弾を投げ入れる。


「な、なにしてんだテメェっ!?

やめろ..早くこの網ほどけオイッ、おいっ!」

いつになく筆頭が焦り顔だ、こんな態度を取るのはバーで喧嘩に負けたとき以来か。


「アンタらにしちゃあ随分とまぁ派手な葬式だね、誇りに思うべきだよ。」


「かっ..」爆撃に声が掻き消えた。

小さな路地で幾つもの命が途絶え、無くなる。


「やっぱり派手が一番だねぇ..ヒッヒッヒ!」

不敵な笑みは死を確認すると、フラリと何処かへ姿を消した。
















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