第3話 鋼鉄の馬鹿正直

 砂漠では水が高値で売れる。命に変わる恵みに変わるからだ。宝石よりも、ブランド品よりも価値が高騰し、貴重なものとなる。


「ひぃっ!」


「何処行くの?

..ダメだよ〜逃げちゃさ!」

砂の上を走る男の背に紫色の液体がかかる。


「う...うあぁぁっ!!」

液体は肌に沈着し煙を上げて男の肉を溶かしていく。


「ゴメンね、これも仕事なんだ。

元はといえば君たちが村の水を奪ったからイケナいんだからね、予備水に至るまで..さ?」

怪しく微笑む毒々しい外見の男。

村を上げての大きな依頼に召喚された


「これ、スゴくない?

猛毒を好きに狙って発射できるようにしたんだ、サソリのモチーフがオシャレでしょ」

背中に背負ったタンクから、管を巻くホースのようにサソリの尻尾を模した硬いチューブが伸びている。ここから強弱を調節する事で好きな距離、量で毒を射つ事が出来る。


「どう、もう一発くらう?」


「ひ..ひぃあっ...」

悲鳴の途中で掻き消えた。というより飛んできた味方のゴロツキによって砂に埋もれた。


「え...なに?」

振り向いた先に砂のゴーレム..いや、巨軀の男


「お前、もしかして砂に隠れてたの?」


「カクレテタ..?

...チガウ、オレハ寝テイタンダ。」

砂を枕に布団を掛けて休息していた。少なくとも片言の声はそう伝えている。


「寝ていた? お前はバカなのか?」


「バカ...ソレ、ワルグチダナッ!」

身体に纏わりつく砂が剥がれ落ちる。現れ出たのは、白銀に煌めく厚く大いなる体躯。裸の上半身が、煩わしく主張する。


「…なっ..!」


「オマエノコト、知ッテルゾ。同業者ダ..!

〝毒霧のリューブル〟リストデミタ。」


「なぁに...?

てことは僕の敵ってワケだね君はっ!」

横行する報酬泥棒か、仕事を邪魔する厄介者だ。遂に砂漠にまで現れた。


「ミズヲ運ブ、村ノヤツガコマルカラナ。」

ゴロツキが高値で汲み上げていた水の入った大きな樽を担ぎ村の方向へ歩いていく。


「ん〜何それぇ、いい人気取り?

ちょっと待ってくれないかなぁ。」


「ン、ナンダ?」

素直に振り向く、当然樽を担いだまま。


「何だじゃなくってさぁ...。今ココで君にいなくなられると..僕が困るんだよねぇっ!!」


サソリの尾先から勢いよく毒が水流のように放射される。人の肉を溶かす程の威力だ、樽に当たれば直ぐに跡形も無く蕩けるだろう。


「毒カ、水ガ危ナイ。」


「どうする巨人さん?

砂漠の一部のチリになるのがいいカモね♪」


「フンッ!」

背負った樽を両手で真上に打ち上げる。


「放り投げてどうする?

毒はそのまま君の土手っ腹だよ。」

樽が消え、露わになった胴体に毒が撃ち当たる。水を優先する余り、多大な隙が障じた。


「噛ませ犬だね、君。

..いや、盛大な〝出オチ〟ってヤツなのかな」

打ち上げた樽が落下する。

しかし砂上で砕ける事は無く、それより少し上の空間で斜めに停止している。


「フゥ、樽ハ無事ダ!

ヨカッタゾ、水ハマダ飲メルンダ。」


「...どういう事。

君、なんで平気でいられるワケ?」

毒を正面から受けてケロッとしている。我慢や奇跡の類である様子は無く、そもそも毒が〝初めから効いていない〟ようだ。


「オマエ、俺ヲ殺スツモリダナ?

..ダッタラ樽ハ置イテオコウ、邪魔ニナル。」

樽を安全と判断した砂の山に立て掛け、仕事の顔に切り替える。こう見えて彼はオンとオフのスイッチを持つタイプだ。


「ねぇ、答えてくれるかな。

..なんで僕の毒が効かないのさ?」


「知ルカッ!」


「ふざけるなよ、このデクがっ!」

怒りは毒の質に乗る。サソリの尾を強く握り放出量を多く調節する。一直線状であった毒の放出は幅を広げ、全体に吹き掛ける大きな扇状となり無防備の男に盛大に放たれる。


「マタ毒カ、好キダナ。腹ヲ壊スゾ?」

食らうのは自分、腹を壊して身体を溶かすのは己の所業なのだと気付いているのだろうか。


「いいから狂いなよ、巨人さん♪」

最大出力、原型すらも溶かし尽くすつもりだ。

男の身体を覆い隠す程の多量毒。これを俗では〝致死量〟と呼ぶのだろう


「アハ、アハハハハハハハッ!!

見えないよ、もう君の顔忘れちゃったなぁ!」

霧散する名残毒、触れれば充分死ねるだろう。本体はその原液を受けている、正に致死量だ


「はぁ、これで報酬は全部ボクのモノ。

..当然だけどね、僕の仕事だからさ♪」


「ホウシュウッテ何ダ....?」


「...しつこいね、君。」

霧を素手で振り払い、先程同様ケロッとした顔を覗かせる。当然身体には傷一つ無い。


「シツコイノハ、オマエダ。

毒バカリ使ッテクルナッ!」

肌は以前の白銀のまま、毒の影響は何一つ受けていない。


「量が足りなかったかな..!」

尾の根本を掴み強く握る、最大出力を更に高めた荒ワザである。影響が広く及び過ぎる為、己の安全まで困難になる諸刃の剣。


「仕方ないよねぇ、死なないんだからさっ!」


「イイ加減ニシロ、オマエッ!」

毒の放出よりも早く腕が伸びる。太い腕は尾をがっしりと掴み、タンクの根本から思い切り引き抜いた。


「ウソだろ..?

僕の発明品が、壊されたのか!?」

空いたタンクの穴から毒が漏れ、砂に落ちる。


「武器が..ボクの武器がっ!」


「ウルサイ、少シダマレ」

右の拳が思い切り頬を殴る。受け身すら取る事の無いリューブルは無防備に吹き飛び、何度か砂に擦れ跳ねた後砂山に埋もれた。


「....フン。」

殴った拍子に飛ばされたリューブルの端末で電話を掛ける。


「...オワッタゾ。」


『終わった?

..アンタ誰だ、雇った殺し屋さんじゃないな』


「イマ水ヲソッチヘ運ブ、待ッテイロ。」

水を背負い直し、肩に担ぐ。


「オレノ名ハ、ガンテツ。」『ガンテツ?』

リストの異名は〝フルメタルガンテツ〟

意味は文字通り、説明をするまでも無い。


「...ン、ナンダ?」

周囲を粗暴な男が円を囲い武器を構えている。


「マダ終ワッテナカッタカ。」

樽を置くのは何度目だろうか、面倒な話だ。







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