第2話 二人の殺し屋

 バー〝カリモズ〟

 カウンター席を設けた酒の社交場には、様々な客が来る。バーテン兼オーナーの金木は穏やかな見た目と性格をしており、度々客に軽快な態度を取られる事があるがトラブルを避けるべく、謝罪と微笑みでなんとか乗り超えて来た。


新たに入った新人バイトにも、そう察した。しかしいつもの客とは違う、しっかりと優しさという感情を注ぎながら。


「..この店、お昼もやってるんですね。バーって〝夜の店〟ってイメージがありました」

綺麗なシャンデリアと派手な煌めきを眺めながら店の雰囲気を確認する。


「元々は、忙しい主婦の方や旦那さんを待つ奥様とかに来てもらいたくて店を開いたんだ。

ママ友疲れとか大変らしいから、少しでも休める空間をって思ってさ」


「成程..確かにこの辺お母さんが多い、子育てって大変なんだろうなぁ..。」

昼間店を開けておけば逃げ場所として利用できる。主婦や女性が手軽に飲めるよう、アルコール度数の控えめな酒を用意している。


「だけど最近変な客が多くてさ、さっきみたいな恐い人とか。もう慣れたけど」

自身は慣れても客は慣れない。そういった客が入ってもいいよう夜は酒の種類を変えて店を開け続けているにも関わらず、昼間を狙って来る客がいる。


「あの男に、何されたんですか?

..怪我とか負わされてませんよね。」


「あの男?

あぁ、最後に入って来た人か。大丈夫、銃を突きつけられただけだよ。

〝外にいる娘を雇え〟ってさ」


「……ごめん、なさい」


「いいよ、ちゃんと生きてるし。」

銃を突きつけられるのも充分な恐怖だが、これも慣れの内の一つだろうか?


「それに、そんな事をされなくても君を雇うつもりだったしね。いい加減参ってたんだよあのチンピラ達には、感謝してるよ。」

ライルが水をかけた事で結果的にトラブル解決に導いた。その時点で店長の心は決まっていた。言われるまでも無いという程に。


「さ、そろそろ準備しようか。」


「はい、店長!」

安らぎの場を展開させる。



「廃墟の山ってのはあそこか?」

霧立ち込める工場跡地のガラクタの数々。後始末をされていない様々な部品や機械を残した廃工場の外観を人はそう呼ぶ。


「確かにチラホラいやがるなぁ..」

そこを整備し新たにビルを建てようと試みるとある社長から〝ウロつくゴロツキが邪魔〟だと依頼が入った。


「あの霧は死んだ機械の寝息かなんかか?

..まぁいいや、何でもな。」

遠くの高台から見ていたトライブも他に足を着け仕事に入る。


「ケダモノちゃん達〜、エサだぞ〜!」


「あん?」「てめぇ何もんだ..」

声を上げた男の額に弾丸が貫通する。そのまま倒れガラクタの一部となり、息を止めた。


「まず一人。」


「お前、殺し屋か..誰に雇われた!」


「ここの地主だ、アンタら邪魔だとさ」


「ざっけんなぁっ!

ここはオレたちの工場だ!」

身の程知らずが銃を構える。殺しのプロだと知りながら、気狂いでも起こしたか?


「それは知らん、頼まれただけだ。

..銃を構えたって事は死ぬのはわかるよな?」

名残りの言葉を聞くにも値せず。

撃ち抜く人の姿など、事務作業と変わらない。


「二人..。」

弾と銃さえあれば仕事は出来る。コストも時間も掛からない、これが現代の働き方だ。


「いい所にスポットがありましたわね。

行くわよデュース」


「構いませんがプラムお嬢様、お好きですね。

またターゲットの横取りですか?」

高台でフィールドとトライブを見下ろす二人組の黒服。一人はかっちりとした品のある燕尾服に近いタキシード、もう一人はフリルの付いたゴスロリチックな今風の格好をしている。


「あれは一体誰ですの?

腕の良い殺し屋なら厄介なのですけれど。」

風にスカートを靡かせながら問いかける


「あの方は、リストの限りですと...名前は、黒豹のトライブ。中々に腕が立つようですがまだ新参者ですね、といっても3年目ですが。」


「あら、アタシと同期ですの?

..だとすればつくづく邪魔ですわね。」

ライバル視などまっぴら御免だが、同期に客を取られたとあっては商売上がったりだ。


「決まりよデュース、横取り開始ですわ!」


「かしこまりました、お嬢様..。」

捨て身で降り立つ殺しの令嬢、警戒しなければ余裕で足を折るような高さだが、お嬢の足が競り勝った。怪我をするどころか着地した箇所の床が薄く傷付いている。


「ちょっとそこのアナタ!」


「...ん、誰だ?」

天井の腐り落ちた工場では太陽が筒抜けゆえに容易な出入りが可能。買い取ったばかりの荒廃した土地だ、おかしな連中が多く集まる。


「今時銃なんて効率の悪い武器を使ってる時代遅れがよくいたものね、それで本当に自ら〝豹〟なんて名乗っているのかしら?」


「自分から名乗るかそんな名前!

..その口振りだとターゲットじゃねぇな?」

殺しに殉じた者なら直ぐに分かる匂い、彼女達は身体中にそれを纏っている。


「ご紹介が遅れました。

私たちはアナタと同じ〝同業者〟」


「見りゃあわかる。普通に見たらわからんだろうが、アンタら随分と人殺してきてるな」

真っ黒な服を着ているが、トライブの目にはどんよりと赤黒い血がべっとりと付着しているように見える。


「それはお互い様でショウ..?」


「……厄介な連中だな。」

殺意を露わにされたところで争うつもりは毛頭ない。依頼され、雇われれば別の話だが..。


「アナタの標的、頂くわよ!」


「..なんだよタチ悪りぃなぁ、横取りか?」


「してはいけないというルールはないですわ」

寧ろルール上有りとされている。

他者が契約した殺し屋のターゲットが点在する箇所から近ければ、依頼・契約をしていなくとも標的を狙う事が可能。これは迅速な対応をするべく効率化された遣り方として違反どころか推奨すらされる行為だ。


「依頼者は誰に殺られようと関係ねぇだろうが、コッチとしては迷惑すんだよ。」


「アナタの都合なんてアタシは知りませんわ」


「これがお嬢様の殺り方なのです。」

深く頭を下げ、詫びるように丁寧に言った。

愚行だという事はわかっているが、殺し屋の時点で正当な存在では無い。文句を言おうと立場は平等、唯の人殺し連中だ。


「あら、そういえば名乗っていなかったわね。

アタシはプラム」


「執事のデュースと申します。」


「別に聞いてねぇけど?」

礼儀が裏目に人を苛立たせる。トライブの嫌う横取りの後味の悪さはシステムにある。通常仕事が終われば報告をするのは殺し屋側なのだが、そこに他の殺し屋が混ざり複数での依頼達成となった場合、自動的に依頼者の端末に殺し屋の人数が顔と名前で表示される。


「なんでオレの報酬をアンタらにまでやんねぇといけねぇんだ?」


「乱入を許したアナタがいけないのですわ」

開き直って平然と言ってのける。報酬の横取りを防ぐ方法は、強いていえばその殺し屋を殺す事。依頼中の殺害は仕事上の事故として簡潔に処理される。


「私が邪魔ですの?」


「..いや、もう大丈夫そうだ。」


「....どういう意味かしら」

執事がいても気付かない。

背後の影は、やはり平等に死角という訳か。


「てめぇ..死ねやあぁっ!!」

残党であろう大男が、背中で喚きプラムの頭上目掛けて棍棒を振り下ろす。


「なんですの?」

振り向くプラム、しかし棍棒は止まらない。


「おやおや、身の程知らずですねぇ..。」


「がっ..あ...」

一瞬身体の動きがピタリと止まり、その後高らかに吹き飛んだ。棍棒は大男ごとガラクタとなり、床に汚く同化した。


「..何しやがったんだ」

男の方へ振り向いたのはわかった。その数秒後に、男は大きく飛ばされた。


「あら、見えなかったの?

..そんなの簡単な事ですわよ。」

こちらを振り向いたプラムはトライブを指さすように、人差し指を立てたおかしな格好をして狡猾に笑っていた。


「なんだソレ...?」


「決まっていますわ、デコピンですわよ..。」


「はぁ⁉︎」

子供の頃罰ゲームなどで何度か受けたふざけた痛みを伴うあの遊び。確かに銃と比べればコストはかからず楽なものだが、トライブは確信した。この女は殺しを舐めていると。


「何おかしな事を言ってんだ?」


「おかしな事でも有りません事よ。

アタシのデコピンは特別なの、一撃当てればソレで終わり。狙いは額一択ですわ」

当てることさえ出来れば殺しは完了する。額の一部を刺激する事で相手の急所を貫ける。


「これだけの技術を要していれば、横取りせずとも仕事は可能なのだと思われますが..。」


「余計な事を言わないでくださる?

乱入するからこそ技が活きるのよ、意識を分散させればそれだけ当てやすくなる。」

雑踏の中のターゲットをスナイパーが一撃する、そんな感覚で殺しをしている。


「とにかくこれで横取り成功ね。」


「申し訳御座いません、トライブ様。」


「...んだよ」

陳謝する執事を見ると不思議と何も言う事が出来ない、己の心は殺せないという事か。


『リロリロリロリロ..!』


「ん、終わったか?」

スマホを開きメッセージボックスを確認する。

そこには見覚えのある写真と名前の画像と共に「依頼完了」の文字と提示された請求額の半分の数字が記載されたメッセージが送付されていた。


「あれ、確か報酬は40万の筈..」

よく中身を確認すると、男の顔写真の横にもう二つ写真が添付されている。一つは若い女の写真、もう一つは髭の生えた老人。


「何だこれ..殺人蜂・キラービー?」


女の写真に書かれた名前

〝殺人蜂キラービー〝プラム・ウィーバー〟


「それと、執事デュース...。」

互いに報酬10万。見覚えの無い顔と名前に戸惑いつつも、依頼を達成出来たなら文句は無い。依頼主の男性は、特に気にする事も無く分散して金を支払った。


「..マジかよ、本当に報酬20万か?

横取りサマサマだなしかし。」

理不尽な報酬搾取のお陰でしょっぱい思いをしている殺し屋は少なくない。

勿論他の現場でも...。















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